「あらかた片付いたか………」
上空から目視した限りのアンデッドが全て倒されたのを確認し、ニーガは地上で指揮を取る戦士達に命じる。
「軽症の者達は、重症の者達を担いで一度村まで退却! いまだ怪我のない者達は、私とともにこのまま進軍せよ!」
『おお!!』
沼地に伏せる戦士の内、まだ息がある者達は軽症者が肩を貸して後方へと撤退していく。ニーガの支援と敵の戦略が杜撰だったこともあってか、健在な戦士は思いの外多かった。
「よし、このまま敵陣まで乗り込めー!」
“緑爪”族の戦士頭がその勢いに乗じて駆け出そうとした瞬間、
(ニヌルタ!!)
「!!」
ニーガの脳内にソカルの甲高い叫びが鳴り響いた。バッと前方を向けば林の向こうから赤い光が見え、ニーガは素早く魔法を構築してその光に向けて魔法を放つ。
「≪
炎魔法と氷魔法がぶつかり互いの威力が相殺し合うと同時に、水蒸気爆発が発生してその場を大量の霧が包む。
「≪
続けて範囲拡大を込めた魔法を展開し、仲間の周囲に氷の壁を形成する。
(≪氷球≫で相殺出来たということは、今のは≪
第三位階を扱えるということは、この世界基準では優れた魔法詠唱者に違いない。ニーガは冷静に状況を見定めつつ、≪飛行≫を解いて沼に降り立つ。
「新手か!?」
突然の攻撃と自分達を囲む氷の壁に、蜥蜴人達は各々の武器を構えて互いを背にして身構える。ニーガだけが一切動じずに前を見据え、仲間達を守るように壁の前に出た。
「遨コ繧定ヲ九h縲?ュ疲弌縺ョ蟶ー驍?r逶ョ縺ォ譏?縺」
霧の向こうから美しい女の歌声が響いてくる。だがその声は、聞く者に不安を煽らせる得体の知れない美しさだ。
「縺顔岼隕壹a縺上□縺輔>縺セ縺帙?∝♂螟ァ縺ェ繧倶クサ繧」
歌詞から察するに女が歌っているのは讃美歌と思われる。だがその歌は神を讃えているというよりは、破滅的で冒涜的な祈りが込められている。
「莠コ髢薙h遏・繧九′縺?>」
微風で徐々に霧が晴れていき、五体の人影がニーガ達の前にようやく姿を現した。
「豁、譁ケ縺ョ髣?↓蟶梧悍縺ッ縺ェ縺」
歌っていたのは、目元を青紫色の布で隠す、青白い肌をした女のゾンビだった。
「蜈ィ縺ヲ縺ッ荳サ縺ョ繧ゅ→縺ク縺ィ驍?k
」
右手に短刀、左手に青紫色のブーケを手にし、もともとは純白だったであろう薄汚れたドレスの姿は、さながら花嫁の亡霊そのものだ。
「邨よ忰縺ョ譌・縺ッ譚・縺溘j」
女はボロボロのウェディングドレスを翻しながらクルクルと舞い、波紋を立てずに無邪気に遊ぶようにつま先立ちで水面を歩いている。
「豌ク驕?縺ョ諱先?悶′髯阪j遨阪b繧」
見た目だけならば美しいはずの顔立ちと、背筋が凍りつきそうな歪な讃美歌を口ずさむそのアンバランスな姿に、一同は吐き気が込み上げてくる。
「豬キ縺ク縺ィ縲∫ゥコ縺ク縺ィ縲∫ュ峨@縺丞コ?′繧」
そんな彼女の後ろに控えるのは、黒いローブを纏った四体のスケルトン。だがそれらが放つ魔力の密度は、先ほど戦った雑兵アンデッド達とは比べものにならない。
「遨コ繧定ヲ九h縲?ュ疲弌縺ョ蟶ー驍?r逶ョ縺ォ譏?縺」
それら四体が、眼前で歌い踊る花嫁に片膝をついて頭を垂れている。それが意味するのは、この花嫁こそが強力なアンデッドであろう彼らを従える、絶対の主人に他ならないことだ。
「荳サ縺ョ蟶ー驍?↓縺?■髴?∴繧」
讃美歌を歌い終え、舞いを止めた花嫁の顔が蜥蜴人達に向けられる。彼女の紅が引かれた唇が耳まで裂け、名状し難い嘲笑を浮かべた。
「このザンディア、御身に勝利を捧げましょう」
「………」
旧き仲間のソカルを除けば、恐らくこの世界で初めて相対したであろう“徒”を前に、ニーガは至って冷静に観察する。
(………存在の力の保有量から見て、“王”ではなさそうだな)
全盛期の自身であれば取るに足りない“
祭祀数人が協力することでより早く召喚できるスワンプ・エレメンタル。自身に魔法を伝授してくれた師匠によれば、≪火球≫はそのスワンプ・エレメンタルを一撃で焼きつくせるほどの威力とのことだ。それを放てるアンデッドが計四体、せいぜい動物の骨で作った防具ぐらいしか録な装備をしていない蜥蜴人達では無駄死にするだけ。ならばここで自身が取るべき選択は……
「ここは私が受け持つ。お前達は本陣に戻り、ザリュース達に報告せよ」
「な!?」
自ら殿となり、極力犠牲を最小限に留めること。己と敵の力量を正しく理解した上での、合理的な判断をニーガは下す。だが当然ながら、それに素直に従う戦士達ではなかった。
「お一人で戦うおつもりですか!? いくらニーガ殿でも無茶ですよ!」
「俺達だってまだ戦えるぞ!!」
せめて肉盾ぐらいの役には立つと叫ぶ戦士達の、ある意味予想通りの答えにニーガは返す。
