棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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アシズ様、ぶらりロイツの旅。


新しい出会い

あれから一睡もできず翌日を迎えたアシズは、早々に街を散策し始めた。情報収集のためというのもあるが、少しでも陰鬱な気分を紛らわしたかったからだ。歩いていると道行く人々の物珍しげな視線が集まり、時にひそひそとかくれて耳打ちしている。よそ者に警戒しているのだろうかとチラリと見れば、女達が顔を赤らめてそっぽを向く。なんとなくそれが嫌悪からくる態度ではないとわかり、アシズは歩を進める。

 

たどり着いた先は小都市一番の図書館だ。ここでなら聖王国に関する情報が手に入るだろうと考え、扉を開き中に入る。

 

「………」

 

内部は図書館という肩書き通り、様々な本がところ狭しと並んでいる。正直どれがどれだかわからないが、受付で国の歴史に関する資料と魔法・魔獣に関する資料の場所を聞き、アシズはまず歴史資料のコーナーに向かった。

その中で目当ての本を片っ端から抜き取っていき、片手で軽々と抱えて持っていく。ある程度集まったのを確認すると、近くの机に置いて椅子に腰かけて本を開き始めた。ほかの客達の視線をいまだ感じて落ち着かないものの、気にしないよう努めてページをめくっていく。

 

六大神、八欲王、名ばかりの賢者、十三英雄。

リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国、アーグランド評議国。

 

 

読み解くほど入ってくる新しい知識から、アシズは昨日の自身の推測が間違いないことを確信する。

 

(やはりここは、両界とは全く異なる世界なのか)

 

一体なぜ自分だけがこの世界に転移してしまったのか。いまだわからないことはたくさんあるし、今後調べていくことになるだろう。

 

(………調べて、どうなる?)

 

調べれば、“紅世”に帰る方法があるとでも?

仮に帰れたとして、もはや自分の居場所などあの世界にはないというのに。

 

(いかんな………。気を抜くとまた嫌な思考に陥ってしまう)

 

これでは気晴らしの意味がないと、暗い考えを振り払う。窓から差し込む日向を見れば、影は十時半をさしている。

 

(………何か食べるか)

 

来る途中で昨日のバジリスクを換金し、得た金銭はまだたくさんある。美味い食事でもすれば気分も晴れるだろうと、椅子から立ち上がる。本を全て棚に戻してからアシズは図書館を後にした。

彼が去ったあと、受付嬢達がその後ろ姿をうっとりとした目で眺めていたのを、彼は知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は出店の立ち並ぶ繁華街にやってきた。相変わらず周囲の人々の視線が集まるが、慣れてしまえばどうということはない。アシズは物色するように出店を見渡し、その中で甘い匂いのする店に目を見つけた。それなりの行列ができているその店では、小麦粉を薄く焼いた生地で果物のジャムを包んだ菓子を客に手渡している。片手で食べられるその菓子は特に子ども達に人気なようで、気になったアシズはそれに決めた。

早速列に並ぼうとするが

 

トンッ

 

「?」

 

突然後ろから抱きつかれた。とはいえ抱きつく力は弱く、回された腕も腰の辺りというところを見るに、犯人は随分背の低い人物らしい。アシズが特に動じずに振り返ると、案の定抱きついてきたのは人間の子どもだった。

 

「………お前は」

 

しかしよくよく見れば、その子どもはアシズが先日助けた村の子どもだった。確か一番最初に接触した少女だった気がする。少女はアシズの腰に細長い腕を回し、まるで親を見つけた子どものように力強く抱きつく。

 

「なぜここにいる? もう身体のほうは大丈夫なのか?」

 

アシズは優しく少女の腕を剥がし、両肩に手を置いて向き合う。治癒の自在法をかけたとはいえ、少女はいまだ病み上がりの状態なので街の医者に預けたはず。こんな人混みの多い繁華街を出歩いて大丈夫なのだろうか。

