棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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年末が忙しい……


星空の下

その夜、ザリュースは『朱の瞳』族の集落で一泊することになった。

来客用の家屋に通された以上、そろそろ寝るべきなのだろうが、ザリュースは今後のことをいろいろと考えるあまり頭が冴えてしまい、家屋のそばの足場に座りこんで星空を眺めていた。虫の囀ずりと梟の鳴き声が辺りに静かに響き、ザリュースの思考を研ぎ澄ませてくれる。

 

『朱の瞳』族の交渉は滞りなく終わった。

もっとも、族長のニーガは最初から彼らと抗戦する予定だったので、すでに明日から『鋭い尻尾』族の集落に戦士をいつでも向かわせられるように手配はしていたらしい。これであとは『竜牙』族との交渉が成功すれば、五部族同盟は磐石なものになるだろう。

しかしかつて争った二部族の残党がいる『竜牙』との交渉は、今回ほど上手くはいかないかもしれない。せめて話のわかる相手がいることを祈るザリュースに、横から声をかけてくる者がいた。

 

「眠れないんですか?」

 

見上げてみればそこにいたのはクルシュだ。どこか心配そうな眼差しで自身を見つめる彼女にザリュースは緩く首を振って微笑む。

 

「いや、そういうわけではないが………次に向かう部族との交渉が上手くいってくれることを祈っていてな」

 

「そうですか」

 

彼女もつられるように微笑む。暗闇でもハッキリわかる白い鱗は月明かりに照らされ、昼間見た時とはまた違った美しさを醸し出している。

 

「あの、ザリュースさん……」

 

「ザリュースでいい。敬語も大丈夫だ」

 

「そう………じゃあザリュース、隣にいいかしら?」

 

「ああ、構わない」

 

頷けばクルシュが隣に座るが、しばし二人の間を沈黙が包む。彼女は隣に座ったはいいが、特に話すことがないためどうすべきか考えあぐねているようだ。これは自分のほうから何かしら会話したほうがいいのかもしれないと思ったザリュースは、まず何を話題にすべきか少し考えてから口を開く。

 

「時にクルシュ」

 

「何?」

 

「お前の兄者のニーガ殿なんだが、なんというか………美しいオスだな」

 

「………」

 

無難に彼女の兄に関することを話題にあげてみたが、対するクルシュは赤い目をぱちくりとさせている。ザリュースはそれを見てまずいことを言ってしまったかと思い、慌てて言い訳を述べる。

 

「あ、いや………決して変な意味ではないぞ!? なんというか………彼が持つ美しさは、雌雄的な美しさではなくまるで………」

 

 

 

 

 

「まるで、完成された一振りの(つるぎ)のような美しさ」

 

だがクルシュは、その先を言い当てるように静かに呟いた。

 

「!」

 

「そう言いたいんでしょう?」

 

「ああ、そうだ。よくわかったな」

 

「だって兄様を見た人は、みんなそう言うんだもの」

 

ふふふと笑うクルシュに、ザリュースは改めてニーガの容姿を思い返す。美しく、しかしそれでいて冷たく鋭い。まさに剣という概念を人の形にしたような存在だ。話し合いの時はその傾向が特に顕著で、敵意を向けられていたわけでもなかったのに背筋が凍りつくような思いだった。

 

「そうね。確かに兄様はどこかこの世のものとは思えない魅力を持っているし、刃物のように冷徹な人だとも思うわ。でもああ見えて、結構優しいところもあったりするのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた頃、幼いクルシュは実兄のニーガに対して、どことなく苦手意識を抱いていた。彼は同族の蜥蜴人の中ではあまりにも美しすぎて、あまりにも完璧すぎて、それが集落の大人達からは気味悪がられていたのだ。特に、何を考えているのかわからない無表情で冷たい眼。それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抱かせる。集落の中で両親だけはそんな兄に隔たりを感じずに、クルシュと同じくらい愛していたが、拭いようのない不自然さを感じていた当時のクルシュには、とても彼が実兄どころか同じ種族にすら思えなかったのだ。

