棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします


忠義の意味

太陽の高さが昼に差し掛かろうとする時間、『八本指』のアジトだった屋敷の周りには人だかりができていた。見物人達はその屋敷で何があったかは聞かされていないが、屋敷の入り口を王国兵が緊迫した様子で行ったり来たりしているのを見るに、何か事件があったのは間違いない。

その中にまぎれるように麻のローブで全身をすっぽり隠し、フードを深くかぶって顔が見えないよう注意する一人の女。かつて麻薬部門長だったヒルマ・シュグネウスは青ざめた顔で震える。

 

先日は『八本指』部門長の定例会の日だったのだが、当日になるとヒルマの心に行ってはいけないという気持ちが募った。

だから彼女は事前に理由をつけて屋敷から離れていたのだが、後日こっそり様子を見に行けば、屋敷の入り口からは布を被せられたたくさんの遺体が運ばれているところであり、恐らくあれらは仲間達のものだと瞬時に悟った。

 

やっぱり私の勘は当たっていた。

アジトを見つけたのが王派閥かアダマンタイトかは定かではないが、いずれにせよ今度は自分に捜索の手が及ぶのは間違いない。

 

 

とにかく早く逃げないと、一目を気にしながら路地裏に逃げ込もうとしたヒルマは曲がり角で誰かにぶつかる。

 

「あ、すみません」

 

謝罪する男に顔を見られないように、俯いて駆け出した。その際に愛用の煙管が懐から落ちてしまったが構うものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの………落とし物ですよ!」

 

急いでいるのか全速力で走り去る人物の後ろ姿を眺め、セバスは困ったように拾い上げた煙管と見比べる。

セバスの足ならば落とし主を追いかけることもできたが、その瞬間に先日のバードマン達の言葉が脳裏を過ってしまい動けなかったのだ。

 

 

 

 

 

『おたくみたいなのをなんて言うか知っている? 偽善者って言うんだよ』

 

 

 

 

 

その言葉がずっとリフレインし、セバスの胸中を言い様のないジレンマが掻き乱す。

 

自分は創造主が愛する『正義』への憧憬を今も抱いているつもりだった。弱きを助け強きを挫く、誰かが困っていたら助けるのが当たり前。

 

しかし今はどうだ?

 

ナザリック以外など無価値と断じ、異常なまでに人間を蔑視する、御方の命であれば平然と自他の命を捨てれる怪物達。今まで素晴らしいと思っていたはずのものが、気づけばおぞましい何かに変わってしまっていた。人間に友好的と思われたユリであれなら、ペストーニャでさえ怪しいものだ。

 

そんなナザリックを支配する怪物に仕える自分は、はたして正義と言えるのか?

偽善者の自分に、たっち・みーの正義に憧れ続ける資格があるのか?

今のナザリックに、アインズにこれからも従い続けるべきなのか?

こんな悩みを、一体誰に相談すればいい?

 

ナザリックの者達に打ち明ければ不敬だ裏切りだと殺意を向けられるのは明白だが、割りきるにはあまりにも罪悪感が重くのし掛かる。

 

「私は……どうすれば……」

 

何度思考を重ねても答えは出ず、しまいには立ちくらみを覚える始末で、セバスは階段の端に座り込み両手で顔を覆い俯く。

 

どうすればいい?

どう選択すればいい?

誰か、助けてくれ。

 

 

 

 

 

 

「おじいさん、どうされました?」

 

と、ふいに背後から声をかけられる。ゆっくりと振り向いた先にいたのは少年とも青年とも言えない若い男で、彼はセバスと目線を合わせるようにしゃがんでくる。

 

「具合が悪いんですか?」

 

どうやら男の目には、老齢の使用人が体調を崩して座りこんでいるように見えたらしく、心配そうにセバスの背中をさする。

 

「いえ………そういうわけではないのですが……」

 

気づかいに感謝しつつセバスは俯くが、そのさいに階段の下にいた人影を認識し目を見開いた。

 

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

「っ………!?」

 

 

 

 

なんの因果か、あの時のメイドが階段の下から上ってきていたのだ。

手提げを片手に鼻歌を口ずさむ彼女がこちらに近づいていくのを察したセバスの脳内が、戦闘中にも匹敵するレベルで高速回転しだす。

 

どうする、彼女に声をかけてこの身に起きた異常を問いただすべきか?

まて、今さらあの状態に戻せと頼むのか? 冗談じゃない。

そもそもすぐ隣に一般人がいる、話すなら人気のない場所でするべきでは。

いや、そもそもこの異常は本当に彼女が要因なのか?

ほかにどんな理由が考えられる?

