俺が高専に来て1ヶ月が経とうと言う頃。
「はぁ...はぁ...っ」
「おつかれサマンサー。調子はどうだい?」
「ぜんっぜんだめだ。こいつ体力ないとかそんなレベルじゃねぇ。呪具操るセンスがなさすぎる」
「やっぱりそうかぁ」
「はぁ...っ」
人が喋れないうちに好き勝手いいやがって。こっちは禅院さんのしごきで死にそうなんだよ...!
「刀とか槍とか、一通り試したけど全部ダメ。運動神経ないのはわかってたけど、それ以前の問題だよ、こいつ」
「適正ないなら仕方ない。どんまいハンス!☆」
「勝手に...はぁ...っ、やらせておいて...はぁ...っ、勝手に励ましやがって...!」
だいたい俺は魔導書操るのでも精一杯なんだ。呪具なんて使ってたら戦闘に手数がありすぎて制御ができなくなる。
「疲れてるとこ悪いけど、二人に任務だよ」
「任務?」
ほんとに疲れてるとこ悪いな...。
数十年前に持ち主が亡くなり、以来廃墟と化した住宅街の一角の大きな白い洋風の家。
最近になって度々怪奇現象が起こるようになり、窓からの報告によると、呪霊の気配を察知したとのこと。
目撃情報はないため明確な容姿などの全容は不明。
しかし呪力の気配から二級相当の呪霊と推定。
呪術高専2年の禅院真希、ヨハネス・カンパネルラの二名を派遣する。
...だそうだ。
任務の概要はこんな感じ。二級と聞くと不安だが、単独任務ではない。禅院さんの実技訓練を見てると割と安心感がある。
「ぼーっとしてないで早く行くぞ」
「お、おう」
家は思ったより広く、3階建てだった。数十年前のものとあり、だいぶ老朽化が進んでおり、歩を進める度にキシキシと床が軋む。
「おまえ、なんで転校してきたんだ?」
「え...あー...。俺の国では、もう魔術師としていられなくなった、から...?」
「そんなことってあんのか?自分から呪術師をやめるやつは腐るほどいるが、やめさせられるやつは初めて見た」
「日本に来る前は今よりもっと弱くて。戦力外通告みたいなもんだ...です」
「……あのさぁ「……っ!禅院さん...!」
──バキィッ!
「...っ!こいつどこから現れやがった!?」
床から突然現れたように見えた、魚人のような呪霊。
穴が空いた床が転々とあって、水道管がむき出しになっている部分がある。おそらくそこに潜んでいたのだろう。
「多分そこの水道管だ。隠れてやがった」
水道管に隠れて肝試しに来た人間を食ってったってわけか。呪術師じゃないと気づけないわな。
『ア...アァ...コクサン..』
てかこいつ...!
「ほんとに2級か...!?」
「いや、一級だよ。気配の消し方もそうだが、呪力の量も二級のそれとはレベルが違う」
「なんで...2級任務のはずじゃ」
「くそっ、あの目隠しバカ!ここで死んだら祟ってやる」
”目撃情報はないため明確の容姿などの全容は不明”
そういうことかよ...。
『アァ...!タベ、タベ...!』
「来るぞ!」
「....っ!」
突っ込んできた呪霊に禅院さんも突っ込んでいく。
俺と同じ、術式を使えない呪術師。
それなのに一級に怖気づくことなく、当たり前のように挑んでいく。
俺も、ああならなくてはいけない。世界一の、魔術師に...!
『絶対...絶対...』
「禅院さん、目瞑っててください」
「はぁ?」
「いいから!」
「わぁーったよ、ほら」
「グリモワール術式」
掲げた本の前に、白い魔法陣が展開する。
『フラッシュ』
──カァッッ!
『グゲェ!?グゥ...』
単純な目くらまし。故に火力は存在しない。ただこの光量、さぞかし痛いだろう。
「しばらく見えないはずです。絶対、きっと、多分。叩くなら今!」
「どっちだよ!信じていいんだな?」
「もちろん」
この呪霊と正面切ってやりあっても二人揃って負けるのがオチだ。禅院さんは置いておいて、俺はまだ圧倒的に火力が足りていない。
魔力の操作をおぼえたとはいえ、付け焼き刃だ。これから研がなくてはならない。
なら俺は...
「(全力で隙をつくる...!)」
「はぁぁあっ!!」
そこに禅院さんがすかさず槍を叩き込む。何度も、何度も斬りつける。
「意外とっ、こいつでもっ、通るじゃねぇかっ!」
『グ、ギギ...』
....回復が早いな。あの動き、だんだんと周りの様子を認識できるようになっている。そろそろ禅院さんにも引いてもらうか?
