とある記憶で語る、そのウマ娘と歩んだ人生 作:黄金モルモット
ライスシャワー誕生からライスシャワー3歳まで9の記憶について
プロローグ 〜 9 ライスが熱を出した日の事
プロローグ
プロローグとカッコつけて書いてはみたが、正しく書くのならエピローグだろう。
人生に終わりが見えてきて、今更自分という物を何か残したいと思うようになった。
資産情報などを書き記したエンディングノートは既に作ってある。これから私が書こうとしているのは、そういうものではない。
私の愛娘である
1 自分の事
公名_加藤直正
職業_あしはら銀行府中支店支店長(退職済)
年齢54歳
自分の事を書くならこの程度で良いだろう。
これは、ライスシャワー……私の娘について残すものだ。
2 晴音という名前の事
公名_加藤晴音
これが最初に考えた名だ。名前の由来は、この子の人生がいつも晴れ渡り、幸せな音に満ちてほしいという妻の想いから。晴音、この名が社会で公的に使われる名である公名となった。
私はこの時30歳、妻は25歳。
銀行員という大海に順調に風を受け帆を広げて進みだした頃だった。全てに迷いが無く、全てが上手くいくと考えていた。
3 生まれる前の事
──奥様のお腹の中にいる子供はウマ娘です。
出産予定日が近づいたある日、唐突に医師がそう告げた。私も妻も、驚きで声が出なかった。
ウマ娘の妻からウマ娘が生まれる可能性。それは最初から考えていた事だった。しかし、いざそれを現実に突きつけられて私も妻も不思議な感情に囚われたのだった。
そして、その翌日。
仕事を終えて病室に駆け込んだ私を、妻は静かに穏やかな瞳で見つめた。その時私は確信した。妻は子供の名を授かったのだと。ゆっくりと動く耳と尾が、時の流れを作り出していた。
ウマ娘を身籠ると、特別な夢を見ると言われている。その夢から目が覚めると子供の名、ウマ娘としての名が頭にハッキリと浮かぶらしい。
私名_ライスシャワー
それが、ウマ娘として生きていくための名だ。
4 産まれた日の事
忘れもしない3月5日。日曜日。
世界は光に満ちあふれ、空は果てしなくどこまでも広がっていた。見上げたそれの、あまりの青さに目が痛くなった事を覚えている。
ウマ娘の子供を産道から出産する事は、非常に危険で母体共に命を落とす可能性があった。
帝王切開の間、手術室の前で私は何かへ必死に祈りを捧げていた。青空に願いを込めたのだ。
風が強く吹き抜けた15時過ぎ。その空に産声が響き渡り、祝福の歌が世界へと広がった。
晴音が、ライスが産まれた瞬間だった。
5 初めてライスを抱いた日の事
2985グラム。
ウマ娘の新生児にしては、やや低い体重だ。
けれどその重みが私の心に伸し掛かった。
体重に反して、平均より大きな耳が弱々しく動き、まだ細く毛も少ない尾がひらひらと舞う。
妻が微笑む中、そっと抱いたライスはこの世の何よりも尊かった。とても愛おしかった。
しかし私の愛は上手く伝わらなかったらしい。
私がライスを抱くと、いつも泣かれた。妻がライスを抱くと、一瞬で泣き止む。私が抱くと必ず泣く。妻が抱くと、必ず笑う。
私は泣いた。妻は、明るく笑っていた。
6 ライスが「ママ」と言った時の事
ライスが最初に言った言葉は「ママ」だった。「パパ」じゃなくて「ママ」だった。その時の妻の顔を私は一生忘れないだろう。これが母親よ、と言わんばかりの顔だった。
それは喃語と呼ばれる意味の無い言葉で、ただ音を楽しんでいるだけだとは分かっていた。
しかし、それでもライスが「パパ」よりも先に「ママ」と言ったのは重大な問題だ。
やがてライスが成長するにつれ、意味のある単語も増えるようになった。「ブーブー(車)」や「ワンワン(犬)」や「ウマウマ(ウマ娘)」といった言葉。そして意味のある「ママ」も。
それでも「パパ」とは呼んでくれなかった。
7 ライスが「パパ」と言った日の事
