棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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定例会

世界的総合大企業『アーカムカンパニー』。

旧セントラルアーコロジーの中央に聳え立つ巨大本社『ルルイエ』を拠点とするその組織には、『社長』田村蘭花以外に人間の正社長は存在せず、歩いて行けない隣“紅世”より流れてきた“徒”たちのみで構成されている。

少し前まで事実上の日本の支配者に君臨していた企業は、一人の人間と三人の“紅世の王”を筆頭とした存在達にその実権を奪われていた。

 

 

 

 

 

「では秘書長、報告書を」

 

「はい」

 

蘭花に促され、ハスターは袖からミードボンボンを一つ取り出す。

 

「ご覧ください」

 

布に包まれた結晶をパキンと音を立てて砕けば、蜂蜜色の火の粉が会議室全体に広がる。今この場にいる者達の脳内にハスター達が見聞きした映像が流れこむと、何人かは息を呑み、何人かは怯え、何人かは楽しそうに笑みを溢すなど、様々な反応を見せる。

 

「青い炎………! まさか“棺の織手”も生きていたのか!?」

 

「“巌凱”や“花綻の片”だけならばまだ対処できそうなものを、よりにもよってあの怪物が!?」

 

「しかも“焚塵の関”と“天凍の倶”までいやがるなんて!!」

 

「ほかにも面倒な“王”がいるようだぞ!?」

 

「この際やつらがなぜ生きているかはどうでもいい! どうやって『向こう』に転移したんだ!?」

 

「まさか『クラッカー』の仕業か!?」

 

「バカな! 『向こう』と『こちら』はファイヤーウォールに阻まれている。我々カンパニーの社員以外は絶対に干渉できないはずだ!」

 

「『とむらいの鐘』も気になるが、コキュートスの反乱はどう見る? NPCがプレイヤーに明確に逆らうなど、今までにない現象だ」

 

「というより、なんでNPCが自在法を使っているんだよ!?」

 

「“天凍の倶”が寄生するトーチのタレントも厄介です! 『向こう』の人間達に何らかの対抗手段を持たれる危険がありますよ!」

 

「“皇宝の剣”め、どうやってユグドラシルのセキュリティを欺いた!?」

 

 

 

 

 

 

 

「静粛に!!」

 

 

 

 

騒ぎ立てる一同を制するようにトルネンブラが大声で叫ぶと、辺りが水を打ったようにシンと静まる。

 

「落ち着いてください皆さん。まずは現状の確認といたしましょうか」

 

仲間達がようやく落ち着いたのを確認してから、まずサトゥラが口を開く。彼はカンパニーのシステム管理の全権限を担う社内でも最高位の自在師である。

 

「秘書長、例のものを」

 

「はい」

 

『アインズ』から預かっていた瓶を取り出したハスターはそれをサトゥラに向けて投げると、瓶はサトゥラの粘体にドプンと触れてそのまま沈みこむ。これによりサトゥラはコキュートスに仕込まれたカラクリを調べ上げていく。

 

「ふむふむ………ああ、なるほど。ずいぶん念入りに偽装していましたね」

 

まるで味わうようにやや間を置いてから、サトゥラは解析結果を報告する。

 

「まず『転生』の自在式。これによってコキュートスはユグドラシルのシステムに依存することなく、独立して行動することが可能になりました」

 

内蔵するものの在り様を組み替え、他者の“存在の力”に依存させることなく、この世に適合・定着させる自在式。かの“廻世の行者”を生み出す要因となった秘技である。なので言うなれば、今のコキュートスは“紅世の徒”に近い存在となってしまったという。

 

「発動のトリガーは多分『コキュートスがナザリック以外に強い執着を持つこと』でしょうね」

 

サトゥラが出した結論を聞き、彼の背後にいた“徒”がおそるおそる前に出る。

 

「しかし、サトゥラチーフの管理をすり抜けてNPCとアイテムを改造するだなんて……」

 

彼は立場上サトゥラと共に仕事をするため、彼の自在師としての技量を熟知している。その彼のセキュリティを突破されたことが信じられないのだろう。

 

「大方クトゥーガさんの仕業でしょうね。私の目を誤魔化せる自在師なんて、彼しか考えられません」

 

続いてナイアの背後にいた“徒”の一人が質問する。

 

「コキュートスが自在法を行使できるのも、それが理由なのですか?」

 

「そういうことです。しかもこれは………かなり個性的な自在法ですね」

 

「どのような自在法なのですか?」

 

「平たく言えば、『一度見た自在法を我流にアレンジして再現する』………てところですかね」

 

やや考えこんでから告げたサトゥラの言葉に、一同が驚愕し互いの顔を見合う。

サトゥラ曰く、コキュートスの本質とは『高みを目指し己を磨く武人』。おそらく彼は一種の絶対音感のような固有能力を持っており、一度見た自在法を自分が扱いやすい形で新しく生み出すことができるのだという。