 

 

そんなある時、クルシュは幼心からくる好奇心から、両親から絶対にやってはいけないと言われていた探検をしようとして、日の射さない夜の外に出たのだ。

草簑を纏わなくても外を出歩けることに感動しながら、森の外れまで近づいていったクルシュだったが、ふと遠くから低い唸り声が聞こえてきた。何事かと周囲を見渡す彼女の視線の先………森の奥から巨大な熊が現れたのだ。四本足で力強く走ってくる熊は真っ直ぐにクルシュに向かってくるのが明白で、彼女は慌てて逃げようとするが、足元に生えていた木の根につまづいてしまった。必死に起き上がろうとするも転んだ弾みで足首をひねってしまったらしく、痛みで立つこともできない。もう一度熊を見ればすでにクルシュとの距離はあと数秒という距離におり、彼女がもうダメだと思った時だった。

 

鋭い爪を振りかざす大熊の両目に、突然飛来してきた何かが刺さったのだ。グオオオッと苦痛から自身の顔をかきむしる熊の顔をよくよく見れば、それは集落の狩猟班が愛用する鋭利な手製の投げナイフだ。

突然のことに混乱するクルシュが、ナイフが飛んできた先を見てみれば、そこにいたのはものを投げた体勢のまま固まる兄の姿。彼はナイフで熊の両目を的確に突き刺すと、クルシュのそばを通りそのまま熊に駆け寄る。視界を潰され混乱する熊の背中に飛び乗り、腰から護身用の短剣を抜くと、その首に切っ先を突き立てて一撃で仕留めたのだ。

首から血飛沫をあげながら熊がゆっくりと倒れる姿を見届け、クルシュは脳内が真っ白になり固まってしまう。

兄が鮮やかな手際で手強い魔獣を屠る姿は凄惨ではあったが、それと同じくらい美しくもあったのだ。

だが返り血を浴びて歩みよってくる兄にビクリと震える。この時のクルシュは、兄が今度は自分を殺すつもりつもりなのではないかと、本気で思っていた。やがて片膝をついてクルシュの目の前にしゃがみこむ兄は、彼女の両肩を掴んできた。

 

『バカもの! あれほど父母から、夜一人で出歩くなと言われていただろうが!!』

 

『………え?』

 

だが次いで彼の口から出た言葉に、クルシュは思わずまの抜けた声を漏らしてしまった。いつも冷静沈着で表情一つ変えない兄が、初めて声を荒げて怒鳴ったのだ。その言葉に込められていたのは、怒りと心配。自分が危険な目にあいかけたのを見て叱るという、初めて見る兄の姿にクルシュは唖然となってしまう。

そして安堵から緊張の糸が切れたかのように、クルシュを力強く抱き締めた。まるで彼女が生きていることを確かめるかのように。

 

あまり触れる機会がなかったため知らなかったが、ニーガの体温は普通の蜥蜴人よりもやや低い。だが抱き締められたその肌を通して、彼の心の温度が伝わってくるのをクルシュは感じた。

いつも鉄面皮で冷たい兄のことだから、自分のことなどなんとも思っていないのだとばかり思っていた。だが、それは自分の勝手な思い込みでしかないのだとクルシュはこの時気づいた。彼は決して冷たい人なんかじゃない。ただ自分の感情を表に出すのが得意ではないだけで、私達と同じ『存在』なのだと。

その後、足を挫いたため歩けないクルシュをニーガがおんぶして家に帰れば、返り血まみれのニーガを見て母が甲高い叫びをあげ、そうなった経緯をクルシュが説明すれば両親にこっぴどく怒られてしまった。

 

しかしこの夜の出来事は、クルシュの兄に対する印象が大きく変わった大切な思い出として、今も脳裏に刻みこんでいくこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなところがあるのか……」

 

