豪族、杜王町に立つ。   作:ヨーロピアン

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3話 収穫

 屠自古は朝日が差し込む部屋で1人で座っていた。

 腕を組み、朗らかな朝日と対照的なしかめっ面。小刻みに二の腕を叩く人差し指がその苛立ちを表している。

 ぎぃー、と部屋のドアが開いた。ノックがないと言うことは──

 

「屠自古ー、戻ったぞ!」

 

 やはり、布都だった。

 

「いやー、中々美味であった」

 

 布都はたった今1人で朝食を済ませてきたところだ。ホテル内の食堂に屠自古が行くと、流石に目立つ。屠自古自身は見えないものの、何せ食事が空中でどんどん消えていくことになる。人目を集めるなという方が無理な話だ。

 それで、布都が屠自古の分を持って帰る算段だったのだが......

 

「......私の分は」

「あ」

 

 誰が見ても答えが分かる顔だ。ぱっくりと口を開けた布都に屠自古はパチパチと音の出ている人差し指を向けた。

 

「この鳥頭!!!」

「痛い痛い痛い!!!」

「......まあいい、出るぞ」

「出るって......どこに?」

「昨日話したろ、これを探しに行く」

 

 屠自古は1枚のポラロイド写真を布都に突きつけた。

 承太郎から預かった物だ。

 

「ああ、(ソレ)か」

「しかし、どうやって探したものかな。杜王町のどこかにあると言われても、この町それなりに大きいようだし」

「コイツはスタンド能力を呼び覚ますのであろう? じゃあ、スタンド使いに片っ端から聞いてみるのが1番早いのではないか?」

「......そのスタンド使いはどうやって見つけるんだ? 外見じゃ分からんぞ?」

「任せておけ。我に案がある」

 

 自信満々に胸を張る布都に屠自古は嫌な予感しかしなかった。

 

 ◇

 

 2人は朝方1番人が集まる地──駅と呼ばれる施設に来ていた。屠自古が訪れるのは初日以来4日ぶりだ。布都がいつの間にかホテルで貰っていた杜王町の地図を頼りにここまで来た。相変わらずの人通りだ。

 

「おい、本当にやるのか?」

「大丈夫じゃ」

「......じゃあ、コホン」

 

 屠自古は咳払いを1つした。布都が考えたスタンド使いを見つけ出す作戦、それは──

 

「ワァァァァァァアアア!!!!!」

「......うーむ、誰もおらんのう。屠自古もう1回じゃ」

「......やっぱり止めないか? これ」

 

 屠自古が人通りの多い場所で大声で叫ぶ、というものだった。

 スタンド使い以外に聞こえないはずの屠自古の声に反応すればソイツはお目当てのスタンドを持つ人間だということになる。

 やってみて分かったが死ぬほど──いや、屠自古はもう死んでいるが──恥ずかしい。大勢の前で叫ぶ恥ずかしさはもちろん、スタンド使いであれば聞こえているという事実も非常に精神にこたえる。屠自古はできることならばスタンド使いがいないことを祈りながらもう一度声を張り上げた。

 

 

 ◇

 

 

 暖かな春の日はすっかり頭の上まで昇っていた。

 時刻は昼時、駅前の人通りが落ち着いてきたため、屠自古たちはひとまず駅を後にしていた。

 

「そういえば河童にはこちらからは連絡できないのか?」

「そういえば試したことなかったのう。やってみるか」

「いや......やっぱりやめておこう」

 

 下手にあの機械をいじって壊しでもしたら大事だ。それに、こちらの1ヶ月が向こうの3時間ということはまだ数分しか経っていない計算、今連絡したところで得られるものはないだろう。

 

キーンコーンカーンコーン

 

 不意に鳴り響いた鐘の音に思わず体がビクッとなった。車と呼ばれる乗り物の走行音をはじめ、幻想郷では耳慣れない音がこの町には溢れている。

 

「む、もうそんな時間か」

 

 一方、慣れた様子の布都を見て言い知れぬ恥ずかしさがこみ上げる。いつもならこういう時に目ざとく咎めてくる布都が何も言ってこないことも屠自古の感情の行き場をなくすことに追い討ちをかける。

 

 布都は足を止めていた。鐘の音の出所は布都が潜り込んでいたという学校であった。

 

「おい、またあの学校じゃないか! 何しに来たんだ」

 

 例の学校の前でぽつねんと立ち尽くす布都。

 

「ん? 喉が渇いたからのう。ちと休憩じゃ」

 

 再び歩みを始めた布都の行く先は間違いなく学校の方向だ。

 

「はあ? まさか食堂に入る気か!? こんな昼時に私らみたいな部外者が入っていいわけないだろ!」

「違う違う。まあ、気にせずついてこい。どのみちお主は普通の人間には見えておらんのだからのう」

 

