棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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年末が近くなって忙しくなってきましたので、更新は遅れるかもです


尖兵

正午を過ぎる頃。洗濯物を入れた籠を抱えて外に出たエンリは、しゃがみこんで一人遊びに興じているネムの姿を見つけた。

 

 

「あらネム、今日は森に遊びに行かないの?」

 

「うん………」

 

いつもなら喜んで森に行くネムが、昼食を終えたこの時間帯に行かないとは珍しいことだった。彼女はつまらなそうに木の枝で地面に線を引き、目つきの悪い木のお化けのような、よくわからない生き物を描いている。

 

 

 

 

昨日の黒い雲が消えたあとで、ネムはソカルにしばらくは森に入ってくるなと言われ、今日は言い付け通り大人しく村で遊んでいる。おそらく自分を危ない目に合わせないために注意してくれたのだろうとは、幼いネムにも理解できた。とは言えいつも遊んでくれるソカルがいないと、やはりと言うべきか寂しいものだった。

 

(ソカルは寂しくないのかな?)

 

ふとネムの胸にそんな心配が過る。そしてちょうど完成したばかりのソカルの絵を見てから、今度は以前カルネ村にやってきたソカルの友達だという二人の冒険者の絵を描き足していく。

 

 

そしてネムはなんの気なしに周囲を見渡してみると、視界の端に何かが入った。

 

「………?」

 

村の唯一の水源である井戸、その傍らに見知らぬ女の姿があったのだ。いかにも村娘らしい素朴身なりだが、髪は腰まで長く顔立ちは美女と呼べるほど整っている。だが女の目は光が無く虚ろで、ピクリとも動かず井戸の中をじっと見つめていた。

 

「ねえお姉ちゃん、あの人誰?」

 

洗濯物を干している最中のエンリのスカートを引っ張り、ネムは彼女に聞く。

 

「あの人って?」

 

「ほら、あの井戸の前に立ってる髪の長い女の人」

 

そう言われエンリはネムが指差す先にいた女を見るが、彼女は不思議そうにネムを見返す。

 

「前から村にいた人でしょう?」

 

「え……?」

 

姉の言葉にネムは思わず声を漏らしてしまう。

 

前からいた?

そうだっただろうか?

 

もう一度女の姿を見るネムだったが、やはりその姿に見覚えがなかった。少なくともこのカルネ村の人間全員がネムにとってはご近所さんで、ネムの知らない村人などいるはずがない。なにより()()()()()()()()()()()()()、一度見たら忘れられないと思うが。

 

女はしばらく井戸の中を見つめていたが、ゆっくりとした動作で首と目線を動かしてネムのほうを見ると、

 

 

 

 

 

口が耳まで裂けるんじゃないかと思うほど口角を上げ、グニャリと美しい顔を醜悪に歪めて嗤った。

 

「ひっ………!?」

 

「ネム?」

 

名状し難い。そう例えるのが正しいようなおぞましい笑顔に、かつて味わったことがない種類の恐怖を感じ、ネムの両目が見開き全身に鳥肌が立つ。思わずエンリの後ろに隠れて彼女のスカートを強く握るネムは、姉の後ろからおそるおそる顔を覗かせる。

そして後悔した。

 

以前としてネムを見つめる女は不気味な笑顔のまま井戸から離れ、あろうことか二人に向けて歩を進めてきたのだ。

それを見てネムの頭の中で警鐘が鳴らされる、あの女と関わってはいけないと。

 

「お、お姉ちゃん! 早く逃げよう!」

 

「逃げるって?」

 

ネムは必死にエンリの手を引っ張るが彼女はきょとんと首を傾げるだけで動いてくれない。

 

「あの女の人変だよ! なんか怖い!!」

 

「こらネム、同じ村に住む人に変なんて言っちゃダメじゃない」

 

ネムが涙目で訴えるも、エンリは腰に手を当てて怒るだけでまともに取り合ってくれない。

 

「違うよ! 本当に変なの!! お姉ちゃん、どうしてわからないの!?」

 

 

あんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、なぜ姉は異常だと認識できないのか。それがわからずネムはただただ恐怖に震える。そうこうしているうちに女はエンリ達の目の前にたどり着いてしまった。

 

 

 

「ごきげんようエンリ」

 

「あら、こんにちは」

 

どう見ても異常としか言えないその女に、エンリはあろうことか笑顔で挨拶する。女も不気味な笑顔を引っ込めて普通の微笑みでエンリと会話するが、ネムはいまだ涙を浮かべて姉の後ろに隠れるように引っ付く。

 

「エンリー、ちょっと手を貸してくれ!」

 

しかもここで間の悪いことに、父からの呼び出しが来てしまった。

 

「あ、は~い!」

 

「お、お姉ちゃん待って! 一人にしないで!」

 

呼ばれたエンリはネムを引き剥がし、家に戻っていってしまった。

一人取り残され、怯えるネムが再び女を見上げてみれば、

 

 

「………へえ、()()()んだ?」

 

女はまた、あの名状し難い不気味な笑みを浮かべていた。

 

「っ………!」

 

「ほどほどの存在の力にしたつもりだったんだけど、結構鋭い感知能力を持っているんだな。『あいつ』と過ごしていくうちに養われた感じか? それともタレント的な?」

 

時代が時代なら、いいフレイムヘイズになれてたかもな。などと意味不明な言葉を呟く女は、見た目に似合わない男性的な喋り方で話し出す。

ネムには女の言葉の意味は理解できない。理解できないが、それでも彼女にはある確信が持てた。この女は村人でもなければ、ましてや人間ですらない。

 

「あ、あなたは誰なの………?」

 

恐怖しながらも、ネムは震える声を絞り出して問いかける。対する女は顎に手をやり悩むような仕草をする。

 

「『誰か』か………正直どう説明すべきかは難しいんだよなあ。ここにいる『俺』は『森の外れの村娘』ってことになっているけど、それも『俺達』を表現する言葉にはならない」

 

クスクスと嘲笑を浮かべてネムを見下ろす女に、彼女は逃げなくてはいけないのに怖くて身体が動かない。

 

「まあ、別に嬢ちゃんは気にしなくていいよ。どうせ君には関係ないことなんだからさ………」

 

「ひいっ!!」

 

そして女の手がネムに向けて伸ばされるのを見て、ネムは反射的に目を伏せて両腕で顔を庇う。

女がネムの頭を撫でようとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

二人の間から一本の木が素早く伸び、女の手を貫いた。

 

 

「っ」

 

それに女は目を見開いて固まる。女の手がいまだ触れてこないことにきづいたネムはゆっくりと瞼を開ける。

 

「ソカル!」

 

自身に触れようとした魔手を阻んだのは見覚えのある枝で、それを見てネムの恐怖心が薄れて安堵する。

 

「………やっとお出ましか」

 

一方で女は掌を貫かれたにも関わらずニタリと笑みを浮かべ、血飛沫が溢れていない右手は青紫色の砂粒となって崩れた。腕が無くなり空っぽになった袖をたなびかせ、女の周囲を青紫色の砂塵が漂う。

やや太くなった枝の幹が割れると、そこから覗く黄土色の鋭い眼光がギョロリと彼女を睨む。ソカルは女を頭の天辺から爪先まで凝視して瞬時に理解した、この独特の気配は間違いない。

 

『やはり貴様、紅世の徒(同胞)か!』

 

「まずは初めましてってとこかな、元先手大将さん?」

 

女の周囲を舞い散る砂塵は再び彼女の右手に集まると、右手を形成して元通りになった。傷を癒す自在法か、はたまたもっと別の何かか。考えるよりも先にソカルは石の根の本数を増やして威嚇する。

 

『貴様、一体何が目的だ!?』

 

普通の人間が見れば腰を抜かしかねない気迫を真正面から受けながら、女はいに返さないという風にニヤニヤと嗤う。

 

「そうだな~」

 

そして片足に軽く力を込め、その場から高く飛び上がった。並の人間にはありえない跳躍力で一回転しながら、弧を描くように地面に着地しただけで、二人との距離はだいぶ離れた。

