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≪飛行≫で空中を飛び回るニーガに、凄まじいスピードでザンディアの短刀が迫る。だがその切先が黝色の鱗に触れることはなく、分厚い氷が阻む。現在ニーガの身体を覆うのは球状の氷の魔法≪
「
次いでニーガは威力を強化された氷の礫をエルダーリッチ達に向けて放つも、その射程圏に割り込んできたザンディアが不敵な笑みでそれらを全て短刀で叩き落とす。その隙に距離を取ろうとするニーガだが、後方から放たれる四つの魔法の集中砲火を受けてしまい動きが止まり、再びザンディアが迫ってくる。
(またか!)
開戦からずっとこの繰り返しで、ニーガはいまだ敵にダメージを与えられないでいる。遠距離からの攻撃は一定以下の攻撃を防げる≪氷盾≫で凌げるものの、この魔法は攻撃を受ければ受けるほど脆くなってしまうため、定期的にかけ直さなければならない。
ソカルの情報から察するに、この“徒”は物理攻撃を透過する自在法を使えると推測される。当たったところで大した傷にならないにも関わらず回避にも余裕を持ち、一つ一つを丁寧に躱す様はいっそ優雅にさえ見える。
(厄介な………!)
ザンディアは確かに速いが、隙さえあれば攻撃を当てることは可能だ。だが後ろに控える四体のエルダーリッチ達が常に魔法を放ってくるために防戦一方になってしまう。せめてあのエルダーリッチ達を一掃して一対一に持ち込めれば勝機はありそうだが、互いに一子乱れぬ連携で的確にニーガの行動を制限されてしまうため、いまだ一体も倒せていないのが現状だ。
だが攻撃が当たらないのは、対するザンディアも同じであった。彼女は持ち前の素早さでニーガの懐に入り込むこと自体はできるが、彼を守る氷の盾を砕くには至らない。氷を破壊しようとしてもすぐさま修復され、ほんの僅かな隙を見せれば後方から援護するエルダーリッチ達に向けて攻撃しようとするため、それらを防がなければならない。
互いに膠着状態となってしまっている。
そんな戦いを砦の鏡から観察するアトリオは、別地点から同じく観察する『カエル』と目を共有し合いながらニーガ・ルールーの強さを考察する。
ニーガはおそらくナーベラルやイビルアイと同じエレメンタリスト、特定属性に特化し更に特殊化した魔力系魔法詠唱者と思われる。攻撃力が跳ね上がる代わりに得意分野が潰されると弱くなるが、この世界の基準ではかなりの強さである。しかも彼が扱っているのは氷属性、殴打と刺突を兼ね備えた純粋物理魔法の性質を持つ魔法は汎用性が高い。さらに言えば彼が相対しているザンディアの強さは、だいたいプレアデス級を想定して生み出したものだ。その彼女と対等に渡り合っているということは、単純なレベルだけで評価するなら彼の強さはプレアデス級に匹敵するに違いない。
(能力だけなら、
ニーガに魔法を伝授したのがイビルアイかもしれないと、すでに『カエル』から報告を受けている。現に先ほどから彼が使っている魔法のほとんどは、イビルアイが使用する魔法とよく似ている。そこはやはり恩師の影響を受けているのだろうか?
