検問所に配備された警戒網はいまだ解かれる様子はなく、積み荷に紛れて逃亡しようとした者が捕まっていくのをチェルノボーグは影から見届ける。
こればかりは忍耐力の勝負、どちらが先に折れるかが勝敗の決め手であると旧き友に教えられていた彼女は、なおも逃亡の機会を見逃さない
ただそれとは別に、何組かの冒険者が王都にやってくることが多くなった気がした。念のため彼らの会話を盗み聞きしてみれば、どうやら先の組織の残党を潰すために雇われたらしい。今夜中には襲撃するそうで、ならばそいつらが捕まってからが出立時期になるだろう。
そうとなればツアレと今後について話し合うべきだろうと、一度拠点に戻る。
現在ツアレ一人だけが宿泊している二階に向かおうとして…………ふとチェルノボーグは違和感を覚えた。
チェルノボーグは職業柄、他者の気配には敏感だ。
しかしいつもならすぐわかる彼女の気配が、部屋から感じられない。
「………タンポポ?」
その事実に、ゾワリと背筋を嫌な寒気が撫でる。
急いで影を伝って中に入ると………
「………!?」
部屋には誰もいなかった。
その代わり、ベッドや壁には焦げあとが残っていて、所々破損している。
何らかの戦闘があったのが明白な光景に、愕然とするチェルノボーグの脳裏を古い記憶が過る。
誰もいない風景。
いくら探しても感じられない気配。
ありし日の、生涯最大の喪失感。
ドクンドクンと嫌な鼓動が鳴り響き、過呼吸が止まらない。
焦点のブレる視線が部屋を一瞥していくと、ふとボロボロになったベッドの上に、部屋の惨状に不釣り合いなほど綺麗な一枚の紙切れが目に止まる。
「!」
藁にも縋る思いでそれを鷲塚み、震える指先で紙を恐る恐る広げてみれば、簡潔にこう書かれていた。
『女は預かった。返して欲しければこの場所に一人で来い』
文章の端には簡素な地図と印が刻まれており、意味を理解したチェルノボーグの震える手がグシャリと紙を握り皺を作る。
何者の仕業なのか、目的がなんなのか、罠があるのか、考える余裕など彼女にはなかった。
確かな事実が一つだけ。
こいつは必ず殺す。
引き裂いてバラバラにして、殺してやる。
彼女の怒りが滲み出てくるように、枯れ草色の火が総身からメラメラと燃え広がり、新しい焦げ跡を部屋に残すのだった。
「………どういうことでしょうか?」
王都に到着した『とむらいの鐘』の二人は、依頼人と思われる男が目を游がせるのを見て、咎めるような視線でじとりと睨みつける。
確かギルドを通して耳にしたのは討伐依頼のはずだったのだが、実際に赴いてみればその依頼内容は王都有数の犯罪者の捕縛という結果だ。
王都に向かう絶好の口実と思い、ろくに調べもしなかった自分達も迂闊だったが……。
八本指の名はエランテルでも度々耳にしていたし、様々な逸話から相当な規模の組織であることも予想できる。それらを一網打尽にできる千載一遇の好機に、猫の手も借りたいという話なのだろう。
しかし今の自分達はアダマンタイト級冒険者である。ただでさえ先の大森林の事件で、組合の仲間達にいろいろと手助けしてもらったばかりだというのにこれ以上迷惑はかけられない。
(だがあああ………悪党を見て見ぬ振りするのもおおお、『とむらいの鐘』の名を背負う者としてえええ、それはそれでいただけない気もするううう)
アインザックには遠話用の花を託してあるので今からでも連絡はできるだろうが、はたしてなんと説明するべきかとウルリクムミはため息をつく。
「………アダマンタイト級冒険者、『とむらいの鐘』のお二人ですね?」
と、ふいに背後から若い男の声がかけられる。
どこか怯えを含んだその声に、既視感を抱いた二人の身体がビクリと硬直した。おそるおそる振り向いた先にいたのは、胸に手を当てて会釈する黄色い髪の青年だった。
庶民向けのシンプルなローブを羽織ってはいたが、その下から僅かに見える小綺麗な身なりから察するに、お忍びの貴族だろうか。
「はじめまして、ブルムラシュー家現当主、クローム・ブルムラシューと申します」
