豪族、杜王町に立つ。   作:ヨーロピアン

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1話 亡霊に雨はよく似合う

 屠自古がこの世界へ来てから4回だ。

 

 4回、太陽が沈むのを見た。

 見知らぬ地での夕焼けというのは何とも不気味にうつったものだった。

 しかし、今日は見ることはないかもしれない。変な臭いだ。濡れて色が濃くなった地面からは奇妙な香りがする。辺り一面雨粒が叩き続けている。ザーザーと降りしきる雨は一向に止む気配はない。

 

「あー、もう!」

 

 濡れそぼった服の裾をギューと絞りながら、気持ちの悪い感触にブルリと背筋を震わせる。

 こちらへ来てから、当然家もなく、野良犬同然の生活が続いている。亡霊である都合上、一切飲まず食わずでも体がもつのが救いだ。流石にゴミ漁りはしたくない。

 といっても雨は困る。

 髪の毛が額にぺったりはりついた頃、屠自古は廃墟を発見した。塀で囲われ重そうな金属の扉で敷地は塞がれていた。が、亡霊の屠自古にとっては暖簾に腕押し、糠に釘、何なく侵入できる。

 廃墟とは言え、人の家にずかずかと入り込むのはどこか気が引けるが、雨宿りの間だけだ、仕方ない。そう自分に言い聞かせながら、屠自古はボロボロの扉の前にしゃがみこんだ。

 廃墟の窓はすべて板で打ち付けられているだけで、ひび割れて中に雨粒が入っていくのが見える。この分だと中の雨漏りもかなりの量だろう。

 

 漠然と雨の音を耳に流し込みながら、屠自古はここ数日間を振り返る。

 初日こそ、何とかこの地の全容を掴もうと屠自古は、ふわふわと上空を浮遊していた。が、しかし、幻想郷の夜に比べてこの地は明るすぎる。3度目に見つかったあたりで、屠自古は人目につかないよう裏路地から出ないことにした。

 

 結局この数日で起こったことと言えば、久し振りに海を見たこと、人々の会話から杜王町という名前が知れたこと、そして、ちょくちょく紫色の縞模様が入った黄色くて小さな、謎の生物を見かけたことぐらいだ。

 余程この地域に馴染んでいるのか、誰も気にも留めていなかったが。

 

 ひとまず、雨が止むまで軽く休むとしよう。人外とはいえ疲れはたまる。

 パタリと屠自古は倒れこみ、雨音を子守唄にすることにした。

 

 

 ◇

 

 

「いった!」

 

 首筋に走る鋭い痛みで屠自古は目を覚ました。

 パチクリと瞬きしながら、首をさする。

 雨はかわらず降っていたが、まだ夜ではない。そこまで時間は経っていないようだ。

 うーんと伸びを1つして、屠自古は起き上がった。

 首に木材でも落ちてきたのか? このボロボロの家なら十分あり得る。改めてこの家を見上げた。

 そして、ゴシゴシと目を擦る。

 

 今、窓に何か見えた。

 

 人影が10、20、いやもっとだ。そしてその人影は、物凄く小さかった。1人を除いて。

 人形好きでも住んでいるのか? だとしたらとんでもないことだ。住人からしてみれば、自宅の前に人が転がっているのだから。

 軽く窓の方へ頭を下げ、雨の下へと屠自古は出た。多少乾いた衣服が再び変色していく。

 

 雨はまだ止みそうにない。

 

 

 ◇

 

 

 屠自古が後にした館では2人の学生服の男が違和感に苛まれていた。

 

「アイツ、生きていやがったか......兄貴、どうする?」

「いや、矢だけ回収する。『バッドカンパニー』! 矢を回収してこい!」

 

 バラバラと小さな人形の兵隊が館の玄関へと飛び出していく。そして、屠自古に向かって撃ち込まれた奇妙な形状の矢を拾い上げ、指示を出した男の元へ戻ってくる。

 

「億泰! ちゃんと人が寄らないように見張っとけ!」

 

 奇っ怪な矢をその手にしっかり握りしめた後、男はもう1人の男を怒鳴り付けた。

 

「す、すまねぇ。ただ門はしまったまんまだったんだよ。どうやって入り込んだのか分からねえ」

 

 どやされた男は申し訳なさそうに謝る。しかし、その謝罪をもう1人の男は聞いていなかった。弓矢を手にしたまま、1つの疑問で頭が凝り固まっていたのだ。

 

「どういうことだ......? 矢が......すり抜けやがった」

 

 疑念に満ちた呟きは雨音に吸い込まれた。

 

 

 ◇

 

 

 雨の日の靴の中に広がるビチャビチャと不快な感触。しかし、屠自古はそれとは無縁だった。あの感触を感じなくていいのは亡霊の体のメリットだ。

 それ以外は全て、服も髪もずぶ濡れだが。

 