(だが問題は、そこじゃない)
重要なのは、“天凍の俱”がまだほかに『隠し球』を持っているなどうかだ。せめてこの戦いで、その一端を知ることさえできればまだいいが………
「………」
だからだろうか。
敵の観察に集中していたアトリオが、この時のコキュートスの違和感に気づけなかったのは。
「容易にはいかないだろうとは思っておりましたが、やはりお強いのですね」
互いに一進一退。
だがトーチに寄生しているニヌルタは消耗を強いられている。ここでニーガがザンディアに問う。
「………結局のところ、貴様らは一体何が目的だ? 私が言うのもあれだが、このような森の奥の集落を落としたところで、大した利益を得られるとは思えんが」
戦争をする理由は仕掛けるその土地に何らかの価値があり、武力で奪い取るというのが主である。肥沃な土地だったり、そこでしか取れない資源だったり、そこにある財宝そのものだったりだ。ニーガは村の外へ出たことはなかったものの、かつての師から外の国がどういったものなのかを聞いたことはあった。自分たちが住む集落は人間の国に比べて特に物珍しいものがあるわけではなく、なぜこの連中が我々に戦いを挑んできたのか最初から疑問に思っていたのだ。そう問いかければ、ザンディアは小首を傾げて微笑む。
「さあ? 我が『主』がそうせよと命じられたゆえ、私達はあくまでそれに従うだけですわ」
「………その『主』とやらは、
件の骸骨の魔法詠唱者か、はたまた“徒”自身のものか。
「ふふふ、どうでしょう? ご想像におまかせいたしますわ」
ザンディアは嘲笑を浮かべてはぐらかすだけで何を考えているのかわからない。
(確かかつての世界では、こういった手合いを『掴みどころがない』と形容するのだったな)
実に的を射た例えだと思った。
のらりくらりと言葉と攻撃を躱す彼女は、掴もうとすればするほど実体がわからなくなり、その芯がどういったものなのか定形できない。
「だいたい貴方様達こそ、かつてのオストローデで似たようなことをしていたではないですか」
鋭いその指摘にピクリとニーガの身体が僅かに反応する。主の悲願のためとはいえ、確かにあの戦いは人間達からすれば目の前のアンデッド達とやっていることは同じかもしれない。
「それにしても、“天凍の俱”ご自慢の
沈黙で返すニーガを見て、ザンディアはわざとらしくクスクスと笑う。
「………ああ、なるほど。今全力を出せば、貴方を入れるその器は粉々になってしまいますものね」
せいぜい第五位階までしか扱えないであろう一介のトーチでは、強大なる“王”のニヌルタを入れるだけでも狭すぎるはず。そんな状態で自在法………すなわち『顕現』をすれば、器となっているトーチはニヌルタの力に耐えきれず破壊されてしまう。トーチの破壊はその存在の消滅を意味するわけで………
「それほどまでに恐ろしいですか? 可愛らしい妹君に忘れられるのが」
『ニーガ・ルールー』という存在は、この世から跡形もなく消えてしまうのだ。
「随分可愛い挑発だな。まだソカルのほうが神経を逆撫で出来るぞ?」
「これは手厳しい」
鼻を鳴らして冷ややかな視線で返すニーガに、ザンディアはわざとらしく肩を落とす。冷静沈着というだけあって、この程度では揺らぎもしないということか。ならばと別の話題に変えてみる。
「そういえば、貴方はかの『大戦』の顛末を知らずに戦死なされたそうですね」
その言葉にニーガの目が僅かに見開かれる。『大戦』と言われてニーガが思いつけるのは、あの戦いに他ならない。
「………それがどうした?」
表面上は平静を保っているように見えるが、その両手は固く握りしめられている。獲物が罠にかかったと確信して、ザンディアはニタリと笑む。
「お知りになりたくはないですか? 貴方のかつての御主人様の『末路』を………」
彼の主、“棺の織手”の結末を悪意を込めて語ろうとした瞬間、
ザンディアの背後から木の根っこが放たれ、彼女の胸を文字通り貫いた。
『姫!?』
見覚えのある自在法に誰の仕業かを瞬時に悟ったニーガは、ほぼ反射的にエルダーリッチ達に向けて魔法を放つ。だがその目の前にザンディアが割り込み、短刀で氷を全て弾いてしまう。
「まあ怖い怖い」
ザンディアは胸を貫かれたにも関わらず笑みを浮かべ、向こう側が見えるほど大きく開いた穴は青紫色の砂塵で埋まり元通りになった。
(何をやっているソカル! まだでしゃばるなと言ったはずだろう!?)
(ええい、貴様こそこんな小物相手に何をてこずっている!? 苛立って見ておれぬわ!)
遠話でどこかに潜んでいるソカルを咎めるが、返された言葉と声を聞きニーガはふと疑問を抱いた。
(ソカル………?)
日頃から馬の合わない仲間の、いつになく焦った様子に違和感を覚えるも、再び眼前に迫るザンディアに意識を向ける。
物理的な攻撃手段はほぼ無意味、動きが早すぎて拘束もままならず、手下を先に潰そうとしても容易に対処されてしまう。
どうすればこの“徒”を倒せるか悩んでいた時だった。
グオオオオオオ!!
