棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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死神花嫁

夜、某所の屋敷にて。

最低限の灯りをつけた部屋で、八人の人間が円卓を囲んで椅子に座っていた。彼らこそが王国を裏で操る巨大犯罪組織、『八本指』の幹部達である。

しかし人数に対して椅子の数が合わない。

 

「なんだ珍しい、ヒルマは欠席か?」

 

麻薬取引部門長、ヒルマ・シュグネウス。いつもならば彼女が座っている席には、彼女の側近が傍らに立っているだけで空席だ。

 

「申し訳ありません、なにやら急用ができたそうで」

 

なので代理として自身が立ち会うことを深く謝罪する彼に、窃盗部門長が眉間にシワを寄せる。

 

「ふざけるな。やつの施設に関する定例会だというのに、当事者が来ないとはどういう了見だ」

 

一応言伝ては預かっているらしく、この埋め合わせは後日必ずすると約束を取り付け、ひとまずは今日の議題に入る。

 

「貴様らの麻薬栽培施設が何者かの手によって襲われたという話だが、その相手の情報は何か持ってないのか?」

 

「残念ながら、証拠は一切残されておりませんでした。しかし逆を言えば、わからないからこそ絞りこめます」

 

これだけ鮮やかな手口ともなると、襲撃者はアダマンタイト級は下らないはずだと推測する。

 

()()()()()だ? あるいは()()()()だ?」

 

朱か蒼か、あるいは賢者の犬どもか。実力から考慮するにこの当たりが無難だろう。

 

「そこまでは……判明したのはつい最近だそうなので」

 

「そうか、では各員そういうことだ。何か情報を持っている者は手を挙げよ」

 

窃盗部門長の言葉に一人が挙手する。

 

「ねえ、だったら僕らを雇わない?」

 

円卓にドカリと足を上げて背もたれに体重をかける、不敵な笑みを浮かべる中性的な顔立ちの少年。

傍らには竪琴が置かれており、吟遊詩人だと見てとれる。

 

警備部門長、“呪作詞”ボイス。

裏社会では知らぬ者なきチーム『三爪華』のリーダーであり、その実力はアダマンタイト級に匹敵するとされている実力者だ。

 

「君らんところの雑魚じゃ守れないんじゃない?」

 

麻薬部門の異変を稼ぎ時と判断した彼は、ここぞとばかりに自分達を売り込む。

 

「ヒルマ様の言伝てによれば、必要ないとのことです」

 

しかし側近はゆるく首を振ってそれを断る。下手に護衛の戦力を増やすと怪しまれるリスクが高く、重要拠点を知られるわけにはいかないからだと述べる。

 

「………じゃあその話、私が代わりに受けたいわん」

 

代わりにボイスの提案に答えるのは、奴隷部門長アンペティフ・コッコドールだ。ボイスからすれば意外な申し出に不敵に笑って問う。

 

「へえコッコドール、払ってくれるの?」

 

「大丈夫よボイス。それもできれば三爪華クラス……精鋭中の精鋭を一人は雇いたいのよ」

 

自身と同等の精鋭を所望とは、そうとう厄介な案件ということだろうか。

 

なんでも、もうボロボロで使い物にならない娼婦を捨てようとした矢先に、従業員が店から出ると女を入れた袋がなくなっていたという。一度部下達に探らせたが結局見つからず、あそこの娼婦達は自力で逃げる気力も体力もないはずなので、何者かに運ばれた可能性が高い。もし組織に敵対する派閥に知られたとすれば、娼館に関する証拠を握られてしまう危険性が高く極めて厄介だ。

 

「会議が終わったらすぐでいいかしら? 実はすぐにやってほしい仕事があるのよ」

 

「わかった。じゃあルベアに任せよう」

 

“瞬血刃”ルベアは三爪華の中では隠密に特化した元イジャニーヤである。彼ならば娼婦を探すくらいは雑作もないだろう。

コッコドールの話がまとまったところで、今度は()()()()()()に関する議題を述べようとした時だった。

 

