「………ウス。デミウルゴスよ」
「………?」
耳に入る主の声。白い霞が晴れていくように、ぼんやりした意識が覚醒する。
「あ、アインズ様……?」
「なにを呆けている」
周囲を見渡せばそこは玉座の間であり、なぜか自分達はアインズの前で倒れていた。主の御前でなんと無礼な格好をしているのだと己を責めつつ、慌ててピシリと姿勢を正して跪く。玉座に座る主は一見するといつも通りの威厳に溢れた姿だったが、シモベ達は異変に気づいた。
アインズが静かに激怒していることに。
アウラも、マーレも、シャルティアも、ヴィクティムも、無言で怒るアインズに青ざめる。
なんだ。自分達の何が主の不興を買った? 創造主から賜った叡智を必死に働かせ、デミウルゴスは今までのことを思い出す。
「!」
そうだ、思い出した。コキュートスがアインズを裏切ったのだ。
愚かにもアインズに意見したあげく、
「あっ、ああ……!」
宝石の目を見開きデミウルゴスは頭を抱える。主は自分達の成長に期待してこれほどの手間隙をかけたというのに、あの愚者はその御慈悲をドブ川に投げ捨てるような蛮行をしでかした。アインズが怒るのも当然だ。
これほどの失態はコキュートス一人の命では到底足りない。かくなる上はこの命で償うほかないと、自らのスキルで鋭く研ぎ澄まされた爪で自らの首を切り裂こうとする。
ゴッ!!
次の瞬間右頬に鋭い痛みが走り、デミウルゴスの身体が壁に叩きつけられる。見ればデミウルゴスがいた場所の目の前にアインズが移動しており、右手を真横に向けて真っ直ぐに伸ばしている。おそらくデミウルゴスが吹き飛んだのはアインズに殴られたからだろう。
「………つくづくお前達は、私を不快にさせるのが得意なようだな」
大きくため息をつくアインズが自分達に向ける、失望の眼差しに全身の血が凍りつくような感覚がした。
「そ、そのようなつもりは!!」
殴られたせいか口の端から血を流すデミウルゴスは、激痛から動けない身体にムチ打ち立ち上がる。
「ない、と? 嘘をつけ、お前達のそれは『贖罪』ではなく『逃避』だ」
シモベ達の自害とは、主に見捨てられるという事実を受け入れられない思いからくる逃げだという。告げられた鋭い指摘に守護者達は何も言い返せなかった。
「つまらん失敗の度に一々自害するな。鬱陶しくて仕方がない」
今すぐにも自らの命で主に謝罪をしたい気持ちが込み上げてくるが、それでは余計彼を不快にさせてしまうというのではないという考えが、彼らの行動を必死に押し止める。畳み掛けるようにアインズは宣言した。
「次に貴様らのうち、誰か一人でも自害するなどと抜かしてみろ。その時、私は今度こそこの地を去る」
『!!』
それはシモベ達にとって、あまりにも恐ろしい罰だった。自分どころかほかのシモベが自害しようものならば、ナザリックから最後の至高の御方がいなくなってしまう。目を見開き絶望する彼らにアインズはさらに命じる。
「それが嫌ならば互いを監視しあえ。怠れば、自分達の心の支柱が無くなると覚悟しろ。そして……」
そんなに死にたければ、『私の役に立つ死に方』を選べと。
「………例えば、貴様らだけで裏切り者を抹殺したりとかな」
最後にポツリと呟いた言葉に一同はバッと顔を上げ、その言葉の意図を瞬時に理解する。そう、これは主が自分達に与える最後のチャンスだ。仲間の汚点を自分達で拭い、自分達の価値を主に見せてみよと。
「わかったならもう下がれ。そして今すぐに下等生物共を鏖殺する支度でもしろ」
「………御心のままに」
アインズが再び玉座に座り直すのを見届けたのち、一同は恐怖に震えながらも頭を垂れるのだった。
玉座の間を後にした守護者達はしばらく無言だったものの、作戦を練るためにラウンドテーブルに入った瞬間にシャルティアが叫びだした。
「ああああああああ!! あのクソ野郎がああああああああ!!」
愛しいアインズから向けられた軽蔑の眼差しに対する絶望感がある程度落ち着いたあと、彼女の胸中に溢れたのは大やらかしをしたコキュートスへの憎悪だった。
美しい銀の髪をかきむしり、錯乱しだす彼女のその言葉が合図になったかのようにほかの者達も荒れだす。
「ほんとバカじゃないの!? アインズ様に逆らったあげく武器を向けるとか信じられない!!」
アウラが怒りの形相でテーブルを叩いた。
「あ、アインズ様が、怒った………あんな……あんな怖いの……見たことない……」
マーレは目尻に涙を浮かべ、青ざめた顔で頭を抱える。
「っ………」
デミウルゴスはスーツの胸元を強く握りしめ、怒りと焦燥がない交ぜになった心中を必死に抑えこむ。
『うあ………ああ……!』
ヴィクティムはおろおろと落ち着きなく、身体の方向を変えながら狼狽えている。
「………」
平静を保っていたのは、アルベドだけだった。
失望された。失望された。失望された。
この世の終わりを垣間見たかのごとく目の前が真っ暗になり、今にも倒れそうな思いだ。耐え難い罪悪感から自害しようにも主がそれを最も忌み嫌っておられる以上、それだけは絶対にできない。もはや彼らに逃げ場などなかった。
同時に脳裏を過るのは、元凶である件の反逆者の姿。そう、なにもかもアイツのせいだ。アイツが愚かな真似をしなければ、自分達がアインズにあんな目を向けられることはなかったのに。
「………?」
するとここでアルベドに、姉であるニグレドから伝言が繋がった。玉座の間を退出する時、密かにコキュートスの居場所を探るよう頼んでいたアルベドだったが、どうやら結果が出たらしい。
「………そう、わかったわ。教えてくれてありがとう」
固唾を飲んでアルベドの言葉を待つ仲間達に、アルベドは告げた。
「姉さんによれば、コキュートスは現在あの蜥蜴人の集落に身を寄せているそうよ」
その言葉に一同の目が見開かれる。さすがナザリック随一の情報系魔法詠唱者のニグレドだ、潜伏先が判明したならばあとはナザリックの総力を結集し、速やかに反逆者を粛清するべきである。
「………デミウルゴス」
と、アルベドが戸惑いがちな声でデミウルゴスに声をかけてきた。
「なんだね?」
「……いえ、なんでもないわ」
しかし青筋を立てて歯軋りする彼の形相に口をつぐんでしまった。今の彼にそれを問うのは、危険な予感がしたからだ。
(………アインズ様、あんな目をしていたかしら?)