だが、

しかし、

 

 

自問自答を繰り返すも一向に結論がまとまらず、心音がうるさいくらい鳴り響いて冷や汗が吹き出し、手足が僅かに震える。

そんなセバスの様子を不審に思った隣の男も、彼の視線の先にいたメイドに気づくと同時に、メイドもこちらを見上げてきてしまった。

 

「あ、貴方は…」

 

セバスに気づいたメイドは驚きの色を見せ、階段を駆け上るスピードを早めて彼に近寄ってくる。

 

「先日は助けていただいて、ありがとうございます」

 

頬を染めて嬉しそうに破顔する彼女に、どうにかセバスは愛想笑いを浮かべる。

 

「いえ、当然のことをしたまでです……」

 

しかしつい気まずそうに視線を反らしてしまい、代わりに二人のやり取りを見たあいだの男がメイドに問いかける。

 

「お知りあいですか?」

 

「知り合いというほどではないのですが、先日そちらのおじさまに暴漢から助けていただいたんです」

 

「そうだったんですか」

 

穏やかな雰囲気で会話しあう二人を横目に、セバスは落ち着かなさそうに膝の上に置いた拳を握りしめてしまう。

どうしよう、なんだか居心地が悪い。なにか理由をつけてこの場から立ち去ればいいのに、心とはうって変わってセバスの身体は動いてくれない。

ここで二人はようやくセバスの様子がおかしいことに気づいた。

 

「………あの、なにかお悩みですか?」

 

特にメイドは先日会った時とは明らかに雰囲気が違うセバスが心配になり、男の隣に寄り添うように座り込んできた。結果三人は階段に横一列で並ぶようになる。

 

「いえその、たいしたものでは…」

 

思い詰めた笑顔でゆるく首を振るも、メイドとしては命の恩人を放っておけなかったらしくなおも食い下がる。

 

「解決できなくても、少し話すだけでも気持ちが軽くなると思いますよ」

 

それに見ず知らずの人間相手のほうが気兼ねなく話せるでしょうしと、安心させるように笑顔を浮かべる彼女に、セバスはやや悩んだ様子だったがやがて根負けしたらしい。一度近くに影の悪魔がいないことを確認してから深呼吸する。

 

「………私は、わからなくなってしまったのです」

 

なるべくナザリックの情報を明かさないよう心がけながら、自分がおかれた立場と人間関係と心境を二人に簡潔に話していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり貴方は、今のお仲間と今後も付き合っていくべきかどうかで悩んでいるんですか?」

 

だいたい話し終えたところで男が話の内容を要約し、セバスはそれにため息をついて頷く。

 

「そういうことに、なりますね」

 

 

 

なるほど確かに、話を聞くだけでもひどい同僚達だ。自分達よりも階級が低いというだけでその思想や尊厳を全否定し、自分達の価値観を押し付けてくる。そのくせ自分達が侮辱されれば大人げなく癇癪を起こし、逆らう者を皆殺しにする。

だいたいの流れから推察するに、きっと彼は腐敗した貴族階級に無理矢理従わされているに違いない。雰囲気からでも善良だとわかる彼が苦悩するのも無理もないだろうと二人は結論づけた。

 

「おじさまほどの方ならば、次の働き先など引く手数多だと思うのですが」

 

メイドが言うようにセバスは執事としても護衛としても文句のつけようがないほど完璧だ。嫌ならばもっと真っ当な職場に変えるほうが無難ではないかと提案するが、セバスはゆるく首を振る。

 

「そういう問題では、ないのです……」

 

至高の御方への恩義、ナザリックに反逆した場合のリスクもそうだが、これは自身のアイデンティティにも関わる問題なのだ。逃げようと思って逃げれるものではない。

 

 

 

「実は私も、さるお方に仕える身なのですが……」

 

ここで男が参考になるかはわからないがと前置きした上で、自身の身の上話を軽く語り始める。

彼の主は賢く謙虚で思いやりに溢れた人物で、自分にはもったいないくらいとても素晴らしい方だという。しかし彼は時折何かを思い出すように遠くを見ることがあり、その姿が今にも儚く消えそうな蝋燭の火に見えて胸をしめつけられるのだ。だが主はその理由を一切話してくれず、それがとても歯がゆい。自分になんの才能もないから頼りないのは仕方がないとは思うが、それでも何かの役に立ちたいと思っているという。

一癖も二癖もあるが、義理固い仲間に囲まれる彼の境遇に、セバスは自分とは真逆な立場を羨ましく思ってしまう。対してメイドは少し考えこんでから口を開いた。

 

「だったらいっそ、腹を割って話してみてはどうでしょう?」

 

「腹を割って?」

 

「それは間違いですってちゃんと指摘してあげたり、悩みを打ち明けてくださいってお願いしたりするんです」

 

それでも聞き入れてくださらないなら、ひっぱたいてあげましょう。あっけらかんとした笑顔でとんでもないことを述べるメイドに男は苦笑いで返す。ひっぱたく云々は冗談のつもりだろうが、要はちゃんと話し合ってみろということだ。

 

「そんな……主にそのようなこと…」

 