ガチャリと、部屋の扉が開かれる。

 

部屋の外に控えさせた部下だろうかと一同の視線が扉のほうに集まるが、

 

 

 

「あの~、すみません」

 

 

 

可憐な少女の声を発し、落ち着きなさそうに部屋を見渡すのは一人の女だった。

 

「娼館の管理をされている方は、こちらにいらっしゃいますか?」

 

顔は黒猫の仮面で隠され、フリルをあしらった黄色いドレスはタンポポをイメージしたウェディングドレスに見える。

見張りの部下ではない。いやそもそも、八本指にこんな裏社会に不釣り合いな格好の構成員はいないはずだ。

 

「な、なんだ貴様!?」

 

「どこから入ってきた!」

 

突然現れた異様な侵入者に、部門長達は慌てて椅子から立ち上がる。

 

「まさか、蒼の薔薇か!?」

 

先ほどの報告にあった娼婦を手がかりに、もうここを嗅ぎ付けられたのだろうか。一同の中でも戦闘専門のボイスは長年培った経験から素早く竪琴を構えるも、対する女はゆるく首を振って彼らの疑問をやんわりと否定する。

 

「いえ、私は王国の兵でも冒険者でもありません」

 

ただの従者です。

 

護衛達が腰に差した剣に手をかけようとした瞬間、彼らの首が宙を飛んだ。

部門長達がヒッと怯む中、ボイスは冷静に弦に指をかけて呪詛を唱えようとするも、その指が音色を奏でる前に今度は彼の首が失くなった。

 

ゴトリと床に落ちる首。八本指の精鋭が抵抗する間もなくやられた事実が、部門長達にかつてない恐怖を与えて彼らは1ヵ所に集まり身を寄せ合う。

 

「もう一度聞きます。娼館の経営者はどなたなんでしょうか?」

 

女は落ち着いた物腰で最初と同じ問いを繰り返す。

どうやらこいつは娼館の主………すなわちコッコドールを探しているらしい。おそらく彼を殺しにきたのだろう。

 

「こ、こいつだ!」

 

「え、ちょっと!?」

 

標的が絞られているならばと、我が身かわいさに部門長達の行動は一致し、真っ先に仲間(生け贄)を差し出す。

 

「なるほど、その方なんですね」

 

だが次の瞬間、コッコドール以外の人間達の頸動脈が切り裂かれた。

 

「ひいい!!」

 

鮮血を噴き出し力無く倒れ伏す仲間達だったものを見て、コッコドールは恐怖から腰を抜かしてしまう。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

しかしそこでダメ押しとばかりに、今度は彼の手足がへし折られた。

床に倒れ痛みにのたうち回る彼が必死に周りを見渡すと、誰かが立っているのか黒い足が目と鼻の先にあった。

見上げた先にいたのは、暗闇に溶けるような真っ黒い外套に身を包んだ人物で、体格から見て女であることはわかった。黒い胴体とは対照的に暗闇に浮かび上がるほど真っ白い顔は整っており、頭からはかわいらしい動物の耳が生えている。

そんな美しい顔立ちと華奢な体格に反して、剣呑で無骨な右腕はアンバランスなほど巨大で、袖口からはこれまた大きく鋭い爪が伸びている。

巨腕からは血が滴り落ちており、それが意味することはこいつがボイス達を一撃で仕留めたという可能性である。

だがコッコドールがその女に戦慄するのは、その異様な容姿でも『三爪華』を殺した実力でもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、女のなんともいいがたい違和感を滲ませる気配にだ。

 

「………」

 

怯えるコッコドールをよそに、黒い女が顎でしゃくる。ドレスの女はそれだけで彼女の要望を理解したらしく、いそいそと部門長達の遺体を担いで椅子に座らせていき、そのほかの首を落とした護衛達も元の位置に戻していく。

