ロロロの背に乗る三人は目を伏せて意識を集中させ、数日前のニーガの『鍛練』を受けた際の彼の言葉を思い出す。
『ザリュース、クルシュ、ゼンベル。お前達の強さをイメージしろ』
(俺の、強さ……)
ザリュースは思う。己のイメージする強さとは何か。
(私の、強さ……)
クルシュは思う。己のイメージする強さとは何か。
(俺の、強さ……)
ゼンベルは思う。己のイメージする強さとは何か。
(それはもう………)
何度も考えに考え、三人はようやく答えを得た。
(((
『くたばれぇ!!』
エルダーリッチ達がダメ押しと言わんばかりに≪火球≫を放った瞬間、ロロロの身体を黝色の光が包み込んだ。途端にロロロの火傷が凄まじいスピードで治っていき、炎は光のベールに阻まれて掻き消されてしまう。
「!!」
『なんだと!?』
瀕死だったはずのヒュドラの復活と強化に、ザンディアとエルダーリッチ達は驚愕する。黝色の光はおそらくニヌルタの自在法と思われるが、回復速度向上の原理がわからない。
祭司であるクルシュ・ルールーが治癒魔法でもかけているのか? だがこの後の戦いを考慮するなら、あくまで壁としての役割しかできない魔獣に魔法を使うなど、誰が見ても魔力の無駄遣いだ。
エルダーリッチ達がなおも炎を浴びせていくが、もはやロロロの皮膚には煤一つ付着することがない。彼らがなおもしつこく火球を放っていたその時、ロロロの背中から一つの影が飛び上がった。
見れば跳躍したのはゼンベルだ。≪飛行≫を使えないため中空で動けない彼は格好の的で、それを好機と見たエルダーリッチ達は一斉に火球を放つ。
「うおおおおおお!!」
対して雄叫びをあげるゼンベルの巨腕に霜が降り、拳が氷に覆われる。倍の大きさになった腕を振りかぶり、そのまま火球を殴り返した。
『バカな!?』
エルダーリッチ達が目の前で何が起こったのかわからないと騒ぐのをよそに、水柱をあげて沼地に着地するゼンベルがニヤリと笑う。
「へっ、なかなか温かい投球じゃねえか」
ここでロロロを覆う黝色の光が消え、駆け足が止まっていく。力尽きて沼地に倒れ伏すロロロの背中から、続けて二人の影が飛び降りてきた。クルシュとザリュースだ。
「ありがとう……ロロロ!」
湿地を走るザリュースは僅かに後ろを振り返り、死力を尽くしたロロロに心からの礼を告げる。魔法を放ちつつその姿を見届けたニーガは満足そうに微笑んだ。
一方でザンディアは信じられないとザリュース達を見る。
(バカな、どうやって≪火球≫を弾いたの!?)
ゼンベルの強さでは≪ライトニング≫ならともかく、≪火球≫までは防げないし、第一に彼はあんな強力なスキルも武技も使えないはずだ。すぐエルダーリッチ達の救援に向かおうとするが、彼女の行く手を氷の壁が阻む。
「貴様の相手は私だ!!」
ザンディアをザリュース達に近づかせないようにニーガは氷柱を放つ。エルダーリッチ達がザリュース達の迎撃に集中せざるを得なくなり、彼女を援護するものがいなくなったことでニーガはザンディアに魔法を放つ余裕が出来たのだ。
『ふん、無駄だ。我々に冷気は効かん!』
ザンディアがニーガに足止めされたものの、エルダーリッチ達は自分達が持つ耐性スキルから高を括る。対するザリュースがフロスト・ペインを振りかぶれば、手に持つ氷の剣に幾何学的な文字が浮かびあがる。
「ハード・アイシーバースト!!」
ザリュースが眼前に向けて切っ先を向けると同時に、膨大な氷のエネルギーがエルダーリッチに降り注ぎ、強大な威力の冷気が彼らを覆っていく。
『ぎゃあああああああああ!?』
断末魔の叫びを最後に四体のエルダーリッチ全員が氷に包まれて固まってしまった。
「おらあ!!」
畳み掛けるようにゼンベルが拳で殴れば、彼らの身体は氷もろとも粉々になり、その破片は塵となり消滅していく。
「なんですって!?」
その光景にザンディアは信じられないと叫ぶ。エルダーリッチを初め、アンデッドには多かれ少なかれ冷気耐性が備わっているはず。少なくともフロスト・ペイン程度の強さでは彼らにダメージを与えることはできない。
「いや、違う……!」
しかしザンディアはフロスト・ペインから滲み出る力の圧を見てすぐに原因に気づく。単純にザリュースの放った冷気の力が、エルダーリッチ達の耐性を上回るほど強力だったのだ。
見れば彼らの身体は黝色の光に包まれていて、足元に浮かび上がるのは黝色の自在式。
(これは………まさか!?)
