棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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前回のあらすじ

ザイトルクワエさんがソカルに喰われた。

ザ「解せぬ」







後で見返してみて、序盤の部分で抜けていた文章があったことに気づいたので急遽挿入しました。
申し訳ありません。


陽光聖典

それから何度か口論しつつ、ようやく魔樹ことソカルはピニスンとの会話のズレに気づいていく。彼はその見た目に反してなかなか頭が回るようで、気になったことをいくつか質問していき現状の異常さを理解した。彼曰く、自分はブロッケン要塞なる砦をフレイムヘイズという敵兵団から防衛する役割を担っていたのだが、惜しくも『極光の射手』なる敵将に討ち取られたとのこと。致命傷で遠退く意識の中でも戦意を失わずに気張っていたはずなのだが、気がつけばこの見知らぬ森の中で目を覚ましていたのだという。ところどころピニスンが聞き慣れない単語を多様してくるため今一理解するのに時間を要したが、だいたいの話を要約するとこんな感じだ。

対するピニスンは一番気になっていた『ザイトルクワエなのかどうか』を聞いてみると、ソカルは否と即答する。自分は今までそんな名で呼ばれたことはないし、ピニスンが言うところの竜の軍勢とやらと戦ったこともないと語り、その疑問を彼なりに推測して説明する。

現在のソカルは『トーチ』という『知的生物の残りかす』の内部に寄生・封印されている状態で、恐らくはその『トーチ』の元になった存在がザイトルクワエではないかということだ。これを聞いたピニスンは思わず目眩がしそうになった。つまりこいつはあの化け物を内部から食い殺し、その身体を乗っ取ったということになる。

 

 

 

 

 

 

(最初の頃はザイトルクワエよりヤバい化け物が来ちゃったのかと思ったんだよね~………)

 

それから数日、いつ自分達やこの森が更地になるかという不安を抱えたピニスンとは裏腹に、ソカルが暴れだすことはなかった。むしろ彼が現れてから枯れていた周辺の木々が再び芽を出し始め、ようやく森としての姿を取り戻しはじめた。養分は必要としないのかと聞いてみたところ、「木々では良い存在の力は作れぬし、そもそも“存在の力”が有り余っているから喰らう必要がない」とまた知らない単語を交えて答えた。

ピニスンが何度か会話してみてわかったのだが、どうにもこの魔樹もどきは見栄っ張りで嫌味な性格のようだ。ピニスンが言葉の意味を理解できないと見るや否や、ニヤニヤとわざとらしく小馬鹿にし、頼んでもいないのに無駄に仰々しく説明してくる。その様がいちいち癪に触り、最初の恐怖心が薄れてからのピニスンはギャンギャンと騒いで文句を言うようになるなど、割りと対等な関係になっていった。

そんなソカルだが現状頭を悩ませていることがある。もともとの彼はザイトルクワエと同じ大木の姿をした異形なのだが、地から根を引き抜き移動することが可能だった。ところが現在寄生している『トーチ』はもとからそうだったのか根っこが引き抜けず、その場から動くことができない状態だった。ソカルとしては早くこの森を出て仲間達と合流したいようで、どうにかならないかと首を傾げるように幹をしならせる姿をピニスンは度々見かけた。

 

そしてある時、ついに彼は行動を起こすことにした。その方法とは『自身が埋まっている土を根で掘りおこし、少しずつ身体を移動していく』という、半ば強引なやり方だ。さすがに力ずくすぎやしないだろうかと思うピニスンだったが、ソカルが操る石の根は思いの外万能だったらしく1日数mは移動できた。

そうして一週間。順調に進むかと思われていたソカルだったが、ここで思わぬ妨害が入った。

 

「木……?」

 

ソカルの進行方向上に、人間の少女が現れた。片手に小さな花束を抱えた少女は、眼前の木の怪物を見ても怖がる様子を見せずキョトンと小首を傾げている。慌てたのはピニスンだ。以前ソカルから聞いた話によると、彼らは人間を主食にしているらしい。もしかしたらあの少女を喰うつもりではないかとオロオロするピニスンだったが、すでに彼女の活動範囲から離れてしまったソカルには届かない。しかし彼はいつも通りの嫌味ったらしい笑みを浮かべ、眼下の少女に声をかける。

