拠点に戻る道中、セバスは腕を組んで唸っていた。
アインズと向き合う……そう決心したはいいが、いつ話し合うべきかに思い悩む。
ただでさえコキュートスの一件でアインズはシモベに対して不信感を抱いているのに、そんな時に自分が意見しようものならば最悪その場で首を斬られるかもしれない。
もはや死ぬことを恐れてはいないセバスではあったが、自分の死後にアインズの怒りの矛先が別の誰かに向かないように、事は慎重に臨まねばならない。
(まずは………私自身の気持ちをしっかりとお伝えしなければ)
そんな気持ちでドアノブに手をかけて扉を開けると、玄関先に人影が見えた。気配からソリュシャンであることは察していたセバスだったが、彼女の姿に目を見開いた。
「………ソリュシャン?」
彼女の装いは商会のご令嬢ソーイのドレスではなく、戦闘メイドプレアデスのソリュシャンとなっていたのだ。
「おかえりなさいませ、セバス様」
なぜ自分以外の誰かが来るかもしれない玄関先で、本来の姿になっているのだろうかと訝しむセバスだったが、ソリュシャンの背後からの
ソリュシャンはただ淡々とした口調で静かに告げた。
「アインズ様が奥の部屋で待っておられます」
やはりと息を呑む一方、なぜ事前に連絡すらなく来訪されたのかと疑問が沸く。まさか、自分の不信感をすでに察していたのか?
(………いや、むしろこれは好都合なのかもしれませんね)
不謹慎ながら事前に連絡する手間が省けたと、セバスは精神を落ち着かせながら奥へ進み年期の入った扉を開ける。
「おかえり、セバス」
簡素な椅子に腰掛けているオーバーロードの主、そこまではセバスの予想通りだった。
しかしその隣にバードマンの主も座っていたのは全くの想定外で、思わずその場で固まってしまう。
「………失礼します」
それでも執事らしいお辞儀をしてから部屋に入り、二人の前に跪く。
「アインズ様、この度はどのようなご用件でしょうか?」
「いやなに、少しお前の顔を見にきただけだ」
緊張を押し隠しながらそう問いかけるセバスに対し、アインズはクックックッと喉を鳴らして小さく笑う。
嘘だ。
そんな理由で事前に通知もなくわざわざ来るはずがないと直感で悟りはしたが、ただ一言そうですかと返すしかない。
チラリと隣のペロロンチーノを伺ってみれば、彼はセバスに視線を合わさず頬杖をついて空を眺めるだけで、その姿は心なしかこの場から帰りたそうに見える。
「ところでセバス、最近体調は優れているか?」
と、ふいにかけられた問いにギクリと僅かに肩がはねる。こんな空気の中、わざわざ体調を気遣うような雰囲気ではないはずだ。
「………失礼ながら、どういうことでしょうか」
「いや………一度ナザリックに戻ってきた時のお前は、ずいぶんと苦しそうだったものでな。無理をしているのではないかと心配だったのだよ」
それは確かシャルティア達がヒュアデス達と揉めていた日の前後か。あの時の自身の荒れようはできるだけ隠していたつもりだったが、やはり至高の御方の目は誤魔化せなかったらしい。
「なあセバス、何か悩みがあるならば、私に相談してはくれないか?」
やんわりと、しかし畳み掛けるように部下を気遣う言葉に温かみは微塵もなく、こちらの考えに探りを入れてきている。
間違いない。アインズはセバスの言葉を待っている。
覚悟を決めてはいたがいざその状況になると心拍数が上昇していくが、もう言うしかない。いい加減腹を括れと自分に言い聞かせ、セバスは一度深く深呼吸してから真っ直ぐにアインズを見つめる。
「アインズ様は、本当に世界を支配するおつもりなのですか?」
「………なに?」
対するアインズの反応は口調こそ驚いているようだがその雰囲気に動揺はなく、恐らく想定内の返答だったのだろう。
ならばペロロンチーノはどうだろうかと視線を向ければ、彼は目を見開き固まってしまっていた。こちらは本当に驚いているらしい。
それを好機と見たセバスは勢いを止めないようにさらに続ける。
アインズ・ウール・ゴウンの前身は人間に虐げられる異形種の弱者救済であったと、かつて至高の御方の会話から聞いていたことをセバスは記憶している。
だが今はどうだろうか。
我々ナザリックに敵対してきたわけでもない弱者を一方的に虐げる今のナザリックを見て、至高の御方々はお喜びになられるだろうか。
特に自身の創造主であり、誰よりも正義を愛したたっち・みーが見れば心を痛めるのではないか。
今ならばまだやり直せると。
「どうかご一考くださいませ」
自分の気持ちをハッキリと口にし終え、セバスは再び俯きグッと唇を噛む。