どこか落ち着きなさそうだが、上品な挨拶と賢者の佇まいを放つこの人物を自分達は知っている。
どれだけ容姿が変わろうとみまごうはずがない。
「っ………!!」
驚愕のあまりウルリクムミの声が詰まり、アルラウネは両手で口元を抑える。
しばしその場が時間が止まったように固まる。
「ウルリクムミ様?」
その静寂を破ったのは依頼人の男で、三人の異様な雰囲気に戸惑いがちに声をかける。
「………なんでもないいいい」
ウルリクムミはどうにか平静を装いつつ絞り出すように声を出し、改めて目の前の青年を観察してみると彼の手は僅かに震えていた。
「少し、よろしいでしょうか?」
驚愕、戸惑い、悲哀。
そしてほんの僅かな、喜び。
様々な感情をない交ぜにした声で、クロームはただ一言そう告げた。
空は夕暮れに染まり、逢魔ヶ時が迫っていた。
心ここにあらずな様子で窓の外を眺めるセバスは、アインズの言葉にどうしても引っ掛かりを覚えていた。
かつての………暗に今は違うと言っているようなあの口振りは、何を意味しているのだろう。
もしやたっち・みーの身に何かあったのか? 嫌な想像に寒気を感じるとともに、ふとセバスは思い出したことがある。
確かあれは御方々がお隠れになる前、たっち・みーとモモンガとペロロンチーノとウルベルトが、なぜか女性ものの衣服を来て自分と写真を撮った日のことだった。
いつもなら御方の用事が終わった後は待機場所に戻されるセバスだったが、その日の夜分にたっち・みーがたまたまセバスを部屋に放置したままリアルに帰ってしまった。
それだけならば特に珍しいことではなかったのだが、数日が経ちリアルから戻ってくる時間帯に再びたっち・みーが部屋に戻ってきた日のこと。いつもならその後の彼の行動は、アイテムの整理をしたり“伝言”で他の御方と今日の活動内容を確認したりしている。
だがその日の彼はいつもと雰囲気が違っていた。滲み出る空気は負のオーラを纏い、俯いて拳を握りしめる姿は明らかに怒りに震えていたのだ。
『クソが……』
快活な彼らしくないドスの効いた声を漏らしたかと思えば、足早にセバスの前を通りすぎる。
『ふざけんなよ! なんであんなクズが無罪なんだよ!? 』
その勢いのまま、部屋の調度品として飾られていた等身大の陶器のオブジェを乱暴に蹴り倒す。ガシャリと真っ二つになった陶器の欠片が床に散らばるも、なおも怒りが収まらないのか馬乗りになり、拳を振るってオブジェを殴り続ける。
『証拠も揃っているのに! なんでどいつもこいつもあんなやつを庇うんだよ!? 慰謝料だけ払わせて! 懲役も無しなんてあり得ないだろうがあ!!』
やり場のない怒りと悔しさを人形にぶつける、今まで見たことのない主の姿にセバスは困惑と焦燥感に苛まれる。おやめくださいとしがみついてでも止めたかったが、主の命を受けない身体は動いてくれない。
しばらくしてある程度気が済んだのか、たっち・みーは殴るのを止め肩で息をする。
『ごめん、なさい……ごめんなさいっ……!』
両手で顔を覆い嗚咽を漏らして啜り泣くそれが、誰に対する謝罪かはわからない。しかしそれでもセバスにはある確信があった。
たっち・みーは、己が信じる正義を為せなかったのだ。
弱きを助け強きを挫く彼にとって、その敗北はどれだけ悔しかったことだろうか。彼ほどの傑物に耐え難い屈辱を与えたであろう、その外道に対する憎悪が煮え立つ。
数十分ののち、泣き終わった彼はふいに後ろを振り返り、セバスの姿を見てビクッと肩がはねる。どうやら自分が部屋にいたことに今まで気づかなかったらしく、一瞬気まずそうに顔を反らすも
『………まあいいか、別に隠しカメラがあるわけじゃないし』
諦感混じりにため息をつき、オブジェの頭部を小脇に抱えて立ち上がる。
『………るし☆ふぁーさんに、もっと頑丈なのを作ってもらわないと』
部屋から出る直前のポツリと呟いた言葉は虚しさを帯び、後ろ姿にいつもの凛とした佇まいはなかった。
まさか、以前からこのようなことをしていたのか?