 

「これはこれは、まさかこんなところで麦の穂に出くわすとはな。だが貴様は運がいい、今の私は“存在の力”が不思議なほど有り余っているゆえ食欲は満たされている。このまま大人しく立ち去るならば、その小さな“存在の力”を喰らわずにいてやろう」

 

いつも通りの仰々しい口調と文字通りの上から目線。どうやら少女を見逃すつもりのようでピニスンはひとまず胸を撫で下ろす。

しかし

 

「木が喋ったー! すごーい!」

 

「!?」

 

こちらの心配など露知らず、少女は無邪気な反応を見せあろうことか両手を広げてソカルの胴体に密着するように抱きつく。驚いたのはソカルは勿論、ピニスンもだった。

 

「お、おい人間! 馴れ馴れしく私の身体に触れるな!! 私を“焚塵の関”ソカルと知っての狼藉か!?」

 

知るわけないだろう、と内心でツッコミを入れるピニスン。

 

「ソカル………? かっこいい名前だね!」

 

少女としては率直な感想をのべただけの言葉、だがそれを聞いたソカルはふいにピクリと反応を示した。

 

「………ふふん、そうか。私の名はかっこいいか」

 

「うん!」

 

見てわかるほど上機嫌になるソカルに少女は屈託なく頷き、さらに気をよくした彼は聞いてもいないのに自分の名前の意味を解説しだした。どうやらこいつ、おだてられると調子に乗るらしい。ピニスンが彼の新たな一面を知ると同時に、少女がさらに目を輝かせていくとさらに調子をよくしだしたようで、今度は自分がかつて所属していたという組織・仲間・戦歴を立て板に水のごとく長々と話し出す。ああなってしまうとソカルの気がすむまでは話が終わらず、よくもまああんなに話せるものだとピニスンは遠巻きに見つつ呆れる。それを長時間聞き続けられるあの少女もたいしたものだ。

ある程度話すと少女は日が陰ってきていることに気づき、そろそろ帰るからまた明日続きを聞かせてほしいと言った。ソカル自身もまだ言い足りないようで、しぶしぶと話を切り上げて少女の後ろ姿を見送っていった。

 

その日はソカルがそれ以上動くことはなかった。

 

 

 

その日を境に、少女はソカルのもとへ定期的に遊びにくるようになった。その際には手土産のお菓子などを持ってくることもある。対するソカルは顔を見る度に疎ましげに悪態をつくも、少女・ネムが彼をすごいねかっこいいねと褒め称えれば、上機嫌になって遊び相手になる。思いのほかチョロいなこいつ、と内心で呆れるピニスンをよそに、二人の付き合いは数えて一年となったのだった。

 

 

 

「ねえソカル、ソカルってあんまり葉っぱがないよね」

 

ソカルの枝を階段代わりに昇り、枝が密集する彼の頭頂部に座るネムは枝を眺めて呟く。

 

「それがなんだ?」

 

「なんか、葉っぱやお花がないと寂しそうだよね………」

 

どこか寂しそうな顔で枝を撫でるネムは、純粋に悲しい気持ちで言ったのだと思われる。

 

「それは私がハゲていると言いたいのか!?」

 

だが対するソカルは悪い意味で解釈したらしく、怒りを隠さずに甲高く喚き散らす。ピニスンがブフッと思わず吹き出してしまったが、ネムは何か良いことを思い付いたかのようにパアッと表情を明るくさせる。

 

「そうだ! 今度私、家族で街に行くことになるんだけど、その時にソカルに似合うお花の髪飾りを買ってきてあげるね」

 

「いらん! 余計なお世話だ!」

 

枝を伸ばしてネムを地上に下ろせば、彼女はバスケットを手に持つ。

 

「色が綺麗なの見つけてくるからね! じゃあまたねー!」

 

「だからいらんと言っているだろうがあ!」

 

木のトンネルをくぐって帰路につく彼女の後ろ姿が見えなくなると、ソカルはフンッと鼻を鳴らしてトンネルを元の形に戻していく。

 