例えるならば、本来オーケストラで演奏するべき音楽を、鼓や三味線などの和楽器のみで演奏するようなもので、本家の旋律とは全く異なるがそれとはまた違う魅力のあるものに仕上がるのだという。

 

「逆を言えば『どんなに簡単な自在法でも、自分に合った形でしか使えない』とも言えます。理論上は“封絶”もオリジナルそのままに使うことはできないでしょう」

 

でも、とサトゥラは粘体を震動させて小さく笑い声を漏らす。

 

「私のように八割再現するんじゃなくて、自分のスケールに合った方向性に改良する………なかなか興味深い自在法ですね」

 

もし彼に人間の顔があったならば、グニャリと歪んだ笑みを浮かべていただろう。

 

 

 

 

「惜しい、惜しい」

 

 

 

 

すると会議室内に彼らとは違う、脳内がかき混ぜられるような、歪んだ男の声が響き渡る。

 

「あの子は実に、可愛いらしい傀儡だったのに。十分に肥えさせてから壊せば、とても美しかったというのに」

 

声は聞こえるのにほか三人と違って姿が見えない。社員達がどよめく中、サトゥラ、トルネンブラ、ナイア、蘭花は一切動じていない。

 

「ああ、ああ、だがあの子も実に愛らしい。是非とも愛でたい、骨の髄まで愛してやりたい」

 

ねっとりと陶酔するように呟くその言葉に一同が身震いする。彼の言う「愛」がどういう意味なのかを知っているから、なおさらに。

 

「コキュートスの件はわかりましたが、なぜ『とむらいの鐘』はカダスに転移しているのでしょう?」

 

「……私達の遊び場に、勝手に知らない人を招く悪い子がいるかもしれないわね」

 

問われた蘭花は背を向けたまま、優しく問う。

 

「ねえ、ハスター秘書長?」

 

背後に控えるヒュアデス達の身体が強ばるのを気配で察し、ハスターはフードを僅かに後ろに向けて落ち着けと念押しするように睨む。

 

「………なぜ私に聞くのでしょうか?」

 

落ち着いた声色で上司の真意を問えば、蘭花の微笑みの種類が変わる。

 

「実はどうも………報告を聞いてから、不思議に思っていたことがあるのよね」

 

柔和な微笑みから、気味の悪い張り付けた笑顔で小首を傾げて彼女は問う。

 

「どうしてハスター秘書長は、()()()()()()()()()()()()()()()()()の?」

 

『とむらいの鐘』の二人はエ・ランテルに少なからず愛着を抱いていた。ハスターの自在法の汎用性を考えるなら、エ・ランテルを襲撃して町の人間達を巻き込んだほうが、確実に足止めできていただろう。賢いハスターがそんな簡単なことに気づかないのは少々不思議だと述べる蘭花に対して、彼は一切動じずに返す。

 

「『とむらいの鐘』を見くびっていた。そうお答えする以外にありません」

 

嘘は言っていない。事実彼らの戦略眼を侮っていたがゆえにヒュアデス達は半壊し、ハスターは撤退を余儀なくされた。

 

「そう……」

 

蘭花は納得したかのようにくるりと背を向けたが、さらに独り言を呟くように漏らす。

 

「そうそう、()()()()()()()()()()()()()というのも気になっていたのよね」

 

彼女の認識ではナーベラルは人間を露骨に嫌悪することはあっても、報告を怠るほど無能ではないはずだとのことだ。

しかも肝心の墓地騒動の時にモモンガはタイミング悪くナザリックに戻っていたので、モモンの名声を上げる大チャンスを逃してしまっていた。アシズがデミウルゴスと交戦していたという、ずいぶん()()()()()()()のせいで。

 

「ねえ、どうしてかしら?」

 

蘭花が背中越しに追及するのを合図にしたように、社員全員の視線がハスターに突き刺さる。ハスターは無言を貫くのみだが、後ろに控えるヒュアデス達は息が詰まってしまい、ペスカッティとアービアに至っては緊張からか顔面蒼白になっている。二人の間で跪いていたジュノベルがいち早くそれに気付くと、安心させるように自身の尾羽を伸ばして二人の背中を撫でる。

 

「あわよくば………彼らを利用すれば、私達を出し抜けるとでも思ったのかしら?」

 

蘭花の冷徹さの滲む声色に拳を握りしめて身構えるハスターだが、彼女は少し緩急をつけるように振り返る。

 

「………なんてね。ごめんなさいね、くだらないことを言って」

 

張り付けた笑みが無邪気な笑みに変わったのを見て、ヒュアデス達の背筋をゾワリと悪寒が這うが蘭花はそれを意に介さずナイアに向き直る。

 

「それでナイア、首尾はどうかしら?」

 

「社長のご指示通り、ナザリックの支配権を掌握済み。『傷の贈り手』も当面は我々の指示に従うと承諾しました。向こうにラグナロクシステムが流出したのは少々手痛いですが、旧式の自在式なので無力化は容易いかと」

 

「そう、サトゥラは?」

 

