棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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こちらに上げるのは今年始めてになりますね。


水面下の攻防

一方、砦を完成させたアウラはその出来映えに満足そうに笑っていた。

 

「砦ノ建設ゴ苦労ダッタ」

 

「お、待ってましたよ大将!」

 

冷たい息吹きを纏い彼女を労うコキュートスは砦を見上げる。

今回アインズから命じられた蜥蜴人の集落の攻略。その責任者という大役を課せられたコキュートスは、己の力を奮える好機をようやく得られたことに気持ちを昂らせる。ナザリック外における初陣、決して醜態を晒すわけにはいかないと、彼は改めて気を引き締めるべく冷気を吐いた。

 

 

「お待たせいたしましたわ。コキュートス様」

 

「ム?」

 

するとふいに背後から声がかけられた。二人が振り返るとそこに立っていたのは、薄汚れた白いボロボロのウェディングドレスを身に纏った、青紫色の布で目元を覆った美女のアンデッドだった。四体のエルダーリッチを後ろに控えさせ、ゾンビ特有の血の気のない肌に対し、紅を引かれた唇が色気を際立たせる。

 

「此度の戦の指揮官を務めさせていただきます。アインズ様より生み出されし下僕、屍人の花嫁(コープス・ブライド)のザンディアと申します。以後お見知りおきを」

 

ザンディアと名乗ったアンデッドは、ドレスのスカートを持ち上品にお辞儀する。

 

「コープス・ブライド………? 確かアインズ様がコキュートスに与えて下さったのは、エルダーリッチ一体じゃなかったっけ?」

 

聞いていた話と違うと、アウラがキョトンと首を傾げる。それに答えるのはザンディアだ。

 

「諸事情がありまして、増援として私共も派遣されました」

 

彼女の唇から紡がれる、蕩けそうな甘い声。魔性とも形容できるその美声が、その場にいる者達の耳に染み込むと、彼らの目がぼんやりとした若竹色に光る。

 

「そう………なんだ」

 

「ウム………ナラバイイガ」

 

至高の御方であるアインズ様のことだ、きっと何か考えがあってのものだろう。ぼんやりとした思考のまま一同は何の疑いもなくそう納得する。

 

「………じゃあ私は一度ナザリックに戻るね」

 

「了解シタ」

 

アウラは夢遊病患者のようにおぼつかない足取りでその場を離れ、コキュートスはその後ろ姿を見送ってから、改めてザンディアに向き直る。

 

「デハザンディアヨ、早速デ悪イガ物資ヲ運ブノヲ手伝ッテクレルカ」

 

「かしこまりました」

 

一礼したザンディアは夫の影を踏まない良妻の如く、コキュートスの後ろを一歩下がってついていく。

 

歩く途中、彼女はチラリと砦の側の林を見てから、名状し難い笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『無貌の億粒』め、まさか堂々と私の視界に再び入ってくるとは……」

 

大胆不敵というべきか、考え無しというべきか。

反応を見る限り、彼女は砦がソカルに見張られていることを把握しているようだ。苛立たしげに枝を揺するソカルに、そばで腰を下ろすニーガが宥めるように声をかける。

 

「ソカル、わかっているとは思うが……」

 

「ええ勿論ですとも。まだ彼奴らには干渉いたしません」

 

このまま連中の砦に奇襲をかけるのは簡単だろうが、『無貌の億粒』の罠の可能性もある。事実、彼女はあのダークエルフ達に自在法をかけていたのをソカルは見逃さなかった。彼らの状態を見るに、おそらくは精神を支配する系統のものと思われる。

 

「しかし気になりますな…」

 

「確かに、『無貌の億粒』の考えが全く読めん」

 

「いえ、そちらではありません」

 

「何?」

 

ところがソカルは、あることに気付いたとニーガに語る。

 

「やつが他の者達を操った時、()()()()()()()()()のです」

 

その言葉にニーガの目がわずかに見開かれる。

 

「炎の色が違うだと?」

 

「はい。先日アレと合間見えた時に見た色は青紫色でしたが、先ほどアレが自在法を使った時は若竹色の自在式が見えました」

 

「若竹色………」

 

ニーガは顔をしかめて俯く。どうやらウルリクムミが逃がしたという『蜂蜜色の徒』のほかにも、まだ見ぬ徒がいるらしい。

それにあのダークエルフ達が『無貌の億粒』の仲間であるならば、わざわざ精神支配の自在法を使う必要などないはず。すなわち両者は仲間ではない可能性が高い。

だがなんのために? ニーガには彼女の行動に一貫性がないように見える。はたして彼女は本気で我々を倒すつもりなのだろうか。そもそも自身の手の内や仲間の存在をほのめかせるなど迂闊にもほどがある。せめて彼女が愚者か謀略家であるかが判別できれば、まだ考えを絞り込めるが。

やはりここは慎重に敵情視察に専念すべきだと結論づける。

 

 

「それにしても『コキュートス』だと………? なんと忌々しい名前か!」

 

甲高い声で喚くソカルが枝を震わせる。

ソカルの脳裏を過るのは、多くの戦友達を殺し尽くし、敬愛する主に刃を向けた憎き赤毛の女戦士。彼女の指に嵌まる、悪名高き天罰神の意思を表出させる深紅の指輪。敵の将がそれと同じ名前であることに虫酸が走る様子の彼に、ニーガも表面上は平静だが、内心ではソカルと似たような思いだ。

 

「その『コキュートス』というのは、どんな種族だ?」

 

「大柄な蟲のような異形でしたな」

 

徒ではないのは間違いないと言うソカルに、ニーガはピクリと眉尻を上げる。

 

「蟲………」

 

「いかがなさいましたか?」

 

