棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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時系列はアシズ様が転移してくる少し前です。


トブの大森林

正午を過ぎたカルネ村。家の手伝いをすませた少女は、お菓子の入ったバスケットを片手に玄関を開ける。

 

「お姉ちゃん!」

 

「あらネム」

 

開けた先には洗濯物を干す姉がおり、子どもらしい元気な声で自身を呼ぶネムに姉が振り返る。

 

「今日も森に行くの?」

 

「うん!」

 

嬉しそうに頷く妹を微笑ましく見るも、姉のエンリは心配そうに告げる。

 

「いつものことだけど、あんまり森の奥に行っちゃダメよ? 怖いモンスターがいっぱいいるんだからね」

 

「わかってるよ! じゃあ行ってくるね~」

 

はたして本当に理解しているのか、明るい笑顔で駆けていく後ろ姿を見送るように手を振った。そんな彼女に畑仕事から戻ってきた父親が歩み寄ってくる。

 

「またネムは森に行ったのか?」

 

「ええ……」

 

おやつを片手に定期的に森へ遊びにいく娘を見て、彼は複雑そうな顔を浮かべる。子どもが外で遊ぶのは良いことだが、せめて遊ぶ場所はなんとかしてくれないだろうか。このトブの大森林には猛獣はおろか亜人や恐ろしいモンスターが彷徨いていて、とても子ども1人が駆け回っていいところではない。幸い毎回ネムはケガ一つせずに帰ってくるが、次は無事に帰ってこれるかどうか冷や冷やする。

 

「まあ大丈夫だとは思うわよ。()()()もいるみたいだし」

 

ネムが森へ行く最大の理由、森で一緒に遊ぶという友達。ネムによると彼のおかげで森でモンスターに遭遇しないですむらしい。とはいえそれはそれで心配だ。恐ろしいモンスターを追い返せるだけの強さを持つというその人物とは、はたして何者なのか。危険な人間だったらかわいい娘に危害が及ぶのでないかと、父はネガティブな考えに染まっていく。

 

「大丈夫よお父さん。ほら、そろそろ休憩しましょう」

 

宥めるように背中を押し、エンリは家の中に入っていく。彼女も気にならないわけではないが、いつも楽しそうに友達に会いにいく妹を思い温かく見守っていこうと心に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村から少し歩いていくと、ネムの視界にバツ印の入った大木が現れる。それを見つけた彼女は狼狽えることなく笑顔になり、バツ印の部分をノックする。

するとネムの周りの木々が動き出した。風で揺れたという話ではなく、木々の一本一本がまるで意思を持ったかのように蠢いている。やがてネムの目の前の木々が道を譲るように避け、伸びた枝が彼女の上でアーチ状に重なりあう。できたそれはさながら木でできたトンネルだ。

普通なら驚き警戒するところだが、ネムは一切動じることなく木のトンネルを駆けていく。トンネルの隙間からはネムの存在に気づいた熊や狼の姿が見え、彼女に襲いかかろうとする。しかしそれを阻むように木のトンネルが枝を伸ばして獣達を絡めとり、彼らは甲高い鳴き声をあげてもがく。枝はその見た目に反して固く、熊の怪力でも狼の鋭い歯でも砕けない。

しばらく道なりに駆けるネムはトンネルの先が明るくなっているのを見つけ、走るスピードをあげてそこへ向かっていく。ようやくトンネルを抜けると、開けた場所に出た。

ネムが顔をあげた先には、一本の大木があった。だがおびただしい数の枝には葉は一枚もなく、幹は非常に固い質感でできており、植物というよりは石を切り出して作った木の像というほうが近い。

 

「ソカルー!」

 

その大木に向かって手を振って大声をかければ、幹に刻まれた二つの割れ目がミシミシと音を立てて開かれる。黄土色の光が漏れる割れ目はさながら目玉のようで、眼下のネムをギョロリと見据える。大きなウロが動きだす。

 

「ふん、また来たのか。貧弱な人間め」

 

次いで大きなウロが口のように動き、甲高い男の声で喋る。まるで老木に取り憑いた悪霊のようなその異形はおぞましいことこの上なく、並みの冒険者が見れば腰を抜かして泣きじゃくるだろう。なのにその眼前にいる少女は怖がりもせず、どころかエヘヘと楽しそうに笑っている。

 

「今日はなにして遊ぶ?」

 

無邪気な笑みに大木は、忌々しそうに鼻を鳴らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………なんていうか、度胸があるというか)

 

樹木の化け物との遊びに興じる少女の姿を、森精霊(ドライアード)ピニスン・ポール・ペルリアは離れたところから眺めている。

ウロと割れ目のみで構成された顔を不愉快極まりないといわんばかりに歪める化け物・ソカルに対し、少女ネムは枝を束ねて作った即席の滑り台でキャッキャッと楽しそうに滑っている。

 

「もう一回! もう一回!」

 

「ええい、しつこいぞ人間が!」

 

