棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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ついに八本指編が終局に向かいつつあります…

長かった…!
ほんっとうに長かった…!!

ちょっとグロ表現あるのでご注意です


賢者の秘策

「こ、この爺強いぞ……!」

 

目前の光景にレイジアの顔に焦りが浮かぶ。

先ほどから自慢の鞭を打っているのにセバスには傷一つつかず、それどころか衣服すら破れていない。

セバスの実力はもちろん、身につけている衣服でさえも上位のものであるとしか思えず、さすがのレイジアも彼がただ者ではないと察するほかなかった。

 

「ちくしょうが……! おいボイス、アレ歌え!」

 

「はいよ」

 

もはや出し惜しみするべきではないと判断し、ボイスは竪琴の弦を弾く指の動きを変えそれまでと違う曲を奏で始める。

ねじ曲がったような不快な旋律から、背筋を冷たい手が撫でるような不気味な旋律に変わりセバスは身構える。

しかし次の瞬間セバスの全身を脱力感が包み、途端に構えが緩くなってしまい、レイジアはその僅かな隙を見逃さずにすかさず鞭を振るう。

 

セバスは咄嗟に腕で防ぐが、あろうことか鞭が当たった部分に鋭い痛みが走る。

 

「っ!?」

 

見れば執事服の袖が僅かに切れ、その下の腕の皮膚に小さなみみず腫れが刻まれ血が滲んでいる。

ダメージそのものは微々たるものだが、少なくともこの世界に来てからこれほどのダメージを受けるのは初めてのことであり、セバスは驚愕を隠せなかった。

 

この曲は脱力させるだけでなく、ステータスを弱体化させるのだろうか。

 

あるいは……

 

(この者達の武器、神器級か!?)

 

よくよく観察してみれば、彼らの武器はこの世界の冒険者が扱うアイテムに比べて上位の質と見受けられる。これらの効果で本来ならばレベル差の歴然なセバスに手傷を負わせられたのだろうか。

脱力する身体に鞭打って構えるも、鼓膜が破れそうなほど耳が痛くなっていく。しかし彼らの懐に入り込んで連携を崩せればまだ勝機はあるはずと、セバスは勢いを増すレイジアの猛攻を捌きつつ食い下がる。

 

「っ……!!」

 

すると今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()()が包み、動きが緩慢になっていく。

それを好機と見たレイジアの鞭捌きは勢いを増し、思うように動けなくなっていくセバスは目などの急所を庇うので精一杯になってしまう。

 

腕と足に走る鋭い痛みにセバスは動揺を禁じ得ない。よもや竜人である自分が、人間を相手にここまで苦戦するなどと。

 

 

ふと、アインズが常日頃言っていたことを思い出す。

未知のスキルやアイテムや魔法の危険性。常に相手が自分達よりも強いことを仮定して慎重に挑めと、毎日のごとく注意していた。

これは、つまりそういうことなのか。

デミウルゴス達もこうやってアシズなどの未知の敵に敗北したのだろうか。

 

 

(しかし、だからと言ってここで倒れるわけにはいきません………!)

 

ここで負ければ、きっと自分は後悔する。

あの日の、主の後ろ姿が脳裏を過る。

今この時こそ、正義を為さずしていつ為すというのか。

決意を新たに、セバスは今一度鋭い眼差しで敵を見据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし一方で、動揺を隠せなかったのはボイスも一緒だった。

 

「なんでだよ……」

 

目の前の老人は黒い執事服が血に塗れ、足元にポタリと滴り落ちている。

間違いなくレイジアの攻撃で苦痛を感じているはずだ。

 

なのに…

 

 

「なんで倒れないんだよ!?」

 

その目は決して諦めていない。

不屈の意思をもって、眼前の『悪』を討つべく立ち続けている。

その埒外の精神力を前に、ボイスはゾッと恐怖から青ざめる。

 

「さっさと死ねよ! この爺いいいいいい!!」

 

それでもどうにか恐怖を払拭するべく、必死に竪琴の弦をかき鳴らすが……

 

 

 

 

 

 

 

ズズンと、地響きとともに部屋が大きく傾いた。

 

 

 

「があ!?」

 

突然の振動に三人はバランスを崩して転倒し、さらには今の衝撃で机の上のオブジェが傾いて落ちてしまった。

これによって地下室一帯を覆っていた結界の効果が切れた。

 

「今度はなんだよ!?」

 

痛む頭を擦りながら、レイジアが苛立たしげに怒鳴り散らして顔を上げた時だった。

 

続けざまに天井が崩れたかと思いきや、()()が三人の間を阻むように落下してきた。

土煙が晴れて姿を現したのは、巨大なバトルアックスを手にする、フルプレートアーマーを装備した大柄な重戦士。

暗がりでもハッキリとわかるその鎧の色は……

 

「濃紺……!?」

 

その特徴的な容姿を認識したボイスの背筋を冷や汗が伝う。

 

(こいつは、まさか!?)