クルシュの口から語られたニーガとの思い出を聞き、ザリュースは目を見開いて呟く。ザリュースから見た彼は常に冷静沈着で動じないオスに見えるので、そんな情に熱い一面があるのが意外だったのだ。

 

「そういえば、ちょっとザリュースと似ているかも」

 

「俺に?」

 

「ええ………冷静だけどどこか熱い心を持っていて、優しいところとか」

 

「そうか………」

 

あれほど優秀なオスと似ていると言われ、ザリュースの背中をむず痒い感覚が這う。

 

「だから大丈夫よ。きっと五部族同盟は上手くいくわ」

 

自慢の兄に似て優秀な貴方なら、きっと『竜牙』との交渉も成功できる。そう言外に示唆する言うクルシュに、ザリュースは照れ臭そうに笑う。

 

「ああ、そうだといいな」

 

願わくば、愛しい彼女の伴侶としても、彼の義兄弟としても恥じない存在になりたいと、ザリュースは満天の星空に向けて誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、集落を離れたニーガは水田の外れまで歩いていく。そして人気のない場所まで来るとその場に立ち止まった。

 

「………さて」

 

ふうと小さく息を吐き、ニーガは誰かに向けて語りかける。

 

「いい加減出てきたらどうだ? ()()()

 

フードの隙間から鋭い眼差しを覗かせるニーガの目の前に、地面を突き破って太い木が生えてきた。木の幹の表面に三つの割れ目ができて顔が浮かび上がり、ニーガに向けてニタリと嘲笑を浮かべる。

 

「これはこれは、しばらく会わぬ間に随分こじんまりとした姿になりましたなあ。おかげで鱗の色を見るまで全く気づけませんでしたぞ? ニヌルタ」

 

「そう言う貴様も、しばし見ぬ間に縮んだのではないか?」

 

開口一番に嫌味を言いあい、二人は確信する。目の前にいるこの『存在』は、まごうことなくかつて言い争ってきた天敵(戦友)であると。

 

「ふん、少なくとも貴殿が入っているそのちっぽけなトーチよりは、広々としていますとも」

 

「ふむ………どうやらそのようだな」

 

ニーガは改めてソカルの姿を観察する。確かにソカルが入っている巨木のトーチは、並みのフレイムヘイズよりは巨大そうな器に見える。

そんな彼をよそに、ソカルは聞いてもいないのにこの姿になってしまった経緯を、やや仰々しい仕草でつらつらと話し出す。話の内容を理解したニーガは納得したように頷いた。

 

「やはりあの地震は、貴様の顕現の余波だったわけか」

 

一年半前に、森の奥から巨大な揺れが広がったのはニーガの住む『朱の瞳』の集落からでもハッキリと伝わった。怯え、混乱する仲間達の一方で、ニヌルタだけはその気配にある既知感を抱いていた。それはありし日の頃、幾度となく口喧嘩をしあった仲間のものと酷似していたのだ。

 

「ほう、知っておられたならばなぜ来なかったのでしょうか?」

 

「………最初に接触する仲間がお前なのが癪だったからな」

 

「言ってくれますなあ………こちらとてその澄ました面をまた拝むのは避けたかったものでしたが」

 

最初に再会したのがウルリクムミだっただけ、まだマシなほうかもしれませんと漏らすソカルに、ニヌルタはいかにも残念そうに肩を落とした。

 

「ウルリクムミがいたのなら、そちらから再会したかったな」

 

「何かおっしゃいましたかな?」

 

「聞こえぬほどの小声で言った覚えはない」

 

しばらくはピリピリした空気を纏い互いに睨みあっていたが、やがてどちらからともなく興ざめしたようにため息をつく。

 

「………やめましょうか、これ以上は」

 

「そうだな」

 

いつも自分達のいさかいを文字通り身体を張って止めてくれたモレクも、年長者らしく宥めてくれたイルヤンカも、強引に場を収めてくれたメリヒムすらいない現状では、満足にケンカもできやしない。