『ガ、ガガッ......あー、あー、聞こ......かー?』

 

 おかしなトーンの声が不意に服の中から響いた。

 

「誰!?」

 

 しばらく他人の声を聞いていなかった屠自古はギョッとした。肩が竦み上がり、雨粒が辺りに散らばる。

 

『ちょっ、あん......り大声出......ないで......くれよ。まだ、チュ......ニ......グが......よし! これでOKだ。聞こえるかい?』

 

 ジジジと死にかけのアブラゼミのような音の後に続いた声に、屠自古は聞き覚えがあった。

 慌てて服をまさぐるとドングリくらいの小さな機械が出てきた。こんな物がいつの間に、と思ったが間違いなく音源はこれだ。用途は分からなかったが、本能のまま、屠自古は耳に近づける。

 

「その声......河城にとり?」

『やあ、そっちはどんな感じだい?』

 

 いささか温度差を感じるテンションだ。

 お隣さんに朝の挨拶でもするかのように気さくな風で、にとりは話しかけてきた。

 河童である彼女は機械を弄くり回すことに長けている。この小さな機械も彼女の作品だろうか? 

 

「どうもこうもないわ、あんたの知ってること、全部話せ!」

 

 一方、屠自古からしてみれば空から降ってきた最重要参考人だ。必然的に尋問する口調になる。

 

『生憎だけど私もそっちの世界のことは何にも知らないよ。まあ、強いて言えることがあるなら......そこは本の中の世界さ』

「本の......中だと?」

 

 いかん、頭が混乱してきた。

 

『あー、やっぱ記憶に干渉しちゃうのか。ここは改良の余地ありだな』

「何だって?」

 

 今不穏な言葉が聞こえた気がする。屠自古は凄んだが、にとりは変わらぬ調子で喋り続ける。

 

『いや、何、バーチャルリアリティと言ってね、あらゆることを疑似体験できる機械が外の世界で流行ってるらしいんだよ。で、ただの疑似体験じゃ面白くないじゃない? だから創作物の世界を疑似体験できるようにしたんだけど、今回選んだ題材が外の世界の本、それも漫画数冊なんだけどね。どうも殺人鬼が出てきたりだの、中々不穏な内容らしいんだ』

 

 にとりは長々と語ったが何を言っているのか分からない。屠自古は辛うじて聞き取れた最後の部分を聞き返した。

 

「らしいって......あんたは読んだ訳じゃないの?」

『ん? ああ、思ったより長そうだったからね。それで自分でやるの嫌......じゃなくて強そうな人にお願いしようと思って屠自古、君にお願いしたって訳さ』

 

 屠自古は機械に疎い1500年前の貴族、にとりの喋る内容はほとんど理解できなかった。

 ただ、これまでの会話で確実に分かったことが1つある。

 

「......つまり、私が訳分かんない世界にいるのはあんたが原因ってわけね」

『まあまあそう怒んないでよ。データはとれたし、2人ともすぐ出してあげるよ』

「......2人?」

 

 またもや気になる事をにとりが口走った後、ビー、と耳障りな音がした。

 

『......あれ?』

 

 嫌なリアクションの後にガチャガチャとボタンを連打するような音とビー、という音が交互に響く。

 

「うるさいな、何だ?」

 

 屠自古は不快な音に思わず顔をしかめた。

 

「あんた、今やってしまったって顔してるだろ?」

『え? い、いや、そんな』

「......やっぱり何かあるんだな」

『いや、すっかり失念してたな。そうだ、そうだ。だから、スタートするときもあんなに......どうする? 2人の精神を同時に......いや、無理だな』

「おい、何が起きてるんだ? 私にも分かるように説明してくれ」

『ざっくり言うと......そうだなぁ、合ってない鍵で無理やり扉を開けようとしたらポッキリ折れちゃって鍵穴が詰まっちゃった、みたいな感じかな。アハハ』

「......それはどれくらい不味いんだ?」

『おいおい、河童の技術をなめてもらっちゃ困るよ。こんなのすぐ直せるよ』

 

 そのトラブルを招いたのも河童の技術だろうが、と屠自古は思ったがグッとこらえた。ここで無駄に敵に回すこともない。残念だが主導権を握っているのは彼女の方だ。

 

「どれくらいかかる?」

『まあ、そうだな......ざっと......半日?』

「半日だって?」

『いや、まあ半日ってのはこっちの世界の話でそっちだとどれくらいになるのか私には分かんないよ』

 

 こうしてる間にも体はしとしとと雨露に侵されていく。

 