“徒”である彼女は彼らが使った力がなんなのかを瞬時に理解した。
「自在法!?」
しかもこれはただの自在法ではない、“徒”の本質と他者の強さのイメージを融合して具現化する、
なぜやつらがフレイムヘイズの………それもニヌルタの炎と同じ色の自在法を使っているのか。ニヌルタは今まさにザンディアの眼前でトーチに寄生して対峙して……
(………トーチ?)
ふとザンディアの思考に何かが引っ掛かり、そしてすぐにハッと気づいた。
(まさか………まさか!!)
今ニヌルタが寄生しているトーチはこの世界の住人が元になっている。この世界の住人特有の能力、ならば可能性は一つしか考えられない。
「
「なんだ、知っていたのか」
『ニーガ・ルールー』となるはずだったトーチのタレント。その能力は『近くにいる人間を、能力者と同じ強さにする』というものだった。使用者が順当に強くなればそれと同じ強さを数人の味方に付与させる、仮に使用者が英雄級の強さであれば破格とも言えるタレント。だが100レベルのユグドラシルプレイヤーの視点で見れば、せいぜいレベル30程度の強さの戦士を増やす程度のもので、正直な話ナザリックにとって大したことのないタレントになるはずだった。
だがここに、
現在そのタレントを有する身体には、強大なる“紅世の王”が寄生している。それによりトーチそのものの強さが、ナザリックで例えればプレアデス級に匹敵するほどに底上げされているのだ。そんな強さを持つトーチがタレントで味方を強化すれば、プレアデス級の戦士を数人、即席で産み出せてしまうわけである。しかも“天凍の俱”は、己の力と蜥蜴人達の強さのイメージを上手く融合させ、彼らが最も扱いやすい形に変換している。
いわば今の彼らは、擬似的なフレイムヘイズと言えるだろう。
(なんてこと………こんな
「待たせたな」
ニヌルタに走り寄るザリュースが、彼を労るようにその肩に手を置く。
「………初めてにしてはまあまあだな」
対するニーガはいつもの素っ気ない態度で答えるも、彼なりの賛辞を送る。
「へへ、お前こんなすげえ力持ってやがったんだな」
氷の腕を軽く振り、ゼンベルが不敵に笑う。
「今なら、負ける気がしない!」
決意のこもった眼差しで、クルシュは眼前の敵を見据える。
「形勢逆転というやつだな、ザンディアとやら」
フロスト・ペインの切っ先を向けるザリュースに、しかしザンディアは静かに答える。
「確かに……人数ではそちらのほうが有利でしょうね」
後衛のエルダーリッチ達が倒されたうえに、プレアデス級の強さを持つ戦士が四人。一見すれば彼女の優位性が無くなったかのように見えるだろう。
「ですが、『私』を捕らえることは誰にもできない!!」
だがザンディアは凶悪な笑みを浮かべて、脚に力を込めて水面を跳ねた。
いかに強大な自在法を繰り出そうが、どれだけ頭数が増えようが、神速の彼女に触れることは誰にも出来はしない。
まず狙うはただ一人、回復役を担うあの白い蜥蜴人だ。風を纏うかの如く眼前に迫り来るザンディアに、しかしクルシュは瞬き一つせずその場に立ち続ける。それを自身のスピードから逃れられないからだと悟ったザンディアだったが、
「そうだ、確かに最優先で始末すべきは
短剣の先がクルシュの額に刺さるほんの数cmにまで接近した瞬間、ザンディアの周りを分厚い氷の壁が覆った。
「うっ!?」
氷に阻まれた短剣の先がクルシュの鱗に届くことはなく、先が僅かに刃溢れしてしまうがザンディアがそれに気をかける余裕はない。
「ザリュース達があのアンデッド達を倒している間に、準備させてもらいました」
氷越しに真っ直ぐな目で自身を見つめてくるクルシュに、ザンディアは周囲を隙間なく覆う氷のドームに狼狽える。これほど高度な自在法は、付け焼き刃のフレイムヘイズもどきが容易に扱えるとは思えない。
(この白蜥蜴、まさか自在師の素質が!?)