問われた少女は元気がなさそうにうつむいており、来ている服は白いワンピースのみ。出かけにきたというよりは病院からこっそり抜け出してきたような出で立ちだ。

 

「まさか一人で来たのか?」

 

なおも問うが、少女は罰の悪そうにうつむくだけで答えない。周囲の視線もさらに増えていき困り果てるアシズだったが、ここで急にグウという音が鳴り響く。

 

「っ………!」

 

と同時に少女の頬が真っ赤に染まり、慌てて腹部を押さえる。どうやら彼女の腹の虫が鳴ったらしい。アシズは慌てる少女になんだか毒気が抜かれてしまい、その頭を優しく撫でた。

 

「これから食事にしようと思うのだが、食べるか?」

 

穏やかな笑みで問えば、少女はおずおずと頷いた。

 

返答を確認したアシズは人混みにはぐれないように少女の手を繋ぎ、二人は行列の最後尾に並んだ。少し時間を置いてから前の客が立ち去ってようやく自分達の番になり、アシズは店主に声をかけられる。

 

「らっしゃあせー、旦那! どのクラアプにしますかい?」

 

菓子の名はクラアプというらしい。品書きを見てみると果物を包んだものだけじゃなく、肉や野菜を包むおかず向けの味付けもあり大人でも楽しそうだ。

 

「お前は何にする?」

 

まず隣の少女の意見を聞いてみると、彼女は少し迷いつつも果物を包んだ甘い味付けの菓子を指差す。

 

「ではこの子にはこちらを。私は……こちらの肉を包んだものを頼む」

 

「あいよー!」

 

気前よく答える店主は丸い鉄板の上に生地を流し、手際よく伸ばしていく。香ばしい匂いとともに生地をひっくり返せば美味しそうな焼き色がついており、その上に果物を並べて包んでいく。ふと見れば少女はそのさまをキラキラした目で食い入るように見つめており、アシズは微笑ましい気持ちになる。やがてアシズの分のクラアプも出来上がり、店主に銅貨を数枚手渡して受け取った。

 

「すぐそこに噴水があったな。そちらで食べようか」

 

「………」

 

一つずつ片手でクラアプを持ち合い、二人は手を繋いで噴水に歩み寄る。噴水の縁に腰掛けてから早速クラアプを一口齧る。塩気のある味付けと肉の旨味がほどよく溢れ、香ばしい生地もなかなかに美味だ。あの店主は良い腕をしているなと心中で感心してふと少女を見ると、彼女は大きな一口でかぶりついている。

まるで飢餓状態からごちそうを得られたかのように、目尻に涙を浮かべる少女はクラアプの味を噛み締めている。その様からよほど飢えていたことをなんとなく察し、アシズはポンと頭に優しく手を置いた。

 

(よほど辛かったのだな……)

 

まだ十二歳ぐらいしかないであろう少女が、つい先日受けた悪魔達の残忍極まりない『遊び』を思い出す。相手を生きたまま苦痛と絶望を与える悪趣味な仕打ちは、普段滅多に怒らないアシズが殺意を抱いてしまうほどだった。あれだったら並の“紅世の徒”のほうがまだ良識的にさえ思えてしまう。

 

(そういえば………)

 

あの赤い悪魔が『主に献上するためのアイテム作り』のために、人間を家畜化していると言っていたことを思い出す。主………つまりはあの悪魔のさらに首魁、引いては同じことをしている仲間がほかにいるということなのだらうか?

脳裏を過った嫌な可能性に、アシズは唇を噛む。この少女と同じような人間達がまだほかにもいるかもしれない、ならば一刻も早く助けなければ……

 

(………助ける?)

 

ふと己の思考に疑問を感じる。なぜ見ず知らずの人間に、そこまでする必要があるだろうか。もはや自分は、世界の秩序を守るフレイムヘイズではない。なのになぜ今さら、人間を守る考えに?