なんと忌々しい小娘か、と内心で毒づくソカル。これでこちらの嫌味に反応して怒るような相手であるならば、まだソカルとしてはやり易かったかもしれない。だがネムの称賛を聞くとつい上機嫌になって話しだしてしまうし、彼女は飽きもせずに耳を傾けてくれるので始末に終えない。それに輝くような目で見つめる姿が、かつての部下達と重なってしまい嫌な気にもなれない。

 

(おまけに………)

 

だいぶ遠くなってきた、自身が顕現した場所を見据えれば、ピニスンがニヤニヤ顔でこちらを見ている。そのさまがなんとも癪に触り、石の幹をしならせてどうにか堪え忍ぶ。

自身がトーチに封印されていなければこんな場所で足止めをくらうことなどなかったはずなのに、未だ思うようには進めていない。現在の位置を調べるために森に広げた『目」』に繋げてみると

 

「…………?」

 

ソカルはあるものを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブの森の外れに集まる集団。うち半数は覆面を被った法衣の魔法詠唱者、もう半数は鎧を纏った剣士達。彼らの前に立つのは平凡な顔に傷のある、黒目の男だ。

 

「これより、この先のカルネ村を襲撃する」

 

彼こそはスレイン法国が誇る実戦部隊『陽光聖典』を束ねる隊長、ニグン・グリット・ルーインだ。

本国から命じられた『王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺』を実行するにあたり、改めて部下達に確認をとらせる。

まず帝国の兵士に偽装した班が村を襲撃し、ガゼフの部隊を誘き出す。次いで網にかかった彼らを包囲し一網打尽にしてから全滅させるという流れだ。

 

「では別動隊は速やかに出陣。主力部隊は本命が来るまでは待機せよ」

 

ニグンの指示に鎧の兵士達が敬礼し、馬に跨がり森に向けて走っていく。彼らが木々に隠れて見えなくなったのを確認し、残った部隊は定位置についた。

 

「…………いよいよだな」

 

隊員の一人が緊張した声で隣の同僚に呟き、彼も同意するように頷く。これから相対するのは王国最強と名高いガゼフ戦士長。隊員はみな第三位階を扱える手練れ揃いとはいえ、油断は禁物である。しかしそれと同時に『もったいない』という気持ちもなくはなかった。人類の守護を掲げる法国兵士から見れば、彼一人の価値がいかほどかは容易に想像がつく。敵対するからといってここで始末するのは惜しすぎる人材だ。とはいえ命令は絶対。手持ちのポーションを今一度確認し、胸に手を当て神へ祈る。気をひきしめて見据える先には、森が広がっていた。

 

 

 

そんな彼らを近くの木の枝の割れ目から、ギョロリと覗く目玉が見張っていたことを誰も気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………なるほど、ようは人間同士の諍いか)

 

枝の目から一部始終を見聞きしていたソカルは、呆れるようにため息をつく。

会話から察するに、彼らはガゼフなる戦士の首をとるべく、いくつかの罠を張り巡らせていた。カムフラージュのために自国とは別の兵士に偽装、近場の村を襲撃してガゼフの部隊を走り回らせて消耗を促し、この森の近くにあるカルネ村で待ち構えて一気に叩く。なるほど、少数を始末する作戦としては悪くないと、先手大将としての視点から素直に感心する。

 

(まあ私には関係のないことだ。人間が勝手に争って勝手に死のうが、私に危害が及ぶわけではない……)

 

他人事に関わるだけ無駄と、もはや日課となった根掘り作業を始めようとするが

 

 

 

『今度私、家族で街に行くことになるんだけど、その時にソカルに似合うお花の髪飾りを買ってきてあげるね』

 

 

ふと先ほど別れたネムの姿が脳裏を過った。カルネ村、確かあの娘がすんでいるのもその村だった気がする。つまりこのままだと、家族と街へ遊びに行く予定の彼女もあの偽装兵士達に殺されるかもしれない。満面の笑みで自分のために髪飾りを買うと言ったあの顔が、血に染まるかもしれない。

 

「…………くだらん」

 

思い至った考えを一蹴するように、ソカルはない舌を打つ。知り合ってから一年ぐらいしか経っていない麦の穂が死んでなんだというのだ。千年も勒を並べてきた戦友達との絆に比べれば、あんな小娘との馴れ合いなど小動物の戯れと大差ない。ゆえに感情移入などするものか。