 

ドレスの女は切断された首を胴体に軽く繋げると、黄色いレースの手袋で首に触れる。

すると切断面が消えて首がくっついていき、傷口が綺麗になくなっていく。それどころか触れた遺体を染める血の汚れも色が抜けていくように消えてしまったのだ。何も知らずに見れば眠っているだけのような綺麗な遺体に驚愕していると、黒い女はコッコドールの襟を乱暴に掴み自身の目線の高さまで軽々と持ち上げる。

 

「金庫はどちらでしょうか?」

 

コツコツと姿勢良く歩み寄るドレスの女は、仮面で隠された顔を近づけ彼に問いかける。

 

「あっ……案内するから命だけは!」

 

眼前に迫る死の恐怖に、コッコドールはほんのわずかな延命を試みようと必死に返事するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

震える声で金庫までの道筋を示すコッコドールをぶら下げながら、二人の女は静かに廊下を進む。やがて目的の場所に到着すると黒い女が煩わしそうに扉を蹴破った。

大金だけではなく組織の情報に関する重大な書類も入っている金庫は、希少な鉱石で作られ頑丈な造りの倉庫となっている。その扉を黒い女は片足のみで破壊してしまう。見た目からして人間ではないのは明白だったが、やはりずば抜けた膂力の持ち主らしい。

 

『八本指』のアジトを襲撃し、部門長を皆殺しにした。この状況から考えられる可能性は一つ、この二人は『ブルムラシューの賢者』の回し者に違いない。

王派閥に属する大貴族の中でもその類い希なる知性と求心力から、王家に多大な影響を与える若き当主。八本指にとっては『黄金の姫』に次いで忌々しい存在だ。

 

こんな強引な手段で攻めこまれるのは予想外だったが、いずれにせよ自分は牢屋送り確定に違いない。

なんとか賢者への言い訳を必死に考えるコッコドールをよそに、ドレスの女は空の袋に次々と金銭を詰め始める。対して黒い女はヒマそうに金庫内を見渡していた。

 

「なんだこれは?」

 

棚に置かれた書類を掴んで首をかしげる黒い女に、ドレスの女は金貨を掴む手を止めて顔を上げる。

 

「娼館の契約書でしょうか?」

 

組織でのみ使用される暗号で記されているそれは、貴族とのつながりが記された重要な証拠だ。ところが黒い女は興味なさそうに書類を無造作に投げ捨ててしまい、バサバサと紙きれが床にばらまかれる。

 

「あ、ダメですよ散らかしちゃ!」

 

まるで悪戯した子供を叱るような声色で咎めるドレスの女は、金貨を詰めるのを中断して床に落ちた書類を拾い始める。一枚一枚を丁寧に束ねるとキチンと揃えてから、あろうことか金庫の横に置く女達の行動にコッコドールは戸惑う。

 

(こいつら………証拠を奪いにきたんじゃないの?)

 

こいつらが賢者の配下であるならば、あの書類を欲しがるはずだ。なのに二人はそちらに見向きもせず金貨を漁るだけ。

 

まさか賢者とは関係ない、ただの強盗なのか?

 

だとしてもたった二人で王国の影の支配者である『八本指』を相手にケンカを売るなど、命知らずにもほどがある。

………いや、あの殺しの手腕を見るに、それだけの自信があるということなのだろうか。

 

わけがわからない状況に頭を回転させていると、ガンッと首の後ろに衝撃を受けてコッコドールの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コッコドールが次に気づいた時には目の前が真っ黒であった。慌てて身動ぎをするが手足を縛られているらしく、感触からして自身の身体が布に覆われて誰かに抱えられているのはなんとなくわかった。

 

どこに運ばれている?

一体自分はどうなってしまうのだ?

