スランプが………あと戦闘シーンむずい……
巨大なクレーターの傍らで、雄叫びと戦闘音が鳴り響いていた。
「オラオラオラオラオラオラァ!!」
片足で立った状態から放たれる、ヒクイドリの“燐子”カルバーナの連続蹴りを、ウルリクムミはウベルリで防ぐ。
「ぬああああ!!」
カルバーナの攻撃がやんだ僅かな隙を見逃さず、クルリと柄を素早く持ち直してカウンターを繰り出すも、寸でのところで孔雀の尾羽がそれを阻む。尾羽の先を見ればそれは孔雀の“燐子”ジュノベルの腰から伸びており、かなりの距離にも関わらず仲間を守る盾として機能している。
「あ、少し欠けた」
とはいえ完全に防ぎきれたわけでもなく、毒々しいほど美しい緑色の尾羽には皹が入っている。
「修復しますね」
それを見た後方のキーウィの“燐子”ペスカッティが、手に持つクロススピアーを軽く振ると、蜂蜜色の燐光がジュノベルを包み壊れた尾羽が治っていく。
「『スパイク・ヴェノム』」
続けて梟の“燐子”ポロナズが地面に短剣を突き立てると、ウルリクムミの足元から蜂蜜色の猛毒のトゲが生えてくるが、トゲは鋼鉄の鎧を溶かすには至らない。
「『ガルダ・ライトニング』!」
「『雷鳩苻』!」
ならばと烏の“燐子”アービアの持つ片手剣から雷の巨大鳥が放たれ、烏骨鶏の“燐子”ラヴィラが裾から数枚の札を投げれば小さな雷の鳩となり巨大鳥と一体化して一回り巨大になる。しかしウルリクムミはウベルリから濃紺の炎弾を放ちこれを掻き消す。
「ぬああああ!!」
大技を出した直後の隙を見計らい再び後方へと接近するウルリクムミを見て、ハスターは軽く舌打ちして片腕を振ると袖から無数の小さな水晶がばら蒔かれる。水晶が地面と接触した瞬間に地面の土が盛り上がり、鳥人間の姿をした何十体もの土人形の“燐子”が瞬く間に生まれていった。
(またかあああ!)
誕生と同時に群がってくる“燐子”の大群を切り払い、ウルリクムミは思考を回転させる。
“紅世の徒”が生み出す“燐子”は、大きく分けて二種類ある。自在法を発動するさいの複雑な仕掛けのピースか、簡単な雑役のための下僕かのどちらかだ。そしてその姿形、能力、知能は製作者である“徒”の技量と本質、この世のどんな物体を元にするかによって左右される。
製作者の言うことを忠実に聞く傀儡という利点はあるものの、より高度な“燐子”を生み出すには優れた技術力が要求されるうえに、維持するだけでも能力に見合った大量の“存在の力”が必要になるのだ。
だが今ウルリクムミと相対する“燐子”達は、一般的な“燐子”とは明らかに違っている。その辺の土を素材にしたにも関わらず、ほどほどの戦力の人形を大量に生み出せる技術は、並みのフレイムヘイズでも物量だけで押しきられそうである。
特に先ほどからウルリクムミと相対する六体の“燐子”達が別格だ。互いに会話して自ら考えて行動できるほどの意思総体を持っていながら、彼らの身体にある何枚もの羽毛は一枚一枚が複雑な自在式である。それらが身体強化や援護の自在法を発動するための仕掛けの一部としてある。すなわちこれが意味することは……
(この“燐子”達、道具型と自律型の利点を両立させている!?)