 

(そう…………あんな人間に情など沸かん。ゆえに『これ』は、そんな感情とは関係ない)

 

下半身を掘っていた根が、地面を鞭打つように激しく動く。

 

(今やこの森は私の縄張りも同然。それをやつらは断りもせずに、汚ならしい足で勝手に上がり込んだ)

 

これほど不愉快なことはないと、内心とは裏腹にウロの口が弧を描いて笑みを浮かべる。ああ全く、こんな無礼なやつらにはいささか折檻を与えてやらねばと、自身に言い聞かせるように呟く。

枝から黄土色の火の粉を木葉のように撒き散らし、ソカルは兵士達が走っているであろう眼下の森を見下すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ガゼフ・ストロノーフ、貴様はつくづく愚かな男だよ)

 

いずれあいまみえるだろう男に向けて、ニグンは内心で嘲笑する。法国が求める理想の戦士としての力を持ちながら、腐敗した王国にいまだ忠義を尽くす男。法国に鞍替えすれば地位も栄誉も望むがままに得られるというのに、なぜあんな無能な王に従うのかニグンには理解できない。

クククと笑うニグンだったが、ふと背後から何かの気配を感じた。

 

「………?」

 

「いかがいたしましたか、隊長?」

 

「ああいや、何か視線を感じた気がしたのだが………気のせいだったようだ」

 

さようですかと頷き、部下が引き下がる。

 

(いかんな。これから重要な任務に臨まねばならんというのに、余事に気をとられるなど)

 

瞑想の意味を込めて自身の胸に手を当て、神に祈りを捧げる。

 

「それにしても、ずいぶん森が騒がしいですね」

 

部下に言われて見てみれば、森からはガサガサと木々が擦れあう音が大きく響き、たくさんの鳥が鳴き喚きながら逃げるように羽ばたいている。大方先に行った別動隊が暴れてのことなのだろうと思い、ニグンは意に介さない。懐の水晶を確認し、もう一度ポーションが足りていないか確認しようとするが、

 

「…………ニグン隊長」

 

ふと、副隊長のイアンが声をかけてきた。

呼ばれてそちらに顔を向ければ、イアンは呆然と森をじっと見つめている。だがその表情には困惑と動揺の色が見てとれるようだった。

 

「なんだ?」

 

「あの、気のせいかもしれないのですが………」

 

イアンはニグンと視線を合わせることもせず、森のみを見続けて震える声で言葉を紡ぐ。

 

「森が、動いてませんか?」

 

「何?」

 

怪訝そうにイアンの視線の先を見て、ニグンも彼と同じ表情になってしまう。

そこにあったのは森林の一部である木々、だが木々が生える場所は、先ほどニグンが見た場所と違っていた。彼らと森までの距離の丁度真ん中にはやや大きい岩があったはずなのだが、今見たときには岩は木々のすぐ横にあった。しかし岩は微動だにしていない、動いていたのは木のほうだ。しかも木々はその岩を飲み込むように、何もない地面から次々と新しく生えてきていたのだ。

 

「は………?」

 

明らかに普通の樹木にはありえない成長スピードに、ニグンのみならずほかの隊員達にも動揺が走る。そしてニグンは、木々がこちらに近づいてきていることに気づいた。

 

「こ、これは一体………!?」

 

「総員、速やかに離れろ!」

 

困惑から固まるイアンの肩を引っ張り、すぐ我に返ったニグンは部下達に指示を出す。その言葉に弾かれたように一同はその場から走り出す。

しかし彼らが向かう先に、突如壁が現れた。

 

『ひい!?』

 

見ればそれは壁でない、先ほどと同じ木々が何十本も連なって地面から生えている。木々は彼らの行く手を阻むように聳えると、囲い込むように左右に広がっていき完全に包囲した。

 

「まずい、囲まれた……!」

 

「なんだこの木は、魔法なのか!?」

 

混乱する一同のなか、一番早く正気に戻ったのはニグンだった。

 

「狼狽えるな! このような雑草、天使を召喚して薙ぎ払えばいいだけだ!」

 

「り、了解!!」

 

ニグンの一喝に隊員達も我に返り、各々が召喚魔法を発動する。魔方陣から現れるのは白銀の鎧の天使で、隊員達に命じられたそれらは手にした剣を構えて眼前の木々に振りかざす。

だが

 

ガキンッ!!

