棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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まさかニヌルタ編がこんなに長くなるとは思いませなんだか…;


春雷

天頂を彩る氷剣の舞いに、コキュートスは青い複眼に焼き付けるように見惚れる。

 

(………ナント、見事ダ…)

 

蜥蜴人の時の戦いとは比べものにもならない、圧倒的なる力と技巧。強さと美しさが両立する神業を前に、自分など足元にも及ばないと確信するのは当然のことだった。おそらく、いや確実に、勝負にすらならない隔絶した差をコキュートスは垣間見た。

 

だと言うのに、

 

(………私ハ)

 

これほどの格差を思い知ってなお、彼の心中にあるのはたった一つの欲望のみ。

 

(私ハ……越エタイ!)

 

あの高みに至りたい。アレと対等に刃を交えるほど、己を磨きたい。それがどれほどの茨の道であろうとも、必ず登りついてみせると。届かないとわかっていても手を伸ばすコキュートスの耳に、

 

 

 

 

 

 

 

(その言葉を、ずっと待っておりました)

 

 

 

 

 

 

 

決意に答えるような、嫋やかな女の声が響いた。

 

「!?」

 

突如語りかけられた言葉に慌て周囲を見渡すコキュートス、その眼前に朱色の炎を纏ったなにかが現れた。

 

(やっと、私を見つけてくださいましたね)

 

「お前ハ……」

 

それは柄が桜色の、シンプルなデザインをした一振りの日本刀だった。造形から見て武人建御雷が作成したものと推測できるが、コキュートスは彼が所有するアイテムの中でこのような武器を見たことがない。

 

(私は………かつて主が目指した『勝利』のために作られながらもそれに至る術を失い、名をつけられ損なった未完の一振りです)

 

どこか切なそうに告げる刀のその言葉に、ふとコキュートスの脳裏が閃く。

そういえば聞いたことがある。武人建御雷がたっち・みーを打倒すべく作り出しながらも、そのたっち・みーがユグドラシルから姿を消したことで、未完のまま倉庫に仕舞われた『究極の一振り』があったという話を。つまり眼前のこれがそうなのか。

 

(されど主は、私に一握りの『希望』を託してくださいました)

 

かつての理想に至るために鍛え上げた一品を、存在意義を失ったまま埃を被せるのは忍びない。ならばせめてこれから一人立ちするだろう我が子への、せめてもの餞となれればと、武人建御雷は祈りを込めたのだという。

 

(ゆえにどうか、貴方様が名を決めてくださいませ)

 

それにより、自分はようやく完成するのだと。切実に求める一振りを前にコキュートスは熟考する。

 

そして一度間を置いてから口を開いた。

 

「『春雷』………オ前ノ名ハ『春雷零式』ダ」

 

春雷。冬の眠りから虫達を目覚めさせ、凍てつく世界に春を告げる雷。これからを生きる自身の愛刀として、これ以上に相応しい名は思い付かない。

 

「共ニ行コウ。我ガ剣ヨ」

 

覚悟を決め、春雷の柄を握った。

 

(御意に、我が主よ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤモンドダストを散らす剣の冷風が、ガルガンチュアの巌の表面に突き刺さる。しかし固い肌はカキンカキンと甲高い音を鳴らして切っ先を弾いていく。

先ほどと比べて剣の統率がやや鈍くなっているのが目に見える。長年のブランクによるものもあるだろうが、先ほどの水子の異形が放った魔法が思いの外効いていたらしい。

吹雪を通して辺りを見渡すとアルベド達の姿はなく、おそらく巨人の出現と同時にすでに退却したのだろう。ならば一刻も早くこの巨人を破壊してこの場を収めるべきだろうが、攻守のバランスがほどほどのソカルやウルリクムミと比べると、ニヌルタはどうしても一撃一撃が与えるダメージが少ない。防御力の高い相手ではなかなか削りきれないのだ。対するソカルもまだ本調子には至らないようで巨人の足止めをするのに精一杯、全快であれば眼前の傀儡など即刻砕けるものをと歯噛みしながらニヌルタは攻撃の手を止めない。ガルガンチュアもソカルに手足を縛られたりなどして攻撃に転じれず、互いに決定打にならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしてその均衡が、ついに破られた。

 

 

 

 

 

朱色の炎を纏った斬撃が、ニヌルタの横を素通りし巨人の胴体を袈裟斬りに裂いたのだ。勢いが余り巨人が後ろに転倒し、地響きを慣らす。

 

「!?」

 

何事かと斬撃が放たれた方角を見れば、そこにいたのは刀を振り下ろした姿で静止するコキュートスがいた。状況的に考えれば今の攻撃は彼のものであろうことは想像できるが、ニヌルタ達が驚愕するのはそこではない。

 

(まさか………!)

 

(これは……!?)

 

コキュートスの足元に輝く朱色の陣。歴戦の“王”である彼らは瞬時に理解する。

 

 

「自在法だと!?」

 

 

そう、彼が扱っているのは紛れもなく“紅世の徒”が使う自在法に違いなかった。

ただ今の攻撃は“徒”の基本である炎弾に近いがどこか違う。

 

「………ナルホド」

 

コキュートスは納得したように刀を持ち直し、構えを変えた。

 

「理解シタゾ、コウスルノダナ」

 

今度は切っ先を真上に向ける。するとコキュートスの背後に朱色の巨人の幻影が現れ、彼の動きと連動しだす。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

そしてコキュートスが大きく振りかぶり、刀を目の前に下ろせば巨人も豪腕をガルガンチュアに向けて振り下ろす。

 

『グオオオオオオオ!!』

 

ガルガンチュアが攻撃を受け止めるべく腕を交差させれば、ぶつかった身体が衝撃波を発する。まるでガルガンチュアという『存在』を我流にアレンジし、一から作り出したかのように質量を持った幻影の巨人。

 

「………マダ、足リナイカ」

 

しかしそれでもガルガンチュアと拮抗するのみで倒すには至れない。どうすればいい? どう組み上げればより強くなれる?

 

 

「ナラバ、コウカ」

 

するとコキュートスの足元の自在式が瞬時に書き変わり、巨人の両腕が形を変える。朱色に発光する鋭い大剣となった両腕は横なぎにガルガンチュアの胴に当たり、あろうことか岩石の身体に大きな罅を入れる。

 

「なんと……!」

 

絶大な破壊力を繰り出す自在法に呆然となるニヌルタ。しかしガルガンチュアは倒れることなく、なおも拳を振り上げて戦う。

 

 

 

しかしついに、終わりの時がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「散れえええええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

爆音のごとき絶叫とともに、濃紺の炎が戦場に落下したのだった。




デウス・エクス・ウルリクムミ
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