怒号を飛ばすのとは裏腹に、ソカルは枝を伸ばしてネムの小さな身体を抱えて滑り台の上にまた運ぶ。

そんなやり取りを繰り返す一人と一体の姿は見ようによっては微笑ましくもあったが、ピニスンとしては呆れている。そんなに嫌ならば構わなければいいのでは、と。

 

(多分、根が面倒見のいいやつなんだろうけど……)

 

樹木だけに、などとつまらない冗談を内心で付け足して、ピニスンはこの樹木と最初に出会った日を思い出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

トブの大森林の化け物、ザイトルクワエ。

太陽がたくさん登った頃にこの森を恐怖のどん底に陥れたそれは、今まさに長い眠りから覚めようとしていた。周辺の木々が枯れ朽ちていく様を戦々恐々と眺めるピニスンは、しかし逃げることなどできやしない。森精霊(ドライアード)である彼女は本体である木から移動することができず、自分で本体を運ぶなんて芸当は不可能だ。ましてや戦いなど無理で、竜王でさえ倒しきれなかった化け物をどうこうできるわけがない。かつて魔樹の半身が暴れだした時は、たまたま通りかかった七人組の冒険者が倒してくれたがそれでも完全に討つまでにはいたらなかった。

そんな魔樹の復活、もはやピニスンは半ば諦めてしまっている。これを倒せる存在がいるとするならばそれこそ竜王ぐらいなものだが、移動すらできないピニスンに助けを呼ぶすべなどない。

 

いつ死ぬかの恐怖に怯える日々の中、『それ』は現れた。

 

 

ある夜、いつものように魔樹への恐怖を抱きながら、何の気なしに夜空を見上げたピニスンは一つの星を見つけた。満天の星空のなかで一等輝くその星は、今までなかった場所に存在している。新しく生まれた星だろうかとボンヤリ眺めていた彼女だったが、ふとその星が()()()()()()()()()()()()ことにきづいた。見間違いだろうかと目を凝らして見ていると、やはり星は大きくなっている………否、近づいてきている。

異変に気づいたピニスンが目を見開いて眺めていると、接近するそれの姿がハッキリしてくる。

 

『それ』は星ではなかった。

黄土色の輝きを放ち、夜の暗闇に包まれた森を真昼のように照らす火球だったのだ。かつての冒険者達が使っていた炎の魔法に似ていなくもなかったが、空の火球の大きさはその比ではない。

ゴウゴウと燃え盛る炎を撒き散らし、トブの大森林に向かってくる火球に、森の獣達が喚き散らして逃げ惑う。あれだけ巨大な炎の塊がここに落ちれば、森は瞬く間に火の海に包まれてしまうだろう。ピニスンも突如振ってわいた災害に取り乱すが、やはり逃げられない。やがて火球はピニスンの頭上を通り過ぎ、森の奥に落下していく。

 

そう、『丁度ザイトルクワエの封印されている場所』に向かって。

 

ピニスンがそれに気づいた時にはもう遅く、火球が落下したであろう爆音と衝撃波が一拍置いてからあたりに響き渡る。衝撃波による爆風があたりの木々と土を根こそぎなぎ払い、大型の猛獣が宙を舞う姿が視界の端を横切る。ピニスンの本体にも吹き飛ばされた樹木がぶつかってくるが、かろうじて耐えしのぐ。少ししてから衝撃波が収まり、必死に本体にしがみついていたピニスンは恐る恐る顔を上げる。見れば木々が吹き飛ばされて開けた視界の先で、落下したと思われる火球が地表を焦がすように激しく燃え上がっている。このままでは火事になってしまうのは明白だが、それ以上にピニスンは今の衝撃でザイトルクワエが目覚めてしまったのではないかと青ざめる。そんな彼女の想像を具現化するように、炎が形を変え始める。

不規則に踊る炎から小さな火の粉が溢れ、束ねられるように固まる。固まった火の粉はやがて輝きを失うと、その下から確かな『存在』が現れる。

太く固く、ミシミシと触腕のように何本も生えて揺れるそれは、樹木の根だ。根は地表にしがみつくようにその場に突き刺さり、やがて中央の炎も確固たる形を取り始める。根の形を反映するように縦に長く高く、それでいてとても太い胴体は固い岩のような質感だが樹木の形そのもので、さながら岩石が樹木の形をとっているような姿だ。

その形を認識した瞬間、ピニスンは恐怖のあまり声を失う。あの禍々しい大木の姿こそ、魔樹ザイトルクワエに違いない。恐れていた事態に腰を抜かす彼女を他所に、魔樹の幹に大きく開いたウロから声が響く。

 

「まだっ…………だっ……!」

 

それは甲高い男の声だ。

 

「まだ………私は死なぬ………っ!」

 

驚いたことに、声が紡ぐのは意味のある言語だ。

 

「この私に、無駄死になどあってはならぬ……っ!」

 

言葉には確かな決意と魂が込められ、己を鼓舞するように叫ぶ。

 

「通さぬぞ『極光の射手』ぇ! 通さぬぞ同胞殺しどもぉ! 例え我が身が滅びようと、アシズ様の御許へは絶対に行かせぬわあ!!」

 

