棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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ニーガ・ルールー

まず最初に認識したのは、狭い場所に押し込められたような圧迫感だった。炎髪灼眼に身体を砕かれ絶命したと思っていたのに、自身がいまだ存命なことに驚き、あの女の姑息な策で閉じこめられたのかとニヌルタは慌てたが、元来冷静沈着な彼はすぐさま気持ちを切り替える。生きているならば、すぐさま主のもとへ帰還しなければならない。お優しいあの御方のことだ、自ら志願したとはいえ長年そばに仕えた配下に殿を任せたことに心を痛めておられるに違いないだろう。それだけはなんとしても晴らしたい。

どうにか身をよじって力を振り絞り、己を縛る球形の檻を砕いて脱出したはよかったが、最初に視界に写った景色にニヌルタは硬直してしまった。

日が沈み、夜の帳に包まれた森林に隣接する、見知らぬ湖。目の前で自身を見下ろす、二本脚で立つ人間大の蜥蜴のような異形が二人。

さらには己の身体の違和感にも気づいた。本来ならば存在しないはずの四肢の感覚。自身の象徴たる黝色に染められた、まだ柔らかい爬虫類の鱗。

 

 

なんだこれは?

一体私の身に何が起こった!?

 

 

それらの異常を目の当たりにしたニヌルタは、柄にもなく混乱してつい地声で叫んでしまっていた。対する蜥蜴達は怯えの色を滲ませながらも、ニヌルタを抱き抱えて駆け出し、仲間と思しき者らを呼び出して話し合いをしだしたのだ。

 

下手に抵抗すれば何をされるのかわからないし、そもそもこの異形達は何者なのだろうか。『存在の質』から見て同胞ではなさそうだが、かといってどう見ても人間ではない。現状を理解するためにもニヌルタは蜥蜴の腕に大人しく抱かれ、『達意の言』を駆使して彼らの話に耳を傾けてみる。彼らの言葉の意味を少しずつ翻訳しながら情報を整理したところ、どうやら自分は最初に抱き抱えてきた夫婦の死んだ赤子のトーチに寄生しているらしい。

 

そして彼らは異常な生まれをした自分を巡って意見を出しあっており、中には殺そうと言い出す者までいてニヌルタはどうやってこの場から逃げようか必死に考える。

自身を縛るトーチを破壊して脱出できれば簡単だろうが、どういうわけかこの身体は一向に壊れそうにない。

おまけに自在法も『達意の言』しか使えず、赤子の身体のせいか歩くことはおろか喋ることすらできないため身をよじるくらいしか動けない。

 

しばらく長く論争しあっていた彼らだったが、最終的にはニヌルタを監視する方向で話がまとまったらしい。今すぐ殺されずに済んだことに安堵しつつも、ニヌルタは改めて何が起こったのかを考える。

 

 

ここはどこだ?

主は、仲間達は、一体どうなった?

 

 

確かめようにも母親の腕から逃げられそうになく、次いで襲う眠気にその日は意識を手放すほかなかった。

 

 

翌日以降。父母からニーガという名を与えられたニヌルタは、なんとかこの場を逃げられないものかと前足で這うように動くも、家屋の入り口に向かおうとするのを見た父母が慌てて抱き上げ、もといた場所に戻されてしまう。それでも何度か繰り返していけば養分が不足したのか空腹感に苛まれ、しかたなく脱出を諦めざるをえなかった。人間の赤子もこのような感じなのだろうかと、母親から与えられる魚の擂り身を飲み込みながらどこか他人事のように考え、とりあえず最低限の自立ができるまでのあいだ彼は赤子として過ごすことにしたのだった。

 

 

この日までに得られた情報を整理すれば、彼らは蜥蜴人という人間とは異なる種族で、一部の成体は自在法に似た力を使える祭司という役職がある。自身が生まれた“朱の瞳”族はそのなかでも優れた祭司が多いとされる部族でほかにも部族がいるらしいが、彼らは閉鎖的なためあまり交流しないという。あくまで断片的なものであるため憶測の域を出ないが、今自分がいるこの世界はかつての世界とは違うのだとニヌルタは確信できた。

なぜこの世界に来たのか、どうしてトーチから出られないのか、わからないことはたくさんあったが、それでもニヌルタには確固たる目標ができる。

必ずここを出て、アシズの元へ帰還すると。

己は『とむらいの鐘』の誉れ高き『九垓天秤』の一角にして主を守る剣、中軍主将“天凍の俱”ニヌルタ。主のために戦い、主のために散るが己の欲望にして本質。それをこのような場所で無意味な時間を過ごすなど自身の誇りが許せなかった。

幸いこの部族には、成人してからならば旅人として村を出てもいいという決まりがある。ならばその時まで今はしばし耐え忍ぼう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数ヶ月が経ち、声帯から言葉を発してやっと歩けるようになってからは、監視付きでならば村を出歩けるようになれた。しかし村の成人達のニヌルタに向ける視線は決して好意的なものではなかった。

 

