棺の織手と不死者の王   作:ペペック

75 / 107
通じ合う意地っ張り師弟。


『家族』の定義

あの夜以降、クルシュは自らニヌルタに歩み寄るようになり、何を思ったのか兄の手を取り村の仲間達に話しかけていく。そうすると必然的にニヌルタも彼らと会話することになるのだが、当時のニヌルタに対する評価もあって蜥蜴人達は腫れ物扱いだった。しかし何度か言葉をかわしていくと彼らはなぜか警戒心を解いていき、いつしか気前よく挨拶されるほど親しくなっていた。なんでも、話してみると思っていたより普通だったことに安堵したとのことだ。

 

自分は別に取り繕ったつもりはないのだが、なぜだろう?

 

 

「ニーガ」

 

親しみを込めて呼ぶ、この姿での私の名。

 

「兄様」

 

無邪気な笑顔で呼ぶ、この姿での私の存在。

 

思えばこんなにも他者と接するのは、いつ以来だっただろうか。

 

二年かけてようやく実った米を食べる妹の笑顔を眺めながら、ふとニヌルタは考える。あの時は今の自分でも対処できる事態だったからよかったものの、もしまたクルシュが命の危機に瀕した時……それが今の自分の手に負えないほどだったら?

そんなことを考えると、背筋を薄ら寒いものがゾワリと這う。

これと同じ感覚を自分は知っている。主や仲間達が死ぬかもしれないという、不穏な可能性を描いた時だ。

ありえない。自分が同胞ですらない蜥蜴モドキ達に、こんな不安を抱くなど。

 

私は早く主の御元に帰らねばならないのに。

まるで自分という存在が、塗り潰されるような焦燥感が日に日に増していく。

 

「兄様」

 

やめろ。

 

「ニーガ」

 

やめろ。

 

「ニーガ、ニーガ」

 

やめろ、やめろ、その名で私を呼ぶな。

 

 

 

私は『とむらいの鐘』、『九垓天秤』が一人。“天凍の俱”ニヌルタ。断じてニーガ・ルールーなどではない。

 

 

 

 

私は、

 

 

………私は、なんだ?

 

 

 

 

 

このままではいけない。

本来の自分を少しでも思い出すためにも、ニヌルタは剣や魔法の鍛練に没頭するが、魔法はすでに村の祭祀頭よりも強くなってしまった。それでも本来の姿の半分にも満たず、この先どう鍛練するべきかと伸び悩んでいたときだった。

いつしか見知らぬ人間が村の近辺に現れたのだ。赤い上着に仮面という、見るからに怪しい小柄な女。当然の如く蜥蜴人達は警戒していたが、ニヌルタとしてはおそらくこの世界で初めて遭遇する人間。もしかしたら村の外に関する情報を得られるかもしれないと、ニヌルタはこっそりあとをつけて女の能力を観察しだす。

女が扱う魔法は水晶を自在に操るという、集落の魔法とはまた違ったもので、その技巧から村の祭祀達よりも強いと確信が持てた。うまくものにできれば自身の魔法をより強くできるだろうと、以降ニヌルタは毎日彼女の元へ積極的に通いつめるようになった。最初は無視していた女もニヌルタのしつこさに諦めたのか、彼女は自身が知る限りの魔法を伝授してくれるようになった。

主には大きく劣るが自在師だった彼にとって習得はそこまで難しくなかった。彼女曰く、ニヌルタには珍しいタレントが備わっているそうで、今後の習熟度次第では逸脱者になれるだろうとのこと。

 

 

 

そうやって鍛練を通して女と色々対話していると、必然的に彼女の身の上話を聞くようになった。

名前はイビルアイ、どうやら彼女は本当の意味の人間ではないらしい。ヴァンパイアという、生前の自我を保ったまま甦った死人。さる王国の王女でありながら、邪悪なる竜に国も民も全て奪われた者。だから今度は、誰かを守れるくらい強くなりたいと彼女は語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜお前はそれほどまでに強さを極める?」

 

 

