棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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現状の整理も兼ねたある種の幕間話。
敵サイドの詳細をほんの僅かだけ明らかにします。



フィクサー~舞台袖~
REAL


灰色の空、淀んだ空気、緑無き大地と赤黒く濁った海。大地のところどころに立つのは鉄の壁に囲われた都市郡。それらを眼下に眺めながら、一羽の鷹は蜂蜜の燐光を散らせて一つの巨大都市に向けて羽ばたく。

かつて『セントラルアーコロジー』と呼ばれていたその都市は、日本アーコロジーの中でも最も安全で、最も清潔で、最も強固とされていた、人類最後の楽園。

 

楽園、だった。

 

酸の雨を一滴も漏らさない鋼の天井は砕け、汚れた外気を遮断する強固な壁はヒビ割れて、むき出しになったビル郡は酸に溶かされてボロボロになり、もはや人が住める環境ではないそれらにかつての栄華は見る影もない。もしもこの世界の情勢を知らない余所者が見たならば、人類が滅びさった後の無惨な遺跡と悟っていたかもしれないだろう。

 

しかし結論から言えば、人類は絶滅したわけではない。その証拠に都市からは色とりどりの目映い明かりが灯っており、何万何千という人影がところ狭しと並んでいる。

だがその姿は人間ではない。いや、人間の姿をしている者もいなくはないが、ほとんどは異形の怪物の姿をしている。何より信じられないのが、一度呼吸するだけで死に至る大気の中で、彼らは防護服もマスクもしないで活動しているところだろう。

一休みするべくやや高いビルの屋上に降り立ったハスターは、熱気に溢れた群衆とは対照的な冷めた眼差しでその有り様を見下ろす。

荒れ果てた建物とは対照的に、真新しく綺麗に設置された輝くステージを囲むように密集する彼らは、さながらアーティストのコンサートを観にきた観客のようで、目を輝かせて主役の登場を待ちわびる姿は終末世界を生きる最後の人類には到底思えない。

とここでコンサートの演出なのかステージの輝きが一度消え、中央にポッと青紫色の小さな火が点く。その周囲に続けざまに若竹色の火線が広がりステージを焼き尽くす勢いでその場を照らしだす。

青紫色と若竹色に点滅する毒々しい光は目に痛く、見ているだけで狂いそうなほどサイケデリックな光に、集まる蛾のごとく喝采する人々は正気ではない。

その内の青紫色の火が踊りながら形を変えていけば、人間の四肢となり、華美な衣服となり、長い髪となり、最終的には15歳ほどの少女の姿となった。

 

「みんなー! お待たせ、ニャルちゃんが来たよ!」

 

『ニャ・ル・ちゃーん!!』

 

白いフリルがあしらわれた青紫色の衣装はオーソドックスなアイドルの姿そのもので、若竹色のリボンで束ねた髪をたなびかせる可憐な少女は観客に向けてとびきりの笑顔でウインクする。

 

「みんなに応援してもらえて、私達『アーカムカンパニー』はいっつも大盛況だよ! 今日の私達のアニバーサリーライブ、楽しんでいってね!!」

 

『うおおおおおおおお!!』

 

『ニャ・ル! ニャ・ル! ニャ・ル!』

 

ニャルというのが少女の名前だろうか。熱狂する者達に答えるように若竹色の火線から浮かび上がるのは、同色の光を纏う楽団とダンサー達。

奏でられるのは美しさと醜さが両立するおぞましい旋律で、ニャルの口から紡がれる讃美歌との奇怪なハーモニーを耳にする人々は甲高い叫びを上げて狂気乱舞する。

中には笑顔で殺しあう者達も出始めてもはや収集がつかなくなっていき、誰も彼も正気ではないパフォーマンスを険しい目で睨むハスターは忌々しそうに舌打ちする。もうその光景を視界に入れたくないのか、翼を羽ばたかせて再び飛び立てば旧セントラルアーコロジーの中央にそびえ立つ巨大なビルに向かう。

 

電光掲示板にデカデカと浮かび上がる企業名は、いまだこの世界の頂点に君臨する支配者。

 