「私はその間どうすればいい?」

『んー? どうするも何も好きにすればいいさ』

「好きにって......」

『どうかしたのかい?』

「いや、この世界は亡霊なんかいないだろうから、そのー、あれだ、悪目立ちするんだ私の霊体」

 

 屠自古はこれまでに出会った人々の好奇や懐疑の視線を思い出した。ここが幻想郷でないのなら無理もないと言えばそうだが。

 

『ああ、なるほどねぇ。まあ、その程度なら何とかならなくはないけど』

「本当か?」

『コイツをちょちょいといじれば......OK! これで君は人間たちには見られずに済むよ!』

「......本当か?」

 

 あまりにあっさりと終わった作業に、屠自古は猜疑心を持たずにはいられなかった。

 

『もちろん、試しにその辺の人に話しかけてごらんよ。あ、そうそう、言い忘れてた。その機械ちょっとリアル志向にしすぎちゃってさぁ。バーチャル空間だろうと水には弱いから気をつけてね?』

「はあああああああ!? ちょっと待て!」

『にしても君の方ノイズがすごいな。さっきからザーザーって......』

「こっちは土砂降りなんだぞ!?」

『ま、まさか濡れて......』

 

 小さな装置はプツン、と音が鳴り、うんともすんとも言わなくなった。マシンに弱い屠自古とは言え、今この装置に何が起きたかくらいは分かる。

 今は堪らなく足が欲しい。霊体では膝から崩れ落ちることも叶わない。

 口や鼻から雨粒が入ることも厭わず、屠自古は天を仰いだ。

 

「屠自古!」

 

 絶望にうちひしがれていた屠自古の名を誰かが呼んだ。例の小さな装置が直ったのかと思ったがそうではなかった。この世界に知り合いなぞいるはずもない。とうとう幻聴が聞こえるようになったかと屠自古が思っていた時だ。

 

「おい、屠自古! 聞こえておろう! 我だ!」

 

 

 屠自古はハッとして我に返った。嫌と言うほど聞いてきた声色だった。そして──絶対に本人には言わないが──どこか安心してしまう声だ。

 

「布都!? お前、どうして......」

 

 灰色の髪をポニーテールに纏め、その上にちょこんとのっかる烏帽子──物部 布都がそこにいた。

 さらに驚くべきは、その隣にいる人物だ。後ろ姿ではあるものの間違いない。数日前に見かけたあの白服の大男、それから変わった髪型の学生服の男の2人もいたのだ。その更に奥には人面のような岩がある。

 

「説明は後じゃ! その男子(おのこ)を助けろ!」

「男子って......」

 

 屠自古は布都が差す方を見た。ピンクの物体が少年の口の中へと潜り込んでいく。苦しそうにもがく少年。誰かが無理矢理押し込んでいるかのように奥へ、奥へとピンクの何かは突き進む。

 状況が全く飲み込めないが時間がない、というのだけは分かる。

 

「ああ、もう、私は知らんぞ!」

 

 元来、屠自古は頭より体が先に動くタイプだ。

 指先に意識を集中する。人差し指の照準をピンクの物体に定めた。

 雷矢が一閃、綺麗に撃ち抜く。

 

「ギャアアアアア!」

 

 悲痛な断末魔がこだまする。ピンクの物体はどうやら、ゴム手袋だったらしい。少し焦げてプシュー、と音を立て、ポトリと落ちた。こいつは何なのだろうか。叫んでいたように思えたが、生き物......なのか? 

 少年はケホケホと咳き込むと、傘を放り出して泣きながら一目散に逃げていった。

 

「おい、布都。一体......」

 

 屠自古は説明を求めようと布都の側へと寄った。そのタイミングで2人の男もそれぞれ屠自古に気づいたようだった。

 

「お前さん、数日前杜王駅にいたな。弓矢のことといい、やれやれ......整理しなきゃいけないことが多すぎるぜ」

 

 大男は、混乱している旨を口にする。だが、それは屠自古も同じだ。ポーカーフェイスの大男と対照的にこちらは全て顔に出ているが。

 人間に屠自古の姿は見えなくなる、とにとりは言っていた。布都に屠自古が見えているのは至極当然だ。しかし、この大男は今はっきりと屠自古を見て、そして、屠自古に向かって喋っている。もう1人の男も屠自古のことを認識しているようだ。何だこいつら、人間じゃないのか? 

 それとも、そもそもの元凶たる河童をあっさり信じたのが間違いだったか? 

 屠自古の様々な念が渦巻き始めた時だった。

 

「フッフッフ、承太郎殿、仗助殿! これが我の"すたんど"、屠自古じゃ!」

「は?」

 

 そんな周りの様子はお構いなしに、布都はいわゆる"どや顔"で屠自古を指差した。その態度に面食らい、屠自古の思考回路は最早原型をとどめていなかった。

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