鍛練の休憩中、ふと問いかけてきた師匠にニヌルタは淡々と答えた。

己自身が納得できる強さではないからだと。

 

それを聞き、何を思ったのか彼女はため息をつく。

 

 

「お前、結構心配性なんだな」

 

 

呆れたような声で口にした言葉の意味を理解し、ニヌルタは眉間にシワを寄せて彼女を睨みつける。

 

この女は何をふざけたことを言うのだ。

自分が心配性? 対象が主ならばまだしも、なぜあの蜥蜴人達を心配するというのだ。

 

 

「じゃあなんで村を出ないんだ?」

 

 

決まっている、まだ旅人として立ち回れるだけの強さがないからだ。

 

 

「もう十分強いのにか?」

 

 

まだわからないだろう。外の世界には、今の自分より強い存在が山ほどいるかもしれない。

 

 

「いや、お前は本当はわかっている。今の強さならば一人でも生きていけると」

 

 

なおも知った風な口をきく師匠に言い返そうとして、なぜかニヌルタの口から言葉が出ない。ソカルとの言い争いではスラスラと述べれた反論ができない。

なせだ?

 

 

「お前はこの村を守りたいんだよ。大好きな家族と、仲間がいるこの場所をな」

 

 

 

仮面のせいで顔はわからないが、声色から彼女が笑っているのがわかったが、告げられた内容にニヌルタの頭が真っ白になってしまった。

 

 

好き、だと?

私が、彼らを?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その後の鍛練は身が入らず、いつもより早めに切り上げることになった。ぼんやりとした思考のまま帰路につくと、ご飯だよと父母が微笑んで頭を撫で、おかえりなさいと、妹が笑顔で抱きつく。

 

蜥蜴人達の温かな笑顔。その光景を目にした瞬間、師匠の言葉がストンと胸に落ち、それまであやふやだった自己矛盾が嘘のように氷解する。

 

 

ああ、そうか。

私はすでに、この場所を、この者達を好いていたのか。カチリと歯車が噛み合うようにニヌルタは………いや。

 

 

 

 

 

 

『ニーガ・ルールー』は、ようやく己の結論に至ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師匠と別れてから、肉体が成人に至った頃、ニーガは族長に呼び出された。それはニーガを次の族長に任命するという内容だった。

お前のおかげで村は食料難を乗り越えられた。恐らく歴代の祭司の中でも最高位になる魔力を持つお前ならば、“朱の瞳”の族長に相応しいだろう。

穏やかな笑みで族長の証を差し出され、ニーガはそれを浮けとったのだった。

 

村のために、仲間のために、父母のために、妹のために。

 

この時点で彼の中には、もうアシズのもとに帰還するという思いは薄れていた。

 

主は失望するだろうか。

とんだ不忠者と呆れられるだろうか。

いや、きっとそれはないだろう。

そんな彼だったからこそ、ありし日の自分はこの命を捧げたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

水面を漂う感覚に微睡む中、ニーガ・ルールーとしての人生が走馬灯の如く過る。

たった二十数年、紅世の徒としては瞬きのような短い時間。だがそれらは、主の剣として生きてきた日々にも引けを取らないほどの刹那だと思う。

ニーガ・ルールーはもう消えてしまうが、どうせ忘れられるのだから誰も悲しまないだろう。

 

ああ、だが。

『存在の流れ』を感じられるあの子は、どうだろうか? やはり悲しむのだろうか。それに罪悪感が湧くと同時に、どこか安堵する自分がいる。なんとも矛盾した感情。

大丈夫だ。これからの彼女には新しい友がいる。愛する夫となる者がいる。きっといつか刻の流れが、その悲しみを癒すだろう。

 

 

 

だから私は

 

 

 

私、は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微睡みから覚める刹那、大きな青い翼に抱きしめられたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ………」

 

 

意識が覚醒して最初に視界に入ったのは見慣れた家屋の天井で、それはこの世界に来てから何度も寝起きした我が家の天井だとニヌルタは瞬時に理解する。

ニヌルタはすでに蜥蜴人の器を捨て本来の巨大な姿に戻ったはず、なのになぜ自分は屋内の内部にいる?