私は自分を慰めるあらゆる手段を取った。まずWikipediaの「ママ」という用語についての内容を「パパ」に書き換えた。一時間で元に戻されてしまった。発声学の教授に話を聞き「マ」の音と「パ」では「マ」の方が発声が楽だと教えてもらった。その他を含め、全てが気休めだった。
そんなある日。ぬいぐるみで遊んでいるライスを膝の上に置き、絵本を読み聞かせていた時だ。
ふと、ライスが近くにあるダッシュボードの上を見つめた。そこには家族写真が飾られていた。
3人で撮った写真、夫婦の写真、ライスの写真。
家族の思い出がそこには収められていた。
その直後だった。ライスが大きな声で泣き出したのだ。ママ、ママ、と母親を求め泣いていた。
妻は買い物でおらず私しかいない。けれど求められるのはママだった。そう、思いかけた。
それでも、私はライスの泣く声に我慢など出来るわけもなかった。私はライスの父親だ。
ママを求めるライスに、私はパパだと呼びかけてあやした。背中を撫で、髪を撫で、肩を揺らした……それでようやく気づいたのだった。ほんのり温かい私の足に。
悪戦苦闘し、全てをキレイにするとライスの涙も止まった。そして、泣き疲れて寝てしまった。
ライスの寝顔は世界一カワイイ寝顔だ。
そして、私もついそのまま寝てしまった。
それが……何よりも間違いだった。
買い物から帰った妻に起こされ、ぼんやりとした視界に捉えたのは楽しそうに笑うライスの姿。
そしてライスが私の額を叩きながら言っている言葉、それはまぎれもなく「パパ」だった。
疑いようも無く、私を父親と認識して「パパ」と言っていた。私は短絡的に喜びを覚えた。
しかし、それはつまりライスが初めて「パパ」と口にした瞬間を見逃したという事になる。
それでも、青空に染み込んでいく「パパ」という声は私の荒んだ心を十二分に癒やしてくれた。
もうライスは「パパ」と呼んではくれないが、私の耳には今でもハッキリと残っている。
8 ライスが初めて立った日の事
実は、私が最初にライスが立った所を見た。
感動を覚えた私は、小1時間ほどそれを眺め続けて、それからようやく妻に教えた。
妻はすぐに教えなかった事を怒った。仕事で帰りが遅くなった時よりも怒った。理不尽だった。
それから一週間、妻が手渡す弁当にはニンジン一本だけが入っていた。生のニンジン一本だ。
当時の私はあしはら銀行本店で勤務していた。そういった立場の私が、ニンジン一本というのは厳しいものがある。しかし、このニンジンを処理出来なければ妻はさらに怒ると予想出来た。
結果として私は、ニンジンを食べずに持ち帰り果物と一緒にすり潰してライスに食べさせた。
ライスはとても喜んでスプーンを咥えた。
妻はそれが気に入らなかったのだろうか。翌月から私の小遣いは5千円減った。融資額を減らされた私は、上司や部下とのつきあいに非常に苦悩するのだが、その話はここでは割愛する。
9 ライスが熱を出した日の事
あれは、寝苦しい熱帯夜の事だった。
夜中に、突然泣き出したライスに私と妻は跳ね起きた。寝付きの良いライスがこうなるのは稀な事だったからだ。しかも、様子がおかしい。
妻が叫んだ。凄い高熱だ、と。
すぐさま、ウマ娘の小児も受け付ける24時間対応の救急病院へライスを連れて行った。
その時の妻は、これまで見てきたどんなウマ娘よりも早く夜の街を駆けていた。人間の私など気にもせず、ひたすらに娘のために走る母親の姿がそこにあった。父親の私も、それに負けじと限界まで足を動かした。この小さな命を奪われたくない。それ以外の事は考えられなかった。
経口薬を飲み症状は落ち着いた。ウマ娘の小児にはたまに起きる事らしい。安心したかのように眠るライスに、夫婦で胸をなでおろした。
神という存在がいるのかもしれない。そんな事を思いながら私は医師からの説明を聞いていた。
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