「………そうか、では言い方を変えよう」
ゆっくりと首だけを動かし、後ろを向いて彼らを睨む。
「足手纏いはいらん」
鋭く冷たい眼差しが一同を射貫く。殺気そのものは込められていないものの、意に背けばこの場で斬るというニーガの気迫に、一同の背筋を冷たいものが伝う。
「………行こう」
そんな中で最初に動いた“朱の瞳”族の戦士頭が、“緑爪”族の戦士頭の肩に手を置く。
「しかし!」
「族長は一度こうと決めたら曲がらない。それに族長が言うように、我々がいても彼の足を引くだけだ」
同じ部族としての長い付き合いからか、彼はニーガの考え方を理解して仲間の説得に尽力する。ほかの戦士達もニーガと敵を何度か見比べてから、グッと拳を握りしめる。
「………先ほどの炎の魔法は、百メートル先のスワンプ・エレメンタルを容易に焼きつくせる。丸腰で正面から向かえば犬死にすると思え」
助言を呟けば背中越しにハッとなる仲間達の気配を感じ、ニーガは≪
「武運を!」
前を向いたままコクリと頷くニーガを見届けて、一同は彼に背を向ける。必ず助けを呼ぶから、それまで決して死なないでほしい。そう言外に込めて戦士達は本陣に向けて走り出した。
それまで黙っているだけだったエルダーリッチ達は、撤退する蜥蜴人達の背に向けて≪火球≫を放とうとするが、彼らを制するようにザンディアがブーケを真横に向ける。
「追い討ちはいらなくてよ、貴方達」
『は!』
エルダーリッチ達は主人の命に従い、手中の炎を握りつぶす。
「ずいぶん素直に逃がしたな」
「雑草の処分など後でいくらでもできますから。それに私がご用があるのは、貴方様だけですわ」
すると一瞬の間に、沼の端にいたはずのザンディアの身体がニーガの眼前に移動した。
「っ!」
「さすが『大天使の宝剣』と称えられし“紅世の王”。矮小なトーチに身を落としてなお、その美しさに陰りがございませんこと……」
妖艶な笑みでニーガの頬に触れようとしたザンディアだったが、寸でのところで彼女の手が爆ぜた。
『姫!』
それを見たエルダーリッチ達から驚愕の叫びが上がるが、ザンディアは笑みを浮かべたまま動じていない。
「私は貴様のような、媚びへつらった女は好かん」
「あら、身持ちの固い殿方ですわね」
先ほど仲間達に向けた視線と違い、明確な殺意と嫌悪を込めた眼で睨むニーガに対し、ザンディアはブーケで口元を隠しクスクスと上品に笑う。
彼女の周りを漂う青紫色の砂塵が集まり、爆ぜた腕が元通りになった。
「では私と、一曲踊ってくださいませんこと?」
「間違って足を踏んでも、文句は聞かぬぞ」
「そんな………兄様が!?」
本陣に帰還した戦士頭達の報告を聞き、クルシュは愕然としてしまう。
「族長御一人ならば、易々と討たれる心配はないかと思いますが………」
「あの五体のアンデッドは今までの敵とは違います!」
遠目からでも見えた強大なる力。おそらくあれらが敵軍の指揮官か切り札に違いない。そして五体のアンデッドのうち、先頭に立つ一体の女型ゾンビこそが偉大なる御方とやらの片腕なのだろう。その従者と思われる四体のアンデッドも、スワンプ・エレメンタルを一撃で半滅する威力と、百メートルまで届く射程距離の魔法を放てるとニーガは語っていた。まともに戦えばまず勝ち目はないが、ザリュースは至って冷静だ。
ニーガはこうなることも想定し、いくつかの策を自身ら『精鋭部隊』に伝授していた。今それを出さずにいつ出すというのか。
「クルシュ、ゼンベル、行けるな?」
「ええ!」
「ようやく出番が来たな!」
誰が前線に向かうかはすでに取り決めてある。ゼンベルの呟きから、ザリュースは遠距離攻撃の
「今こそ、『鍛練』の成果を見せる時だ!」
オリジナル解説
『コープス・ブライド』
ユグドラシルではアンデッドの種族クラスの一つであり、50レベル相当のダンジョン『呪われし教会』のボスモンスターとして有名。
四体のエルダーリッチを後方に控え、50レベル代ではユグドラシル最速のスピードでプレイヤーに襲いかかるうえに、エルダーリッチの援護射撃を華麗に躱しながら短刀で常に切り刻もうとする。
スピードとクリティカル率が異様に高いために初見殺しモンスターと名高いが、その反面防御力があり得ないほどに低いために適切な対処法さえ組めば倒すのは容易。
ちなみに『嫉妬マスク』を被ると攻撃されないという隠しギミックがあったらしいが、ユグドラシルサービス終了までそれに気づけたプレイヤーは現れることはなかった。
種族クラスとしては素早さ・攻撃力・クリティカル率に補正がかかる代わりに、防御力が低くなる・一般的なアンデッドが持つ耐性が無くなる・アンデッドの弱点に対するダメージ量が倍になるなど紙装甲になるデメリットがある。