 

「!?」

 

容易に切れると思った木は、植物にはありえない音を響かせて剣を弾く。思いのほか固いその幹はまるで岩石のようで、天使達の剣がほんの少しだけ刃こぼれする。

 

「ククク………そのようなナマクラでは我が『碑堅陣』は破れぬわ」

 

「誰だ!?」

 

驚愕する彼らを嘲笑うのは、甲高い男の声だ。

イアンの怒号に答えるように眼前の木の一本が太くなり、幹に三つの割れ目ができて顔のような形になる。

 

「我が名は“焚塵の関”ソカル。矮小なる人間よ、我が力に恐怖するがいい」

 

二つの割れ目から黄土色の眼光を光らせ、木の怪物が嘲笑を浮かべていた。

 

「こいつ………トレントか!?」

 

異形種と戦うことが多い陽光聖典にはその怪物・ソカルの姿に覚えがあった。植物系モンスターのなかでも強いとされるトレントとよく似ている。だが人語を介する個体は初めて見た。

 

「狼狽えるな! トレントならば火に弱いはずだ!」

 

しかし強いといっても所詮は植物、炎の魔法には耐性はないはず。ニグンの強化魔法を受けた隊員達は木々に向けて一斉に火球(ファイヤーボール)を放つ。ところが木の枝はあろうことか、向かってくる火球をまるで虫でも叩き潰すかのように次々に払っていく。

 

「は………!?」

 

「な、なんで燃えないんだよ!?」

 

弾かれた火球が燃やすのは足下の雑草のみで、石の枝には焦げ目すらついていない。

 

「やれやれ、この程度の炎弾で燃えるわけがなかろうよ」

 

 

木に浮かぶ顔が呆れたようにため息をつくのに対し、隊員達は負けじとさらに魔法を放つ。氷、雷、風などなど、ありとあらゆる魔法が枝や根に当たるもてんで効いているように見えない。

 

「それで終わりか? ならば次はこちらから行くぞ!」

 

その場にそそりたつのみだった枝が鞭のように動きだし、天使達を全て拘束しだす。締める力を強めていくと美しい銀の鎧がミシミシと音をたててひび割れ、最終的には紙細工のようにひしゃげて潰れた。

その恐ろしい光景に隊員達が悲鳴をげる中、ニグンは眼前の異常事態を打破すべく必死に頭を回転させる。自分達が全力で戦えばまだ逃げる算段はあるかもしれない。だが現在の陽光聖典はガゼフ抹殺という重要任務を控えているために、なるべくなら体力と魔力を温存しなければならないのだ。なんとかこれ以上の戦闘を避けるべく、ニグンはまずソカルと会話をすることにした

 

「き、貴様は一体何者だ!? なぜ我々を襲う!?」

 

ニグンはまず、ソカルに自分達と戦う理由を問いただした。

 

「名前ならば先ほど名乗ったであろうが……。お前達を捕らえた理由は、まあ極めて単純なものだ」

 

そう言うとドサリと、隊員達の眼前に何かが落ちてくる。

 

「あ………うああああああ!?」

 

落下物の形を確認した隊員のうちの一人が、それを見て悲鳴を上げて腰を抜かした。なんとそれは先ほど村の襲撃に向かわせた別動隊の生首だったのだ。

 

「こやつらは、私の領域に勝手に上がり込むという無礼を働いた愚か者どもだ。見張っていた限りは貴様達の仲間のようだが、どう落とし前をつけるつもりかな?」

 

嘲笑うソカルにニグンは冷や汗を流して固まる。なんということだ、どうやら彼らは村を襲撃する最中にこの怪物の縄張りに入ってしまったらしい。

 

(この愚か者どもめ! 我らにまで飛び火してしまったではないか!!)

