オーレオールはもう映像化しないんだろうか……?
「………トコロデ、ココハドコダ?」
意気込んだはいいが、コキュートスは周囲を見渡して首を傾げた。
現在自分がいるのは四方を木の壁で囲まれた部屋のような場所で、窓とおぼしいものは見当たらず外からの光はない。明かりは目の前に灯る黄土色の小さな火のみで、首を動かして胴体を見れば手足を固い木の枝でグルグル巻きにされているのが確認できた。
状況的に考えればここは牢屋で、自分は虜囚の身になったのだと思われる。しかしここはナザリックではない、なんとなくではあったがコキュートスはそう確信できた。
「ようやく目が覚めたか」
「?」
背後から響く甲高い男の声にそちらを向けば、木の壁に亀裂が入りそこから覗く黄土色の眼光がギョロリとコキュートスを睨む。
「貴様ハ誰ダ?」
「ふん、貴様ごときに教える義理はない」
目玉が悪態をつくと同時に木の壁がゆっくりと左右に割れ、外から光が漏れだす。その先からいくつかの人影が現れた。
「!」
「………先の軍勢の将と見受ける」
人影の先頭に立つのは逆行に照らされたフードで顔を隠した蜥蜴人。彼は木の入り口からゆっくりとコキュートスがいる部屋に足を踏み入れると、フードを取って素顔を見せた。
「自分の状況が理解できるか?」
冷徹な眼差しと黝色の鱗。間違いない、あの時コキュートスが心から戦いたいと願った蜥蜴人だった。
「………アイタカッタ」
「?」
ポツリと呟くコキュートスに蜥蜴人は目を瞬かせる。
「貴殿ノ名前ヲ教エテホシイ」
「………ニーガ・ルールーだ」
「ニーガ・ルールー………シカト覚エタ」
捕らわれの身になっているにも関わらす嬉しそうな様子のコキュートスの姿に、ニーガは呆気にとられるもゴホンと軽く咳払いする。
「貴様にはいくつか聞きたいことがある」
鋭い眼差しで射貫かれたコキュートスは、俯いてやや考えこんでから顔を上げた。
「………デアレバ、私ノ頼ミヲ聞イテホシイ」
「なんだ、助命か?」
情報提供と引き換えに自身の身柄を保証させる、とりわけ命のやり取りが激しい戦場では珍しくもない取引だ。
「違ウ」
ところがコキュートスはそれに対し首を振って否定する。
「ドウカ、私ト全力デ戦ッテホシイ」
「は?」
拘束されて満足に動けないだろう身体で深々と頭を下げられ、告げられた言葉にまたしてもニーガは呆気にとられてしまった。顔を上げたコキュートスの目は真っ直ぐに彼を見返している。
「私ハ先ノ戦イデ、貴殿ノ強サヲ垣間見タ」
一度のみ………それも50レベル代のモンスターとの戦いであったため、まだ力の底は見えないものの、少なくとも彼の強さは本物であると理解できた。だからきっと彼とならば戦士として全力で戦えるという考えにコキュートスは至ったという。
「コノ申シ出ヲ受ケ入レテクレルナラバ、私ガ知ル限リノナザリックノ情報ヲ提供スルト誓オウ」
どうやらナザリックとやらが彼が所属する軍と思われる。しかしニーガは眉間に皺を寄せて訝しんだ。
「貴様、本気なのか? そんな私的な理由で簡単に仲間の情報を売るなど……」
自分の命がかかっているならばまだ理解できなくもなかったが、彼の場合は要求内容が普通ではない。もしかしたら偽の情報を掴ませるための演技かもしれないと警戒するも、コキュートスはそれを察してか拳を握る。
「………アレラハモウ、『同族』デハナイ」
「?」
口から出たその言葉には、微かではあったが嫌悪感が滲んでいた。
「イヤ、少シ前マデハ確カニ私達ハ『同族』ダッタ………シカシ今ノ私ハ、スデニ彼ラトハ『存在ノ質』ソノモノガ別物ト化シテシマッタ」
思い出すだけでも不快感が胸に込み上げてくる。そこに至る経緯も信念もないというのに、主のためならば私心も命も喜んで捨てる狂った忠義。だから今更彼らの思想に賛同する気概はないと断言する。
勝手に納得する様子のコキュートスに戸惑うニーガ達ではあったが、その姿にある仮説が浮かび上がってきた。
もしや彼は、仲間に見捨てられ粛正されそうになっていたのではないだろうか?