『ガァッ!』
「うぉっ!?」
「...っ!?」
今の攻撃、確実に禅院さんを捉えていた。
まさかもう見えてるのか...?それにしても早すぎる。一体.....
「禅院さん、下がって!」
「わかってる。もとからそのつもりだ。んで?」
『ア、アァ...』
「どういうことだ、あれ」
「.....」
「見えてるよな、もう。術の効きが甘かったか?」
「いや、直撃だったんで。多分普通ならあと数分は見えないっすよ」
格上には効きが悪いとはいえ、相手は一級だ。特級ならまだしも、一級なら通常通りに効くはず。
「でも実際もう回復してるだろうが」
「....憶測で申し訳ないっすけど」
「...?」
「あいつ、知能がある」
「....なんでそう思った」
「おそらく、目くらましをくらった目を自分で切り離して、自分で再生して治した」
「...それなら足し引きの辻褄は合う、か。どちらにせよこいつは...」
「「(それほど格上)」」
術式に対処する知能、一級相当の呪力。
「気ぃ抜かずに行くぞ。瞬きすんなよ転校生」
「おう」
一瞬たりとも気が抜けない相手。
〜〜〜
「そっち行ったぞ!」
「グリモワール術式」
『ブリザド』
『アァッ!?アァ!?』
知能があるとはいえ、呪霊の中ではの話。人間の知能と比べればどうってことのないもの。初見の技はよく通る。
そして、よく滑る。その氷の滑走路の先は...
『ポータル』
「禅院さん、送ります!」
「来い...っ!」
大剣を構える、禅院さん。
話は数分前。
『念のために持ってきたこいつを使う』
『それは...太刀?』
『そうだ、一級呪具”大威太刀”。私ですら両手でやっとの刀だ。お前じゃ潰れる』
『潰れ...っ。...それならあいつを仕留められますか?』
『当たれば、な』
『当たれば?』
『さっきも言ったろ。この太刀はバカ見てぇに重い。どんなに動きが鈍い呪霊でも振り終わる頃には逃げられちまう』
『使い勝手悪...』
『ただ当たれば特級呪具顔負けの威力が出る。だからやつに一発こいつをお見舞いしてやりたい』
『でもどうやって...』
『それはお前が考えろ』
『はぁ!?』
多少理不尽なことはあったが、そんなこんなでその太刀を当てることに専念した策。それがこれ。
ブリザドで滑らせたあとにポータルに入れて禅院さんの前にワープさせる。
事前に太刀を振るってもらって、それに合わせて俺がポータルにぶち込む。
なかなか難しい話だが...
「...っ!」
呪霊が、ポータルに入った。禅院さんはもう太刀を振るい始めている。
タイミングはこれ以上なく良好。
さあ、さあっ...
「(やれるか...!)」
「うぉりゃぁああっ!!!」
──ドゴォオンッッ!!
凄まじい音と共に上がる砂埃。それにより見えなくなる呪霊と禅院さん。
やったのか...?どうなんだ?
「けほっ」
「....!」
「ハンス...」
「禅院さ...ん...?」
「悪い...ヘマした...」
砂埃が開けた先には、呪霊に捕まった禅院さん。
太刀は地面へと転がっている。
「(タイミングは完璧だった。なんで...!)」
「お前のミスじゃねぇ。私のミスだ。自分の術式を疑うんじゃねぇ...」
「...っ言ってる場合か!」
くそっ!あの柱か...!禅院さんが斬るタイミングであの柱が倒れてきたんだ。それでタイミングが狂って...!
「グリモワール術式!」
『ファイアー』ッ!
『アァ...ウゥ!』
いともたやすく炎はかき消される。しかし炎の死角を利用して、呪霊の懐に潜り込めた。
中距離から撃てば禅院さんを巻き込む可能性があるが、ゼロ距離なら...!
「グリモワール術式」
俺の前に展開する紫色の魔法陣。
『ポイズン』
毒霧を噴射して相手を蝕む毒を与える術式。
呪霊でも痛みはあるはずだ。しらんけど。これで禅院さんを離さずにいられるか?
『グゥ...っ!』
予想通り、離した...!
「わりぃ...けほっ。ヘマした」
呪霊は毒の痛みに激しくのたうち回りながら、二階へと姿を消していった。
「いえ...大丈夫です。怪我は?」
「大丈夫...立てるから戦える」
「....だめです」
「.....」
「.....」
「わぁったよ」
「...意外と聞き分けいいんすね」
「私をなんだと思ってんだ」
女大将?