 

不安と恐怖に震える彼だったが、次の瞬間何か固いものに叩きつけられグエッとカエルのような呻き声をあげる。自身を縛る布を取り払われれば、コッコドールは芋虫のように地面に放り出されている状態にあった。

どうやら自分は麻袋に詰められていたらしく、おそるおそる辺りを見ると自分を囲むように複数人の女達が見下ろしているのが視界に写る。

 

(こいつらは………!)

 

その女達の顔には見覚えがあった。確かコッコドールが経営する娼館の奴隷達のはず。

 

なぜこいつらがこんなところにいる?

 

さらに不可解なことに娼婦達はボロボロな衣服を着てはいたが、その身体は身綺麗になっており粗暴な客どもから受けた痣も性病も全くなかったのだ。

 

「では、あとは皆様のお好きなようにしてください」

 

黄色い女がドレスの裾を摘まんで上品にお辞儀すると、それを合図にしたように娼婦の一人がゆらりと歩み寄り、コッコドールの顔面を蹴り飛ばした。

 

「ぶべぇ!?」

 

衝撃で前歯が欠けるコッコドールを見て、ほかの女達も続くようにわらわらと群がり、一人また一人とコッコドールに暴力を振るう。

 

やめて許して、助けて!

 

泣いて懇願する彼に唾を吐きかけ、死ねクソ野郎、気持ち悪いんだよと思いつく限りの罵詈雑言を浴びせながら、女達は憤怒と憎悪の形相で殴る蹴るを繰り返す。

そばの空き箱に腰を下ろすドレスの女は、猫の仮面の下で無表情を浮かべてその様子を眺める。

 

先日たまたま通りかかった路地裏で発見した、瀕死の状態でなおも怨嗟の目を絶やさなかった彼女達を焚き付けるような形で、今回の依頼を受けてしまったことを少しばかり悔いる。

 

「………これでよかったんですか?」

 

『あくまで経験からの話だ』

 

壁に落ちる自身の黒い影に問いかければ、素っ気ない女の声が返る。どん底から這い上がるのに必要な感情は憎しみだと、かつて手こずらされた輩の生きる原動力を身をもって知っている彼女は語った。

 

殴られる度に叫ぶコッコドールの声は徐々に小さくなっていき、呻き声が出なくなると身体が痙攣しだし、やがてピクリとも動かなくなってしまった。

ついに憎い怨敵が事切れたのを見届けた娼婦達は、緊張の糸が切れたのか力なくその場にしゃがみこんですすり泣き始める。

その内の唯一最後まで立っていた女がドレスの女の目の前歩み寄ると、美しいレースの手袋に包まれた彼女の手を強く握りしめ涙を流す。

 

「ありがとう……ありがとう……!」

 

貴女のおかげで、ようやくあいつをこの手で殺せた。本当にありがとう。

心からの感謝を嗚咽混じりに口にする娼婦に対し、ドレスの女は複雑な気持ちでその手を握り返す。

 

しかし影が僅かに揺れたのを横目に見て、やんわりと彼女の手をほどいた。

 

「………では支払いは、彼らの金庫の財産から差し引かせていただきますね」

 

すぐそこに人の気配を感じる、おそらく事前に撒いた人間達だろう。立ち上がり、彼女達に視線を向けることなく足早にその場から去ろう。

これ以上無駄に干渉するのは彼女達のためにもならない、ここから先は自分自身の手で切り開かなければならないのだから。

願わくば、せめて彼女達の今後が今よりも有意義になってくれることを神に祈る。

 

(とは言っても、私がそんなことを言える身分じゃないだろうけどなあ……)

 

この業界に入って間もない頃は血にさえ何度も怯えていたと思うが、今ではもう臓物や生首を見ても動じなくなってしまった。彼女についていったことを後悔していないが、それでも死体を眺めていると時折()()()の笑顔が脳裏を過る。

 

優しい自分が大好きだと言ってくれた、可愛い家族。

こんな私の今の姿を見られたら、嫌われちゃうかな?