 

先日の会議で仲間達が話題にしようとしていた、最近アダマンタイト級にのしあがったばかりの二人組の冒険者の片割れ。

 

「『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』!?」

 

まさかの人物の登場に、レイジアとボイスのみならずセバスもまた動揺する。

 

(なぜっ………なぜこの男がここに!?)

 

“巌凱”ウルリクムミ。

彼のことはナザリックから幾度も報告を受けていたのでよく知っている。

先の蜥蜴人の集落でもその力の一端を見せつけた、ナザリックにとっても無視できない力を秘めた要注意人物だ。

 

一体なぜ、彼がこの隠れ家に現れたのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつかの情報をもとに、クロームが立てた推測はこうだ。

 

『おそらくですが、この阻害魔法は効果範囲が限られていると考えられます』

 

少なくとも階段の周辺までしか雑音は広がっておらず、雑音が届かない部分は問題なく自在法を使える。

ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とクロームは考えたわけである。

 

『それと……私の予想ではこの隠れ家の地下は、そんなに広くも深くもないと思うのです』

 

足元の地面を軽く踏みしめる。

メイドが見た地下室の間取りと階段の高さから推測するに、もともとここは外から運んできた薬物や物資を一時的に保管するための倉庫だったのだろう。

つまり阻害が働かないギリギリの部分から、アルラウネの自在法で地下の周囲の土を削り取り、だいたい40度ほど地下を傾ければ、敵を混乱させることが可能ではないかとクロームは考えたわけである。

 

 

そしてクロームの策を聞き入れたアルラウネは、四方に散らばらせた花びらでギリギリ自在法が届く範囲から猛スピードで土を掘り返し、地盤のバランスが狂った地下室はズズンと土煙を上げて傾き余波で地面が揺れた。

結果、目論見通り雑音が消え、自在法の探知が通るようになったのだ。

 

アルラウネが内部の気配を感知してどの辺りに誰がいるのかを把握してから、ウルリクムミはウベルリを地面に突き立て、気配の場所まで最短距離で落下していった。

 

 

………その際にクロームが、頭を抱えて情けない声を上げながら、余波から身を守っていたことは割愛しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天井を突き破っての登場に度肝を抜かれた一同は硬直してしまい、その隙を見逃さずにウルリクムミは片腕だけでウベルリを横なぎに振ると、部屋の中に風が巻き起こりボイスとレイジアは風圧でそれぞれ逆方向に壁に叩きつけられる。

 

「ぶへぇ!?」

 

「ごふっ!!」

 

二人がカエルの断末魔のような声を出して動かなくなると、続けて薄桃色の美女……アルラウネが月明かりが漏れる天井から舞い降りてきた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ………ありがとうございます」

 

アルラウネに手を差しのべられ困惑しつつも、セバスは彼女の手を握り返して起き上がる。

その間に彼女は背後で花びらを撒き散らし、三爪華を拘束していく。

 

「御大将、こちらの捕縛は問題ないかと?」

 

アルラウネが声をかけるが、ウルリクムミはボイスが吹き飛ばされた方の壁を無言で凝視して立ち尽くしていた。

 

「………御大将?」

 

主の挙動を不審に思ったアルラウネが、床に転がっているであろうボイスにチラリと視線を向けて気づく。

 

捕縛していたと思われていたボイスは、空気を人型に固め身代わりにしていたのだ。

 

さらにその隣、地盤沈下の衝撃で小さなタンスが倒れていたのだが、タンスが置かれていたと思われる壁には小さな横穴が開いていた。

 

 

「逃げられたかあああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……はあ………はあ!」

 

息を切らして四つん這いになった態勢で、ボイスは死に物狂いで逃げ道を駆け抜ける。

 

 

なんだあれは。

なんだあれは、なんだあれは。

あんなのがいるなんて聞いてない!

 

黒い女を追い詰めたまではよかったが、その次に現れた老執事にルベアを真っ先に倒されてしまったせいで何もかもが狂ってしまい、しまいにはアダマンタイト級冒険者にまで目をつけられてしまった。

 

ルベアとレイジアはもう無理だろう。彼らは今までに組んできたやつらの中でも相性の良い二人だったが、裏社会において余計な情けは自らの首を絞める。故にボイスが二人を即座に切り捨てることに躊躇はなかった。

この抜け穴は小柄な自分にしか通れないように造られているため、あの老人と重戦士の体格ではすぐ追いかけてくるのは難しいはず。

 

「ぶはあ!!」

 

息苦しい通路を抜け、四方が石壁で囲まれたような

やや狭い部屋に出た。こちらも先ほどの地震で歪んでしまったのか、壁の所々に亀裂が入っている。

一見すると行き止まりにぶち当たったように見えるが、ボイスは竪琴の弦を弾いて明かりを灯し、薄暗い部屋を見渡す。

そして壁の隅にぶら下がる細い紐を見つけ、やや強めに引っ張れば上から縄ばしごがパサリと垂れ下がってきた。

汗で濡れている両手で掴み、必死に縄ばしごに足をかけて上っていく。しばらくして地上に這い出せば星空が視界に広がり、ボイスは少しだけ安堵したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれさん」

