蜥蜴人達による攻防戦が繰り広げられているのと同じ頃、ハスターはウルリクムミ捕縛の合間を縫って行っていたポロナズの修復が終わったところだった。
「身体の具合はどうですか?」
「斥候として………活動する分には問題ないかと」
ポロナズが首をコキコキと鳴らし、両手をグッと握りしめて正常に動くのを確認する。
「わかりました。では引き続き周辺の警戒を続けなさい」
「はい……」
ポロナズがハスターに背を向けて五感を研ぎ澄ませれば、巨大な卵からまた轟音が鳴り響く。またしても脱出を企てようとするウルリクムミに、ハスターは大きくため息をついてすぐさま卵を修復した。なぜ“巌凱”は懲りずに愚直に破壊しようとしているのだろうかともはや呆れてくる。
確かに蜥蜴人達とナザリックの戦略差を考えれば急がなければならないだろうが、ここで無駄な体力の消費は非効率的である。抜け目のない彼にしては随分短絡的な判断で………
(………抜け目のない?)
ここでふとハスターは自分の言葉に違和感を覚える。最終的に閉じ込めたとはいえ、先の戦いにおけるウルリクムミの戦略は恐ろしいほど優秀だった。
そんな彼が、
自分はなにか重大な点を見落としてはいないだろうか。背筋を走る嫌な予感に纏う“燐子”の表情を険しくさせていると、ここで大森林に潜むカエルから遠話が繋がる。
「はいこちらハス『おいハスター! “巌凱”の野郎はなにしてる!?』っ!?」
途端に耳鳴りがしそうなほどの大声が空っぽな“燐子”の内部に響き渡る。
「なにって……まだ拘束中ですけど?」
いつになく慌てた様子のカエルに戸惑いながらもハスターは答えた。
『“天凍の俱”が『とむらいの鐘』が持ってた物資を使ってやがるぞ!?』
しかし次いで述べられた報告が、彼の思考を数秒ほど停止させたのだった。
「……は?」
時は少しだけ遡る。
無数の異形と石の林がひしめき合う沼地では激しい戦いが繰り広げられていた。数的に見れば圧倒的に不利なはずの蜥蜴人陣営だが、もともとソカルの本領はこういった味方の支援や防衛戦でこそ真価を発揮する。ソカルの『碑堅陣』による石の枝が悪魔達の行く手を阻み、時に悪魔を突き殺し、時に蜥蜴人達を守ることでどうにか拮抗できている状態だ。
「コキュートスの情報によれば、この魔法で呼ばれた悪魔共は召喚者の指示に従わずただ暴れるだけだそうだ」
「なるほど、どうりで連携のれの字もないわけだ」
加えて指揮能力の差も大きい。ただ本能のままに殺戮するだけの悪魔達に対し、蜥蜴人達はニーガの指揮のもと卓越した連携で敵を仕留めていく。
ニヌルタとソカルは普段馬の合わない二人だが、実は戦場では嘘のようなチームワークをみせる。歴戦の戦士としての場数と戦略眼を駆使し、互いがいかに動けば最適の一手を決めれるかを機微で判断できるのだ。その意志疎通は敵対していたフレイムヘイズからすれば、両翼に次ぐアシズの双璧と恐れられていたものだったという。
ザリュースは太刀、ゼンベルは手甲、シャースーリューは大剣、キュクーは槍、スーキュは弓、クルシュは杖でそれぞれ応戦している。ニーガのタレントとアイテムの効果でどうにか屠れてはいるが、敵は一向に減る様子がない。
「キリがないな……!」
「大方物量でこちらの疲弊を促しているのだろう」
枝に拘束される悪魔の心臓を一突きするザリュースに、シャースーリューは大剣でなぎ払いながら答える。戦力とアイテムは充実していても、生物である以上は疲労の蓄積は避けられない。祭司達が回復してはいるものの、それもいつまで持つかはわからない。ニーガもそれを理解していたようで、仲間達がどれほど息を切らしているかを確認してから腰の雑嚢を探る。
(使うならばここか……!)
取り出したのは黝色の氷の塊で、ニーガが自在法を込めれば氷は黝色の矢に変化する。
「スーキュ、これを頭上に飛ばせ!」
「はい!」
近くで矢を放つスーキュに手渡せば、彼は弓に黝色の矢をつがえ弦をギリギリと引き絞り天に向けて放った。彼の主な武器はスリングショットなのだが、構造が似ていたおかげか難なく弓を使いこなしている。
「させるかあ!」
それを見た魔将の一人が高く飛び、天へと至る寸前に矢をパキリとへし折った。
「バカめ」
しかしそれは見たニーガは不適に笑い小さく呟く。
折れた矢から大量の黝色の煙が溢れ、戦場の空に広がりだしたのだ。分厚い雨雲となった煙から黝色の雨粒がポツリポツリと滴り、やがて勢いを増していくそれは瞬く間にどしゃ降りとなって戦場一帯に降り注ぐ。
「あ……ぎっ、ギゃアああアあアア!?」
突然の豪雨に呆気に取られていると、ここで突如蜥蜴人以外の異形達が絶叫し悶え苦しみだす。身体をかきむしり、のたうち回る様はまるで毒に蝕まれているようだった。
「なにをした!?」
驚くゼンベルがニーガに振り替える。
「私に魔法を伝授してくれた、師匠の魔法を真似たものだ」
ニーガの恩師が独自に編み出した殺虫魔法、≪蟲殺し≫。
蟲の異形にのみ害を与え、それ以外の種族には影響を与えない魔法。魔力の消費こそ激しいが、味方を巻き込まない特異性を持つその効果を思い出したニーガにはふとある考えが浮かんだ。
一種族にのみ害を与えられるならば、逆に
思った通り悪魔達を苦しめる雨を受けても、蜥蜴人達は一切苦しむ様子はない。
「なんだ、この雨は……?」
「力が漲ってくるようだ……!」
さらにニーガはこの魔法にある効果も付属させていた。
ウルリクムミが託してくれたポーションと薬草をありったけ使い特殊な効能のポーションを開発し、それを素体に液体の“燐子”を生み出したのだ。これによってこの雨は蜥蜴人以外の種族を毒で苦しめ、逆に蜥蜴人達は疲労と怪我が回復して力が強化されていく。これで祭司達の負担はだいぶ軽くなったはず。
さすがに上位種の異形はそこまで苦しんではいないだろうが、雑魚の始末は楽になるだろう。
「臆するな! この勢いに乗じて敵を殲滅しろぉ!!」
「うおおおおおおおお!!」
シャースーリューの鼓舞を受けて、仲間達の士気は最高潮に達するのだった。
その頃の捕虜
コキュ「離セ枯レ木! ニーガ・ルールー殿ノ勇姿ヲ是非コノ目ニ焼キ付ケタイ!!」
ソカル「貴様自分の立場わかっとるのか!?」