もともと祭司だったために、その辺りの技術が反映されたのか。しかし次の一手がザンディアに思考する暇を与えなかった。
ガンッと頭上から何かが落下する音が響き、反射的に上を見ればザリュースがドームの真上に立ちフロスト・ペインを天辺に突き刺していた。
「ハード・バーストォ!!」
そしてフロスト・ペインを支点にして、密閉されたドームの内部に黝色の爆炎が溢れていく。
「あああああああああああああああ!!!?」
逃げ場のない氷の檻。燃え盛る炎は美しいゾンビの身体にまとまりつくように勢いを増し、ザンディアの悲鳴が氷越しに辺りに甲高く鳴り響く。ドーム内部が見えなくなるほどの莫大な炎を見届け、ザリュースは跳躍し距離を取る。
「やったか………?」
緊迫する空気の中、ゼンベルが小さく呟いた瞬間だった。
「クッソがああああああああああああ!!」
氷のドームが粉々に砕け散り、怒号と怨嗟の雄叫びをあげた青紫色の人影が飛び出してきた。その光景にザリュースは目を見開き歯を食い縛る。
(あれを食らってまだ生きてるのか……!)
とはいえ無傷とまではいかなかったらしく、片足を引きずるように歩を進めるザンディアは、身体から青紫色の火の粉を散らしながら荒く呼吸している。
「てめえらぁ………てめえらぁっ!!」
目元を覆っていた布は炎で燃えてしまい、隠されていた表情が露になっている。白く濁った右目と眼球がなく空洞になった左目、ゾンビと思えないほど綺麗だった肌は熱で焼け爛れ、燃えるドレスから覗く皮膚の下の筋肉がむき出しになっており、燃え残った頭髪は散り散りに焦げている。汚ならしい言葉を漏らすその本性には先ほどまでの上品な淑女の姿は見る影もなく、アンデッドに相応しい醜悪な姿しかなかった。
「おいおい花嫁さんよ。
その姿にゼンベルが皮肉混じりに笑えば、ザンディアはボロボロの歯を噛み砕くほどに軋らせ、濁った片目でザリュース達を睨みつける。
「死に損ないの
怒りの咆哮を上げ、優雅さをかなぐり捨てた純粋なスピードで飛びかかるザンディアに、ゼンベルは腕のみに覆っていた氷を今度は全身に広げて氷の鎧を纏い、クルシュとニーガは自身の周りに氷の壁を形成して守りの体勢に入る。だがザリュースだけはフロスト・ペインを構えるだけでその場を動かない。それを見たザンディアは狙いをザリュースのみに集中し、超スピードによる連激で彼を攻撃し続ける。
「ぐあああああ!!」
疑似フレイムヘイズ化によって耐久力もだいぶ上がっているようだが、ザンディアの猛攻で鱗に細かい傷が次々と刻まれていき、ザリュースは急所である頭部と胸部を守るべくしゃごみこんで顔を俯かせるのみだ。
(ザンディア! もうデータはある程度得られた、これ以上の戦闘は無意味だから撤退しろ!)
ここでアトリオからの遠話が入り、ザンディアに命じる。ニーガのタレントとそれによってもたらされる『疑似フレイムヘイズ化能力』、ひとまずこの情報を得られただけでも十分だろう。しかし対するザンディアはそれを苛立たしげに一蹴する。
(うるせえ! それだと『俺』の気がおさまらねえんだよお!!)
口汚く吠えて一方的に遠話が切られてしまい、『カエル』がため息を吐き、アトリオはコキュートス達に気付かれないように軽く舌打ちするのだった。
(あちゃ~、完全に『意思総体』が司令塔寄りになっているな)
(全く………!)