「不正改造を施されたアイテムのコードを逆探知して、武人さんに『遠隔戒禁』が発動するように設定してあります。今頃は発動場所を目印に、討伐隊が隠れ家に向かっていると思います」

 

「ありがとう」

 

ここでトルネンブラの背後に佇む“徒”が挙手する。

 

「では社長。『とむらいの鐘』に関しては、しばらくは監視に徹するおつもりでしょうか?」

 

「ひとまずは、ね。ああだけど……」

 

ふと思い出したように、蘭花は社員達を見渡す。

 

「『とむらいの鐘』やフレイムヘイズのことは構いませんけど、くれぐれも“壊刃”のことは他言しないように」

 

「は? なぜ“壊刃”だけなのですか?」

 

疑問符を浮かべる“徒”に対しニコリと満面の笑顔を見せる蘭花から、無言の威圧を感じて一同は縮こまってしまった。

話に一区切りついたのか、ハスターにゆっくりと歩み寄るとポンと彼の肩に手を置く。

 

「じゃあハスター秘書長、せっかくだから()()()()に顔を見せてあげたらどうかしら?」

 

ハスターにしか聞こえない声量でフードの耳元に当たる部分に囁いた瞬間、怒りを押さえるかのようにブワリと黄衣が揺れた。

 

「では解散」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょうめ! あのクソアマ!!」

 

怒号を上げて壁を殴るカルヴァーナに、アービアが宥めるように肩を叩く。

 

「落ち着けよ。やつらに聞かれたらどうする?」

 

この部屋はハスターの自在法で外界と遮断されているので盗み聞きされる心配はないが、それでもあの連中に対して気を許すのは死を意味する。

 

「まだ、()()()()はバレてないよね…?」

 

先ほどの蘭花の笑顔を思い出し、青ざめた顔でカタカタと震えるペスカッティを安心させるように、ポロナズがその小さな身体を優しく抱き締める。

 

「多分………大丈夫………油断はできない……が」

 

ほかの平社員共は脅威にもなりえないが、あの女を筆頭とする幹部達には優れた自在師である我らが主でも勝てる可能性がない。

そうでなくても、ハスターは彼らに逆らうことができないのだが……

 

「ハスター様………」

 

心配げな声を漏らすジュノベルの視線に続くように、ヒュアデス達は幾重にも厳重にロックされた鉄の扉を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清潔感の高い真っ白い部屋全体に、綺麗に並べられた楕円形のカプセルに閉じ込められた人間達。『アーカムカンパニー』の客である彼らの肉体は、所謂コールドスリープの状態にあり、その精神は外で放埒の限りをつくす異形と成り果てている。

劣悪な環境に絶望していた貧困層。

紛い物の安息に飼い殺されていた富裕層。

かつては生まれも育ちも異なっていたはずの二つの人種は、今や同じ場所で己にとって理想の夢に酔いしれていたのだった。

カプセルの隙間を縫うように歩くハスターは、そんな彼らをフードから覗く哀れみと蔑みの混じった眼差しで見渡し、やがて一つのカプセルに近寄る。眠っているのはまだ若い女で、ハスターは女を覆うガラスの表面を布の袖で優しく撫でる。

 

「ミク……」

 

悲しみ、悔しさ、そんな様々な感情がない交ぜになった声で女の名を口にする。

正直殺される……いや、死よりもおぞましい責め苦を覚悟していた。ハスターは彼女を救うためならば五大最悪に匹敵する生き地獄を受けることも辞さない。そしてそれは配下のヒュアデス達も同じだ。

 

あの女のことだ、すでに自分が向こう側に手引きしていることを察しているはず。

そこまでわかっているなら、何故まだ自分を泳がせのだろうか?

定例会で()()()()に言及はなかったが、単純に気づかれなかっただけなのか?

それとも………

 

恐ろしい可能性に至った瞬間心臓が冷えていく。ローブ一枚の身体の自分に心臓などあるはすがないがそんな感覚だ。やつはどこまで見据えている。『警備主任』と『広報課長』が今回に限り出席していなかったのも気にはなる。

 

いずれにせよ賽は投げられた。あとは撒いた種が芽吹いてくれることを祈るしかない。

 

(あとは任せましたよ………クトゥーガ様)

 

 

 

 

 

 




ざっくり幹部紹介
『常務』“無貌の億粒”ナイア
紅世の王、炎の色は青紫色。
向こうを含めて世界中に己の分身体をばらまき常に監視の目を光らせている。つい最近まで弱体らしい弱体がなかったのだが、とある理由から悩みがある。

『チーフプログラマー』“叡歠沼”サトゥラ。
紅世の王、炎の色は天色。
カンパニーの全システムを支配下に置く自在師。そのため幹部の中でも一番多忙。

『専務』“惑舌”トルネンブラ
紅世の王、炎の色は若竹色。
全プレイヤーを支配し必要に応じて指示を出す。

『社長』田村蘭花
カンパニー唯一の人間であり、社内最高の頭脳の持ち主。
常に営業スマイルな、どこかで見たことのある黒髪美女。
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