棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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戦い路線でいくべきか、頭脳戦路線でいくべきか、悩む


交差路の前で

談話室で紅茶を一口飲みながら、クロームはヒルマの証言を余さず書き記した紙を何度も読み返していた。

いまだに謎に包まれた幹部暗殺事件、クロームは当初仲間割れやクーデターの可能性を浮かべていたが、いくつもの証言を照らし合わせるとどうにもしっくりこない。

娼婦達の証言が正しいなら死神花嫁は彼女達の依頼を受けたことになるのだが、標的が一人ならばまだしも居合わせなかった者達以外を全員殺害するなど、あまりにもリスクが高すぎる。

 

王国の裏の支配者ともいえる大組織を敵にしてまで、そんなことをするだろうか?

無難に考えてそちらは陽動か?

もしそうなら一体誰が彼らの暗殺を依頼した?

もしや我々が把握していないだけで、『八本指』に相当する組織が別にいるのか?

 

いくら考えても納得のいく答えは出ず、クロームはため息をついてページを捲る。死神花嫁も気にはなるが、対処すべき課題は待ってはくれないのだ。

『八本指』のアジトを見つけたとはいえ、残りの構成員があとどれだけいるのかわからない以上、まだ解決とはいえない。

 

すでに王都の抜け道は監視しており、ヒルマのほかにも逃走を企てた者が何人かいたが、確認できる限りは全員捕まえてある。

王都から逃げられない以上、構成員達はほとぼりが冷めるまで例の拠点に籠城するはず。地方に潜伏している構成員達は取り零してしまうだろうが、おそらく最も重要な人員はこちらに集中していると推測される。

例の暗号に記された別拠点の襲撃に関する打ち合わせの結果、当初の予定では一ヵ所ずつ襲撃する計画だったが一部予定を変更して今日中に襲撃をかけて一気に落とすことになった。

一つはすでに潰されているので襲撃する場所は六ヶ所。問題はそれぞれが別の貴族が保有する土地ということだが、八本指に関するものが発見されさえすればそれを使って貴族に圧力をかけられるので問題はない。少なくとも知られてはいけない資料の廃棄場所であるのは間違いないだろう。

人手不足に関してはガゼフ達戦士団はもちろん、クロームとレエヴン公を通して王派閥の兵士達を動員することになった。

 

あとは……

 

「冒険者に依頼ですか……」

 

どうやらラナーがクロームの行動を先読みし、レエヴン公を通してすでに手配してくれていたらしい。

 

「少々冒険者組合を騙すような形になってしまうが、背に腹は代えられない」

 

ペシュリアンの言葉にクロームは申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、グッと唇をきつく結ぶ。

本来冒険者組合は貴族からの依頼は受けてはならない決まりである。なので貴族ではない第三者にどんなモンスターを退治するのかを曖昧にさせる形で王都に呼び寄せたのだ。

 

レエヴン公一人に責任を負わせるわけにはいかない、この借りはのちほど返そうとクロームは小さく息を吐く。

 

と、ふいにペシュリアンが思い出したように呟いた。

 

「そういえばイビルアイ達から聞いたが………」

 

なんでもラキュース達からの言伝てを届けにいったついでに、ある噂を聞き齧ったらしい。それはエ・ランテルで新しいアダマンタイト級冒険者が生まれたという話題だ。

もともと新参の時点で優れた武功と戦略眼を兼ね備えていたその冒険者は、カリスマと謙虚な精神でエ・ランテルの民に慕われその名を広めているという。

 

ズーラーノーンによる『死の螺旋』の阻止。

ギガント・バジリスクの討伐。

一番新しいものだと、トブの大森林に現れた悪魔の軍勢を撤退させ、蜥蜴人の集落を救った話。

 

いずれの偉業を聞くだけでもとんでもない強さで、さらには主と死別しながらも新たな仲間に恵まれたというドラマチックな生い立ちは、一説では亡国の将軍だったのではないかと吟遊詩人の新しい詩の題材にされているとか。

 

「アダマンタイトですか、それは喜ばしいことですね」

 

ほんの僅かでもモンスターに怯える人々が安心できるとクロームは微笑む。拠点襲撃の依頼で彼らもこちらに来るらしいので是非ご挨拶しておきたい。

今度は何色だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「確か、『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』って名前らしい」

 

 

 

ガシャン!!