 

「俺とおいかけっこしようぜ。あんたが俺を捕まえられたら、最低限の情報ぐらいなら教えてあげてもいい」

 

指先をクイクイと動かして挑発する女は、そのままソカルに背を向けて駆け出した。明らかに舐めた態度をとられたことにソカルは軽く舌打ちする。

 

『お前は家の中にでも引っ込んでいろ!』

 

「う、うん………気をつけてねソカル!」

 

ズボッと再びに地中に潜るソカルをネムは心配そうに見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

碑堅陣の操作に全神経を集中させ、ソカルは執念深く女を追いかける。何本もの根を全方向から伸ばして女を囲もうとするも、彼女はあと一歩というところで挟み撃ちを掻い潜り逃走を続ける。

 

(こやつ………速い!)

 

弱体化しているとはいえ、ソカルの根をアクロバティックな動きでヒラリヒラリと躱す女は身軽で素早い。その速度は下手をしたら、『極光の射手』と同等かそれ以上だ。

衣服を掠ることも出来ない現状に苛立つソカルはなおも猛攻を繰り出すが、女は何を思ったかある場所でピタリと動きを止めた。そのチャンスを見逃すソカルではなく、碑堅陣の穂先で串刺しにするべく彼女に向けて根を伸ばす。

 

だが根は女の鼻先ギリギリのところで止まってしまった。

 

「!?」

 

何が起こったのかと周囲を見てソカルは気づいた。現在二人がいるのは森にある自身の本体からだいぶ離れた場所、ソカルの自在法の活動範囲のちょうど限界だったのだ。

 

「………いや~、残念だったな。なかなか惜しかったよ」

 

人外の笑みで嘲笑う女にソカルは悔しげに歯軋りする。

 

(こやつ、ただ闇雲に逃げ回っていたわけではない。出来る限り遠くへ逃げることで、私の自在法の活動可能範囲を調べていたわけか!)

 

女の逃げ足の速さを見て逃げられてしまうことに焦り、『極光の射手』の時と同じ不覚をとってしまった己を恥じる。

 

「でもこれより先にいけないんじゃ、『巌凱』の救援も難しいかもね?」

 

その言葉にピクリとソカルが反応する。

歴戦の将であるソカルは薄々察していたが、やはり敵はウルリクムミ達の動きをある程度把握しているようだ。大方ソカルの手の届かない場所で、ウルリクムミを足止めするための小細工でも準備しているのだろう。

 

「まあでもここまでついてこれたことだし、『俺』の真名くらいなら教えてやってもいいよ」

 

女はフワリと宙に浮かび、動けないソカルを見下ろす。

 

「『無貌(むぼう)億粒(おくりゅう)』、それが『俺』を表す名だ」

 

己の名を明かした女は、青紫色の砂塵を撒き散らし身体の形を崩していく。

 

「じゃあな、棼塵の関ソカルさん。因果の交差路でまた会おうぜ」

 

最後にケタケタと名状し難い笑いをあげ、女の身体は砂となり風に吹かれて散っていった。

 

 

 

 

 

それを最後まで見届けてから、ソカルは鼻で笑う。

 

「………ふん、我らも見くびられたものだ」

 

女の動きや言動、真名やスペックなどから考慮するに、あの徒はおそらく若手だ。ソカルが生きてきた時代の、『この世』に来て間もない徒特有の『己の万能感に酔いしれる気風』が見てとれた。

逃げられはしたが敵の情報がない現状では、それがわかるだけでも十分な収穫と言えるだろう。

 

「ウルリクムミさえ足止めできれば、私とニヌルタを討てるとでも? 笑止!」

 

それで負けるようならば、先手大将………ひいては九垓天秤などという大役が務まるものか。

 

「その嘲笑、今に吠え面に変えてくれるぞ。『無貌の億粒』とやら」




ネムはソカルと一緒に遊んでいくうちに、佐藤・田中・吉田さん並みに感知能力が鍛えられました。
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