 

 

 

(セリー………)

 

月が雲に隠れるように、黄色いウェディングドレスが夜の闇に消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都に潜ませていた間者達からの報告に、クロームはただただ困惑していた。

 

「………一体これは、どういう」

 

第一の報告内容は、とある場所でいくつもの死体が発見されたというもの。

発見の経緯は諜報員達が夜中に王都周辺を見回っていたところ、暗がりでいやに目立つ黄色いドレスの女を見たことから始まる。格好だけなら良家の令嬢に見えなくもなかったが、こんな治安の低そうな場所に、しかも護衛すらつけずに出歩いているのは明らかに不自然に見え、彼らは即座に女を尾行した。しかし曲がり角で見失ってしまい、代わりに目に入ったのはほかの建物に比べてまるで新築のように真新しい屋敷だった。それの玄関先では見張りと思しき男達がしゃがみこんで俯いており、最初は眠っているのかと思っていたが、よくよく調べてみれば全員死んでいたのだ。

これはいよいよおかしいと、彼らは屋敷の主の安否を確認するべく二手に別れて侵入を試みた。

屋敷内部は埃一つないほど清潔で、使用人総出で掃除したとしてもここまで綺麗になるとは思えないほどだ。廊下のところどころにはやはり死体が転がっており、そのほとんどはスラムでよく見かけるならず者ばかりで各々が武器を持っていた。

さらに奥へ進んでみれば円卓が据えられた大広間に出て、そこでもいくつかの死体を発見する。驚くべきはその死体の内の椅子に座らされた者達が、『八本指』の幹部と推定されていた人物ばかりだったのだ。

 

すなわち、この屋敷こそがクローム達が追っていた『ハ本指』のアジトということになる。

 

ところが奇妙なことにどの遺体にも何故か外傷が見当たらず、まるで眠ったように死んでいるそれらの死因は特定できなかった。

病死………はさすがにないだろう、無難に考えて毒か魔法か。

さらに奇妙なことに『ハ本指』のものと思われる金庫は鍵が破壊されていたのだが、証拠の書類は傍らのテーブルに積まれていたらしい。

まるで見つけてくださいと言っているように。

 

 

 

第二の報告はスラムで保護された女性達である。

ボロボロの衣服を着ていた彼女達は手足を血塗れにし、撲殺された遺体を引きずっていたのを発見された。

調べてみると彼女達は、クローム達が探っていた例の『裏の娼館』の娼婦であることが判明した。遺体のほうは損傷が激しくて断定はしきれなかったが、娼婦達の証言からコッコドールのものと推測され、どうやってあそこから脱出したのかと問いただしてみれば、娼婦達は口を揃えてこう証言している。

 

 

 

黄色い花嫁に助けてもらったと。

 

 

 

「黄色い花嫁………まさか!?」

 

その特徴にある人物の名がクロームの脳裏を過る。

 

死神花嫁(ブライド・リーパー)

数年前から、主にリ・エスティーゼの片田舎でその名を聞く凄腕の殺し屋。依頼を受諾する際に、黄色いウェディングドレスを着ていることからその名がついたとされている。

 

(ついに王都にも現れたのですか……)

 

おそらく何者かに八本指の幹部暗殺を依頼されたのだろうが、遺体の中には『三爪華』のメンバーもいたと聞く。彼らは総合的な能力ではゼロ達に並ぶ実力者のはずだが、それを暗殺するとはやはり噂通りの強さだ。

 

 

 

 

………それにしても、いやに出来すぎてはいないだろうか?

 

『裏の娼館』を調査する矢先に八本指のアジトを発見し、幹部はほぼ全滅し娼婦達も無事保護された。あまりにも都合の良すぎる展開にクロームは眉をひそめる。

 

(これも彼女の差し金でしょうか……?)

 

次いで過るラナー王女の姿。あの王女ならば出来そうではあるが、なんの意図をもってこんなことを?

