「グオオオオオオオ!?」
爆風に吹き飛ばされ、コキュートスの身体は宙を舞ってから地面に叩きつけられる。ライトブルーの身体が泥にまみれ、這いつくばりながらも上体を起こせば、降り注ぐ濃紺が辺り一帯を染め上げたかと思えば一気に霧散し、巨大なクレーターの中心に二つの人影が立っているのが見えた。
濃紺のフルプレートアーマーを纏った巨漢と、薄桃色の美女。コキュートスの記憶が正しければその姿は、現在のエ・ランテルでその威名を轟かせるアダマンタイト級冒険者チーム『とむらいの鐘』の特徴に合致していた。
懐かしき濃紺の炎を視界に収め、ニヌルタは込み上げる思いを深く噛み締める。自身を見上げる姿はかつてよりも小さいが、滲み出る力強さは依然として変わらない。
「………久しいな、ウルリクムミ」
対するウルリクムミはニヌルタの姿を見て、肩を震わせていた。顕現した彼の姿は記憶と違わず、ソカルの報告にあった蜥蜴人の姿などしていない。それが意味することは……
「………すまなかったあああ!!」
己の無力感に拳を握りしめ、ウルリクムミは深く深く頭を下げる。間に合わなかった、トーチである『ニーガ・ルールー』は、もうこの世から消えてしまったのだ。
「そう己を責めるな。むしろよく来てくれた」
相変わらず実直な彼は責めるどころか自分達に気を遣ってくれている。それがなおさら己の不甲斐なさを痛感させる。彼がこの世界で生きた時間は少なくとも自分達よりも長く、この世界で巡り会った者達との絆も深かったに違いない。その喪失感も大きいはずだというのに。
「そういえばウルリクムミ、お前は今人間の町で冒険者とやらをしているのだったな」
「?」
するとニヌルタが思い出したように問いかけ、ウルリクムミが恐る恐る頭を上げる。
「此度の戦い、お前がやつらを倒したことにしてはくれないか?」
「!?」
そして出された提案に、ウルリクムミは驚愕に息が詰まる。今回ウルリクムミはンフィーリアの依頼を受けて森に来たことになっている。ゆえにたまたま訪れた彼が倒したということにすれば、最低限の矛盾で済むだろう。
「しかしそれでは、ニヌルタ様が!?」
だがそれでは誰もニヌルタのことを覚えることはできない。もしかしたら蜥蜴人の中に、存在の力を感知できる者がいるかもしれない。その者らに事情を話せば、まだニヌルタを覚えていてくれるかもしれないと、アルラウネが必死に説得するもニヌルタはそれをやんわりと拒む。
「いや、必要ない。そもそも『ニーガ・ルールー』などという者は、最初から生まれてすらいなかったのだからな」
自分はあくまで、赤子の亡骸に寄生していただけの別の生き物でしかない。だから『ニーガ・ルールー』は存在していないし、もともと存在しなかったものが本来あるべき姿に戻るだけだ。
穏やかながらどこか寂しそうな色を滲ませる声に、ウルリクムミは何も言い返すことができなかった。古い付き合いから、こういったことで彼が意志を曲げないことをよく知っていたからだ。
「少し疲れた……私はしばし眠る」
久々の本気の戦いを終えて緊張の糸が切れたのか、強い眠気がニヌルタを襲う。それに伴いガラス壺が黝色に淡く光ると小さな雪となって散っていく。ハラハラと舞う雪は沼地に落ちていくのだが……
「え……?」
「これはあああ!?」
「ふむ、まあこんなところか」
戦いを見届けたのち、ふうとアインズはため息をつく。
結果は惨敗。デミウルゴスとマーレが死に配下も大幅な損傷を負い、帰還したアウラ達には絶対にナザリックから出ないよう厳命しておいた。密かに回収したガルガンチュアも修理のために眠らせたが、被害状況だけを見れば概ねアインズ達の想定の範囲内で済んでいる。
だがそれでも、彼らにとって気がかりなことがいくつかある。鏡に写るコキュートスの戦いに記録を再生し、その足元で輝く朱色の自在式を眺めてポツリと呟いた。
「なるほど、本当の狙いはこれだったか」
コキュートスが手に持つ刀は、かつてのユグドラシルで武人建御雷が未完のまま放置したアイテムのはずだが、おそらく引退の際に宝具の一種へと改造したと思われる。アイテムを転移させたのは現地の人間達にナザリックに対抗する戦力を与えるためでもあったのだろうが、本命はあの宝具から注意を反らすための囮だったのだ。
極めつけはコキュートスの『存在』。
少なくとも蜥蜴人の集落に進行する直前までは間違いなく、『ナザリック階層守護者』だったはずの彼の『存在の有り様』が、根幹から綺麗に組み換えられていたのだ。もはや彼はユグドラシルのNPCではない、設定されたプログラムのもとに行動する空っぽの人形ではない。
己の意志で考え、己の足で歩く、完全なる一つの存在となったのだ。
これは紛れもない緊急事態。システムのエラーを誘発させかねない不正改造の極みである。だというのに、アインズは楽しそうに眼窪の青紫色の灯りを揺らめかせている。
「これはこれで、サトゥラにいい土産ができたな」
彼が手に持つのは美しい模様が入ったガラスの瓶で、その中では黝色、黄土色、そして朱色の火の粉がチラホラと舞い散り揺らめいている。
それを玉座の背もたれに向けて軽く投げれば、いつからいたのか鷹の“燐子”を纏った姿のハスターが鋭い脚で掴んだ。
「では頼んだぞ」
ハスターは一度だけアインズをギロリと睨んでから、自在式を起動し深淵の孔を開いた。まるで今すぐその場から離れたいかのごとく、翼を羽ばたかせて深淵に向け飛び立つ後ろ姿をアインズは喜悦混じりに見送るのだった。
戦いはこれにて終わりです。