「ほら、さっさと退くぞ」
「...え?」
「...は?いやだから、高専戻るぞ」
「いや、まだ俺は大きな怪我はしてません。戦えます」
「はぁ!?じゃあ私は!?」
「怪我がひどいので戦わないでください」
「お前...っ。呪力で頭でもやられたか?」
失礼だな。やられるわけ無いだろ。
禅院さんの言ってることももちろん分かる。でも俺は大した怪我はしてないのも確か。こんなんで満身創痍なんで引きますとか、そんなこと言えるか。
俺は世界一の魔術師になるんだろ?戦わずして、負けずして戦いの場から降りれるわけねぇだろ。
最悪逃げればいいなんて、そんなことしてたら俺は..
「あのなぁ!無謀と勇気は違うんだ。相手との実力差もわかっただろ!」
「無謀なのはわかってますよ...!でも負けずして逃げたら、強くなんてなれない」
「...っ!それも...それも負けを理由にしてるだけだろ」
「....は?」
「負けることで、自分が戦ったって証明を得て、負けの経験という財産を得て、逃げなかったって栄光を得る」
「.....」
「いいか!?呪術師は勝者だけが正義で敗者は悪だ。勝者が生きて敗者が死ぬんだ。お前が負ける度にどこの誰に守られてきたのかは知らねーけど、ほんとの負けってのは死なんだよ」
「そんなこと...」
わかってる。
でも、今の今まで、負け続けて、落ち込んで、また負け続けて。その度に助けられて、励まされて、また助けられて。
俺は負ける度に誰かが付いていてくれた。
アリス先生や、薬学教師のティッツァーノ先生にも教えを説かれたこともある。ときにはマグノリア先生にもそれとなく励まされた。
しかし今俺はここで負けたら死ぬ。
それでも...
「負けても...死んでもいい。強くなりたいんだよ。何者からも逃げない。そんな強さが」
「...っ。じゃあ私も行く」
「だめに決まってるでしょ。魔力の消耗も激しいでしょうし、これ以上動いたらだめです」
「っだぁああ!もうイライラする〜っ!」
びっくりした...急に何。ヒス?
「魔力じゃなくて呪力だ!郷に入れば郷に従え!」
「今そこぉ!?」
「それに私に呪力はほとんどねぇ。だから呪具使ってんだよ。金輪際この話題出したら殺すっ!」
「は、はいぃぃ...」
こわぁ...。
「敬語もやめろ、名字で呼ぶな、さん付けするなっ!気持ち悪くてしょうがない!」
「わ、わかった。わかったから。真希」
「ふーっ...ふーっ...」
まくし立てて疲れたのか、真希は大きく息を整える。
「もっと...」
「え...?」
「もっと勝ちに貪欲になれよ...!死んでも逃げても負けても、最終的に勝つんだよ...!負けること考えて戦うやつなんていねぇぞっ」
「.....」
本気で、この人は本気で俺を心配してくれている。
自分と境遇が似ている俺は、真希の目にはどのようにうつっていたんだろうか。
きっと、危なっかしいやつだと思ってたに違いない。
弱いくせに、弱いからこそ、強さを知らないで、ただひたすら突っ走る俺を。死に急ぎ野郎だって思ってたに違いない。
「ふぅぅ....」
「.....」
何も知らないで、ひたすら走る。馬鹿な人間。
「わかった。退こう」
「....!」
「それで、勝とう」
「...はっ。百年はえぇよ。その前に、強くならなきゃな」
「...ああ。そろそろ毒が切れる。あいつが戻ってくる」
「そうだな。はやくもどらないとか」
「………ありがとな」
「あ?なにがだよ」
「勝ち方、教えてくれて...」
「...ばーか。そんなもん教えてねぇよ。私が知りてぇわ。ほら早く私をおぶれ」
「立てるって言ってませんでした...?」
「そうだったっけ?」
二級任務にて、呪術高専の二年生二名が派遣されたものの、内一名重症のため敗走。
二級と推測されていた呪霊が一級と判明。
任務、失敗
設定
下級魔導書『ポイズン』:霧状の毒を噴射する。死ぬほどの毒ではない。代わりに死ぬほどの痛みを喰らう。日光に当たって数分すると死滅する。
一級呪具・大威太刀(おおいたち):鞘のない太刀。太い刀身により並の術式じゃ到底持ち上げられない程重いが、当たれば特級呪具なみの火力が出る。使い勝手が悪い為一級。