にわかには信じられないが、そういうことになる。
特に後方のハスターの両隣に控える二体の“燐子”は、それぞれ味方を支援する自在法と破損を修復する自在法を使っている。本来なら“燐子”を修復できるのは製作者である“徒”だけのはずだが、ペスカッティの羽毛に刻まれた自在式はハスターの自在法を低コストかつ迅速に発動するための補助機能としてあるようだ。
これだけの完成度はかの“探耽求究”の下僕である『カンターテ・ドミノ』と同等か、あるいはそれ以上だ。製作者であるハスターの自在師としての技量が高いことが察せられ、総合的なスペックを見れば『仮装舞踏会』の精鋭に匹敵しかねない。
(軍師殿が見ればあああ、涎を垂らして勧誘しそうな逸材だあああ)
とはいえ現状は一進一退。ウルリクムミは『封界』のせいで自慢の『ネサの鉄槌』が使えず本気を出せないが、ハスター達の攻撃は弱体化してなお強大な“紅世の王”であるウルリクムミにたいしたダメージを与えられない。どちらも決定打となれる要素を掴めずにいた。
(さすがはかの大戦で、フレイムヘイズ達に恐れられた『鋼の軍神』。綿密に準備してなおこの有り様とは)
もとより勝てるとは思っていなかったとはいえ、自在式をはじめとした膨大な準備をしていたにも関わらず、ギリギリ食い下がるので精一杯だ。
開戦からだいぶ時間が経ちそろそろ夕方になるにも関わらず、未だ疲労の色が見えないウルリクムミにハスターは内心でため息をつく。
自身の傑作たる『ヒュアデス』達が妨害の手を緩めず、手軽に量産可能な『ビヤーキー』達がウルリクムミに纏わりつくのを確認してから、ハスターは一瞬だけ周囲を見渡す。しかしそれを見逃さずウルリクムミではなかった。
「余所見している場合かあああ!!」
号砲を上げたウルリクムミがウベルリを大きく振ると、幅広の刀身から濃紺のつむじ風が巻き起こる。
『どぅえ!?』
突然巻き起こる風にあおられ近くにいたカルバーナ達は思わず転倒してしまい、彼の身体にしがみつく『ビヤーキー』達にいたっては粉々に砕け散ってしまう。
これはかつてウルリクムミの盟友の一人であるイルヤンカが、自在法『幕瘴壁』でよくやっていた飛行加速への応用を、ウベルリの制御能力とアルラウネの補助を支えにダメ元でやってみたものだ。どうやらこの結界は『ネサの鉄槌』そのものは使えなくても、自在式を一部改造したものであれば発動できなくはないらしい。
ヒュアデス達が態勢を立て直す前に大地を蹴って、ウベルリから溢れた爆風の勢いに乗り一気に距離を詰める。最優先で討つべきは、味方を修復できるあの小柄な“燐子”だ。
「うひゃあ!?」
自身に向かってくる濃紺色の小型台風と化したウルリクムミにペスカッティは飛び上がる。
『ペスク!!』
それを見て慌てる仲間達が駆け出すが間に合わない。ウベルリのリーチまで距離あと一歩まで迫った瞬間だった。
ガキィン!
「ゴガッ!?」
身を守るつむじ風を突き抜けて、ウルリクムミのヘルムに凄まじい勢いで小さな飛来物が当たってきた。
(まだ伏兵が!?)
アルラウネはすぐさま自在法で攻撃が放たれた方角と飛び道具の種類を調べる。これはかつての戦いでフレイムヘイズ達が取り入れた、最新兵器『銃』による攻撃だ。だがたった今ウルリクムミが受けた弾丸の威力と射程距離はあれらの比にもならない。
ウルリクムミが衝撃でバランスを崩したのを見たカルバーナとポロナズが、すぐさま彼に突進し味方から引き離すべくノックバックする。ウルリクムミの巨体が一度地面を跳ねるも、なんとか受け身を取って体勢を立て直す。
(ご無事で!?)
(豆鉄砲ごときいいい、恐るるに足らんんんん!)
銃弾が当たったヘルム内部の反響による耳鳴りを払うように頭を振る。せっかく縮めた距離がまたしても離れてしまった。
「呆れた………。今の弾丸、並みの“徒”なら脳天貫通してるぞ?」
対するアービアはややへこんだだけの彼のヘルムを見てげんなりする。
(ナパリット! ちゃんと威力込めたんでしょうね!?)
ラヴィラが不機嫌気味に遠話の自在法で遠くに潜む仲間に問えば、楽しげな笑い声が返される。
(そのへんは手を抜かないって。ただあのつむじ風を通る時にだいぶ威力を削られたっぽいな)
一同がいる場所を見渡せる小高い丘から、隼の“燐子”ナパリットがライフル銃のスコープ越しにウルリクムミを見やる。
「『九垓天秤』最硬は“甲鉄竜”っていうのは有名な話だけど、次点で硬いのは彼ってことかな」
「“棼塵の関”も、大概だと思う……」
額に手を当ててやれやれと気障ったらしい仕草で首を振るジュノベルに、ポロナズが小さく呟いた。そんな彼らに凛とした声でハスターが告げる。
「油断禁物ですよ貴方達。特にペスク、貴方は我々の中ではヒーラーに当たる存在なんですから、敵には真っ先に狙われると思いなさい」
「はい……」
冷徹な眼差しでジトリと睨むハスターに、ペスカッティは己の不甲斐なさにしょんぼりと項垂れる。
「………それにしても、わかりませんね」
再び『ビヤーキー』を増やしつつ、ハスターは腑に落ちないとやや小首を傾げる。
「確か貴方達はかの大戦で『震威の結い手』に討滅され、戦死なされたと聞いていましたが………一体どうやってあの戦場を生き延びたのですか?」
「そんなことおおお、俺達が知りたいわあああ」
実際トブの大森林にいるであろう戦友達も含め、自分たちがこうして五体満足で生存している理由は皆目見当がつかなかった。そうきっぱりと返せばハスターは顎に手をやり考えこむように黙る。
(………もうよろしいかと?)