 

 

「!」

 

そこへ突然声をかけられてバッと振り替えれば、暗がりから青紫色の毛並みの猫が音もなく現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚まして最初に目にしたのは薄暗い石造りの天井で、視界の隅で燃えるランプだけしか光源のないそこは黒粉の保管に使われる地下室の一つだった。

ゆっくりと視線を向ければレイジアとルベアが顔を覗きこんでいることに気づく。

 

そうだ、自分達は確かアジトを襲撃されて殺されたはずだ。襲撃者は確か黄色いドレスの女。

 

攻撃する暇すら与えられないまま首を切断された感覚が未だ残っている気がして、恐る恐る自身の首に触れればしっかりと繋がっている事実に安堵する。

こうして生きているということは誰かに蘇生されたらしいが、しかし蘇生直後特有の力の喪失感はない。

 

ルベアによれば現状『八本指』は拠点を潰され幹部も全滅、残った構成員や下っ端達も王都から脱出しようとしていたらしいが、予想以上に検問が早く配備されてしまい間抜けなやつらは次々に捕まっているそうだ。

そんな八方塞がりになった彼らに声をかけてきたのがこの猫だった。人語を介するだけでも驚きで、猫の纏うなんとも言えない違和感に最初こそ警戒していたボイス達だったが、若竹色に輝く目を眺めながら流暢な話に耳を傾けていると、心地よい甘い声にいつの間にか聞き入っていた。

その猫の語るところによれば、なんでもアジトを襲撃した黄色い女には仲間がいて、自分を殺したのがそいつであるとボイスは知ったわけである。

 

 

 

暗闇で爛々と金色に光る一対の目が怪しく嗤う様にボイスの全身に鳥肌が立つも、歯を食いしばって恐怖心を抑えて怒鳴る。

 

「どういうことだ!? このアイテムさえあれば、あの化け物を倒せるって言ってただろ!!」

 

数時間前の、猫の言葉を思い出す。

 

 

『これを使えば、君達はより強くなれるよ』

 

 

差し出された三つのアイテムは、いずれも高位の素材から作られたものであると鑑定師じゃない三人でも理解できた。

これがあれば王都からの脱出……いや、引いては新生八本指の再建も夢ではないはず。

そのためには、まず自分達をコケにしてくれた女共に報復しようと、猫の提案で誘きだすための場所をここにしたのだった。

 

 

黄色い女を捕縛して黒い女を誘い出し、彼女を圧倒こそできたものの、後から乱入した老執事に予想を超える精神力で持ちこたえられてしまい、『とむらいの鐘』に至ってはあまり効いていなかったように思える。

 

 

「必ず倒せるとは言っていないよ」

 

話が違うと抗議するボイスに対し、猫は面白いものを見たとばかりに嘲笑う。

 

「お前ぇ…! っ…!?」

 

猫の見下すような態度に腸が煮えくりかえるボイスは竪琴を弾こうとするも、弦に触れた指先がなぜか動かない。見れば青紫色の大量の砂が腕にまとわりついてボイスの動きを拘束していた。

 

「なっ、あ……!?」

 

必死に踠くボイスだが砂は塗り固められたセメントのように固く、さらには両腕から泥のように胴体に向けて広がり、最終的には足先まで包まれてしまった。

 

「っ! っ……!!」

 

「まあ、収穫はあったからいいけどさ」

 

首だけしか動かせないボイスを眺め、クスクスと笑う野良猫の口には、いつの間にか()()()()()()()が咥えられていた。

 

野良猫は笑みを引っ込ませて無表情になると右前足を軽く上げる。するとその指から伸びる小さな爪が短剣ほどの長さになり……

 

「じゃ、さようなら」

 

 

 

 

 

シュパンッ。

 

 

 

 

と、風切り音がボイスの耳元で鳴った。

 

 

「えぁ…?」

 

一拍の間を置き、ボイスが首を傾げた瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

グチャッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ボイスの身体が崩れ、真っ赤な液体となってバシャリと地面を濡らした。遅れて彼が手にしていた竪琴が、無傷のまま真っ赤な液体に落下してさらに飛沫を広げる。

その惨状に何の反応も見せず、野良猫は爪についた血を煩わしげに振って飛沫を飛ばすと自らの尻尾を揺らめかせた。すると今度は尻尾の先が四・五本に別れ、先をうねうねと触手のように伸ばし、ボイスの血溜まりに浮かぶ竪琴をひょいと広い上げる。

ほかの尻尾にもいつの間にか鞭と短剣、それからオブジェが巻きついており、野良猫は不敵な笑みを浮かべて悠々と夜の闇へと消えていったのだった。




アイテム解説

『透明なる絶叫』
形状は灰色のメトロノームのワールドアイテム。
効果は一定時間、敵の使う魔法・スキルの発動を阻害して発狂状態を付与し、精神魔法に耐性のあるアンデッド以外ならほぼ完封できる。
ただし発動している間はアイテムをその場から動かしてはならず、外部からの攻撃で傾いたりすれば効果がなくなる。
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