彼女の提案は実に正論だが、長年染み付いたナザリックのシモベとしての本能がそれを躊躇させる。しかしメイドはなおも真剣な眼差しでセバス見詰めてくる。

 

「ただ盲信するだけが忠義じゃありません。主の間違いを正してあげるのも、従者の大事な務めです。それに立場だのなんだのといって距離を置いてしまっては、本当の意味で主と向き合えませんよ」

 

まずはより近く歩み寄ってみること、それが重要ですと静かながらも力強く語るメイドに、男は目から鱗が落ちたように瞬く。

 

「………確かに、自分は主の優しさと賢さに遠慮してしまっていたかもしれませんね」

 

どうやら彼の中で主との今後について答えが出たらしく、ちゃんと向き合ってみますと微笑んで返す。

 

(向き合う………ですか)

 

その言葉にセバスの胸中が僅かに軽くなる。考えてみれば自分は初めて自分の言葉で会話してから、ちゃんとアインズに向き合っていただろうか?

一度だけカルネ村の件で進言したことはあったが、それ以降はアインズと正面から話し合ってはいなかったように思う。それによくよく考えてみれば世界を支配するという計画もアルベドから告げられただけで、アインズ本人の口からは命じられてはいなかった。

主は本当に、この世界を支配することを望まれているのだろうか?

 

(少なくとも、たっち・みー様はそんなことを望まれないはず)

 

かつてのアインズ、いやモモンガは人間に虐げられていたところを異形種を救済するクランのリーダーであった創造主に命を救われたと、至高の御方々の会話で聞いたことがある。

 

(きっとたっち・みー様は、今のナザリックの有り様を良しとはしないでしょうね)

 

弱きを助け強きを挫く彼ならば、絶対に己の正義を貫くはず。ならば自分のやるべきことは一つしかない。

 

(アインズ様と、しかと話し合いましょう。計画の中断は無理だとしても、できるだけ無用な犠牲を出さないように嘆願して)

 

それで主に粛清されるならば、自分の価値などその程度だったと割りきればいい。

 

「ありがとうございます」

 

ようやく蟠りが解けましたとメイドに礼をするセバスの表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。

 

「そういえば、皆様のお名前はなんと言うのですか?」

 

自身に助言を与えてくれた二人の人間の名を知りたい、そんな思いでセバスは問いかける。

 

「クライムと申します」

 

「私はツアレニーニャ・ベイロン、長いのでツアレと呼んでください」

 

男はクライム、メイドはツアレと名乗った。

その時ふと路地裏に視線を向けていたクライムの目が少しだけ鋭くなる。

 

「………では、私はこれで」

 

「私もそろそろ帰りますね」

 

「ではお互いご縁があったら、またお会いしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度拠点に戻る道中、セバスは二人のことを改めて思い出す。

 

クライムのあの目線は何か重要な仕事を行う直前のものだ。路地裏の気配にはセバスも気づいていたが、特に敵意は感じられなかったので彼の仲間と推測される。そうすると彼はお忍びの騎士か何かだったのかもしれない。

 

そしてツアレニーニャ・ベイロン嬢。

その力は脆弱としか言えないほどだが、確かな芯を持った人物。それがセバスが彼女に対し感じた印象で、よほど主との信頼関係がなければあんなことは言えないだろう。

 

 

そんな彼らの心をセバスは羨ましく思い、ふとある人物を思い浮かべた。

 

 

ウルベルト・アレイン・オードル。

まだ至高の御方がお隠れになる前、何かと自身の創造主たっち・みーに噛みついていた悪魔。至高の御方とはいえことあるごとに主を愚弄し揚げ足を取ろうとする彼に、セバスとしてはあまりいい印象がなかった。しかしその悪意を向けられる当のたっち・みーは少し違っていたらしい。

ほかの方々がいる時は口論が絶えなかったが、たっち・みーはほかに誰もおらず自分にだけ話しかける時にいつも言っていた。

 

『ウルベルトさんは、自分の信念を絶対に曲げない人だと思っている』

 

自分にはない強さを、羨ましくて仕方がないと思っていると。アインズ・ウール・ゴウン最強の名を欲しいままにするワールドチャンピオンが、なにを世迷い言をと当時のセバスは困惑していたが、

 

『はは………なに言っているんだろ、俺。NPC相手に』

 

次いで自嘲気味に嗤う創造主の声に、その姿に、胸が苦しくなったのを今でも覚えている。

 

「貴方も、こんな気持ちだったのですか? たっち・みー様」

 

 

 

思えば自分は、たっち・みーのことを何も知らない。彼はいつもリアルと呼ばれる場所に帰り、妻子がいるらしいことは会話から聞こえていた。

それ以外は、何も知らない。

そう、何も。

 

 

 

彼は一体、何者だったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えるならば、風に運ばれる綿毛のように。

ふわふわと、『それ』は青空を漂っていく。

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