棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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幕間編はこれにて終了。
ついにあの人達の現状に迫る?


遊戯侵者

全てを蝕む猛毒の雨が降りしきるなかで、旧ニューヨークアーコロジーに建ち並ぶ廃ビル群を、優しい藍色の封絶が覆っていた。

ボロボロに崩れて吹き抜けになってしまったビル内部には簡易なテントが並んでおり、生まれも育ちも異なる人間と、幾人かの異形が身を寄せ会うように過ごしている。人間達は首から藍色のドッグタグの形をした宝具を下げており、封絶が外界の毒を遮断しているおかげで防毒マスク無しでも自由に活動できている。

テントのある広間の隅には、二つの大きな鍋から湯気を上げるスープと白米が配膳されており、彼らは貴重な栄誉を求めて行儀よく並んでいる。

 

彼らはアーカムカンパニーの関係者ではない。

人間達はもともと富裕層に反抗していたレジスタンスと、富裕層・中間層の一般市民だった。しかし今ではアーカムカンパニーの撒き散らす怠惰な世界に抗う“紅世の徒”の一派と同盟を組んだ新生レジスタンスとなっている。

 

その名は『遊戯侵者(クラッカー)』である。

 

 

 

その中で体育座りをしてぼんやりとランプの灯りを眺める一人の青年。その頭髪は一度染めていたのか全体的に茶髪だが根元が黒く、整った顔立ちは長期に渡るテント暮らしにだいぶやつれているようで目に覇気はない。

もともと彼は中間層の市民で、富裕層ほどではないにしても安定した生活を送っていた。しかしアーカムカンパニーの台頭によってその日常は呆気なく崩れてしまい、今では趣味はおろか衣食住も満足に取れていない。それでも彼らが最低限の食料を確保できているのは“紅世の徒”達のサポートと彼らが作成した宝具のおかげだ。

防護服を纏いながらでは寝苦しいが、それでも休める時に休まなければならない。この時期のこの辺りは寒く、少しでも気力と体力を回復させなければ身が持たないが、それでも青年は目が冴えてしまい眠る気になれなかった。

 

「ほら」

 

ふいに頭上から声をかけられて視線を向ければ、大柄な異形が自身を見下ろしながらココアを差し出してきた。

左右非対称の鋭利な角に朱色に輝く六つの目玉、逞しい肉体に朱色の鎧甲冑を着込む姿は鬼と形容するのが相応しい。恐ろしい怪物を目の当たりにしても青年は動じる素振りを見せず、どうにか笑顔をとり作ってカップを受けとる。

 

「………ありがとう、武人さん」

 

武人さん、というのは青年が彼の正体を知らなかった頃に呼んでいたあだ名だ。彼自身の真名は“皇宝の剣”ザトガであり、『遊戯侵者』の幹部格の一人である。

 

「今日は寝れたのかい?」

 

「えっと………三時間は」

 

「一時間伸びたみたいだな。もっと寝とけ!」

 

青年の隣にドカッと座りこみ、彼の背中を軽く叩いて豪快に笑うザトガに苦笑で返す。

昔の映画でしか見たことがない金属製の粗末なコップには、ココアとは名ばかりの少量の甘味と苦味を溶かしただけの色のついたお湯が並々淹れられている。最初の頃はまずいと感じたが、もはやそれしか口にできないと割りきってからはその味にもだいぶ慣れてきた。

ココアを啜りながら周囲に視線を向ければ、様々な異形と人間のやり取りが映る。

 

よくわからない自在式を弄りながら、遠方の仲間と連絡をとる犬ぐらいの大きさの蜘蛛。

苦笑いを浮かべながらも子供達のつかの間の癒しに徹するべく、好きに撫で回される二足歩行のクロブチ猫。

広げた大きな地図に駒を置きながら武装隊と編成を確認し合う、絡み合う蔦が植物の服を着たような植物人間。

大釜の前に立ち笑顔で非戦闘員に配膳する、シンプルながらも美しい甲冑に藍色の翼を持つ天使。

 

彼ら“徒”達はそれぞれがそれぞれの得意分野を駆使し、非力な自分達人間を助け、励まし、寄り添ってくれている。

 

「………」

 

それに引き換え自分はなんだ?

銃を持って戦うでもなく、作戦を考えるでもなく、同族を励ますでもない。

ただただ己の非力さにうちひしがれるだけで、なんの役にも立ちやしない。しまいには立場上忙しいザトガの手も煩わせてしまっている。

『ゲーム』ではどう動けば仲間を援護できるかどうかなど、いくらでも思い付けたというのに………。

 

(ダメだ……こんな考え方)

 

これは死んでもやり直しのきく『ゲーム』ではない。死ねば全てが終わる、弱肉強食の『現実』。こんな甘い考えだったから、かつて自分は何もかもを奪われてしまった。それなのに動けないのは、単純に怖いのだ。目の前で家が、町が、家族が、友達が、何もかもが壊されていくさまに、彼の心はポッキリと折れてしまった。

それでも最近は落ち着いてきたほうだとは思う。彼らに保護された最初の頃は、夢の中であの日の地獄がフラッシュバックするたびに、PTSDを発症して錯乱していたがそれもない。

 

 

 

だというのに。

 

 

 

 

 

「がああああああ!?」

 

 

隣に座っていた友人が、突如なんの前触れもなく叫びだした時に、青年の頭が真っ白になってしまった。

顔の右半分が爆ぜて、朱色に燃えながら苦悶の叫びを上げるザトガの姿に、呆けてしまう青年の頬を血飛沫のように弾ける火の粉が撫でる。

熱い。火なのだから当然と言えば当然か。これが人間ならば、返り血がかかるようなものなんだろうか。

などと、目の前の光景をどこか他人事のように思う自分がいることに青年自身が信じられなかった。

 