致し方ない。ここはザンディアを切り捨ててでも可能な限りさらなる情報を得るほかないだろう。そう判断してアトリオはさらに戦況を観察するのだった。
微動だにせず攻撃を受けるだけのザリュースに、ザンディアは汚ならしい高笑いをあげる。
「ヒャハハハハハハハ!! 血飛沫け! 潰れろ! 苦痛に狂え! 無様な肉片になって悶え死ねええええええ!!」
首が、腕が、脚があり得ない方向に曲がりつつも一向に衰えることのないザンディアの速度。せめて一人は道連れにしてみせると、その凶刃がザリュースの首に向けて迫ろうとする。
ビキィ!!
「!!?」
しかしその刃が触れる前に、突如彼女の関節が全て曲がらなくなった。
「な、なんだ!?」
一体何が起きたのか。ギリギリと首を無理矢理動かしながら己の身体を見てみれば、表面が薄い氷で覆われ凍りついて動けなくなっていたのだ。
「………ようやく、
その姿を見届けたザリュースは、苦痛と安堵から深く息を吐いて立ち上がる。彼の体表にはフロスト・ペインと同じ幾何学紋様が浮かび上がっており、それを見たザンディアは彼が自分に何をしたのかを察する。
「お前まさか………
蜥蜴人の四至宝が一つ、
「分散出来なければ、物理透過も意味がないだろうな」
もはや指先一つ満足に動かせないザンディアに、四人はそれぞれが扱える最大威力の自在法を放つ構えをとる。
「貴様が思いの外、激情家で助かったぞ」
両手を広げるニーガの背後から、何十もの氷の槍が。
両手を伸ばすクルシュの指先から、圧縮された力を込めた氷の短剣が。
両手を組んで頭上に掲げたゼンベルの腕を覆う、二周りも巨大な氷の槌が。
フロスト・ペインを振りかぶるザリュースから溢れる、小さく鋭い氷の破片が。
全て、ザンディアを完全に捕らえた。
(しまっ………)
「これで終わりだ、化け物ぉ!!」
『うあああああああああああ!!』
咆哮と同時に、一斉に放たれる自在法。
短剣が胸を穿ち、破片を交えた風が身体をズタズタに切り裂き、氷の槍が四肢と頭を串刺しにし、氷槌がその身に振り下ろされる。
「ぎゃあああああああああああ!!」
ゼンベルの一撃が止めとなり、血飛沫のように青紫色の炎を撒き散らして潰れ、ザンディアの身体は熱を失っていくように塵となって消えていく。
「ちく………しょう………!」
怨念を滲ませたか細い声を最期に、死人の花嫁はついにその偽りの命が潰えたのだった。
「………っ」
敵の最期をしかと見届けてから、ザリュースは緊張の糸が切れたかのように膝から崩れおちる。もはや意識を保つのも限界なのか、上体が前のめりに倒れて沼地に沈みそうになった瞬間、その身体を複数の腕が包みこむ。
「………ゼンベル」
鍛え抜かれた巨腕の戦士が、いつもの不敵な笑みで頷く。
「………クルシュ」
美しい白い腕の祭祀が、聖女の笑みで優しく抱き締める。
「………ニーガ」
冷たくも熱き黝色の腕の賢者が、称えるように背中を叩く。
『うおおおおおおおおおおおおお!!』
砦のほうから響く歓声に視線を合わせれば、大剣を掲げて勝鬨を上げる兄の姿が遠目からでも見える。その姿にようやく肩の荷が下りたのを実感し、ザリュースは仲間達に身体を預けて意識を手放すのだった。
解説
『銀華の舞い手』
ニーガ・ルールーの『近くにいる人間を、能力者と同じ強さにする』タレントとニヌルタの本質が合わさり、偶発的に生まれた自在法。付与した他者に擬似的なフレイムヘイズの能力を与えることができ、自在法を扱えるようにする。
どのような自在法でどれほどの強さになるかはニヌルタの本質に対して、その人間の強さのイメージ・自在法を操るセンス・戦闘技術との相性に左右されるものの、基本的にプレアデス級に匹敵する強さにまで強化できる。
ザリュースは『四至宝の一つフロスト・ペイン』のイメージから『自分自身をフロスト・ペインにする力』に、クルシュは『祭司に秀でたアルビノの自分』のイメージから『優れた自在師の力』に、ゼンベルは『頑強なる己の肉体』のイメージから『屈強な氷の肉体』にそれぞれ具現化されている。