「っ………」
身を焦がす痛みが走ったと思えば、ザリュースは一瞬だけ自分の意識がなくなっていたことに気付いた。
(何が………起こった!?)
身を起こそうとして、全身を苛む火傷の激痛に必死に耐えながら意識が飛ぶ前の光景を必死に思い出す。
確か頭上に巨大な魔法陣が現れたかと思えばそこから炎の塊が落下し、それを同じくらい巨大な氷の壁が阻んだはずだ。だが次の瞬間、目の前を五色の閃光が瞬いたと同時にザリュースの意識はそこで途切れたのを思い出した。
「クルシュ、………っ……みんなは!?」
だがそれよりもザリュースが気になったのは仲間達の安否だ。被害の規模を確認するべくなんとか首を上げて瞼を上げれば、付近で倒れる仲間達も似たような状態だが全員呼吸しながらゆっくりと立ち上がっている。
驚くことにあれだけの炎を浴びたはずなのに、ザリュース達は鱗に火傷を負っただけでみんな無事である。実はソカルの枝が咄嗟に戦場を包み衝撃を緩和していたのだが、ザリュース達はそんなことを知るよしもない。さすがに熱波までは遮断しきれなかったようだが、このくらいであれば命には別状はないはず。
ただ一人を、除いてだが。
「っ………!?」
視界に入ったニーガの姿に、蜥蜴人達は目を見開き硬直する。美しかった黝色の鱗は焼け爛れ、右腕と左足に至っては炭化してボロボロに崩れている。喉からひゅうひゅうとか細い呼吸音を鳴らしている姿は誰がどう見ても瀕死そのもので、まだ彼だとわかるほど形が残っているのが不思議なくらいだった。
「いやああああああああ!! 兄様あああああああ!!」
火傷の痛みに構わず泣き叫びながらクルシュが駆け寄り、少しでも兄の苦痛を癒すべく残った魔力を全てニーガに注ぎ込む。しかし当のニーガは己の身体の状態よりも、別のことに混乱していた。
(この力………まさか……!?)
最初に放たれた炎の怒涛。威力こそ弱いが、これは戦友の自在法『ネサの鉄槌』にほかならない。
そんなバカなと、ニーガは戦慄する。
“紅世の徒”の自在法はその者の本質をそのまま顕現させたものであり、その“徒”にしか操ることができない。『達意の言』のように誰でも扱えるものならばともかく、全く同じ能力の自在法を再現するなど、一度だけ聴いた適当な鼻歌を、音程もリズムも一切ズラさずに歌いきるのと同義だ。
(やつらは、他者の自在法を再現することができるというのか……!?)
ソカルの話では、例の『蜂蜜色の自在師』はウルリクムミの自在法を墓地の騒動で一度見ている。それを見よう見まねで再現したと考えれば一応筋は通るが、それだけでここまでの完成度に至れるなど、よほど優れた自在師でもない限りまず不可能だ。
わずかに無事な左手が掴む、灰となりボロボロに崩れる、分厚い紙の束だっただろう物体。物資の分をありったけ詰め込んだ“燐子”を使ってなおこの有り様だ。自分はまだしも、もし仲間達に直撃していたらと思うとゾッとする。
「あれを受けてなお生きていますか………」
そんな彼らに、頭上から冷淡な声がかけられた。
「!」
見上げた先にいたのは、面積の小さな黄金の鎧を纏った一体のバードマンだった。火の粉のように舞う光を放つ羽毛と長くたなびく黒髪、四対の翼を羽ばたかせて宙に浮くその者の手には、黄金の弓が握られている。
「貴様は……!」
ふわりと沼地に降り立つ異形の姿は、そこに存在するだけで圧倒的強者のオーラを放つ。しかし地に伏せる蜥蜴人達を見下ろすその眼差しは、敵将を討ち勝利に喜ぶ者の目ではない。そこにあるのは、不本意な戦い方に嫌悪している者の目だ。
間違いない。こいつがソカルの話にあった、例の蜂蜜色の“徒”だ。
一目でそう確信したニーガは残った腕に力を込めて身を起こそうとするも、クルシュが必死にその身を押さえつける。
「兄様! お願いだから動かないで!!」
ボロボロと涙を流しながら回復魔法をかけ続けているも、重症すぎるせいかニーガの火傷は一向に治らない。クルシュのみならず近くにいた祭祀達も痛む身体に鞭を打って這い寄ろうとすると、バードマンがゆっくりとニーガに近づこうとしていた。
「させるか!!」
