ナザリック地下大墳墓の玉座の間。そこにいたのは主であるアインズとアルベド、あとは護衛のエイトエッジアサシンが数体のみだった。
「アインズ様、よろしいのですか?」
玉座に座るアインズに向けて、神妙な面持ちでアルベドは静かに問いかけてくる。
「何がだ?」
「ペロロンチーノ様が連れてきた、あのバードマン達のことです」
彼女が指摘するのはヒュアデス達についてで、彼らはプレアデスをはじめとするナザリックのシモベ達との間に軋轢を生み、特にシャルティアとアウラに対して、親の仇でも見るかのように嫌悪していると告げる。なのにペロロンチーノは彼らのみ同伴を許し、シャルティア達を明確に拒絶している。
だがシモベ達はペロロンチーノの不興を買うのを恐れて直接意見することができず、守護者統括であるアルベドに泣きつくしかない。一度は彼女の口から遠回しにペロロンチーノへ注意したこともあったのだが、彼は汚らわしいものを見るかのようにアルベドを睨むだけで彼女とは口すら利かなかったという。
ゆえにあとは同格であるアインズを介して説得するしかないと、今一度アルベドは主に進言しにきたのだった。
「我が友にとってはそれだけ大事な者達なのだろうよ」
なのにアインズはシモベ達の心情など知らぬ存ぜぬとばかりに愉快そうに笑っている。
「……お前達は、私達のためならば私情も捨ててくれると信じていたのだが」
それどころか失望の混じった視線を向け、暗に余計な真似をするなと釘を刺してくる。
「………出すぎた真似をいたしました」
アルベドは無表情のまま深々と謝罪し、すんなりその場を後にする。
「………」
扉が閉まるまでアルベドの後ろ姿を眺めていたアインズは、観察するように青紫色の眼光を細めるのだった。
九階層の空き部屋を与えられる形で設けられたアルベドの自室にて、彼女はベッドの上で叫び続けていた。
「クソがクソがクソがクソがクソがクソがあああああ!!」
先ほどまでの守護者統括としての仮面を外し、美しい顔を怒りに歪める彼女は、枕にナイフを何度も突き立てて羽毛を撒き散らしている。
傍らにはズタズタにされたアインズ・ウール・ゴウンの旗が床に投げ捨てられており、その様はシモベからすれば信じられない行動としか思えない。
「やっぱり違う! あれはモモンガ様なんかじゃない!!」
コキュートスの裏切り以降に抱いていた微細な違和感は、積み上げられた末に確信へと変じた。
アルベドの知るアインズは………いやモモンガは、最後までナザリックとシモベ達を慈しんでくれていた。いくら彼が他の至高の御方に親愛の情を抱いているとはいえ、あんなことを言うはずがない。
おまけにあのバードマン達。
ペロロンチーノの威光を盾に好き勝手し、栄光あるナザリックを土足で踏み荒らすなど、到底許容できるわけがない。
この際あのニセアインズが何者かなどはどうでもいい。現在のナザリックでモモンガの違和感に気づいているのはアルベドだけで、仲間達は全く気づいている様子がなく、精神系に耐性があるはずのアンデッド達すら洗脳するなどただ者ではないのは確かだ。
そんな状態で自分が奴を偽物だと糾弾しても、仲間達から信じてもらえるはずがない。モモンガが創造したシモベであるパンドラズアクターに確認させれば確固たる証拠になるかもしれないが、現在の宝物殿には至高の御方以外は許可なく出入りすることができなくなっている。理由はコキュートスの一件以来、シモベを信用できないからとニセアインズから指輪を没収されてしまったからだ。
信用できない?
