豪族、杜王町に立つ。   作:ヨーロピアン

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2話 遠隔自動操作スタンド・ソガノトジコ

 しとしとと降り続ける雨の中、4人の男女は立ち尽くしていた。

 ゆっくりと流れる時間の均衡を破ったのは、白服の大男だった。

 

「......状況を整理したい。仗助、家を使わせてもらえないか?」

「別に俺は構わないっす」

「君たち2人も少し、いいか? 時間はとらせない」

「我は何の問題もないぞ」

 

 布都は傘をくるくると回した。辺りに雨粒が散る。

 

「君はどうだ?」

「あ、ああ。私は大丈夫だ。しかし、これで家に上がる訳には......」

 

 屠自古もこの混沌とした脳内の整頓は願ってもない提案だし、協力もしたい。

 屠自古はスカートの裾を摘まんだ。ずっしりと重たい。随分水を吸っている。というかこの4人で傘を差しているのは布都だけだ。

 

「ああ、問題ないっすよ。母親も今日はいないし、うちはアンジェロのヤローのせいでとっくにびしょ濡れだ」

 

 仗助は振り返って巨大な岩を見つめながら呟いた。屠自古には岩の人面模様が一瞬、動いたように見えた。

 

 ◇

 

 

 学生服の男の家は、この雨で窓でも開けていたのかと思うほどの湿度と水気だった。なるほど、この様子であれば屠自古の服が濡れている程度なら気にもならないのかもしれない。まあ、今は乾いてはいるのだが。

 

 屠自古は隣で揺れる白いポニーテールをギロリと睨み付けた。それは、家に入る直前のこと──

 

 

「どうした、屠自古よ? もう2人とも中に入ったぞ?」

「いや、如何に家主に許可されたとはいえ......流石にこんなに濡れた格好で人の家に上がるのは気がひけるな」

「なんじゃ、そんなことか。どれ、我が乾かしてやろう!」

「馬鹿、よせ!!!」

 

 ボオォォォオ! 

 

「あっつ!!! 焼き殺す気か!? この......愚か者がぁ!!!」

 

 バリバリィィィイイ! 

 

 

「ぎゃああああ、痛い痛い痛い!!!」

 

 

 ◇

 

「......何か臭わないっすか?」

「......確かに。妙に焦げ臭いな」

「さっき近くにでかい雷落ちてたし、何か不安になってきたな......俺ちょっとキッチン見てくるっす! 3人は先にリビング行っててください。ついでにお茶も淹れて来るんで!」

「お、お構いなくー」

 

 布都と屠自古は黒くなった布地をそれぞれさりげなく隠しながら、苦笑いを浮かべた。

 

 ◇

 

 白服についていくまま、広い一室に通された2人は、ソファに座るよう促された。彼はコートが濡れているからか立ちっぱなし、その辺に置くわけにもいかないのか、雨で濡れた帽子を室内でも被りっぱなしだ。

 

 そして、仗助がお茶を乗せた盆片手に戻ってきた。テーブルにコト、コトとカップが並んでいく。

 

 この白い服の大男は空条 承太郎と名乗った。この杜王町に来たのは数日前だそうで、その点は屠自古とかわりない。以前、東方仗助と呼ばれていたのは一緒にいた若い男の方──亀を助けていた男だったようだ。

 

 が、屠自古が理解できたのはここが限界だった。隣の布都を見るとうつらうつらしている。屠自古よりも承太郎と仗助との付き合いが長そうで、この奇妙な世界について理解していそうな布都ですらこの有り様なのだ。承太郎と仗助の話に屠自古がついていけるはずもない。

 でぃお、だの弓と矢、だのよく分からない話がしばらく続いた後、承太郎は屠自古の方へ向いた。

 

「さて、待たせたな。屠自古......と言ったか。君にも話を聞きたい」

 

 承太郎は、落ち着いた口調で屠自古を見下ろす。

 

「君が先ほど撃ち抜いたのがスタンドだ」

「あのピンクの手袋が?」

「正確には、あれに入っていた液体、それが俺たちが戦っていたスタンドだ」

 

 液体? そんなもの入っていたのか? 確かに手袋から何か漏れたように見えなくもなかったが、雨も降っていたことだし、屠自古は全く気にしていなかった。

 