(あいわかったあああ)
アルラウネの合図にウルリクムミが頷き、ふうと小さく息を吐き、ウベルリに存在の力を注ぎ込みはじめる。斧の先からは薪をさらに加えられる篝火の如く濃紺の炎が激しく燃え上がり、硬質で巨大な物体を形成しはじめる。敵の自在法の質が変わったことに警戒して身構えるヒュアデス達だったが、炎が変貌したそれを見て驚愕した。
「え………」
「はい!?」
なんとバトルアックスの先が濃紺色の炎の大剣に変じたのた。元から巨大だった武器がさらに質量を増したそれを、ウルリクムミが大きく振りかぶる。
「いやお前っ………もうそれ『鉄槌』じゃねえだろうがあ!!」
大剣がカルバーナに振り下ろされるのを見て、仲間を守るべくジュノベルがすかさず尾羽を伸ばす。だがさすがに防ぎきれず尾羽が粉々に砕けてしまった。
「うぐ!!」
「あぶね!?」
カルバーナは咄嗟にバク転してギリギリ躱すも、攻撃を受けたジュノベルは砕けた尾羽を抱え、苦痛から思わず膝をついてしまう。
「ジュノ!」
「まいったなあ……自信無くすよ」
慌ててペスカッティが修復すれば尾羽は元通りになる。しかし息をつく暇もなくウルリクムミの猛攻は止まらない。リーチの伸びた攻撃を必死に躱す前衛達を見て、ハスターは眉間に皺を寄せウベルリを見据える。
(範囲攻撃を捨てた分、
元から絶大な破壊力を持つ自在法が、小さく圧縮されたことでさらに跳ね上がっている。あんなもの、かするだけでも命取りだ。だが武器が巨大になった分スイングの貯めがやや長くなってもいる。このくらいの速さなら、落ち着いて動けばギリギリ避けられる。一度冷静になるべく深呼吸し視線を移すが、
(………あれ?)
ここでふとハスターは違和感を覚える。バッと首を素早く振って周囲を見渡せば、違和感の正体に気づいた。
(『封界』が狭まっている!?)
彼が発動した直後に比べて、『封界』の範囲が狭くなっていたのだ。一体どういうことかと自在法で調べてみると、『封界』が消失した範囲にはウルリクムミの攻撃の余波を受けていた形跡があった。
それに気づいたハスターは、彼が執拗に周辺を砕き続けていたのを思い出す。彼が大剣を生み出したのは、単に攻撃パターンを変えるためではない。『封界』の維持のために周囲に配置した無数の“燐子”を、ヒュアデス達への攻撃の余波で少しずつ破壊するためだったのだ。
“燐子”の隠蔽は問題なかったはずだが、アルラウネに自在法で調べさせたのだろうか。いずれにしろ自身はすでに詰みの局面に追い込まれていたのだとハスターは焦る。
弱体化してなおあれだけの威力だというのに、もしこのまま『封界』が解けてしまえば………。ハスターの背筋が凍りつき、再び周囲を見やる。
(
いや、間に合わせなければならない。すぐさま事前に仕込んだ自在式を起動させると、周辺に散らばる“燐子”の残骸が宙に浮きハスターのもとへと集まりだす。
「させるかあああ!!」
だがそれを見逃すウルリクムミではない。彼の行く手を阻むヒュアデス達を、大剣一振で上半身と下半身を真っ二つにした。
『ぎゃあああああああ!?』
「みんな!! くそっ………!!」
スコープからその光景を垣間見たナパリットも足止めするべく弾丸を乱れ打つが、再びウルリクムミの身体が濃紺のつむじ風を纏い、今度は全て阻まれてしまう。
「おおおおおお!!」
「「ハスター様、危ない!!」」
前衛達を振り切り、地を蹴ってハスターへと迫るウルリクムミを見て、両隣の“燐子”が主を守るべく前に出るが、
「危ないのは貴方達ですよ!!」
何を血迷ったのか、主であるはずの“徒”が“燐子”を両脇に突き飛ばして庇った。
『!?』
