棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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アシズ様編一区切り。

正直ティスサイドの心象描写が少なすぎるかな~とは思ったのですが、気力が尽きてしまったのでこのままいきます。


贖罪への一歩

「はっ………はあ……はあ……!」

 

必死に逃げ続けた末にアシズは視界の端に見つけた廃教会に駆け込み、建物全体に自在法を何重にもかけて閉じ籠ってしまった。

そこはかつて四大神を信仰する教会だったのだが、ここを管理していた神父が流行り病で亡くなってから10年間無人の場所だ。

 

自在法がしっかり発動していることを確認すれば、緊張の糸が切れて扉に背を預けてずるずるとその場に座り込む。何度も呼吸を繰り返しながら、アシズは改めて彼女の姿を思い出した。

 

間違いない、あれはティスだ。

 

(生き……てる……)

 

自分をアシズと呼んでくれた。

涙を流して微笑んでくれた。

寸分違わぬ、生きている彼女だった。

 

会えて嬉しい。

嬉しいはずなのに、アシズの胸中は様々な感情が入り乱れてまとまらない。

理由はただ一つ、自身を見つめる美しい眼差しが………いつかの血に染まった悪夢と重なるのだ。

 

 

 

『貴方なんて………貴方なんて、大っ嫌いです!!』

 

 

 

拒絶の言葉が脳裏を過り、心臓を握り潰されるような苦痛が胸を苛む。過呼吸を起こし、寒くもないのにガチガチと歯を鳴らす。尋常じゃないほどに心拍数が上がり続けるのを抑えるように、アシズは身体を抱きしめて縮こまるのだった。

 

 

 

「アシズ様! お願いします、開けてください!」

 

 

「!!」

 

 

そこへ背後の扉越しにティスの声がかけられ、アシズはビクリと震えて見つかってしまったと焦る。

これだけ厳重な自在法を行使していれば逆に目立ってしまうものだが、今のアシズはそんなことに気づける余裕がない。

 

これ以上醜態を晒して彼女に嫌われたくない、でも彼女と対面するのが怖い。相反する不安がアシズの行動を制限してしまう。

なんとも情けない話だ、天罰神に歯向かった時でさえここまで恐怖したことはなかったというのに。

 

 

 

 

「アシズ様! 私と直接相対したくないのであれば、せめてガヴィダ様のお話に耳を傾けてください!」

 

するとティスの口からガヴィダの名前が出されてアシズは戸惑う。

なぜ彼女がガヴィダのことを知っている?

いや、まさか彼も来ているのか?

 

涌き出た疑問に答える代わりに自在法がこじ開けられ、僅かにできた隙間から宝具が投げられて床に落ちる。

それは以前ガヴィダに貰った遠話用宝具だ。どうしてティスがこれを持っているのかと、しまっていたはずの懐をまさぐるとそこに宝具はない。どうやら逃げる途中で落としたらしく、その際に繋がってしまったようだ。

 

『“冥奥の環”』

 

宝具からはガヴィダの声が聞こえる。

 

『今、スマフォンを通して話している』

 

ガヴィダはティスの生存とその後のアシズの行動から、今の彼の精神状態をなんとなく理解していた。やっと精神的に落ち着いてきた矢先に、まさかこんなところでティスに再会するとは思ってもみず、心の準備ができていないのだろう。

 

『どうする、俺のほうから説明するか?』

 

おそらく今のアシズには直接説明する勇気がない。ある程度事情に精通し、尚且つ第三者的を持つ自分ならば偏見を持たずに話せるだろう。もちろんしてほしくないのであればそれはそれで構わないが、それだとおそらくティスは納得しないかもしれない。

 

「………すまない」

 

アシズの震える声での謝罪。それだけでガヴィダは彼の願いを察してくれたらしく、ため息で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一先ず人気のない場所で話したいというガヴィダの指示に従い、ティスは彼から事情を聞かされる。

 

「そんな………アシズ様が……!?」

 

ガヴィダから聞かされた話にティスは青ざめる。誰よりもフレイムヘイズの使命に身を削っていた彼が、自分が死んだことで喰らう側に回ってしまったという事実に凍りつく。

 

 

 

確かにあの時の自分は人間の裏切りで命を落としてしまったが、アシズが人間を憎悪し果ては都一つを消してしまうなどとても信じられない。

 

『俺はあくまで事実を言うだけだ。どう解釈するかはお前に任せる』

 

話せるだけ話したであろうガヴィダは、声色だけでも神妙な面持ちであることを伺える。

 

『ガヴィダの旦那ー! ちょっと相談があるんだが』

 

とここでスマフォンの向こうから野太い男の声が聞こえる。

 

『あ、ちょっと待ってろ! ………すまねえな『棺の織手』、呼ばれちまったから俺は一旦切る』

 

プツリと遠話が切れてしまい、ティスは震える手でスマフォンを握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、息をきらせて走るノゼルはようやく療養所にたどり着いた。

 

「キース先生!」

 

