同時刻、玉座の間に集められたシモベ達は、緊張のあまり心臓を握りしめられるような気分だった。
「度重なる緊急事態に、ナザリックもいまだ張りつめている」
アインズからかけられる、重く厳しい声に息が詰まる。あの事件以降、二度の失敗はしでかさないと必死に業務に努めていた一同だったが、もしや今度こそ見捨てられてしまうのではないかいうと不安と焦燥感に青ざめる。
「しかしここで、嬉しい報せが入ってきた」
ところが続けて発せられたのは、僅かに楽しそうなアインズの声色だった。今日まで他者を寄せ付けないオーラを常に滲ませていた御方が、これほど上機嫌になられるとは一体なにがあったのだろうか。
「では入れ」
戸惑う彼らをよそに、アインズはシモベ達ではない誰かに声をかける。その許可を合図に、玉座の間を隔てる重い扉が開かれ、誰かが入ってきた。
気配は六つ、内五つはなんとも言い難い違和感を抱かせるものだった。しかし背中越しに伝わる強大な力を持った、既視感のある一人の人物の気配にシモベ達は硬直する。
まさか……まさか!?
顔を上げてその姿を確認したい欲求が強まるが、まだアインズからの許可がないのに表を上げるなど不敬だ。必死に自らを律するシモベ達の真ん中を、ゆっくりとした足取りで進むその人物は、アインズを見上げるように玉座の前に立つ。
「面を上げよ」
ようやくアインズからの許可が下り、バッと勢いよく顔を上げた先にいたのは………
たなびく長い髪、輝く羽毛、力強い二対の翼、軽装な黄金の鎧を纏ったバードマンだった。見た目もバラバラな五体の見慣れないバードマン達を引き連れているその後ろ姿は、みまごうはずがない。
「ペロロンチーノ様!?」
誰よりも早く反応したのは、やはりというべきかシャルティアだ。至高の四十一人の一人であり、彼女の生みの親にしてアインズの親友。
『爆撃の翼王』ペロロンチーノその人だった。
先日の蜥蜴人との戦いでお姿を見たとの報告は上がっていたが、ニグレドの魔法でも結局行方がわからなかった。
その御方が今ここに、ナザリック地下大墳墓にご帰還なされた。懐かしき姿に歓喜の涙を流すシモベ達に対し、アインズの傍らで彼の姿を見たアルベドは無表情のまま、指が僅かにドレスを握る。
「帰ってきてくれたことを喜ばしく思うぞ、我が友よ」
「………」
アインズの喜悦を滲ませた声に対し、ペロロンチーノは無言で頷く。
「さて……」
するとここでアインズは、おもむろに玉座から立ち上がる。
「積もる話もあるだろう。私は席を外すから、みなと存分に語り合いたまえ」
みなも遠慮せずに再開を喜びたまえ、そう言い残すと転移の指輪を輝かせてその場から消えてしまった。ペロロンチーノは彼がいなくなったのをしかと見届けてから、用が済んだとばかりに玉座に背を向ける。
次いで跪くシモベ達の中で真っ先に動いたのはシャルティアだった。再会を喜べと、アインズから許可をもらった彼女を止める無粋な輩はいない。美しい顔を涙で濡らし、最愛の主に駆け寄る姿は絵にでもなりそうである。歓喜に胸が沸き立ち、ペロロンチーノに向けて彼女は手を伸ばす。
「ぺ、ペロロンチーノさ」
パシンッ
触れそうになったその白魚のような指先はしかし、無慈悲に払われた。
払われた手の痛みにヒュッと呼吸が止まり、少女の身体は石化したように固まる。その光景に見守っていたシモベ達も目を見開き凍りついてしまった。
「触るな」
さらに追い討ちをかけるがごとく、仮面越しに冷たい眼差しがシャルティアを射貫く。彼の傍らに控えるバードマン達も、まるで家族か友人の仇でも見るかのような、燃えたぎる憎悪を込めた眼差しでシャルティアを睨んでいた。だが呆然とするシャルティアはそちらには気づかない。
「………行きますよ」
結局ペロロンチーノが付き従うことを許したのはバードマン達だけで、彼はシモベ達には一瞥もしないまま玉座の間から出ていってしまった。
独り取り残された美しい吸血鬼の少女はアウラに声をかけられるまで、まるで帰り道を見失った子供のようにその場に立ち尽くすのだった。
ペロロンチーノの自室だった部屋に閉じこもったハスターは、ヒュアデス達を懐に戻して部屋の中央に佇んでいた。
「随分と辛辣ですわね」
部屋の隅に立つのは青紫色の髪のメイドで、ナイアの分体の一つであることは見て察せられる。
「………あんな粗悪な紛い物、視界に入れたくもありません」
吐き捨てるように告げるハスターに、メイドはクスクスと上品に笑う。
「彼女達、弟さんとお姉さんが手塩にかけて作ったNPCなんでしょう?
侮蔑の色を隠しもしないその言葉を聞き、火山が噴火するようにハスターの怒りが燃える。瞬く間もなくメイドの目の前に迫る彼は、彼女の首を掴んでその勢いのまま壁に叩きつける。
めり込む身体から青紫色の火の粉がチロチロと燃えだすも、なおも笑みを浮かべるメイドにハスターは忌々しげに眼光を鋭くさせる。
「………全然似ていない」
地を這うようなドスのきいた声でハスターは静かに呟く。
「ハヤトは、あんな醜く笑ったりしない。ミクは、あんな汚ない目をしない」
「ええ、わかっていますよ」
蘭花から事実上の謹慎を言い渡された彼は、しばらくはあの大っ嫌いな紛い物と同じ空間で過ごさなければならない。あれだけ不審な行動をしておいて、この程度のペナルティで済んでよかったじゃないかと、メイドは名状しがたい嘲笑で答える。
「だから、しばらくはおとなしくしててくださいね」
シーと自身の唇に人差し指を当てるメイドの身体が崩れ、ゾワリと首筋を撫でる砂粒の感触を残してその場から消えていった。
残された彼の、固く握る拳からは赤い血が滴っていたのだった。
後書きという名の言い訳
私は別にシャルティア達が嫌いなわけではないのです。むしろ好きなはずなんですが、なんというか………
ナザリックの面々みたいに、いつも余裕で負け知らずなキャラや、たっちさんみたいに腐敗した社会で育ちながらも善と正義を信じれる真っ直ぐなキャラを愛でている時、たまに彼らの絶望する表情を見たいなって思う時があるんですよね。
頂上にいるからこそ、清らかであるからこそ、アイデンティティをボコボコにされて無様に泣きじゃくってほしいというか。
でも公式で本当にやられると自分が辛いんですよね。
なんだろうな、この矛盾した気持ち……