そして当日。
“鋭き尻尾”族の村のそばにある大きな沼の上空を、かつて先触れが来た時と同じ暗雲が晴天を隠し始めた。
「来ました!」
見張りが大声を上げて仲間達に知らせ、戦士達は森の向こうに鋭い眼差しを向ける。現れたのは粗末な武器を構えたスケルトンと醜悪な姿のゾンビの軍勢で、骨を軋ませる音と呻き声をあげて歩いてきている。
「出てきたな」
すでに覚悟を決めたとはいえ、その光景に身震いする蜥蜴人達に、砦の高台からシャースーリューが叫ぶ。
「聞け! 全ての蜥蜴人達よ!」
この同盟の指揮官の身を預かる者の声に、一同の視線が集まる。
「認めよう、敵は多いと……。しかし恐れることはない! 我ら五つの部族は、歴史上初めて同盟を結んだ。この同盟によって我らは一つの部族となり、五つの部族の祖霊が、我らを守ってくれる!」
バッと後ろに控える族長達に振り向き、その内の二人に命じる。
「“朱の瞳”族長ニーガ・ルールー、祭司頭を束ねるクルシュ・ルールー、祖霊を下ろせ!」
名を呼ばれたニーガがフードを取り、クルシュが草簑を脱ぎ捨てて互いに空へ祈りを込める。
「見よ、全ての蜥蜴人達よ」
「五つの部族の祖霊が、貴方方の元に降りて来るのを」
暗雲に向けて手を伸ばす兄妹につられて一同の視線はその先に向けられる。暗い空から降り注ぐ無数の光が、まるで彼らの絶望を払うかのように輝きながら舞い降りてくる。
「光だ!」
「祖霊が俺達を守りに来てくれたんだ!」
淡く小さな光の暖かさに祖霊の加護を感じ、戦士達が沸き立つ。
「さあ、全ての蜥蜴人よ! 敵を倒し、祖霊に勝利を捧げるぞ!」
呪法と薬草の力を借りた興奮状態、さらにはシャースーリューの大演説に鼓舞されたオス達の士気は最高潮に達している。戦士達は鍛え抜かれた身体を塗料で飾りたて、扱い慣れた武器を手にする。それを見届けたシャースーリューが大剣の切先をアンデッドの大群に向ける。
「出陣!!」
『ウオオオオオオオオオオオ!!!!』
開戦の号砲を鳴らすが如く、戦士達は駆け出した。
開戦と同時にここで早くも両軍に明確な差が現れ始める。ただでさえ動きの鈍いアンデッド軍団は湿地に足を取られて歩みが覚束なく、対する蜥蜴人達にとって湿地は慣れ親しんだ庭も同然で、全く枷になることなく自由に動き回れる。必然的に蜥蜴人達の進軍速度が上回っていくのだった。
打撃に弱いスケルトンには殴打武器で対応し、前衛のスケルトン達は次々と殴り倒されていく。ある程度打撃に強いゾンビ軍団は比較的善戦していたが、
「
浮遊した状態からダメ押しとばかりに放つ、ニーガの氷の礫がゾンビの群れに全て命中し、腐敗した身体が蜂の巣となって次々と沼に沈んでいく。
「露払いは受け持つ、構わず進め!!」
『おお!!』
高位の魔法を放つニーガの勇姿を見上げ、戦士達の士気はさらに上がり果敢にもアンデッドの軍勢に切り込んでいくのだった。
「優れた祭司と聞いてはいたが、予想以上だな」
そんなニーガの姿を、拠点の高台から族長達が眺めていた。
「あの魔法は………もしや『飛行』か?」
「ええ。第三位階魔法の一つで、“朱の瞳”族の中でも扱えるのは兄様だけよ」
ザリュースの問いに答えるのはクルシュで、その言葉に一同は感嘆の息を漏らす。彼女によればニーガは祭司よりも魔力系魔法詠唱者の才に長けているらしく、基本的な魔法は一通り扱えるとのことだ。
「まだ本気を出してはいないだろうが、見た限りヤツはおそらく俺よりも強いだろう」
「兄者?」
珍しく謙虚な感想を述べるシャースーリューに、彼の強さをよく知るザリュースは目を見開いて彼を見る。
「うん。あのこおりのいりょく、おれのよろいでもまもれない、かもしれない」
続けて同意するのは、四至宝の一つである
「おまけに狙いも正確無比。目視した限りでは、一つたりとも外していませんね」
蜥蜴人の中でも狩猟に秀でたスーキュも頷く。
「あ~あ、やっぱり一回だけ手合わせしとくんだったな」
好戦的なゼンベルは戦いが始まる前に何度かニーガに戦いを申し出ていたが、結局最後まで断られたのを思い出して不貞腐れる。
そんな族長達の兄を称える姿を横目にやや得意げになるクルシュに、ザリュースは再び質問する。
「クルシュ、ニーガはどうやってあれだけの魔法を研鑽できたのだ?」
ザリュースが見た限り、ニーガの魔法には蜥蜴人の祭司が扱っていないものも含まれている。独学で編み出したにしても、あの若さであれだけ高位の魔法を修得するにはよほど厳しい修行をしたとしか思えない。
「ええと………ちょうど兄様が十歳の頃だったかしら? “朱の瞳”族の集落に、人間の魔法詠唱者がやってきたことがあったのよ」
元来が閉鎖的な蜥蜴人達は、当然の如くその人間を警戒した。だがニーガだけは初めて見たであろう人間に興味を示し、大人達が止めるのも聞かずその人間のもとに何度か足しげく通っていたのだという。そのうち人間が扱う魔法を見て、自分も学びたいと懇願したのだ。最初は適当にあしらっていたその人間もやがてニーガの熱意に根負けし、比較的簡単なものから順に教えてやった。ところがニーガの飲み込みの速さと魔力の操作技術はずば抜けて高く、なんと僅か一年で恩師の魔法を自分に合った形で改良し、完全にものにしてしまったのだ。
「たった一年!?」
「しかも当時まだ十歳だと!?」
クルシュから語られたニーガの能力に、族長のうちシャースーリューとゼンベルが特に驚きの声をあげてしまう。祭司の力と武技をそれぞれ極めた二人からすれば、早熟なんて話ではない。
「その………天才とは本当にいるものなんですね……」
「すごーい」
スーキュとキュクーに至っては、やや引き気味だ。
「クルシュ。そのニーガの恩師にあたる魔法詠唱者殿とは、どんな人間だったんだ?」
「確か赤いフードに黒い服で、白い仮面をつけた女性だったそうよ?」
その頃のニーガ兄様
仮面のお師匠「私が使える魔法は一通り見せた。まずは感覚から掴んでみるといい」
ニーガ「わかりました」
仮面のお師匠(まあ、そんなすぐには出来ないだろうがな。飽きっぽい子供など、しばらくしたら諦めるだろう……)
ニーガ「氷結の短剣(アイシクルダガー)!!」
カッ!!
仮面のお師匠「(゜Д゜」
ニーガ(ふむ………感覚自体は自在法を使うのとほぼ同じか)