「......その様子だとスタンドについては知らないようだな」

「スタンドというのは人間の精神が具現化したものらしい。我らの言葉で言えば、強力な生き霊を使った式神......といったところであろうな」

 

 いつの間にか布都の目がぱっちり開いていた。一応、ちゃんと話は聞いていたらしい。

 

「そして、君の話になる」

 

 承太郎は屠自古の親指ほどありそうな太い人差し指を軽くこちらへ向けた。

 その時だった。屠自古は目を見開いた。承太郎の背後に紫色の巨躯が姿を現した。承太郎と同じか、若しくはそれ以上の巨人が、部屋の中に突如出現したのだ。

 

「おい、後ろ......」

「スタンドというのは普通、人間には見えないものなのだ」

 

 しかし、承太郎はポーカーフェイスを崩すことなく続ける。

 

「スタンドはスタンドを擁する者にしか感知できないのだ。君はコイツが見えているな」

 

 承太郎はこちらを見据えたまま、背後を指した。

 屠自古は咄嗟に横を向いた。

 しかし、布都は呑気にお茶をすすっている。これ程落ち着き払った様子を見ると、今、承太郎が話していることは既に布都は知っているようだ。屠自古にとってはいずれも現実味のわかない話だった。まあ、河童の言う通りであれば、ここは本の世界、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。

 

「そして、俺と仗助は君を認識できているが、先ほど君が助けた少年......君が見えていない様子だった」

「よくぞ気づいた、承太郎殿! そう、何を隠そう、屠自古は我のスタ......」

 

 屠自古は急にスイッチの入った布都の口を慌てて塞いだ。

 

「屠自古よ、どうした?」

 

 布都が声を潜める。応じて屠自古の声量も小さくなった。

 

「いや、スタンドとやらがスタンド使いにしか見えない......ってのは分かった。そして、今の私もそういう状態になってるんじゃないか、てのも分かる」

 

「だからと言って、何で私がお前のスタンドになるんだ! 大体、これはだな......」

「まあまあ、落ち着け。まずは茶でも一杯飲んでだな」

 

 布都が囁き声のまま、仗助が持ってきたお茶を屠自古に差し出した。無下にするわけにもいかず、屠自古はそのままグイと飲み干す。少し熱かったが、雨で冷えた体にはちょうどいい。

 

「お主の体質が河童の仕業であること、もちろん我も承知の上だ」

「お前、それは......」

 

 布都は懐をまさぐると、小さな機械を取り出した。

 そう、屠自古の分は壊れてしまったアレだ。

 

「河童の話だとこの世界での1ヶ月が元の世界の3時間に値するらしいのでな」

「何だって!?」

「驚くのは分かるが、我らにはどうしようもないであろう? 修理に半日ということは我々は4ヶ月ほどはここで暮らさねばならんのだ。そして、件のスタンド使いと申す者達、まだこの町に何人もいるようだ。4ヶ月の間、またどこでスタンド使いに出くわすともしれん。もしそのスタンド使いに見つかる度に亡霊だ何だと説明するのは流石に不便ではないか?」

「む......確かに」

 

 そもそも屠自古がこの半端な状態になったのも悪目立ちを避けてのことだ。スタンドとの違いをいちいち説明していては本末転倒である。

 

「いいだろう。この町にいる間だけ、私はスタンドだ」

 

 屠自古は承太郎の方へ向き直った。

 

「話は終わったか? それじゃ、端的に聞こう。君らはスタンド使いとスタンドなのか?」

「うむ、我らは......」

「私はスタンドだが、こいつのではない」

「おい、屠自古よ! 話が違うぞ!」

「私がお前の精神を具現化した式神であるなんて、絶対に嫌だ! 私は自律したスタンドだっ!」

 

 屠自古と布都はお互いの口を塞ごうと躍起になりだした。

 

「承太郎さん、何か......訳ありみたいっすね。この2人」

「ああ。ただ、悪ってのは邪さや不気味さってのが滲み出てるものだ。最初に物部 布都に会った時も、駅で蘇我 屠自古を見かけた時も、敵意は感じられなかった。そして、今日でその確信が強まった」

「警戒する必要はないってことっすか」

「......今のところは、な」

 

 ◇

 

 仗助の家を後にする際、屠自古は1枚の遺影が目に入った。思わず立ち止まる。

 

「この人......!?」

「じいちゃんを知ってんのか?」

「あ、ああ。つい4日前だ、助けてもらった」

 

