その夜、初陣の勝利に沸き立つ蜥蜴人達は輪を描くように集まり宴を開いていた。四至宝から椀で酒を掬い互いに肩を組み、酒を飲む彼らは笑顔で飲み比べをしあっている。
そんな賑やかな場とは裏腹に、ニーガは宴の席から外れて沼のほとりに座り込んでいた。傍らにはソカルが樹木として地面から生えており、二人で虫のさざめきを聴きながら言葉を交わす。
「ソカル、お前から見た“無貌の億粒”はどのような“徒”だった?」
「先日相対した時に抱いた印象は、『奇妙な自信を持った勝ち気な小娘』といったところでしょうか」
「奇妙という部分は同じだが、私には『上品な淑女を装った外道』に見えたな」
二人が話題にするのは、今日の戦いで討ち取った敵であるザンディア………というよりは“無貌の億粒”についてである。最初に接触したソカルから彼女の能力と性格をある程度聞き齧っていたニーガだったが、いざ当人と顔を合わせてみるとどうにも違和感があった。いくら姿が変わろうと“紅世の徒”の本質はそう変わるものではない。だがどういうわけか“無貌の億粒”に対する第一印象に、お互いバラつきがあって統一感がないのだ。
今までフレイムヘイズは勿論のこと、時には“紅世の王”とも戦ったことは何度もあったが、あれほど得体の知れない敵と戦ったのは二人とも初めてだ。
「かの『三眼の女怪』のような、腹の底が見えない謀略家とも違う。あれはなんというべきか………定まった形を持っていなかったように見える」
ほんの僅かに余所見した瞬間、性格がガラリと変わってしまったかのような。直接触れようとしてみても、まるで砂のように手から溢れていくような、そんな掴み所の無さ。
だがあのザンディアが怒り狂った瞬間、それまでかすりもしなかった彼女の『本質』に、僅かだが触れられた感覚がしたのをニーガは見逃さなかった。
「恐らくだが………あの“徒”の本質とは『定形を持たぬ砂粒』そのものなのではないだろうか?」
定まった形がなく、容姿が、性格が、知性が、力が、常に変わり続ける。まるで水を含んだ砂が意思を持って自由に形を変えるように。
その発想に至った瞬間、ふと二人の脳裏をある“紅世の王”の姿が過る。
“千征令”オルゴン。
かの戦いで『とむらいの鐘』の援軍として何度か共闘した、『仮装舞踏会』に所属する巡回士。殲滅と虐殺を得意とする手腕から、『戦争屋』の異名を持つ強大なる“紅世の王”だ。
彼の自在法である『レギオン』は自らの巨大な身体を何千もの紙の軍隊として分割し、統率することで数にものをいわせて敵を殲滅することができる。この自在法の厄介なところは、末端の兵士に至るまでがオルゴン自身であり、司令塔を潰しても兵士一体が残っていれば彼は死なない。確実に倒すにはウルリクムミの『ネサの鉄槌』のように、広範囲を破壊できる強力な自在法で一体も余さず全て潰すほかないのだ。
もしかしたら“無貌の億粒”は、そんなオルゴンと似たタイプの“徒”なのかもしれない。だとしたら今日我々が倒したザンディアは、“無貌の億粒”という“紅世の徒”の、ほんの断片に過ぎなかったのではないだろうか。
「つまり、きゃつはまだ存命しているかもしれないと」
「確定はしきれぬがな」
しかし仮にそうだとしたら、“無貌の億粒”はかなり厄介な部類の敵になるだろう。本体、あるいは分体全てを一度に討たなければ確実に倒すことができないのだから。
頭を悩ます二人だったが、そこへ一つの気配が近づいてくるのに気付き、ピクリと反応する。
このタイミングで敵が夜襲をするとは思えなかったが、ソカルは意思総体を地中に隠して気配を薄め、ニーガはいつでも反撃できるように構える。近づいてくる足音から察するに、これは蜥蜴人のもののようだ。
「おお、こんなところにいたのか」
「シャースーリュー?」
聞き覚えのある声に確認するように返事すれば、暗がりでもわかるたくさんの傷痕を持つ“緑爪”族の長である彼が、瓶と盃を抱えて歩み寄ってくるのが見えた。
「せっかくの宴だというのに、最大の功労者がこんなところで一人酒など寂しいではないか」
どうやらニーガが宴に混ざらなかったのを見て、わざわざ酒を持ってきてくれたらしい。見知った相手に張りつめた空気を少しだけ緩め、ニーガは小さくため息をつく。
「たかが初陣で浮かれていては、今後足元を掬われかねんぞ」
「用心深い奴だな。なるほど、ザリュースの見立て通りの優秀な祭司だ」
苦笑するシャースーリューはそのまま彼の隣に腰を下ろしてきた。
「とはいえ、次も生き残れるという保証がない以上、束の間でも酒を楽しんでおきたいだろう」
彼が言うように、今日生き残れたからといって明日も生き残れるとは限らない。だから今のうちに生きていることを祖霊に感謝するのだというシャースーリューの言葉には、ニーガもかつての経験から素直にうなずく。
「何より、未来の義弟と酒を交わしてみたいしな」
「………義弟?」
シャースーリューの口から出た言葉に、一瞬だけ呆気にとられた。
「ああ、俺の弟がお前の妹に求婚したのだろう? このままあの二人が夫婦になれば、必然的に俺達も義兄弟になれるわけだ」
クルシュとザリュースの仲が極めて良好なのはニーガにもわかる。確かにこのまま順当に行けば、ザリュースとクルシュが夫婦となってザリュースが義理の弟になる。そうなるとザリュースの兄であるシャースーリューとも義理の兄弟になるのは理解できた。
だが、
「私が『弟』なのか?」
「なんだ不服か? お前はずっと長兄だったゆえ、父母以外に頼ることもなかっただろうに。せっかくの機会だから俺を『義兄者』と呼んでみるといい」
俺はザリュースの面倒を見てきたから、今さらもう一人弟が増えても問題ないと笑うシャースーリューについジト目を向けてしまう。
「………お前、相当酔っているようだな」
そばの木がガサガサと揺れる音が聞こえ、ソカルが地面の下で爆笑しているのをなんとなく察するニーガは、尻尾で幹を思い切りひっぱたいてそれを黙らせる。
「ん? どうした急に」
「いや、毒虫が飛んでいたゆえ思わず払っただけだ」
なんでもないと首を振るニーガにシャースーリューはまだ何か言いたそうだったが、盃に酒を満たしてから彼に手渡す。
「だがそうだな。『義兄弟』か………」
それを受け取りつつ、ニーガは盃の中に写る月を見つめて小さく呟いた。
「………それも、悪くないかも知れんな」
ずっと無表情だった彼が、ほんの僅かに笑ったように見えてシャースーリューは満面の笑顔で返す。
「ああ、なんなら今呼んでくれてもいいぞ?」
「いや、それは遠慮しておく」
ただ……と少し間を空けてから、ニーガはシャースーリューが持つ盃に自身のそれをコツンと当てて乾杯する。
「もしこの戦いを無事に終わらせられたら、呼んでやってもいい」
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