 

 

その名は『アーカムカンパニー』である。

 

 

 

 

ビルに近づけば認証の自在式が反応し、ハスター本人であると確認された肉体は建物内部に転送される。送られた先は薄暗く広い空間で、内装のデザインはオフィスビルの会議室のようだが広さが普通じゃない。装甲洗車が20台は余裕で入れそうなスペースに、六階立てに相当する高い天井。蛍光灯こそあるが明度はぼんやりとしていて全体が見えず、灯りの意味を成していない。薄気味悪い雰囲気の中でハスターは鷹の燐子を自身から離して肩に乗せ、さらに配下のヒュアデス達もその場に出した。

 

「ハスター様………」

 

目的地に到着したことを察した一同のなかで、心配そうに主に声をかけるカルバーナに厳しい声色で答える。

 

「いいから貴方達は黙っていなさい」

 

私なら大丈夫だ。だから今は耐えろと言外に込め、ハスターがその場で跪けば、ヒュアデス達もそれに続く。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、ハスター秘書長」

 

 

 

 

 

するとどこからか妖艶な声が響き、自分達以外誰もいなかったはずの会議室の中にいつの間にか一人の女が立っていた。長く美しい黒髪をハーフアップにまとめ、パリっと糊付けされたレディーススーツを着こなす、凛とした姿は女社長という言葉が似合いそうである。

 

「ただいま帰還いたしました。蘭花社長」

 

蘭花と呼ばれた女がニコリと柔和な笑顔を浮かべたのを見て、ヒュアデス達の眉間にシワが寄る。ハスターは一度周囲を探るように視線を動かしてから蘭花に問いかけた。

 

「………ほかの皆様は?」

 

「そろそろ来るわ」

 

その言葉が合図になったかのように、薄暗い空間に三つの炎が燃え上がり辺りを照らしだした。

 

青紫色。

天色。

若竹色。

 

青紫色は小さな砂粒となって舞い散り密集していき、のっぺりとした人型の黒い身体となる。頭髪のない丸い頭部の下半分は横にひび割れて大きな口となっており、口から覗く青紫色の炎から吐息のように火の粉を漏らす。

 

「『常務』、“無貌の億粒”ナイア。ただいま着任」

 

男とも女ともつかない名状しがたい声が、気味悪く響く。

 

天色はドロリと液体が溶けるように炎が床に広がり、ボコボコと泡立ちながら質量を増していく。盛り上がった粘性の高い液体は質量を増して肥大し、全長が大人よりやや高く至れば、絶え間なく床に流れる液体の表面に二つの窪みが目玉のように瞬く。

 

「『チーフプログラマー』………“叡歠沼”サトゥラ。今ようやく一区切りしました……」

 

くたびれたような男の声が、絞り出すように呟く。

 

若竹色は揺らぐ炎がそのまま形を変え、白い体毛を持つ二足歩行の獣人の姿となる。狼とも、ライオンとも、熊とも、ハイエナとも違う顔。ギョロリと見開かれた両目は若竹色に爛々と輝いている。

 

「『専務』、“惑舌”トルネンブラ。お待たせ」

 

蕩けそうな甘い男の声が、艶かしく溢れる。

 

そして三人の異形が姿を現せば会議室全体から色とりどりの炎が燃え、それぞれが異形の姿へと変じていき、瞬く間にその場は目に痛いほど明るくなった。

社内の正社員が勢揃いする様を一瞥するハスターだったが、その中でよく知る色が二色欠けていることに気づく。

 

「………『警備主任』と『広報課長』がいませんが」

 

「二人は欠席するそうよ」

 

それとなく聞いてみるも、蘭花はニコニコと笑顔を絶やさずに返す。おそらくはぐらかしているのだろうと、これ以上は詮索するだけ無意味と悟りハスターは頷いた。

 

「それでは、『アーカムカンパニー』定例会を初めましょうか」

 

 




ナイアさんの見た目は真っ黒ボディの素っ裸ドッペルゲンガーのイメージ。
ただし顔は∵ではなく大きな口だけですね。
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