子供らしくないおとなしさと、トーチ越しでも伝わる異物感。

蜥蜴人達は気味の悪いものを見るように遠巻きに監視していたが、これに関しては当然の反応だろうとニヌルタは納得していた。そもそも生まれからして異常だというのに、存在そのものが異質な子どもならば危機感を抱くもの。仮に自分が彼らの立場ならば同じことをしていたに違いないし、むしろいまだ我が子として慈しむ父母のほうが変わっているのだ。

 

視線は鬱陶しいが、いずれある程度戦えるようになったら旅人として村を出ればいい。それまでの辛抱だとこの頃のニヌルタは割りきっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな日々を過ごし、生まれてから五つになった頃。母がまた産卵した。

生まれたのは白い鱗に赤い瞳、俗に言うアルビノの特徴を持った女児。この集落ではアルビノは優れた才を持つとされ、未来の祭司頭と祭り上げられる。自分が生まれた時とは大違いの反応に呆れつつ赤子の顔を覗き込めば、まだ周囲を認識していないだろう娘は赤い瞳を瞬かせている。

妹とはいうが、この娘と血の繋がりがあるのはこのトーチの身体であって、ニヌルタ自身とはなんの繋がりもない。せっかくだから撫でてみなさいと父母に促され、しかたないので形だけでも愛でてやろうと頬に手を伸ばした時だった。

 

小さな手が、人差し指をキュッと握りしめた。

 

ある意味では赤子特有の行動に、はたとニヌルタの思考が停止する。握られた指先を通して何かが内にじんわりと広がる感覚にしばし呆け、妹が空腹からか大泣きしだしたところで我に返ったのだった。

 

それからのニヌルタが立場上兄になって気づいたのは、赤子というのはふと目を離した隙に思いもよらない方角へ向かってしまうことだった。母は子育てだけでなく家のことで忙しいため、必然的にニヌルタが妹を見張らなければならない。特に一番危険な昼間、這いながら外に向かう赤子を抱えて戻すという作業を繰り返し、日が暮れて一段落した母に頭を撫でられる。「クルシュのお世話ありがとう。さすがお兄ちゃんね」と母が笑顔で労うのが日課となっていくなか、ニヌルタは時折疑問を抱く。

別にそんなことをする義理などないはずなのに、なぜ自分はこんな無駄なことに労力を割くのだろうか。自分の行動の意味を理解できず、しかしニヌルタは結局仮初めの『妹』の面倒を見てしまうのだった。

 

 

 

 

 

月日は流れて妹………クルシュに物心がついてから、彼女はニヌルタを避ける行動を取るようになった。彼女が自身を見る眼差しの種類、それにニヌルタは心当たりがある。おそらく彼女は『存在の流れ』を生まれつき感知できる人種だ。であればその反応も当然のはずなのに、今まで仲間達から向けられていたものと同じはずなのに、彼女から向けられるとなぜこんなにも遠く感じるのだろうか。胸に沸き上がる一抹の寂しさに困惑するも、彼は気の迷いだと切って捨てる。

 

 

 

 

そんな兄妹の微妙な距離感は、ある日をもって大きく変わった。

 

 

 

 

ニヌルタが夜中にふと喉の渇きから目を覚まして外へ出てみると、夜間でもわかる白い後ろ姿が森に向かっているのが見えた。クルシュはその体質ゆえに父母から外出を禁じられていたはずだが、嫌な予感がしてニヌルタは壁際に備えてあった父の狩猟道具を手にして後を追いかけた。

森の外れに近づいたクルシュにようやく追い付きそうな距離に迫った瞬間、森の奥から獣の唸り声を響かせながら熊が迫っていたのがニヌルタからも見えた。明らかにクルシュに狙いを定めていると察したと同時に、長年培った戦士としての勘が彼の身体を動かした。成人する時に備え日頃鍛えていた投げナイフが熊の両目を潰し、すかさず駆け出して熊にしがみつき、喉笛をかっきる。

未熟な子どもの肉体ではあるが、長年フレイムヘイズ達と死闘を繰り広げてきたニヌルタからすれば、知性もない獣を屠るぐらいは容易いものだった。

 

 

熊が確実に死んだことを確認してから、いまだ怯えた表情を浮かべるクルシュを見たニヌルタ。するとどういうわけかこの時、頭に血が昇りつい彼女に怒鳴ってしまったのだ。

感情のままに上げた声にほかでもないニヌルタ自身が驚く。共に勒を並べてきた戦友達が討たれた時も、ここまで胸中が乱れたことはなかったというのに。気づけば自身の腕は眼前のクルシュを強く抱きしめていた。

暖かい、生きている。

 

その事実にニヌルタはどうしようもなく安堵していたのだった。

 

 




ありし日のクルシュとニーガ

赤ちゃんクルシュ「あ~」外に向かってハイハイ (つ゜▽゜)つ

ニーガ「そっちに行くな。鱗が爛れるぞ」抱え上げて揺する

クルシュ「きゃっきゃっ」(⌒▽⌒*)

ニーガ「なにが面白いのだお前は?」床に下ろす

このやり取りを日が暮れるまで毎日繰り返ししている。


母「(´▽`*)」それを影から見守る母
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