 間違いない。杜王町の初日に出会った、あの初老の男性だ。どう見ても不審ななりだった屠自古に、優しく手を差しのべてくれた。屠自古は呆然と右手を見つめる。既にこの世の者ではない、亡霊の手だ。青白い。冷たい。しかし、だからこそ人の手の温もりは強く染み渡る。

 

「さっきのスタンドは連続殺人鬼のスタンドで......殺されたんだ、奴に」

 

 仗助がポツリと漏らす。

 屠自古はハッとした。

 連続殺人鬼......殺された......あの手袋の中身はそんなに凶悪な存在だったのか。もし、屠自古も、承太郎と仗助も、何もできなかったとしたらあの少年はどうなっていたのだろうか。考えるだけで背筋がうすら寒い。

 

「そうか......嫌なことを思い出させたな。すまない」

「あんたが謝ることないっすよ」

 

 仗助は悲しげな瞳のまま、口だけで笑った。

 

「......俺は決めたんすよ。じいちゃんにかわって俺がこの町を護るって」

「そうだな。......きっとできる」

 

 屠自古は微笑みながら思い出していた。亀を治す仗助を。あれがスタンドの能力なのであれば、そして、スタンドが本人の精神の具現化というのであれば、彼はどんなに優しい心の持ち主なのだろう。

 

 屠自古は布都を呼び止めた。

 

「仏教は私も嫌いだが、お前、あの仏壇に絶対火つけるなよ。空気読めよ」

「......お主、我を何だと思っておるのだ?」

 

 

 ◇

 

 東方家を出ても相変わらず雨は降っていた。

 仕方なく屠自古は布都の持っていた傘に入り込む。

 傍から見ればまごうことなき相合い傘ではあるのだが、屠自古は他人からは見えていない、そう思い込んで耐えることにした。折角、乾いた服が濡れるのも嫌だったのだ。

 

「で、屠自古よ、お主はこれからどうするつもりだ?」

「どうするも何も河童が機械の故障を直すのを待つしかないだろ」

「どこに住む気だ?」

「住む?」

「これから野ざらしで4ヶ月過ごす気か? 我らは衣食こそ不要だが、住は必要であろう?」

「......お前、何かた......冷静だな」

 

 頼りになる、と言いかけて屠自古はその言葉をぐっとこらえた。なんだか癪だったのだ。

 

「そうであろう、そうであろう? フフーン? 特別に我と住まわせてやってもよいぞ?」

「はあ? 私は亡霊だ。どこでも入り込めるのに、誰がお前なんかと......」

「良いのか? 我にそんな口を聞いても?」

 

 布都は挑発的な表情を浮かべた。

 

「河童と通信できるのは我だけだぞ?」

 

 にとりから聞いたのか、布都は屠自古がそれを壊してしまったことを知っていたらしい。

 

「ぐっ......」

 

 屠自古は歯を食いしばった。とんでもなく屈辱的だ。

 

「さあ、行くぞ! 我らの拠点へ! 我のスタンド、屠自古よ!」

「お前の、じゃない! ......しかし、布都。お前にしてはやるじゃないか。まさか住居まで確保していたなんて」

「はあ? 家なんかあるわけなかろう? 我もここに来てまだ数日だぞ?」

「お前なあ......」

 

 布都を少しでも信頼した数秒前の自分をぶん殴りたい。屠自古は後悔した。

 

「我に任せろ。風水とは本来物の配置によって気の流れを操作するもの、住みよい土地を探すのに最も適している者なぞ我を差し置いておるまい!」

「本当か......? お前の風水、結構眉唾だぞ?」

「えーっと、こっちがいいのう」

 

 布都は仗助の家がまだ見える内に立ち止まった。

 

「おい、まさかここじゃないだろうな」

「む? 駄目か?」

「この廃虚、私がさっき雨宿りしていた場所だ。寝てたら首に何か落ちてきたぞ。見ろ、雨漏りも酷いし」

「贅沢な奴じゃのぉ。次じゃ、次」

 

 また、ぶつぶつと呟き始めた布都に屠自古はついていく。何も屠自古はこの家の環境が嫌だというだけで断ったわけではない。屠自古はもう一度窓を見上げた。やはり、気のせいだったのだろうか。今度は窓には何も見えなかった。

 

 ◇

 