 

 

『!?』

 

 

ペシュリアンがその名を呟いた瞬間にカップがソーサーに落ちる音が響き、一同の視線がクロームに集まる。

彼はどういうわけか手を震わせて小さく過呼吸を繰り返しており、カップそのものは割れていないようだが紅茶が溢れて真っ白なテーブルクロスを赤く染めている。

 

「!?」

 

「若旦那!?」

 

「どうされました!?」

 

主のただならぬ反応に特に驚いたのは六腕の三人で、クライムが支えるようにクロームの肩に手を添える。オドオドした姿を見ることは度々あったが、こんなにも狼狽える姿は見たことがない。一体どうしたというのだ?

 

「い、今………なんと?」

 

明らかに動揺しながらも、クロームは絞り出すような声でペシュリアンに再び問う。

 

「と、『とむらいの鐘』………」

 

「特徴は!?」

 

「!?」

 

勢いで椅子を倒しながら立ち上がったクロームは、必死の形相でペシュリアンの肩を掴んで揺さぶりだした。とはいえ内政専門の貴族である彼の腕では、生粋の戦士職のペシュリアンはビクともしないが。

 

「その御仁達の特徴は、何か聞いていますか!?」

 

いつになく慌てた様子の彼に困惑しながらも、ペシュリアンはなんとかガガーラン達から聞いた話を引っ張り出す。

 

「確か………デカい斧を背負った濃紺の鎧の大男と、薄桃色の花を使う美人の魔法詠唱者らしいが」

 

「濃紺………薄桃色………!」

 

ペシュリアンの言葉を反芻するように呟くクロームは、瞳孔を限界まで開き揺らめかせ、胸の前で両手を握り肩を震わせる。それはまるで、幽霊でも目の当たりにしたのかと思える反応だ。

 

「そのお二方が到着いたしましたら、すぐに私の元にお連れください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せまい絨毯の上で、ウルリクムミは可能な限り己の巨体を縮こませて座り込んでいた。絨毯を操作しているのは以前から自分に憧れていたと語る案内役の魔法詠唱者で、道中少し嬉しそうにウルリクムミに話しかけてくる。

 

「まさか今話題の英雄様にお会いできるなんて、実に光栄です!」

 

「俺達もおおお、先達のアダマンタイトに会えるのが楽しみだあああ」

 

今回はとある依頼から王都へ向かうことになったのだが、そちらには王国有数のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』というチームがいる。以前から『漆黒の剣』との話題でも度々名を聞いていた彼女達は、“紅世の徒”でもフレイムヘイズでもない人間の身でこの世界の強者に名を連ねる者達。ウルリクムミは純粋な興味と同時に、そのメンバーでも逸脱者として名高い魔法詠唱者『イビルアイ』という少女に是非とも会ってみたかったのだ。そういった意味では今回の依頼は都合がよかった。

 

 

 

 

 

 

遡ること数週間前。

 

 

 

 

トブの大森林に住まう蜥蜴人を襲った未曾有の危機をどうにか脱した『とむらいの鐘』を、組合のみんなはだいぶ心配していたらしく二人が帰還して早々安堵して出迎えてくれた。念のため当事者のザリュースをエ・ランテルに連れ、さすがに“紅世”に関する情報は明かせなかったものの、ウルリクムミ達は悪魔の軍勢に関する情報をギルドに話せる範囲で報告した。その際にコキュートスという蟲人から聞いたナザリックという組織の大まかな情報、特にプレイヤーと呼ばれるこの世界でも類を見ない強者に、自分達の話を信じてくれた者達にかつてない危機感が走った。

もしあのまま対処が遅れていれば、最悪の場合エ・ランテルにも被害が出ていたことだろう。しかし組合長達はナザリックという名も、アインズ・ウール・ゴウンという組織も、ユグドラシルという地名すら聞いたことがないと語る。

あれだけ強大な存在が今まで誰にも知られず、伝承にすらなっていないとは思えない。まるである日突然何もない場所から忽然と現れたかのような無名の強者に、ベテラン冒険者の中にはかの『八欲王』が復活したのではと噂する者も少なからずいた。

いずれにせよ冒険者組合は今回の事態を重く見て、今後はほかの冒険者組合と情報を共有したうえで、直接被害にあった蜥蜴人達と連携を取るという方針になったのだった。蜥蜴人達にも小さくはない犠牲は出ていたが、彼らの結束力を見るに復興には問題なさそうである。

 

一方でプレイヤーやユグドラシルに関する情報をもっと集められないかと悩んでいたところ、ニヌルタはこの世界で自身に魔法を伝授してくれたという師匠の存在をウルリクムミ達にだけ明かしてくれた。