「武人さん!?」

 

「ザトガ!」

 

次に異変に気づいたのはたまたま横を通り過ぎようとした戦闘員で、戦闘員はザトガを支えようとその巨体にしがみつく。

 

「武人さん! 武人さんしっかりしてくれ!!」

 

「おい! 何があった!?」

 

そこへ通信を中断した大蜘蛛が大きくジャンプしてザトガの肩に飛び乗り、周囲に配置した自在法を起動して敵襲に備えつつ治癒の自在法を編み上げる。

 

「あ………あっ………?」

 

青年は錯乱しそうになる己を必死に抑えるのに精一杯で、震える手がコップを落としココアが床にぶちまけられる。貴重なカロリーと水分が無駄になる、なんて場違いなことを考える愚者はこの場にはいない。

それよりも最も頼もしい仲間の負傷に非戦闘員達がパニックに陥り、ある程度非常事態に慣れている武装隊達が宥めようとするも意味を成さず、その場は阿鼻叫喚の図と成り果てる。

 

 

 

 

「落ち着け!!」

 

 

 

しかし藍色の天使が大声量で一喝すれば、一同の動きが僅かに止まる。彼は翼を羽ばたかせてザトガの傍らに舞い降り、大蜘蛛が傷を癒す自在法を構築するのをよそにザトガの傷口にそっと手を当てる。

 

「『遠隔戒禁』………てことはバレたのか!?」

 

「ザトガ、傷見せてみろ!」

 

大蜘蛛の構築が終わると足先からミッドナイトブルーの糸を出し、束ねられた糸がザトガの頭部に巻き付き包帯のようになる。

数秒ほど経ってから傷が塞がってきたようで、ザトガの呼吸が安定していき一同も落ち着きを取り戻していく。

 

「ザトガに飛んできたってことは、おそらくコキュートスにしかけた『転生』の自在式がちゃんと起動したってことか」

 

冷静に何が起こったかを分析する天使に、植物人間が歩み寄る。

 

「となると『一振り』もコキュートスの手に?」

 

「ああ。もしそうならば向こうの連中にも、ギリギリ『ラグナログシステム』が届いたと見ていいだろう」

 

そう結論付け、“徒”と一部の戦闘員達が互いの顔を見合い頷く。ひとまず首の皮一枚繋がったが、これをきっかけにサトゥラ達はすでにユグドラシルのセキュリティを強化しているはずだ。おそらく二度目はないだろう。

 

「くっ………はは……はははは!」

 

するとここで顔を押さえて俯いていたザトガが突然爆笑しだす。

 

「武人さん?」

 

「ああ、悪い悪い。つい嬉しくてな」

 

戸惑う仲間に片手を上げ、ザトガは大丈夫だと答える。

 

「だってそうだろう? 起動したってことは、コキュートスは自分の意思でナザリックを離れたってことだ。アイツが、自分で!」

 

ユグドラシルのNPCは創造主の命を絶対とする傀儡。ゆえにそれ以外のものになど一切興味を持たず、仮に僅かに心が揺れようとも結局は創造主を選ぶのだ。

だがコキュートスはナザリックの外に光を見出だし、自らの意思で異なる道を選んだ。己の最後の理想を託した我が子によって、自分は確かに賭けに勝ったのだ。これに歓喜せずにはいられないだろう。

 

「喜ぶのはまだ早いですよ。今回の件でハスターへの監視がより厳しくなるでしょうから、しばらくは大人しくするべきかと」

 

興奮冷めやらぬザトガを宥めるように、植物人間が冷静に意見を述べる。するとどういうわけか青年の肩がビクリとはねる。

 

「“叡啜沼”のことだから、『戒禁』が飛んだ場所を逆探知して追っ手を差し向けてくるでしょう。ここも長居できません」

 

となると自分達が次に取るべき行動は、拠点の放棄だ。

この隠れ家は比較的過ごしやすい場所だったが、追っ手の戦力を考慮する場合、籠城戦は賢くないだろう。その時が来ない以上、今は逃げに徹するほかない。

 

「よし、だったらすぐに出るぞ。準備しろ」

 

天使の鶴の一声で一同は手慣れた手つきで食料とテントをまとめはじめる。だが青年だけは先ほどのショックがまだ抜けきらないのか、その場から動けず震えていた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「っ!?」

 

そんな彼に声をかけてきたのは小学校高学年ぐらいの少女で、心配そうな顔で青年を見上げている。

 

「怖かったよね。大丈夫だよお兄ちゃん」

 

安心させるように小さな手で彼の片手を包むように握る少女に、青年は堪えきれなくなったのか縋るようにその小さな身体を抱き締めた。

 

「っ……」

 

自分よりも大きな大人の背中をポンポンと叩く少女の姿はまるで母親のようで、こんな小さな子供に励まされる自分が情けなくて、彼は嗚咽を漏らしながらハラハラと涙を流すのだった。

 

(姉ちゃん……)

 

 




というわけで、ハスターさんは厳密にはペロロンチーノさんではありません。
彼はナイア達からペロロンチーノさんのアバターデータを半ば押し付けられる形で使用しているだけです。シャルティアが勘違いしたのはアバターの繋がりに引っ張られた感じです。
本人的にはものすっごく嫌ですが。

武人さんのアバターは、ここではリアルの真の姿に似せてキャラメイクしたって設定です。ある意味顔出しプレイ。
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