「巌凱の物資が!?」
報告内容を理解したハスターは信じられないと叫ぶ。そんなバカな、いつそんなものを受け取った!? 少なくともウルリクムミがこの卵の内部に閉じ込められたままなのは間違いないし、そもそもどうやって運んだというのか。
しかしここでハスターは閉じ込める直前にウルリクムミが『ネサの鉄槌』を放とうとした時を思い出す。あの時点でウルリクムミが『封界』の範囲から外れていたのならば、必然的にアルラウネも『封界』から出ていたことになる。もしその僅かな時間で、手持ちの物資を全てニヌルタ達へ転移させていたとしたら?
(まさかあの時の攻撃は、“架綻の片”の転移を誤魔化すための陽動だった………!?)
ソカルにはアルラウネが作成した自在式が託されていたはずなので、それを目印にしてミステスと同じ要領で物資をソカルに転移させたと考えれば筋は通る。
してやられた。
己の不覚に苛立たしげに“燐子”の長い頭髪をかきむしるハスターだが、事態はそれだけでは終わらない。
「ハスター様!」
いつの間にか地面に耳を当てていたポロナズが突然叫びだしたのだ。
「何事です!?」
普段無口な配下のいつになく慌てた口調にハスターは振り向く。
「トブの大森林の方角、何か来ます!」
「!?」
トブの大森林の方角。このタイミングで何が来るのかと、素早く頭を回転させたハスターの脳裏が過った一つの可能性。“焚塵の関”ソカルの『碑堅陣』が接近している!
(ありえない! この場所は“焚塵の関”の活動範囲外のはず……!)
“無貌の億粒”に調べさせていたし、念のためにそこからさらに距離をとったはずだ。ハスターが事前に道中に設置していた観測用『ビヤーキー』を起動して自在法で調べてみれば、ソカルの中核の場所が最初に観測した地点から移動していることに驚愕する。
(まさか、地中を掘って活動範囲をズラしていた!?)
確かにウルリクムミがどの方角から来るかあらかじめわかっていれば進むべき道も限定できるだろうが、全く想定外の力技で攻めてきたソカルにハスターは動揺を隠せない。
(無意味に卵を破壊しようとしていたのは、これを気取らせないためか!)
ハスターは自在師ではあっても“徒”としては並みだ。いくら“燐子”を大量に作成できるとしても、扱える存在の力の総量にも限度がある。ウルリクムミの捕縛に専念するあまり接近してくる援軍に意識を向けられなかったのだ。
加えて先のウルリクムミとの戦いで『ヒュアデス』達は未だ休眠中、手持ちの戦闘用ミードボンボンは使い果たしており、『封界』を掛け直す余裕はない。ウルリクムミの時でさえ多大な損害を被ったというのに、広範囲の戦闘に特化したソカルが相手では勝ち目がない。
「やむを得ません………ここは撤退します!」
どのみち潮時だろう。ポロナズを一度ミードボンボンに戻してから翼を羽ばたかせ、ハスターは大空へと飛び立つ。彼が地面から離れたのと同じタイミングで地面から石の大木が生え、枝の先が鞭のようにしなりハスターへと伸びる。
「!!」
自在法で自らの速度を限界まではね上げ逃げるハスターを、碑堅陣の枝が執拗に追いかけていく。神経を研ぎ澄ませて枝を回避しつつ、ハスターは逃走のための転移の自在式を素早く構築する。
「逃がすかぁ!!」
その中でも一際太い枝が地面を叩くと爆音と衝撃波が発生して辺りに広がり、それをもろに浴びたハスターは僅かにバランスを崩してしまう。その隙をソカルが見逃すわけもなく、一本の木槍がハスターの胸を貫いた。
「がっ……!」
普通ならば即死の一撃だっただろうが、“燐子”の能力で致命傷を回避することには成功した。しかしソカルの攻撃がその一度で終わるはずがない。見ればハスターの四方から無数の鋭い剣山が生え揃い、その全てが獲物に狙いを定めている。
「死ねええええええ!!」
槍の先がハスターの身体の、ほんの数十㎝の距離まで迫った瞬間。
霞が散るように、黄色のローブだけが消えた。
無数の木の槍は鳥人間を串刺しにするも、標的をかすることはなかった。蜂蜜色の火の粉を散らせながら、ひび割れボロボロと崩れていく陶器人形を見て、ソカルは忌々しげに舌打ちする。
「逃がしたか……!」
あと一歩のところで仕留め損なったことに当たり散らすように枝を振り乱していると、ここで巨大な卵から轟音が響き表面に皹が入って殻の一部が砕け散る。顔を庇うように腕を交差させ、濃紺の鎧が卵から飛び出してきた。タイミング良く伸ばされた枝の先にガシャリと金属音を鳴らし、ウルリクムミが着地する。
「出迎え感謝するううう!」
「遅いわ!」
抱えていた苛立ちをぶつけるように怒声を浴びせるソカルに、兜から出て人型に変化したアルラウネが問う。
「戦況は如何ようで?」
「物資が無事に届いたおかげで、まだニヌルタらは無事だ」
その答えに少しだけホッするも、ウルリクムミは再び気を引き締める。
「待っていろおおお! ニヌルタあああ!」
解き放たれた鋼の“王”は今、旧き友の危機に馳せ参じるべく駆け出すのだった。
ひっさびさに御大将出せたな。