「ここは......どうじゃ?」

「......何かもう店が建ってるぞ。いい匂いがするな。洋食の料理屋か?」

「ええい! かくなる上はここを燃やして......」

「止めろ、大馬鹿者!」

 

 ◇

 

「ここも良いぞ?」

「何か看板があるぞ。......何だ? 読めんな」

「あるふぁべっと、という奴だな。全く我らが眠っている間に妙な文字が伝来したものだ」

「さっきとは別の意味で......いい匂いがするな」

「うむ。甘い、何というか妖艶な、大人の匂いじゃな」

 

 屠自古は齢1500が大人の匂いなど何を抜かしているのか、とも思ったが、問題はそこではない。

 

「だーかーらー、誰かもういるんだよ、誰かが」

 

 ◇

 

「うむ、ここも悪くない。今度は店ではないしのう」

「だから先客が住んでるって、ほら」

 

 "岸辺"という表札がぶら下がっている。

 しかし、布都は表札に見向きもせず、傘を閉じると、何やらモゴモゴと呟き始めた。

 

「お前、何か術をかけようとしてないか?」

 

 詠唱が、止まった。図星か。

 

「馬鹿者!」

 

 慌てて屠自古は布都を羽交い締めにし、その場から引き離そうとする。

 

「離せ、屠自古ー! 火災の相が出ておるんじゃー! 我がやらずともこの家はじきに燃えるぞー!!」

「お前がやるから、相が出てるんじゃないのか!?」

 

 ◇

 

「ここはどうじゃ?」

「随分豪邸だな......じゃない! この数時間、ただただ物件を外から見てるだけだ! そもそもお金もない私達が普通の家に住める訳ないだろ!」

「むぅ......じゃあ、我がこの数日間過ごした場所に行くか?」

「何だって? お前さっき住みかはないって......」

「潜り込んでおっただけだ。住みかとは言えまい」

 

 ◇

 

「おい、ここって......学校って奴じゃないのか?」

「うむ。外の世界の寺子屋じゃな」

「......住める訳ないだろ。お前その格好でよく忍び込めたな」

 

 屠自古はおよそ町の人には馴染めないであろう布都のいでたちをまじまじと見た。自分が烏帽子を脱いだのが馬鹿馬鹿しくなるくらい目立っている。流石に足のない屠自古よりはましなのだろうが、布都も"スタンド化"を河童に頼んだ方がいいのではないかとも思える。

 

「ふっふっふ、中々やるであろう?」

「褒めてはない。結局どうするんだ?」

 

 事態は何も好転していない。まだまだ青春真っ盛りの若々しい声を耳に取り入れただけだ。

 

「うーむ......やはり、最初の廃虚に住むしか......む? あれは、もしや......」

 

 顎に手を当てていた布都は急にその腕をはねあげ、振り始めた。

 

「おお、やはり! 承太郎殿!」

 

 今度は傘を差している白服の大男がそこにいた。

 

 ◇

 

「屠自古! 柔らかい! 柔らかいぞ!」

「あんまり暴れるな!」

 

 ベッドの上でぴょんぴょん跳ねる布都を屠自古は目で制す。

 しかし、気持ちは分からなくもない。久しぶりだ。まともな屋根の下でくつろげるのは。

 承太郎の計らいで、豪華な宿泊施設をあてがって貰えることになった。

 

 無論、ただではない。

 

 屠自古は承太郎から受け取ったポラロイド写真を机の上に並べていった。

 金色と緑に輝く特徴的な矢尻──この矢の捜索の手伝いを依頼されたのだ。これが、承太郎と仗助の話していた弓と矢の"矢"という奴なのだろうか。

 

 この矢は強制的にスタンドを発現させる特性があるらしい。そして、この矢が杜王町に存在し、承太郎はその矢を回収し、悪用を防ぎたい、とのことだった。

 屠自古がそれを承諾したのは、住居が得られる、というのも勿論ある。が、あの青年──東方 仗助が護ると宣言したこの杜王町が少し気になり始めていたのもある。ひょっとしたら矢の捜索が彼の助けになるかもしれない。

 そして、屠自古はどうせなら4ヶ月、ここでの生活を楽しむことに決めていた。

 

「屠自古! これ、どうやって使うんじゃ?」

 

 後は布都と別部屋であれば完璧だったのだが......流石に承太郎にそこまでは要求できなかった。

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