それに今は、それよりも重要な案件がある。

 

「貴様のことだ、我々の現状についてはすでに理解しているのだろう?」

 

「無論ですとも」

 

ソカルが観察したところ、どうやらニーガはこの集落にかなりの愛着を抱いているらしい。日頃から気にくわない同僚の、笑い話のネタを得られる大チャンスにニヤニヤと笑みを浮かべているのを見て、ニーガはつい眉間に皺を寄せる。

 

「正直なところ、貴様に借りを作ってしまうのは不本意だ」

 

しかし彼は口調こそ毒が混じってはいるものの、真っ直ぐな目でソカルを見てきた。

 

「だがことは一刻を争う。勒を並べた同胞のよしみで、今一度力を貸してほしい」

 

そして謹厳実直な彼らしい、真摯な言葉を述べてすんなりと頭を下げてきた。そんな彼を見て、ソカルは唖然としてしまう。

 

「………ふん、そこまで素直だと調子が狂いますな」

 

せっかく笑い話にするつもりだったというのにこれでは萎えてしまうと、ソカルは面白くなさそうに顔を歪める。

 

「まあいいでしょう。それにその敵に関しては、ちょうど私も恥をかかされましたからな」

 

「そうか」

 

「ではかつての通りに、互いの情報交換と行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ、ブクブクチャガマ、アウラ、モモンガ、アルベド、ナーベ、レギィ………そして『無貌の億粒』と『蜂蜜色の炎の徒』か」

 

ソカルから聞かされた、名前と存在が把握できている者達を頭にしかと入れ、ニーガは腕を組んで考えこむ。

『無貌の億粒』と『蜂蜜の鷹』が紅世の徒であるのは確定だが、その他の連中はそうではないらしい。おそらくこの世界由来の強者なのだろう。現地の住民と紅世の徒が手を組むという前例は、ソカル達の時代でもかなりあったため、何もおかしいことではない。

特に『無貌の億粒』はソカルのことを『元先手大将』と呼んでいた、つまりやつは少なくとも『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』のことを知ってはいるらしい。

 

「我々のことを知りながら、若造の分際でそれだけ情報をひけらかすということは、その徒がよほど無謀で世間知らずの阿呆であるか……」

 

「あるいは………その驕りに見合った戦力を有している、といったところか」

 

この世界の強さの基準は第三位階以上を使えるだけでも強者と称えられるが、ニヌルタ達から見ると正直なところ微妙な強さだ。

しかしそこに紅世の徒が加わるとなれば話は別。並みの徒でも扱う自在法が厄介だったり、連携の精度や相性次第では格上殺しを為せることも不可能ではない。『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の構成員などがまさに良い例だろう。

 

「ウルリクムミ達の行動を把握しているならば、敵は間違いなく妨害工作をしてくるでしょうな」

 

ソカルが言うように、強力な援軍の存在を把握しているならば、みすみす合流させるなどという真似はしないはず。最低でも戦争が始まるまでは、彼がトブの大森林に到着できないように刺客を送り込むだろう。

 

「ウルリクムミにその旨は話したか?」

 

「しかと忠告を。まあ彼のことですから、対策は自身で立ててくださるでしょう」

 

その辺りに関してはニーガも信頼できる。となると残る懸念は、敵が第一陣にどのくらいの規模の軍を集落に送り込んでくるかだ。

 

「ソカル、お前はそのダークエルフ共の監視を怠るな。新しい敵兵がその拠点に現れた場合、すぐに報告せよ」

 

「言われずとも」

 

約束の日まで、あと7日。




ソカル「それにしても、昼間はずいぶんと華麗な水面着地をなさいましたなあ。冷静な中軍首相殿も、妹君がどこぞの馬の骨に求婚されるのは冷静ではいられなかったようで」

ニーガ「貴様も、我々の色の装飾品を身につけるほど寂しかったみたいだな?」

ソカル「なあ!?」

ネムの髪飾りを外し忘れていたことに今気がついた
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