しばしの静寂がその場を包み、どれくらい時間が経ったのか。
「………くっ、ククク……」
先に破ったのはアインズの圧し殺すような笑いだ。
「あははははははは!!」
額に手を当ててさもおかしいといわんばかりに爆笑するアインズに、何がそんなにおかしいのだろうかとセバスはただただ戸惑うしかない。
ペロロンチーノの方を見てみると、彼は信じられないものを見るかのように目を見開きセバスを凝視していた。
「全く、まさかお前の口からそんな言葉が出てくるとは……。今のお前を
青紫色に揺れる眼光が指の隙間から覗き、愉快そうに漏らす言葉には嘲笑が込められている。
「ペロロンチーノ、これも策略のうちか?」
「………は?」
ここでアインズから問いかけれ、急に話題を振られたせいかペロロンチーノは間が抜けた声で返してしまう。
「アインズ様……?」
一体なんの話をしているのだろうかと戸惑うセバスをよそに、ペロロンチーノはセバスとアインズを交互に見つめて首を傾げるしかない。
その反応を観察したアインズはやや何か考え込んでから再びセバスを見る。
「………そうだな。実を言うと今後の方針に関して、少々予定を変えようと思っていたところなのだ」
なにせナザリック内部に裏切り者が出てしまったからなと、少しばかりの嫌味を込めつつ優しい口調で答える。
「いい機会だし、お前の要望もいくつか検討してみるとしよう」
「ほ、本当ですか?」
願ったり叶ったりな話に一瞬だけ安堵しかけるセバスだったが、次いでなぜか言い様のない不安が過る。眼窪から覗く青紫色の灯りが愉悦に細められる姿から滲み出る違和感。
………このお方は、こんな顔で笑っていただろうか?
対するアインズは椅子から急に立ち上がると、セバスの前に歩み寄り片ヒザをついて目線を合わせる。
「だから、余計なことはするなよ?」
耳元で囁かれる冷たい声は、まるで処刑宣告のようだった。
ナザリックに帰還した後、アインズは自室に込もり思案していた。手応えはまずまず、セバスにそれとなく仕掛けは施してみたが、あとは彼がどう動くかだ。
(それにしても、ハスターのあの反応…)
てっきりボロを見せるかと思っていたが、話を振られた時の挙動を見る限り、どうやら本当になにも知らなかったらしい。セバスとアルベドの変異は関係なかったのだろうか?
いささか腑に落ちない点に首を傾げていると、分体から遠話が繋がった。
『おい、アインズ』
「ん?」
確認してみると王都の野良猫からだった。
確か今は『死神花嫁』の動向を監視してもらっているはずだが。
「どうした、何か進展があったのか?」
『いや、そっちとは別件の報せだ』
少し間を空けてから野良猫は話を切り出す。
『セバスの異変の原因、わかったかもしれない』
最近セバスの様子がおかしい。お前の意見も聞きたいから一緒に来てくれないか。
そう“無貌の億粒”に突然呼び出されるものだから、なにごとかと焦っていたハスターだったが、どうやら
九階層の廊下を歩きながら、今もかの地で戦っているであろう仲間達のことを思う。
クラッカーのみんなは無事だろうか。
あの程度の遠隔戒禁、ザトカならば死ぬことはあるまいが。
ハヤトは怪我をしていないか?
ミクに危害が及んでいないか?
そんな不安で胸が締め付けられる。
それにコキュートスの安否も気になる。ヒュアデス達も実質ナザリックに隔離されている以上、“燐子”を通して彼を調べることはできない。
この『ペロロンチーノ』のアバターを纏っている間は、ユグドラシルの恩恵を受けて本来の姿では比べものにもならない力を得られる。しかしその代わりに“紅世の徒”としての自在法は上層部の許可なしでは使えず、実質ハスターは最も得意とする“燐子”の製造を完封されているのだ。今こうしているあいだもナイアの分体達から監視され、迂闊な行動はできない。
ふと、切実に訴えるセバスの姿を思い出す。彼からの予想だにしなかった意見に、正直ハスターも驚愕を隠せなかった。
(………それにしても、なぜセバス?)
ザトガはコキュートスだけでなくセバスにも細工をしておいたのか?
しかし先日のメンテナンスでは異常はなかったと報告があったばかりで、いくらなんでも二度も見過ごすなんてヘマをサトゥラ達がするとは思えないが……。
(果たしてこのイレギュラーが、吉と出るか凶と出るか………)
もしも凶に転がってしまえば、今までの苦労が水の泡になってしまうかもしれない。
それでも、もうハスターは引き返すことはできないのだ。
これ以上、大切なものを奪われないためにも。