これではまるで、討ち手として活動していた頃の思考そのものではないか。ティスを殺した人間達を救わねばならない気持ちに懊悩するアシズだったが、そこへかけられた大声が待ったをかけた。

 

「あー! こんなところにいたのか!!」

 

顔をあげて見てみれば、大通りの人混みを掻き分けて白い装束の青年が駆けてくる。

アシズはその青年に覚えがあった、確か昨日の検問所で村人を預かってくれた医者だったはず。

 

「全く、勝手に走りまわったらダメじゃないか!」

 

腰に手をあてて少女に怒鳴ると、ビクリと肩を跳ねさせて縮こまる。やはり彼女は無断で抜け出してきていたようだ。

 

「ほら、もう行くよ」

 

やれやれと青年が手を差し出すも、少女は隣に座るアシズの胴にしがみついた。

 

「っ………!」

 

「ちょ、何やって…! あれ?」

 

ここで青年はアシズに気づいた。

 

「貴方は………アシズさん、でしたっけ?」

 

「あ、ああ」

 

青年によるとアシズと別れてからの少女は、彼に会いたいと泣きわめいていたらしい。やむなく一夜明けてから彼に会いにいくという話になり、青年と同行させて宿屋まで行こうとしたところで目を盗んでいなくなってしまったとのこと。

 

「本当にすみませんでした……」

 

「いや、問題ない。むしろ迷子にならずにすんでよかった」

 

これだけの人混みで子ども一人を見失っては人攫いに会いかねない。早々に自分を見つけられたのは僥倖といえるだろう。ついでに青年に、村人達の容態はどうかと尋ねる。彼曰く肉体の怪我は思いのほか少ないものの、やはり精神的な傷が深い人々も少なくないため、退院までは時間を要するらしい。

 

「ほら、もう会えたんだからそろそろ帰るよ。まだ検査とかしないといけないんだから」

 

「や!」

 

「やじゃないの! アシズさん困っているだろ!?」

 

「やー!」

 

いやいやと首を振り、抱きつく力を強くする。青年の言う通り彼女はまだ本調子とは言えないはずなので、なるべく回復に専念すべきだ。だがアシズとしてはどうにも自身に縋る少女を振りほどく気にもなれず、どうしたことかと青年を見る。

 

「その………この子の親はいないのか? 親の指示ならばある程度は聞き入れてくれると思うのだが」

 

「ああそれなんですが、どうもこの子には親がいないみたいなんですよ」

 

曰く彼女はつい最近村の付近で行き倒れていたのを保護されていたらしい。倒れる前の記憶もないそうで、村人達全体で世話をしていたとのこと。

それを聞いてアシズは驚くと同時に納得する。なるほど、親の顔も自身の素性もわからないなかで悪魔に捕まり拷問され、それをアシズに助けられたことで彼に依存してしまったわけだ。

 

「………」

 

涙目で自身の胸に顔を埋める少女の姿に、アシズはチクチクと良心が痛む。十二歳の若さで酷い仕打ちを受けたために不安なのだろう。その姿がかつての配下達と重なるようで、アシズの元来の優しい性格がどうしてもほうっておく気になれない。

 

「もしよければ、私も療養所で寝泊まりしても大丈夫だろうか?」

 

「え?」

 

アシズの提案に青年が目をパチクリさせる。少女の不安定な精神面を考慮するに、このままただ治療するだけでは社会復帰は望めない。ならば彼女が安定するまでのあいだだけでも自分がそばにいたほうがいいとアシズは説明する。

 

「無論ただで居座るつもりはない。何かしらの手伝いはする」

 

「それは構わないのですが……」

 

青年は戸惑いつつも、アシズの意見に一理あることを理解し頷く。少女の頭を撫でれば顔をあげて嬉しそうに笑った。

 

「そういえば、お前の名はあるか?」

 

小首を傾げて問いかければ、少女は元気に答えた。

 

 

「シャナ! ニエトノノ・シャナ!」




アシズ様パートはここで一旦区切ります。
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