蜥蜴人達の士気と統率のもと、すでにスケルトンだけでも五百体が撃破された。戦況の旗色が悪いと判断されたのか、ここでアンデッド兵達が撤退していく。開戦からかなり時間が経ったように思われるが、背後に控える弓兵も騎兵も一向に動く様子がなく、ゾンビにいたってはこちらの動きに合わせているように見えた。
(………ソカルから聞いた通りだったな)
『
ソカルの偵察からアンデッドのより詳しい戦力は頭に入っている。アンデッド軍の規模はニーガの見解では、蜥蜴人を殲滅すること自体は不可能ではない。自分であれば、まず打撃に比較的強いゾンビを前衛に出すと同時に、弓兵で後方から援護しつつ騎馬隊で背後を取り敵を撹乱。そうして相手の体力をジワジワと削りつつ、出し惜しみせず全てのアンデッドを投入し物量戦で本陣を攻めれば余裕だ。
しかし現在相対しているアンデッド軍には指揮官のザンディアはおらず、彼女は砦の傍らに座り手鏡を見ながら呑気に化粧直しをしている。これではアンデッド達はろくな連携も取れず、ただぶつかって行くことしかできない。
しばらく硬直状態が続いたのち、ここでようやく騎兵が本陣に向けて動き出した。動きから見るに後背を取って包囲・殲滅をするつもりだろうが、これもニーガ達の想定内だ。騎兵達は事前に沼に仕掛けたトラップに嵌まり、疾走の勢いもあって派手に転倒していく。
「放てー!」
落馬したスケルトン達はすぐさま体勢を立て直そうとするも、狩猟に秀でた“小さき牙”達のスリングショットがスケルトンの頭部や胴体を正確に撃ち抜く。
騎馬隊の撃破に蜥蜴人達はさらに進み、前衛のスケルトンが粗方片付いたところで今度は弓兵が矢を放ち出した。前線で戦っていた戦士の何人かに矢が刺さり崩れ落ちるも、すかさず防御力に秀でた“鋭い尻尾”族が矢の雨を振り切り弓兵に突撃する。壁となるアンデッドがいない弓兵を守るものは何もなく、近接に対応しきれないまま圧倒されていった。
主だった部隊がほとんどが壊滅し、今度はアンデッドビーストが迎え討つ。蜥蜴人達は疲労の蓄積もあり、人型ゾンビよりも高い身体能力を持つ獣モドキにやや苦戦するも、戦士達の足元が輝きそこから巨大な泥の塊が隆起しだした。
「
精霊の身体から伸びた泥の触手が、アンデッドビーストを次々と捕えて腐敗したその身を引きちぎる。
「これが祭司の力かよ………!」
後方から支援しているであろう祭司達の力量を垣間見、戦士頭達から感嘆の叫びを上げるのだった。
(負ケル。マサカ蜥蜴人ノ力ガコレホドトハ………)
敵の戦力を完全に見誤ったことにコキュートスは拳を握りしめる。お目付け役のエントマからの視線も、仮面越しであるにも関わらず痛く感じる気がしてしまう。
「かなり押されてるみたいですけどぉ、大丈夫ですかぁ?」
「………マダ手ハアル」
この状況を打破出来るであろう『切り札』はかろうじて残ってはいるが、それを使うことは敗北を認めるのも同然だ。コキュートスは汚名を被るのが自分のみならば受け入れる覚悟はある。だが自身の敗北によって至高の御方に泥を塗ることだけは避けなければならない。
このままではいけないと、最も賢き友であるデミウルゴスから助言を貰うべく、伝言のスクロールを取ろうとした瞬間だった。
『っ!』
同じタイミングで、鏡越しに観察していた魔法詠唱者のフードが、風の勢いで脱げた。
「…………!」
そして露になった蜥蜴人の素顔を見て、コキュートスの手がスクロールを掴んだままピタリと止まってしまう。
「コキュートス様ぁ?」
エントマの声に答えもせず、心ここにあらずな様子でコキュートスの複眼は鏡に釘付けになってしまった。急に固まった上司にエントマは小首をかしげ、彼の配下である蟲人の戦士達も戸惑うように互いの顔を見合う。
「………コキュートス様、少々よろしいでしょうか?」
「ム?」
そんな彼をみかねたのか、ここで挙手する者が出た。その人物は見るからに脆弱そうな、細身の身体を持つ
「貴公ハ………ソノ……」
「アトリオと申します」
「アトリオヨ、ナンダ?」
彼に呼ばれて硬直が解けたコキュートスに、アトリオは椅子から立ち上がってから胸に手を当てて会釈する。
「階層守護者たるコキュートス様を御前にして、大変不敬とは思うのですが………私の疑問を発言する許可をいただけないでしょうか?」
自身の顔色を伺うようにチラリと視線のみを向けられ、コキュートスは頷く。
「許ス、何ガ気ニナル?」
「………偉大なる我らが主、アインズ・ウール・ゴウン様は、我らの勝利を本当にお望みなのでしょうか?」