その行動に驚愕したのはペスカッティとラヴィラだけではなく、大剣を振りかざすウルリクムミとヘルムから戦況を覗くアルラウネもだ。だが重量を持った武器が寸でで止まるわけなどなく、ハスターの身体は縦に一刀両断されてしまった。
『ハスター様あああああああああ!!』
綺麗に縦一文字に斬られた主の死を間近で見てしまい、ラヴィラとペスカッティは喉が張り裂けるのでないかという大声で叫ぶ。下半身を失い地を這いつくばるヒュアデス達もその光景に愕然とする。
ウルリクムミは大剣を維持する炎を収め、大きく深呼吸した。“王”ならばともかく、一介の“徒”が今の一撃をまともに食らって生けていられるとは思えない。ゆえに順当にいけば、これで戦いは終わったかに思えたが………
「………?」
周囲を見渡しアルラウネはいぶかしんだ。自在師であるハスターを倒したにも関わらず、周囲を覆う自在法が一向に解けるようすがないのだ。それだけではない、彼がかき集めた“燐子”の欠片はいまだ中空で渦巻き続けている。ウルリクムミが再び真っ二つになったハスターの身体を見ると、亡骸がいまだそこに残っている。
「!!」
“徒”が瀕死の状態になった場合、その身体は炎となって散るはず。だが眼下のバードマンの身体は一向に炎が燃える様子を見せないのだ。その事実に気づいたウルリクムミは慌ててしゃがみこみ、物言わぬバードマンの身体を調べて目を見開く。それは“徒”の身体などではない、陶器でできた人形だ。
(これも“燐子”!?)
アルラウネが慌てて本物を探すべく周囲を見渡し、二人は見つけた。遠く離れた場所で蜂蜜色の自在式を起動させる、彼が着ていた空っぽの黄色いローブを。
(本体は衣服!?)
(“燐子”に損傷を肩代わりさせたかあああ!)
二人の視線がこちらに向いたのを見てハスターは舌打ちする。気づかれたが、もう後には引けない。彼らの周囲を燐子の破片が集まり四方八方を囲みはじめる。
「まだだあああ!!」
対するウルリクムミも敵の自在法を破壊するべくウベルリに最後の力をありったけ込める。先ほどの攻撃の余波で“燐子”が破壊され、
(本当に、抜け目がない!!)
斧の先から形成された濃紺の竜巻がローブに振り下ろされ、“燐子”の破片が重戦士を覆う。
「「おおおおおおおおおお!!!!」」
咆哮が鳴り響き、大規模な自在法が同時に放たれる。
僅差で王手を決めたのはーーーーー
解説
燐子『ビヤーキー』
ハスターが作成・使役する“燐子”の総称。意思総体を持たず事前に命じられた行動のみを行う典型的な道具型。
だがこれらの最大の特徴は『素材を問わず量産が可能で、なおかつ自由に改造することで様々な用途に沿ったものが作れる』という汎用性の高さにある。これはハスターの本質である『人形に寄生する装い』の反映と、彼の生来の自在師としての技巧が合わさったことで行えるものである。
燐子『ヒュアデス』
ハスターが使役する“燐子”の中でも傑作と名高く、防御力に秀でた『ジュノベル』、徒手空拳に秀でた『カルバーナ』、修復に秀でた『ペスカッティ』、自在法に秀でた『アービア』、狙撃に秀でた『ナパリット』、索敵・探知に秀でた『ポロナズ』、支援に秀でた『ラヴィラ』の七体で構成されている。
いずれも高度な意思総体を持ち、それぞれの得意分野に見合ったチームワークで戦う。さらに自律型でありながら彼ら自身の身体には複数の自在法を遠隔操作するための自在式が無数に刻まれており、ハスターの自在法を円滑に起動するための演算装置という道具型の側面を持つ極めて特異な存在でもある。
『勝負服』
ハスターが戦闘・移動のさいに使用するバードマンの姿をした道具型“燐子”。自在法の演算処理に特化した代物で、有事の際にはハスターの受けたダメージを肩代わりすることも可能。
一応これにもちゃんと名前があるらしいが………