ニーガの背後から、獣の雄叫びが上がった。
その場にいたもの達の視線がそちらを向いて見れば………
(ロロロ………!)
大きな水しぶきを上げながら、ザンディア達に向けて走ってくる四つ首のヒュドラの姿があった。
「なるほど? 自然治癒能力を持つヒュドラを盾にしての特攻………。第三位階魔法を放つ魔法詠唱者の懐に潜り込むには、悪くない采配ですわね。ですが………」
だがザンディアはそれに焦ることなく、ニーガの狙いを察して不敵に笑う。
『愚かな………鈍足の獣ごときが、この距離を踏破できるものか!』
四体のエルダーリッチのうち二体が、ロロロを殺すべく≪火球≫を放つ。ニーガがロロロを援護しようとするが、再び眼前に迫ってきたザンディアがそれを妨害する。
「レディを前にして余所見とは、連れませんわね」
「許可なく私の視界に入るな。目が腐る」
一方のロロロは燃え盛る炎を浴びて苦痛の叫びを上げるが、その進撃は止まらない。
『煩わしい………死ね!』
さらに二発ずつ、計四発の炎が放たれる。それらが命中するたびにロロロの皮膚に痛々しいまでの火傷が刻まれていく。ヒュドラの能力である治癒能力向上のおかげで致命傷には至っていないものの、炎の熱で焼き潰された傷口はなかなか治らない。ここで四つ首のうちの二本はすでに気を失っているのか、ぐったりとうつむいてしまうも、ロロロの疾走が止まることはない。
『何故止まらん、何故向かって来る!?』
理解できないという様子のエルダーリッチ達はさらに魔法を放つが、一方のニーガはロロロのその姿に既視感を抱いた。
(………そうか)
どれだけ傷つこうと、決して怯まず止まらない。
その姿を、その目を、ありし日のニーガは何度も見ていたのだ。
(ロロロ………お前もまた、
(『カエル』、あのヒュドラに乗っているのは誰?)
ザンディア達は蜥蜴人側のだいたいの戦力はすでに調べてあるが、念のために『カエル』と連絡を取ってみる。だが『カエル』から告げられた内容は意外なものだった。
(“天凍の俱”の妹の白蜥蜴と、フロスト・ペインを持った旅人蜥蜴、あと“竜牙”族の族長蜥蜴の三匹だな。他は守備隊の方に回っている)
なんだ、たったそれっぽっちの戦力か。ザンディアは内心で拍子抜けしつつも攻撃の手を緩めない。
「あらあら、エルダーリッチ四体を相手にたったの三人とは。あれでは無駄死に確定ですわね」
ザリュース達の強さは、ハッキリ言ってニヌルタの役に立てるほどのものではない。エルダーリッチ一体であれば三人でもギリギリ拮抗出来たかもしれなかったが、ザンディアの配下のエルダーリッチ達は計四体だ。とてもではないが勝負にならないだろう。
「失望いたしましたわ。多くのフレイムヘイズを返り討ちにした大将軍と聞きましたのに、あんな雑兵をけしかけてくるとは。いささか貴方のことを買い被っていたかもしれませんね」
まあ人手不足である以上無理もないと、ザンディアはケタケタとやや品のない高笑いをあげる。となるとやはりここで一番警戒すべきは、どこかから不意をつこうとしているソカルだけだろう。
「…………ふ」
ところが対するニーガは、ザンディアの侮辱に笑みを溢して答える。
「ソカルから聞いてはいたが、やはり貴様は青いな」
「………なんですって?」
ニーガの笑みと言葉にザンディアは違和感を抱く。こいつも歴戦の将の一人。ならばこれから来る援軍とエルダーリッチ達の戦力差など火を見るより明らかだと分からないわけがない。なのになぜ、この期に及んで不敵に笑っていられるのだろうか?
「ならば先達からの、せめてもの助言だ」
すると彼の足元が黝色に輝き出す。浮かび上がるのは位階魔法による魔法陣ではなく自在式だ。
「何事も既成概念に捕らわれていては、足元を掬われると思っておけ」