「いや………大したことではない」

 

しばし腕を組んで考えこむ姿にソカルから問いかけられ、ニーガはゆるく首を振って言葉を濁した。

そして一番の懸念がもう一つ。

 

「それで、ウルリクムミ達の方はどうだ?」

 

「案の定と言うべきか、連絡は出来ませぬ」

 

ソカルは遠くからでも感じられた二人の気配が、急に何かに遮断されるように途切れたのを感じた。こちらから何度か連絡しているが、自在式が繋がる様子はなく、おそらく敵に阻害されていると見て間違いない。だがソカルとニーガにとってここまでは『想定内』だ。

 

()()()は問題なく進んでいる。それまでウルリクムミ達が持ちこたえてくれればいいが………」

 

戦とは、いついかなる時も想定外の事態に見舞われるもの。かくいう自分達もそれを痛いほど経験している。いついかなる場合も臨機応変にならなければならない。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、あの『緑爪』族の蜥蜴人はいずこに?」

 

話が一段落したところで、ソカルはザリュースがいないことに気付いた。彼が連れてきた四つ首ヒュドラの姿も見えない。

 

「ザリュースには残りの部族である『竜牙』族の集落に赴いてもらった。クルシュを動向させてだ」

 

「ほう? かわいい妹君をつい昨日会ったばかりの殿方に、安易に託してよろしかったのでしょうかな?」

 

嫌味ったらしく問うソカルにふんと鼻を鳴らす。

 

「クルシュを娶りたいと宣うのであれば、彼女を守れるくらいの腕っぷしと度胸があってもらわねば困る」

 

それに……と呟き、ニーガは首から下がる族長の証を手にとると、どこか切なそうな決意のこもった眼差しでそれを見つめる。

 

「………ニヌルタ、もしや貴殿は」

 

その姿にソカルは、長い付き合いからくる勘でニーガが何を考えているのかを察した。

 

「やれやれ、死んでもそういうところは変わっていらっしゃらなかったようで」

 

「貴様にだけは言われたくない」

 

眉間に皺を寄せてニーガはすっくと立ち上がる。

 

「では私はこれから、『鋭き尻尾』族の集落へ向かう。何か進展があれば連絡しろ」

 

「御意」

 

尻尾を揺らしながらその場をあとにする仲間の後ろ姿を見送りつつ、ソカルは砦の監視を続行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ………だいたいは予定通りに動いてくれてるね」

 

『街の片隅のネズミ』、『平地のカナヘビ』、『大森林のカエル』、そして『ザンディア』の目を通して『忍者』は現状を整理していく。

 

まず『平地のカナヘビ』によれば、どうやらハスターの自在法『封界』は無事発動できたらしく、ウルリクムミは封絶を使えないでいるとのことだ。

あの自在法は味方にはバフ、敵にはデバフをかけられるため、弱体化した状態のウルリクムミであれば、燐子とはいえハスターの作品の中でも高性能な()()でも多少は食い下がれるだろう。

 

 

 

次はトブの大森林。

コキュートス達の砦にあえて並みの徒ほどの存在の力にしたザンディアをあてがい、ソカルとニヌルタの注意を彼女に向けさせ、トーチ並みの小ささにしたカエルから上手く目を反らせたようだ。

 

 

「モモンガさん達は………アザトースの『声』が効いてるっぽいし、問題なさそうだな」

 

ナザリックの勢力はもはや完全に我々の支配下にある。今さら勝手な深読みや慎重すぎる思考で余計な真似をすることはないだろう。

 

「となるとやっぱり、問題はこっちか」

 

トブの大森林にいる二人の紅世の王。

ハスターが現在足止めしている『とむらいの鐘』。

そして、現在ナザリック内部で飼われている『羊』。

 

特に注目すべきは、『羊』だ。

 

(あの『羊』が俺達の知る()()なら、ナザリックを脱出するぐらい簡単なはずなんだけどなあ……)

 

なのに『羊』はいまだ第六階層の牧場に繋がれたままだ。モモンガの命令を受けたデミウルゴスが、丁重に扱うよう環境を変えたが、常に怯えた様子で戦おうとする素振りも見せない。演技をして逃走の機会を伺っているのか、単に噂が誇張されていただけでアレが()()の正体なのか、彼には判断しづらいものだ。

 

(『棺の織手』を始めとした、ほかのやつらにも動きは無し。しばらくはこいつらを重点的に警戒すべきだろうな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く広いその場所に、異形の群れが蠢いている。

 

 

【来タヨ】

 

【キタキタ】

 

【役者は揃った】

 

【せんそうだ! せんそうだ!】

 

【勝テルカナア】

 

 

人間、エルフ、亜人、アンデッド、悪魔、天使、妖精、ドラゴン。大型哺乳類から小さな虫まで、多種多様な者達がざわめく。共通の種族など一つとしてないそれらには、しかしある共通点があった。体毛、皮膚、目、爪、果ては装飾品。それらのいずれかが青紫色に染まっている。

何千、何万、あるいは何億。冒涜的な嘲笑と狂喜の叫びは音程の狂った旋律のように輪唱しあう。

彼らが望むのは、破滅か享楽か。それはまだ誰にもわからない。

 

 

 

 

約束の日まで、あと六日。




解説

自在法『封界』
優れた自在師であるハスターが独自に編み出した、固有空間を展開する自在法。この空間にいる間は味方陣営の基礎能力を強化するのみならず、敵陣営の能力弱化や自在法の発動阻害が常にかけられ、『封絶』の発動をも妨害する。
並みの紅世の王でも自前の自在法の威力を半減させることができる反面、発動には空間を展開・維持するのに大量の燐子を配置するなど綿密な下準備をしなければならない。
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