それを見て比較的にダメージの少ない蜥蜴人達がバードマンの前に出る。今やニーガはこの同盟の要、ここで彼を失えば瞬く間に指揮が瓦解するのは想像に難くない。ほんの少しだけでいい。彼の回復の時間を稼ぎこの化け物から遠ざけるための肉盾になれればと、武器を構えるが……
パキンと、蜥蜴人達が持つアイテムが粉々に砕け散ってしまった。
『!?』
「さすがにあれだけの強さの魔法までは、無効化しきれなかったようですね」
実はニーガに比べてザリュース達のダメージが軽微だったのは、ユグドラシルの法則をある程度無効化できるこのアイテムの加護も大きかったのだ。
今まではこのアイテムとニーガのタレントのおかげで悪魔達を相手に拮抗していたが、ニーガは瀕死の状態でタレントを発動する余裕はなく、アイテムもなくなってしまった今の蜥蜴人達は絶体絶命となってしまった。
「ペロロンチーノ様!!」
とそこへ大声を上げる者が一人。深紅の鎧を纏い、片手に巨大な槍を持つ美しい少女が、白い翼を羽ばたかせて沼地に現れた。
「………」
名を呼ばれたであろうバードマンは冷ややかな目で少女を睨むが、少女はそれに気付いていないのか深紅の目から涙を溢れさせながら笑顔を浮かべている。
「ペロロンチーノ様! ペロロンチーノ様でありんすね!? ああ、お会いしとうございんした!!」
感極まる少女にバードマン………ペロロンチーノは何も答えず、興味なさげにふいと視線を反らすのみだった。
「一体今までどちらにいらっしゃられていたのでありんすかえ!? 妾のみならず、ほかのシモベもアインズ様………モモンガ様も身を切るほどの不安を抱いておりんした!!」
その姿は生き別れていた家族に再会した子供のそれであったが、感情を顕にして喜ぶ少女とは対照的にペロロンチーノは何の反応も示さない。
「………はあ」
終いには煩わしそうに小さくため息をつくと、翼を大きく羽ばたかせて目にも止まらぬ速さで天高く飛び立ってしまった。
「ああ、お待ちくださいませ!! ペロロンチーノ様ぁ!!」
追いすがるように少女も彼のあとを追おうとするが、その腕を黒い腕が掴んだ。
「待ちなさいシャルティア!」
少女を引き留めたのは黒い甲冑に身を包み、腰から漆黒の翼を生やした女戦士だ。
「何するでありんすかアルベド!? 早くペロロンチーノ様をお止めしないと!!」
「シャルティア、貴女本当にあの方がペロロンチーノ様だと言うの?」
「ああ!? 私が創造主を間違えているって言いてえのかぁ!?」
可憐な容姿に似つかわしくないドスの効いた声で怒鳴る少女シャルティアは、自身の行動を阻む女戦士アルベドに怒りの形相を向けて掴みかかる。対するアルベドは微動だにせずにシャルティアの両腕を掴む手を決して離さない。
「そうは言っていないわ。ただ、もしかしたら敵の策略の一環かもしれない。ここは一度アインズ様にご確認をとっていただかないと……」
そうして口論しだす二人の女をザリュース達は怪訝そうに眺める。
「なんだ……?」
「仲間割れか?」
自分達に見抜きもせず今にも取っ組み合いをしそうな雰囲気の女達。だがこれはチャンスかもしれない。
今の内にニーガを安全なところに避難させなくてはと、ゼンベルにニーガを担がせてそろりとその場から離れようとするが、
「どこへ行こうと言うのだね?」
「!?」
彼らの目の前に立ち塞がるように、赤い衣服の男が現れた。
「御方がご帰還された以上、余計な手間を割いている場合ではないですね」
男は眼鏡をクイとあげてから、右手を左に振りかぶる。
「≪ヘルファイヤウォール≫」
呪文を唱えると男の右手から、先ほどの炎ほどではないが強力な爆炎が放たれた。ただでさえ火傷している一同には身を守るすべはなく、反射的に顔を伏せてしまう。
………だが一向に炎が来ない。
「………?」
おそるおそるザリュース達が眼を開けた先。
蜥蜴人達の視界に入る氷の壁と、ライトブルーの巨体の背中。
4本の腕に武器を掴んだコキュートスが、ザリュース達を守るように立っていた。
全盛期のソカルならば多少焦げる程度ですんだかもしれませんが、今回はトーチ入りで全開じゃないので持ち直すのに少し時間がかかります。
でも本体には当たってない&身体の大半はウルリクムミ御大将のお迎えに行っているので致命傷ではありません。