 

もはや物言わぬ亡骸となってしまった生首に内心で罵倒し、ニグンはソカルと目を合わせる。一体どうすればこの状況を切り抜けられるのか、考えに考えてからニグンは口を開く。

 

「ま、待ってくれソカル殿! まずは彼らが貴殿に非礼を働いたことを詫びよう。だが我らにはどうしても果たさねばならない使命がある。ここで死んでしまえば我らはそれを成せず、同胞達に迷惑をかけてしまうのだ」

 

任務の詳細な内容は言わず、あくまでオブラートに包んで述べていくニグン。実際にこの作戦の失敗は、王国と帝国の今後に影響が出るのだから嘘は言っていない。

 

「そこでだ、取り引きをしないか? 賠償金として貴殿が求めるものを我々が献上しようと思う。それで此度の件は水に流してほしいのだ」

 

これに関しては半分嘘だ。もしここでソカルが提示するものが法国から見て『献上しても問題ないもの』であればそうするし、『献上してはいけないもの』であれば本国へ戻ってからでないと用意できないと適当に誤魔化してから拘束の解除を求め、帰国して十分な戦力を揃えてから改めて討伐しにいけばいい。

 

「ほお………」

 

ニグンの述べた話に、ソカルの顔が目に見えて上機嫌になる。それがいい反応であることを悟り、ニグンは内心でほくそ笑む。

 

「なるほど。それならば是非、欲しいものがあるのだが」

 

「ああ、何がいい?」

 

周りを囲む木から枝が1本伸び、ニグンに近づいてくると五指の手の形をとる。

 

「貴様の懐にある()()をくれぬか?」

 

「!?」

 

人差し指にあたる細い枝がニグンの懐、丁度魔封じの水晶がしまってある部分を指した。

 

(ば、バカな! なぜ『これ』の存在に気づいた!?)

 

てっきり餌として人間を要求されるだろうと予測していたニグンは、動揺が痩身に現れるように震える。この水晶は法国の秘宝の一つであるために献上などできるわけがないし、この場にあるから用意するために本国に戻るという口実も使えない。完全に詰んでしまった。

 

「どうした、くれぬのか?」

 

「い、いや………これは……!」

 

「そうか、くれぬというのだな。であれば残念だ……」

 

周囲の枝が天を覆うようにミシミシと伸び、鋭い先をニグン達に向けてきた。

 

「ここで死ね」

 

「ひ!!」

 

怯えのこもった悲鳴をあげたのは誰だったか。もはや逃げ場ない木の檻に、一同が背中合わせになり震える。ただ一人、ニグンだけは歯噛みしながら懐の水晶を握りしめる

 

「やむを得ない………最高位天使を召喚するぞ!!」

 

隊員達を鼓舞するように叫べば覆面越しの彼らの顔が輝いた気がした。ガゼフ抹殺の任務が失敗することは確実だが、切り札を出し惜しみして犬死してはもとも子もない。周囲に防御魔法を張り、ニグンは懐から水晶を取り出そうとした。

 

 

 

 

現断(リアリティ・スラッシュ)

 

しかしその手は、木々が一斉に切断されたことで動きを止めた。彼のみならず、隊員達も突然の事態に思考が停止する。

 

「ぬううう!?」

 

対するソカルは天使でも破壊できなかった自らの身体がバラバラになってしまい驚愕と苦痛の呻きをあげる。

 

生命の精髄(ライフ・エッセンス)………体力は表記されていないな。仕様が変わったからか?」

 

上空から聞こえたのは、ソカルとは違う低く重みのある男の声だ。一同が声のしたほうを見ると、そこには二つの人影が宙に浮いていた。一人は黒い甲冑に身の丈はある大きさの斧を持つ戦士、体格から見るに女のようだ。もう一人は黒いローブを纏った大柄な男の魔法詠唱者、だがその顔と服から覗く身体は肉のついた生きた人間のものではなく白骨だ。

 

「あ、ああ………!」

 

陽光聖典はその白骨の姿を見て身を震わせる。それは先ほどまでの恐怖の怯えでない、歓喜からくるものだ。彼らは誰からともなく感動のあまり膝をつき、手を組んで上空の魔法詠唱者に祈る。何人かは涙を流し、彼の名を呟くのだった。

 

 

 

「スルシャーナ様……!」




エンリ「なんか今日は森が騒がしいわね」

ネム「どうしたのかな?」


ガゼフ「邪魔するぞ」


村人『え、戦士長様!?』

エモット夫妻ほか村人達、ガゼフの部下達生存。
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