それに彼女ならば事前にすり合わせをしてきそうなものだが、先のお茶会以降はそういった素振りも見せていない。

 

いくらか別の可能性を挙げてはみるが、やっぱり腑に落ちない。疑問は尽きないがひとまずそちらは置いておくべきだと、クロームは一度深呼吸する。

当初の予定からはだいぶズレてしまったが、なんにせよ娼館の場所も特定され証拠の書類も押えた。

出来れば生きた証人が欲しかったが、このさい贅沢は言えないだろう。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしく、生きて逃亡した可能性が高い。であれば彼らの行方を掴めばあるいは解決するかもしれない。

 

表向きはアジトの件は非公表ではあるが、勘のいい残りの『八本指』は浮き足立っているはず。そうなると組織の瓦解を防ぐために、幹部に次ぐ権力を持った者達が構成員をまとめるべく、王都以外に散らばった構成員達に何らかの手段で連絡・接触するだろう。そうでなくても臆病な構成員の中には王都から逃走を企てる者も出始める頃だ。

配下達には王都から外へ出れそうなルートを全て監視してほしいと命じたが、彼らもその辺は察してくれているらしくすでに準備してくれているという。

本当に自分は頼もしい配下に恵まれたものだ。

ならば後は体勢を立て直される前に一網打尽にしなければ。

 

「これでバルブロ殿下を廃嫡に持ち込めれば、ザナック殿下の王位継承が決定的となる……」

 

彼は裏で『八本指』と繋がっている。いかに横暴な彼でも例の証拠で脅せば逆らうことはないはず。仮にもしそれでも言うことを聞かなければ、なにがしか理由をつけて強行手段に出ればいい。

それに優しいランポッサ陛下のことだ、身内だからと手心を加えるのは容易に想像がつく。我々のほうから言い含めておくべきだろうが、最悪の場合は彼を幽閉するのも視野に入れておこう。

 

そうして全てが終わったのちに、ラナー王女の望みを叶えるためにザナックとレイヴンに根回しをしておく。彼らならばラナーとクライムが安全に過ごせる領地を斡旋してくれるだろう。

『六腕』の面々にはクライムをラナーに婿入りさせるために説得をしなければならない。クライムの自分への忠誠心を利用するようで胸が痛いが、これも国全体のためだ。

 

………とはいえ、まずは目先の問題を片付けるのが最優先である。救出した娼婦達は事情聴取が済み次第ブルムラシュー領に護送、メンタルケアは領地の神官達に任せよう。

 

「はあ……せめて私にも魔法とやらが使えればよかったのですが…」

 

やることが多すぎてクロームはため息をついてしまう。()()()でも自在師というほどではなかったが、今世でもそういった類いの才能には恵まれなかった。それでも父から受け継いだ地位と財力が備わっていたのは幸運としかいえない。あのラナー王女が手駒程度とはいえ、自身を重宝してくれているのだから。

 

「………このまま、最悪の事態にならなければいいのですが」

 

それでもクロームは不安を拭えないでいた。

彼の神経質で臆病な性格もあるだろうが、賢い彼はあらゆる『一番起こってほしくない可能性』を想像できてしまう。

 

 

 

 

 

例えば、ラナー王女が自分達よりも強大でメリットの大きい存在と接触し、その存在が対価として王国の滅亡を要求してきた場合とか………

 

 

 

ない、とは言い切れないだろう。

例えば、帝国の鮮血帝。

例えば、法国の神官達。

例えば、評議国の竜王。

 

いずれかが同盟を組んだりでもすれば、ガゼフがいるとはいえ今の王国では立ちうちできないだろう。

何事も計画通りにはいかない。自分はかつてそれを、文字通り痛いほど経験したのだから。

 

(それでも、やらなければ)

 

あんな失敗は、二度も許されない。

クロームは今一度恐れを抑えこむかのように、黄色い宝石が嵌められたブローチを撫でた。

 




八本指幹部はログアウトしました。





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