聞けばその師匠は百年以上の時を生きるアンデッドとのことで、彼女はかつて仲間達と共に魔神と呼ばれる怪物達と戦ったことがあると話していたのをニヌルタは思い出す。

彼女からアンデッドであることは内密にしてほしいと言われてはいたが、ニーガ・ルールーの名前を出せば信用してくれるかもしれないと、ニヌルタは彼女に宛てた手紙をしたためてウルリクムミに託した。

現在の所在をアインザックにそれとなく聞けば、彼女は王都で活動しているらしい。

名前はイビルアイ、その者ならばプレイヤーかユグドラシルに関連する何かしらの情報を知っているかもしれない。

 

 

 

 

あともう一つ。

おそらくアインズの変装であろう冒険者モモンに探りを入れてみようとしたところ、エ・ランテル内にその姿がなかったのだ。なにがしかの依頼を受けたのかと受付に聞いてみれば、そんな名前の冒険者はいませんと首を傾げられてしまった。

この感覚を自分達は知っている。人間の生活圏に紛れ込んだ“徒”やフレイムヘイズが、その場所から離れる際に痕跡を消したあとに起こる不自然な空白だ。

どうやら蜥蜴人との接触により関係を問い詰められると踏んで、痕跡を消したらしい。

てっきりエ・ランテルに報復をしてくると身構えていただけに、ウルリクムミ達は少しだけ肩透かしを食らってしまったが、伏兵を視野に入れてまだ警戒を続けている。

 

 

 

 

(それにしてもおおお、大事ないようでよかったあああ)

 

 

あのあと、なぜかもとに戻ったニーガ・ルールーの身体を詳しく調べてみると、その身体にはかなり高度な自在式が組み込まれていることが明らかになったのだ。

自在師のアルラウネ曰く、一回起動させるだけでも莫大な量の“存在の力”を消費するほどだが、どれだけ壊れたものでも復元できるという代物で、物というカテゴリーに含められたトーチならば、人間に戻すことが可能だというのだ。

つまり一度間違いなく壊れた、ニーガ・ルールーのトーチはその自在式によって修復され、その副次効果でクルシュ達との繋がりも保たれたわけだ。

遺体をただ綺麗にするだけならば優れた自在師であれば可能かもしれないが、一度トーチとなった存在はもとに戻らないというのが“紅世”の常識である。

そんな大前提を覆すなど、最強の自在師であるアシズでも不可能である。

 

一体誰が、あの自在式を編み出した?

なんのために、ニヌルタにその自在式を組み込んだ?

 

疑問は尽きないものの、ひとまずニヌルタが悲しい思いをしなかっただけよしとしておこう。

 

寧ろウルリクムミとしては、ニヌルタのこの世界における妹だというクルシュに対する意外な態度に一番驚いていた。

ウルリクムミの記憶の中のニヌルタは冷徹ながらも厳格で公正な武人で、常に鋭い闘気を滲ませていた。しかし彼女に向ける柔らかな雰囲気に冷たさは感じられず、時々見せる穏やかな笑みをソカルに冷やかされて無言で殴る始末だ。

たった数十年、“徒”の生きる時間を考慮すれば短い期間でずいぶん変わるものである。自分達も彼のことを言えないかもしれないが。

 

 

そんなことを考えていると、ふとニニャとの会話を思い出す。

 

『とむらいの鐘』の帰還を祝って酒盛りに付き合わされた夜、酒で気が弛んでしまったのかウルリクムミは旧き盟友と再会できたことをついポロッと話してしまったのだ。今思えば、この細やかな喜びをみんなに打ち明けたかったのかもしれない。当然ながら居合わせた冒険者達は驚き、ニニャに至っては自分のことのように喜んでいた。

その時にニニャもほろ酔いで喋りやすくなっていたらしく、つられるように彼女が冒険者になった経緯を話し始めたのだ。

どうやら彼女には姉がいたらしいのだが、かつて下衆な貴族に連れ去られて生き別れたそうで、その行方を追って冒険者になったらしい。

日頃『漆黒の剣』と親しい冒険者達は酒のせいでその境遇に涙を流し、ウルリクムミもその切実な願いが是非とも叶ってほしいものだと頷いた。

 

ウルリクムミの中にある、アシズ達に会いたいという気持ちと、どうか生きていてほしいという二律背反した気持ちがせめぎあう。彼らに会えるということは、彼らが死んでいるということなのだから。

 

だからせめて、彼女が最愛の家族と再会できる手伝いを微力ながらしてみたいと思う。なので王都についたら自分も姉に関する情報を集めてみよう。

 

(確か名前はあああ、ツアレニーニャと言っていたかあああ)




とむらいの鐘の名前を聞いて動揺するクローム


これをやりたかったがためのお話
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