偽物のクセにいけしゃあしゃあと良く宣えたものだ。
ある程度八つ当たりできたおかげか、アルベドの精神はようやく落ち着きを取り戻し状況を分析していく。
冷静になれ。まずは本物のモモンガの安否を確認しなければならない。そのためにも屈辱ではあるが今は大人しくやつらに従うほかない。
「どいつもこいつもおおおおおおおお!!」
許さない。
許さない。
私から愛しい御方を奪った罪、万死でも足りない。
これ以上あんな得体の知れないやつらに、ナザリックを荒らされてたまるものか。
再び耐え難い怒りに苛まれ、アルベドは怨嗟の雄叫びを上げる。
……そんな荒れ狂うサキュバスの醜態を見届けたのち、青紫色のゴキブリは扉の隙間から逃げていくのだった。
「………」
ゴキブリの目を通してアルベドの行動を監視していたアインズは、頭蓋を揺さぶる咆哮を聞き届けてから小さなため息をついた。最近彼女が自分に向ける視線に違和感を覚えてはいたが、まさか裏でこんなことをしでかしていたとは……。
とはいえコキュートスという前例があったためか、アルベドの逆心自体にそこまで驚きはしなかった。
(とはいえ………なぜこいつはモモンガ以外をここまで憎んでいる?)
これがタブラ以外のギルドメンバーに対するものであれば、まだアインズも納得できた。NPCの最優先順位は自身の創造主、いくらモモンガが最後まで残ってくれた至高の御方といえど、創造主が出てくれば二の次になってしまう。
ユグドラシルに
ところがアルベドの殺意の対象はギルドメンバーどころか、創造主のはずのタブラにも向けられていた。そして本来その忠義………もとい愛を向けるべき相手は、タブラではなくモモンガに向いている。
(一体どういうことだ? なぜモモンガにあれほど執着している?)
過去のデータからギルドメンバーの対人関係がNPCの仲に反映されることは度々ある。それは創造主の好き嫌いも同じであり、デミウルゴスがいい例だろう。彼はウルベルトが友好的にしていたモモンガを慕ってはいるが、逆にウルベルトが毛嫌いしていたたっち・みーに対しては好意的ではない。
ならばタブラのモモンガに対する好感度がアルベドに反映されてしまったのか?
(いや、だからと言ってここまでひどくはならないか……)
過った可能性にかぶりを振る。第一もしそうならばタブラが作成したもう一人のNPCであり、彼女の姉として設定されたニグレドも同じでなければおかしい。しかし確認できる限りニグレドにはそんな様子が見られず、さらにいえば二人はそれぞれルベドに対する好感度が違う。
同じプレイヤーが作成した複数のNPCに関しては、闇妖精双子がわかりやすい。二人の性格こそ設定が反映されて多少差異はあるものの、NPC間の対人関係はほぼ変わらない。
だというのに、アルベドがルベドを可愛がっているのに対し、ニグレドはルベドに明確な敵意を抱いている。
なぜこんなにも違う?
(これも『遊戯侵者』の………ザトガの差し金か?)
自身が残したアイテム全てを改造したくらいだから、そのついでにアルベドに細工をするくらいは雑作もないだろう。しかし先日行われた大規模な検査によると、ナザリックにもほかのギルドにもプレイヤー達にも、異常は全く見られないとプログラマー班から報告があったばかりだ。それにコキュートスと違ってアルベドとナザリックの繋がりはいまだ保たれている。
事実NPCのメニュー画面を見れば、まるで
対してアルベドの名前はしっかりとあるし、洗脳による敵対を示す赤い文字にもなっていない。
そしてもう一人……
アインズは少し考えてから、王都に潜ませた分体の一つである『野良猫』と連絡を取る。
(………カマをかけて見るか)
野良猫に指示を出しつつ、アインズは今一度メニュー画面を見る。
そこに表示されているセバスの名は、今にも消えそうになっていた。
実際、なんでアルベドとニグレドであんなにも違うんでしょうね?
モモンガさんが知らなかっただけで、タブラさんの内面が実はかなり激情家だったりしたらかなりのギャップ萌えかもしれません。