「ナンダト?」
思いもよらない発言に他の蟲人達の視線がアトリオに集まる。
「この陣に来てからというもの、私はずっと気になっていたのです。アインズ様がなぜ、コキュートス様の華々しき初陣に、この程度の戦力をお与えになったのだろうかと」
アトリオが言うように、今回コキュートスがアインズから与えられたアンデッド軍はほとんどが最下級種族ばかりであった。コキュートス自身もそれには多少の疑問を抱いてはいたものの、蜥蜴人を制圧するぐらいならば大丈夫だろうと気にとめなかった。
「シカシ与エラレタ兵力ノミデ挑ムヨウアインズ様ハ命ジラレタ。ナラバソノ命ニ従ウベキダ」
至高の御方であるアインズの命令は絶対。コキュートスのその意見にほかの蟲人達も同意するが、アトリオだけは違った。
「………コキュートス様、ここからは階層守護者様に対して不敬な発言を交えることになると思われます。もし御不快に感じられた時は、ご遠慮なく私めを切り伏せてくださいませ」
「構ワン、申セ」
アトリオが引き下がる様子のないことを察したコキュートスは、これから彼の口から出るであろう不敬な発言とやらをしかと受け止めるべく身構える。
「此度の戦、コキュートス様は蜥蜴人達に八日という猶予をお与えになられましたが、その間コキュートス様御自身はあちらの戦力を調べていなかったようにお見受けいたしました」
まず最初に出た鋭い指摘にぐうの音も出ず固まる。確かに今回の戦いではコキュートスは蜥蜴人側の情報を集めていなかった。その結果向こう側の指揮能力の高さを侮り、現在五百を越える兵の損害を招いてしまったわけだ。
「勝てと命じていながら勝てない軍のみをお与えになられたアインズ様が、コキュートス様に本当に成して欲しかったこととは何か……」
アトリオは顎に手を添えて小首を傾げ、意味深な視線をコキュートスに向けてくる。それは思案しているというよりは、コキュートスが答えを出すのを待っているように見えた。
「マサカーーーーー」
そしてここまで来れば、さすがのコキュートスでも彼の言いたいことがなんなのかに気づく。
『出来る限り自分の判断で動け』
出立の日にアインズが告げた言葉が脳裏を過る。もしやあの言葉の意味には、そういった意図が隠されていたのではないか?
もし蜥蜴人達の戦力を事前に調べられれば、兵力不足を事前に察知し増援を頼むこともできたはずだ。つまりアインズがコキュートスに本当に望んでいたのは、彼が『自ら考え行動する』ことだったのだ。
だと言うのに自分は主君の意図を欠片も理解せずに、考えなしに敵に兵をぶつけるという醜態を晒してしまった。
「………アトリオぉ」
「はい?」
とここで、それまでグリーンビスケットを噛っていただけのエントマが、アトリオの発言に割って入ってきた。
「そろそろお話終わらせてもいいぃ? もうアンデッド軍かなり減っちゃってるみたいだからさぁ」
仮面蟲の下から責め立てるような視線を向けられ、アトリオはエントマに向け胸に手を当て謝罪する。
「失礼いたしました、エントマ様」
そのまま席に座る彼を見届けてからまたビスケットを食べだすエントマに、コキュートスはやや肩を落とす。
(モハヤ、後ニハ退ケヌトイウコトカ……)
お目付け役である彼女を通し、己の失態はすでにアインズの耳に入ったことだろう。このまま手をこまねいていても敗北は必須、ならばもう最後の悪あがきぐらいをするしかない。
デミウルゴスに繋ぐ予定だったスクロールを外に待機する『切り札』に繋げる。
「ーーー指揮官タル、コープス・ブライドニ命令ヲ下ス。進メ! 蜥蜴人ニ力ヲ見セツケロ!!」
脳内に響く硬質な蟲の叫びに、石に腰かけるザンディアは足元にそっと手鏡を置いて立ち上がった。
「…………ようやく出番ですわね」
その時の彼らの心中
アトリオ(ザンディア、ちょっといいですか?)
ザンディア(どうしたんですのアトリオ? わざわざ遠話を繋いでくるなんて)
アトリオ(なんか、コキュートスがフリーズしました………;)
ザンディア(は?)
コキュ「………(゜Д゜」ポケー
アトリオ(予定だとこのままデミウルゴスに連絡するはずなんですけど、スクロールを掴んだまま鏡を凝視してしまっています;)
ザンディア(え、なんでですの?;)
アトリオ(わかりません。でもこうしている間にもアンデッドが減ってきてます……;)
ザンディア(仕方がありませんわね………貴方が代わりにアドバイスをしてくださいませ)
アトリオ(は!)