今一つ経緯がわからないが、もしそうだとすれば沼に出現した時の状況に対して辻褄は合う。
どうなのかと問い詰めれば、コキュートスはまた遠くを見る。
「見捨テラレタ、カ……確カニ少シ前マデハ私モソウ思ッテイタ。シカシ実際ハ逆ダッタノダ」
自身の無能さ・不甲斐なさに愛想をつかしその身を隠されたのだと思っていた。しかし全てを思い出した今、それは間違いだったのだとコキュートスは気づいたのだという。
「武人建御雷様ハ………最後マデ私ノ身ヲ案ジテクダサッテイタノダ」
『………!?』
その言葉に、ニーガは目を見開き凍りついた。根の下から見張ってソカルも、ガサリと木の檻を揺らした。
「貴様、今なんと言った!?」
コキュートスの眼前に駆け寄ったニーガは、声を荒げて彼の両肩を掴んだ。
「兄様!?」
「おい、どうしたニーガ!?」
それまで冷静さを欠かさなかったニーガの慌てぶりに、背後のザリュース達はおろか掴まれたコキュートスも困惑しだす。
「何、トハ?」
「タケミカヅチと言ったのか!?」
「ア、アア………。ダガソレハ、アノ方ノ真ノ御名デハナカッタヨウダガ」
「真名は! 真名はなんだ!?」
ニーガは必死な形相でコキュートスの肩を揺すろうとするも、筋力の差からかコキュートスは微動だにしない。真名というのは本名という意味だろう。しかしなぜそこまで武人建御雷の本名を知りたがるのだろうか?
「“皇宝ノ剣”ザトガ、ソウ名乗ッテオラレタガ」
「………“皇宝の剣”?」
戸惑いつつも主の本名を教えれば、ニーガは冷静さを取り戻したのか目を瞬かせて肩から手を離した。
「おいニーガ、一体どうしたんだよ? らしくもねえ」
「タケ、ミカヅチって、なに?」
「何かご存知なんですか?」
仲間達もニーガの突然の豹変振りに心配し、檻の内部に入って彼のそばに歩み寄り肩にポンと手を置く。
「………いや、すまない。私の勘違いだったようだ」
額に手を当てため息をつくニーガは、仲間の眼前で醜態を晒した己を恥じている様子だったが、二・三回ほど深呼吸したのち、再びコキュートスに向き直る。
「話を戻そう。私が貴様との決闘を受け入れれば、そちらの情報を提供してくれるのだな?」
「ウム」
「その誓いは確かか?」
「戦士ニ二言ハナイ」
六つの青い複眼は真っ直ぐにニーガを見つめている。チラリと背後に控える仲間達と目線を合わせれば、彼らはひそひそと話しあってからニーガに頷く。
「わかった。ただ現状が現状ゆえ、約束を果たすのは全てが終わってからになるが、それでも構わないか?」
「無論ダ」
要求を飲めばコキュートスの纏う空気が、僅かながら喜びの色に変わった気がしたのはおそらく気のせいではなかったことだろう。
(ニヌルタ! まさかこのような得体の知れない輩の言葉を信用する気ですか!?)
一方のソカルは蜥蜴人達の決定に納得できないと、遠話でニーガにのみ怒鳴るが彼はいたって冷静に答える。
(言うこと全てを信用するつもりはない。だが敵の情報が何もわからない以上、聞く意味はあるだろう)
無論虚偽の情報を掴まされる可能性も考慮しておくと言い含めれば、ソカルはまだ不満そうにしながらも押し黙ったのだった。
某紫電の王「人違いです」