先ほど玉座の間で相対したアインズの眼窪から見えた
「あ~あ、お前もひどいやつだな。あいつらかなりショック受けてたぞ?」
守護者達が退室してアインズとエイトエッジアサシンのみとなった玉座の間に、壱式風林がやれやれと肩を竦めながら姿を現す。
「本当のことだろう。つまらん失敗一つで自害自害とほざくなど、煩わしいことこの上ない」
指でトントンとひじ掛けを叩きながらため息をつく彼はプレイヤーのアインズではなく、“無貌の億粒”の意思総体から新しく生まれた『自分』である。思慮深く冷徹な支配者というコンセプトのもとに生まれた彼は、冷めた眼差しで空を見る。
「そもそもモモンガは、あれらの使い方を根本的に間違っているのだ」
あれらは『人』でもなければ『生き物』ですらない。主人の命令と与えられた設定のみを至上とし、私欲や裏切りなど言語道断。主人こそが絶対なる神でありその価値観こそ正しく、かの者に使い潰されその手にかけられることが幸福と信じて疑わない忠実な人形である。人として尊重するのではなく、道具としてこき使うほうが適切なのだ。
「まあこれであいつらも、自害しようなんて考えることはなさそうだな」
退出する直前の守護者達の絶望した顔を思い出す。これで彼らの心には『自分か仲間が自害しようとすれば、今度こそ主に見限られる』という楔が打ち込まれたはずだ。アルベドだけが随分落ち着いていたのが気にはなるが、さしたる問題にはならないだろう。
「絶対に離反しないのはいいが、やはりこういう場合に融通が利かないのは問題だな~」
「しかし今さら設定を変えるのは………第一サトゥラの負担をこれ以上増やすのもしのびない……」
NPCの今後を巡る彼らだったが、その会話に割って入るように玉座の間の中央に蜂蜜色の自在式が現れる。
『こちらハスター。カナヘビから報告は聞きましたが、コキュートスが脱走したというのは本当ですか?』
「ああ、忌まわしいことにな」
自在式から響くハスターの声に、アインズは不機嫌そうに眼窪から青紫色の火の粉を散らす。
「まあ、比較的早い段階で発見できただけよしとするか?」
壱式風林の言葉にはアインズとエイトエッジアサシン達も同意する。もしここぞという場面で不具合が発覚した場合、事態はよりややこしいことになっていたかもしれないだろう。
「しかし今回の不具合は、ある意味NPCの実用化に対し極めて深刻だぞ。『絶対に裏切らない、貴方の全てを肯定してくれる忠実な奴隷』というキャッチフレーズから逸脱している」
裏切らない人形という枠組みから外れた以上、ほかのNPCもそうならないという保証はない。そうなると『商品』としての信頼が落ちてしまうことにアインズは危惧する。
『だから言ったじゃないですか。そもそもあんな不良品どもが兵器として実用できるわけがないと』
「言ってやるなよ~」
毒を吐くハスターをやや宥めつつも壱式風林は思考を巡らす。一同にとって今最も問題なのはコキュートスだ。斬神刀皇に転移の自在式が組み込まれていたことから推測するに、彼の創造主である
「しかし、たかがNPC一体に自我を与えたところで何になる?」
『私としてはコキュートスよりも、宝物殿から消えたというアイテムのほうが気になります』
不可解なのはコキュートスだけではない。彼がナザリックから逃走したと同時に、宝物殿から消えた武人建御雷の所有したアイテムもそうだ。アイテムのなかには神器級のアイテムもいくつかある。もし蜥蜴人達がそれらを装備した場合、ステータスは大幅に強化されるだろうが……
「蜥蜴人共のレベルはせいぜい20未満………“天凍の俱”のトーチのタレントで底上げしてやっとプレアデス級。神器級を装備したところで大して差が縮まるとは思えんが」
100レベルの守護者達を相手にするには心許ない。はたして“皇宝の剣”はなんの意図を持ってこのような小細工をしかけたのだろうか。
「………いずれにしろ、まずは『テストプレイ』が必要だな」
アインズがため息をつきながらパチンと指を鳴らすと、≪遠隔視の鏡≫が二枚目の前に現れる。一方に映るのは蜥蜴人達と相対するコキュートス、もう一方には円卓の間で話し合う守護者達が映っている。
(ルールを守って楽しくゲーム、それが出来なきゃ遊ぶ資格はない。そうだろ? 建やん)