「あ、ノゼルさん。お待ちしてました」

 

事前に連絡を受けていたキースは、彼がポーションを卸しに来たのだと思い笑顔で出迎えようとするが、ノゼルは首を振って否と答えた。

 

「違う違う! 今それどころじゃないんだって!」

 

いつになく慌てるノゼルにキースは小首を傾げる。

 

「どうされました?」

 

「アシズさんが廃教会にとじこもっちまったんだよ!」

 

「え!?」

 

そして告げられた言葉に目を見開く。

ノゼルから詳しく事情を聞くと、アシズは検問所の近くで見知らぬ修道女に声をかけられた途端に逃げだし、近所の廃教会にとじ込もってしまったという。

行く時は普通だったはずだがどうしたことだろうか? それにその女性とは一体何者だ?

 

「魔法で扉を閉めちまったから、うんともすんとも答えないんだ。なんとか先生のほうから説得してやってくれないか?」

 

「わかりました、案内してください」

 

アシズの事情を聞くのはもちろん、その女性とも話をしなくてはならない。ひとまずノゼルに留守を任せ、キースは教会に急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾分か時間が経ったおかげか、ようやくアシズの精神は落ち着いてきた。

ティスは最初期のフレイムヘイズとしては穏やかな部類だったが、人食いの“徒”に対する義憤は強い。ましてや都一つを喰らった自分のことなど許しはしないだろう。

ならば自分がやったことはしかるべき報いを受けるべきだ。彼女からいかな罵詈雑言を言われても、それが罰だと全て受け入れよう。

 

一度目を閉じてから教会にかけていた自在法を全て解き、ゆっくりと扉を開けた。

 

そこにはティスが立っていて、俯いているせいか表情は見えない。それに対しアシズはぐっと歯を食い縛り彼女の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

「………ごめん、なさい」

 

「は?」

 

だが震える声で告げられたのは罵倒ではなく謝罪で、思ってもみない言葉にアシズは呆けてしまった。

 

「ごめんなさい……っ…ごめんなさい…!」

 

青い眼から涙が止めどなく溢すティスに、アシズはただただ困惑するのみだ。

 

「なぜ、なぜお前が謝る?」

 

この状況で責められるのは自分であり、ティスが謝る理由がわからない。ひとまず彼女を落ち着かせようと肩に手を置く。

 

「そんなつもりじゃ………なかったんです……」

 

ただ、ほんの些細な未練を口にしただけだった。

決して、アシズに是が非でも叶えて欲しかったわけではなかった。

 

なのに……

 

 

「私が! あんな戯れ言を言ってしまったばかりに! アシズ様を、苦しめてしまって!」

 

せきをきったように泣きじゃくるティスの姿にアシズの目が見開かれる。自分が無責任に呟いた夢が、愛する人を生き地獄に引き摺り落としてしまった。そのことに彼女は耐え難い罪の意識を感じているのだ。

 

「違う、違うのだティス! 全ては私が勝手にしでかしたことだ! お前は何も悪くない!!」

 

彼女の喪失を受け入れられず、その穴を埋めるために彼女の今際の願いに縋ってしまった自分の責任だ。

 

だから……

 

「泣かないでくれ……!」

 

ほかでもない彼女自身に、その尊い願いを責めないで欲しかった。少しでも彼女の悲しみを和らげなければと、アシズは恐る恐るその身を抱き締める。

 

「アシズ様………会いたかったです」

 

「ああ、私もだ」

 

「勝手に死んで………ごめんなさい…!」

 

「いい、お前は悪くない」

 

触れた身体から伝わる生きた温もり。彼女は確かに生きているのだと、アシズは改めて感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

キース医師が人だかりの隙間を縫って、ようやく廃教会に近くにたどり着いたかと思えば、アシズはすでに廃教会から出てきたアシズが泣きじゃくる女性を抱き締めているという光景が目に飛び込んでいた。

しかしそこには、彼が想定したギスギスした雰囲気はない。

 

「………いらぬ心配、だったかな?」

 

恐らく療養所に………いや、この都市に来てから初めて見たであろう、アシズが涙を流す姿。

いつも夢の中で何かに怯え、どこか疲れていたような表情からは憑き物が落ちており、それを見届けたキース医師はようやく心から安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、まるで一枚の絵画を思わせる男女に姿を余所に

 

「………これでよかったのか?」

 

小さな草むらでは青紫色のカマキリが同色の蟻と会話していた。

 

「ああ、社長のご意志だ」

 

バフォルクから報告を受けて『棺の織手』ティスの存在を確認した“無貌の億粒”は、すぐさま社長をはじめとする仲間達にその旨を伝えた。しかしそれに対する蘭火の指示は、敢えて二人の『棺の織手』を引き合わせろというものだったのである。

わざわざ厄介な敵を合流させていいのだろうかと、上司の意図に疑問を抱くカマキリに対し蟻はクスクスと笑っている。

 

「全く、つくづく腹の底が見えない人だよ」




キース医師はクールに去るぜ。
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