 

 

自身の状態を確認しようと視線を移せば、涙を浮かべるクルシュが顔を覗き込んでいる姿が視界に入る。

 

 

 

 

 

「兄様!!」

 

 

 

 

 

 

ニヌルタが眼を覚ましたと気づくや否や、クルシュはガバリと覆い被さるように彼に抱きつく。

 

「え……?」

 

何かがおかしい。この際クルシュが自身を覚えていることに関しては流すとして、クルシュが触れた部分から感じる己の身体の違和感にニヌルタは困惑する。身体に神経を集中させれば、指先からしっぽまでの感覚が確かにあるのだ。

上体を起こしておそるおそる右手を見てみれば、黝色の鱗に覆われた五本指の腕があった。

 

 

それは慣れ親しんだトーチの器。ニーガ・ルールーの身体に他ならなかったのだ。

 

「バカ……な……!?」

 

確かにニーガ・ルールーの器は粉々に砕けたはずだ。なぜそれがここにあるのだ。

混乱するニヌルタだったが、ガタガタと物音が耳に入りそちらを見れば、家屋の入り口から荒く呼吸するザリュースが入ってくる。

 

「ザリュ…」

 

 

 

「っ………このっ……バカやろおおおおおおお!!」

 

 

 

 

ニヌルタが名を呼ぼうとした矢先、怒号を上げたザリュースに鉄拳で殴られた。

 

「!?」

 

驚いたのはニヌルタだけではなく、泣きじゃくっていたクルシュもである。派手な音を響かせた割に頬が腫れただけで済んだあたり、これでもかなり手加減されたらしい。

 

「お前なあ! 一体俺達の覚悟をなんだと思っているんだ!?」

 

普段はクールな彼が息を荒げて怒鳴るのは、ニヌルタが勝手に一人で自己犠牲をやらかしたことに対する義憤であるとは理解できる。

だが問題はそこではない。

 

「………ザリュース」

 

「なんだ!?」

 

「お前………私が、わかるのか?」

 

「はあ!?」

 

ザリュースの言動は知らない相手に対するものではなく、明らかに気心の知れた相手にするものだ。ニーガ・ルールーを忘れているのであれば、初対面のはずのニヌルタにこのような反応はしない。

 

「ニーガお前、露骨に話題反らしてんじゃねえよ!!」

 

「いいのがれ、だめ」

 

「シャースーリューもご立腹でしたよ」

 

するとザリュースの後ろにいたのか、ゼンベルとキュクーとスーキュが怒り心頭という面持ちで入ってきた。彼らの口振りも初対面の相手にするものではなく、何よりゼンベルは今ニヌルタをニーガと呼んだ。

 

(覚え……てる……)

 

間違いない。

彼らはニヌルタを………いや、ニーガ・ルールーを覚えている。

 

「ばか! ばかばかぁ! 何が仮初めよ! 何が代わりならいるよ!!」

 

涙声で叫びながらクルシュがニーガの胸を叩く。

 

「代わりなんていないわよ! 兄様は兄様しかいないんだから!! 私の、私達の大事な大事な家族なんだからあ!!」

 

うつむき嗚咽する妹の姿に、ニーガはただただ固まる。

 

「忘れろなんて………そんな悲しいこと、言わないでよお……」

 

 

妹が、仲間達が、自分を見ている。

自分(ニーガ)を、覚えていてくれている!

 

「あ……ああ……」

 

何か喋らなければいけないのに、喉が震えて言葉が出ない。

 

「うあ……あああああああ……!!」

 

ニーガに唯一できたのは、妹抱きしめ返し涙を流して泣き叫ぶことだった。




正直ギリギリまで悩んだのですが、やっぱりハピエンが見たかったのでニーガさん存命ルートを選びました。

なぜニーガ・ルールーのトーチが元に戻っているのか、なぜザリュース達がニーガ・ルールーを覚えているのかは次回以降明かしていくつもりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。