結局セバスが彼のそんな姿を見たのは、後にも先にもそれきりだった。もしもアインズの言葉の裏にあれが関わっているとしたら、今のたっち・みーは……
「っ……! ……!」
と、思考の海に落ちていた彼を現実に戻したのは、窓の外からの喧騒だった。何事かとセバスがふと視線をそちらに移してみると、ある宿屋の前に人だかりができていた。
人の多さから見て野次馬には違いないだろうが、何の騒ぎだ? ただごとではない雰囲気にセバスは気になってしまう。先ほどアインズに関わるなと言われたばかりなのに、見過ごしたら後悔する………なぜかそんな予感がした。
いくらか悩んだ末、セバスは一度部屋に見張りがいないのを確認したのち、ソリュシャンに気づかれないように気配を消して裏口から外へ出た。
「失礼、何事ですか?」
セバスは人だかりのそばに近寄ると、まず一番後ろの若い男の肩を叩く。
声をかけられた彼の話すところによれば、なんでも二階のとある部屋がいつの間にか荒らされていたらしいのだが、奇妙なことに争った形跡はあるのに発見されるまで物音一つしなかったのだという。
宿泊客の行方はわからず、今宿の主人が憲兵に連絡しているところだという。
「いなくなったのはどんな方だったのですか?」
なぜか宿泊客とやらが気になったセバスは、その人物の特徴を聞き出す。
「確か………黄色い長い髪の若いメイドで、黄色い花の刺繍が入ったハンカチを持っていたな」
「!?」
その特徴に、セバスの脳裏に先日出会ったばかりのツアレの姿が過る。彼女が汚れを拭う際に使っていたハンカチ、確かあれにも特徴的な黄色いタンポポの刺繍がされていた。
(まさか……!?)
彼女の身に何かあったのかと、最悪の可能性にセバスは青ざめた顔で拳を握る。
「彼女の居場所が知りたいか?」
「!?」
すると突然真後ろから囁かれ、バッと振り向くと誰かが立っていた。
全く気配を感じることなくいつの間にか背後を取られていた事実と、まるで自分の心を読んだかのような意味深な問いかけにセバス動揺する。
「な、なんのことでしょうか……?」
一度しらをきるべく愛想笑いを浮かべるが、『誰か』はジトリと虚ろな眼差しでセバスを見つめてくる。
その眼差しにたじろぐと同時に
セバスは奇妙な点に気づく
なぜだろう。『誰か』はすぐ目の前にいるはずなのに、顔を………というよりは姿を認識できない。
薄汚れた茶色いローブで全身を隠してはいるが、フードからは顔がちゃんと覗いていて、セバスよりも背の低い平凡な男であることは理解できた。なのにどういうわけか、セバスにはその男の輪郭がぼやけているように思えてならない。まるで陽炎でも見ているかのような……
「………ついてこい」
男は淡々とした口調でそう言うと、セバスに背を向けて歩きだした。
ついていくべきか、否か。
悩んだのはほんの数秒だけで、こみ上げてくる不安を押し込めつつ、セバスは男の背中を追うべく一歩踏み出すのだった。
例えるなら、突然吹いた強風に身を任せるように。
ひゅうるりと、『それ』は遠くへ飛んでいく。
ふししゃのohのお嬢様言葉ネタです。
ついに因果が交差する!