少し前まで『魔樹だったもの』は、黄土色の眼光を見開き誰かへ向けて高らかに吠えた。

 

 

「っ…………!」

 

それを見上げてピニスンは涙を浮かべてガタガタと震える。とうとう最も恐れていた事態になってしまった、あのザイトルクワエが長い眠りから完全に覚めてしまったのだ。

 

(もうダメだ………おしまいだ………)

 

自らの死を悟ったピニスンの脳裏を走馬灯が過る。かつて森にいた闇妖精達、たまに来る亜人や冒険者達、ほとんど森の中の風景しか浮かんできてくれないが、今のピニスンにはすべて色鮮やかな思い出のように思えた。

 

「…………むう?」

 

ギョロリと辺りを見渡す魔樹は、なぎ倒れる木々の中で唯一残ったピニスンに目をとめる。

 

(見つかった!)

 

やはり最初に魔樹の生け贄になるのは自分のようだ。無駄とわかりつつも頭を抱えて縮こまるピニスンに、魔樹はミシミシと巨体をねじ曲げて向き直る。

 

「貴様ぁ…………」

 

ウロから覗く歯をギリギリと軋らせ、魔樹は怒りを滲ませる。ああ、どうかせめて死ぬなら一瞬で終わらせてくださいと、いるのかどうかもわからない神様に祈り………

 

「なぜまだ残っている!? 早く逃げろと命じたはずだ!!」

 

「…………はい?」

 

怒鳴られた言葉の意味が理解できず、思わず気の抜けた声で返してしまった。

 

(…………今、こいつはなんて言った? 早く逃げろ?)

 

それがこれから殺す相手に言うべき言葉なのだろうかと、状況も忘れて唖然とするピニスンに構わず、魔樹はさらに喚き散らす。

 

「いや、そもそも『極光の射手』とフレイムヘイズ共はどこだ!? まさかすでに突破を………!? いかん、このままではアシズ様の下にあの忌々しい道具共が向かってしまう! いまだ両翼の二人がいるとはいえ、『炎髪灼眼』と『戦技無双』の行方がわからぬ現状では両人は温存すべき……!!」

 

早口に捲し立てる魔樹の言葉の意味は、ピニスンには理解できない。

 

「やはり私が足止めをせねば! お待ちくださいアシズ様、必ずや御身に集る虫を排除いたします!! 」

 

決意新たに明後日のほうへ向き直る魔樹だったが

 

「…………う!?」

 

何かに気づいたように身を強ばらせる。

 

「ば、バカな………なぜ動けぬ!?」

 

魔樹は幹の横から二本の腕のような枝を伸ばし、自身の身体をかきむしるように触れる。

 

「これは………『トーチ』!? 『トーチ』の中に私を封じ込めたのか!? おのれ『極光の射手』め、小賢しい真似を!!」

 

怒り心頭のままに腕を振りかざして地面を叩きつければ、地面が砕けてその場が大きく揺れた。

 

「ええい、しかもなんだこの身体は!? 胴は動くくせに足が全く動かぬではないか! これでは本当にただの巨木になったよu「ストップ! ストーーップ!! ちょっと一旦落ち着いて!!」ぬう?」

 

待ったをかけるようにピニスンが声を張り上げれば、魔樹が再び彼女を見る。正直なところいまだ恐怖心があるピニスンだったが、今この魔樹を止めなければこの周辺一帯が確実に更地になってしまう。幸い魔樹は意志疎通ができるようで、彼女の呼び掛けに反応した。

 

「貴様、まだいたのか! 戦地で退かぬその気概は誉めてやるが、今は生き延びて主のお役に立つことを優先しろ! ウルリクムミ率いる左翼と合流し、フレイムヘイズ共を止める守りを固めるのだ!!」

 

「だから落ち着いてってば! ウルリクムミて何? フレイムヘイズって何なの!?」

 

「はあ!? 貴様は何を寝ぼけたこと言って…………ん?」

 

さらに怒鳴ろうとして、魔樹はジロジロとピニスンを見る。

 

「貴様、私の部隊の兵ではないな。見覚えがない」

 

「だから違うんだって! だいたいあんた何なのよ!?」

 

おかしい、明らかにおかしい。言動もそうだが、この魔樹からは言伝に聞いた通りの狂暴さと邪悪さが見受けられない。つい普通の相手にするような喋り方で怒鳴ってしまったピニスンだったが、魔樹はその言葉を聞きピタリと動きをとめる。

 

「なんだとぉ………!?」

 

次いでまた怒りを滲ませた魔樹に、ピニスンは再び死の恐怖に震える。

 

「貴様、この私を知らぬというのか!?」

 

総身から黄土色の火の粉を落ち葉のように溢れさせた魔樹に、ピニスンは思わず瓦礫の影に隠れる。まずい、今度こそ怒らせてしまったようだ。

 

「この炎を見よ! この黄土の輝きこそが私を表す唯一無二の色、我こそはとむらいの鐘(トーテングロッケ)、九垓天秤が一人! 先手大将、“焚塵の関”ソカルであるぞ!!」




ソカルを出すなら、ここ以外にないだろうと思いまして……
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