 布都はあれよあれよという間に門をくぐって敷地に入ってしまった。童顔の布都は生徒に間違われているのか、いや、むしろ生徒として異様な格好だ。教師陣に怪しまれぬわけがない。

 ハラハラしている屠自古の視線を知ってか知らずか布都はずんずん進み、誰にも会わぬままとうとう窓から建物内にまで侵入してしまった。

 

「お、おい!」

「なんじゃ、屠自古」

 

 なんじゃ、と言われても窓から入っている時点で正規の客ではない。

 だが、このまま外からプカプカと布都を見張る訳にもいかない。屠自古も続いてするりと入り込んだが──見つかった。誰かいる。身長的にこの学校の生徒だ。早く逃げなければ。

 

「布都、逃げ──」

「おー、重ちー。もう来ておったか」

「布都さん」

「は?」

 

 重ちー? 布都さん? 気さくに挨拶を交わし始める2人に屠自古は露骨に動揺した。

 

「重ちー、みるくてぃーはあるか?」

「あるどー」

 

 少しふくよかな少年は小さな台所で湯を沸かし始めた。

 

「屠自古、紹介するぞ。重ちーじゃ」

 

 布都はその少年の後ろ姿を指し示す。

 

「紹介って私のことが......見えてるのか?」

 

 重ちーは布都の背後、つまり後から入ってきた屠自古を明らかに視認していた。

 

「うむ、重ちーもスタンド使いだ」

 

 布都は大きく頷いた。

 

「重ちー、紹介しよう。我のスタンド、屠自古じゃ。最近自我が強くてなあ、重ちーはどうやってスタンドを制御しておるのだ」

「んー? おらのスタンドは1体じゃないから分かんないど」

 

 後ろを向いたまま、重ちーは布都と会話している。何というか......初対面の屠自古への警戒心がほとんどない。少し心配になるくらいだ。

 

「なるほど。承太郎のスタンドは1体のようだったがスタンド使いにも色々タイプがあるんだな、じゃないんだよ。おい、布都。誰がお前のスタンドだ」

「す、すまん、調子に乗った。だからその構えてるビリビリを引っ込めてくれ」

 

 飲み物を準備し終えた重ちーが帰ってきた。

 

「おい、布都。彼もスタンド使いなのだろう? 矢のこと、聞いてみろ」

「おお、そうであったな」

 

 カップを受け取った布都が引き換えに矢の写真を渡す。

 

「重ちーよ。これを見たことはあるか?」

「これは......何だど? 矢?」

「ああ、矢じゃ」

「見たことないど」

 

 重ちーは首を横に振った。

 その後はしばらく、とりとめのない話が続く。布都が杜王町に来てまだ数日のはずだというのにまるで気心の知れた長年の友であるように話に花が咲く2人。布都が謎にこの環境に適応していたのは彼の影響が大きいのかもしれない。

 ここは教師が飲み物を隠している場所であること、昼時にたまに拝借していること、布都とはここに入り込んだ時に出会ったこと、などだ。第三者の屠自古からすれば不法侵入者と泥棒が意気投合しただけのように思える。

 そして、スタンドの話も聞けた。重ちーのスタンドの名前は『ハーヴェスト』、布都が言っていた通り複数体からなるスタンドらしい。

 

「あ、そうじゃ! 重ちー、お主のスタンドでコイツを探してはくれぬか? ついでで構わぬ」

 

 布都は思い出したように重ちーに写真を向けた。

 

「これ、そんなに高価なものなのだど?」

 

 重ちーは矢が高価なものだから探している、という結論に至ったらしい。

 

「さあ? 見た目はちょっと高そうだがな。しかし、学生の身で杜王町中の捜索は......流石に無理なんじゃないか?」

「お、おらの『ハーヴェスト』に探せないものなんかないど! いいど、見つけてやるど!」

 

 重ちーは胸をどんと叩いた。

 

「恩にきるぞ! 重ちー!」

 

 布都は屈託のない笑顔で重ちーの手を握り、ブンブン振った。布都のこうした面がたまに羨ましく思える。一方、屠自古はというと口を真一文字に結び、腕組みをしていた。ある疑念が昨日からずっと渦巻いているのだ。

 

「ん? 屠自古よ、どうした?」

「......いや、ちょっと気になることが。重ちー、すまんがもうひとつ、聞いてもいいか」

「ん? 何だど?」

「お前のスタンドってひょっとしてこのくらいの大きさの人形か?」

 

 屠自古は手のひら程のサイズを示した。

 

「オラの『ハーヴェスト』は......お、ちょうど帰ってきたど」

 

 黄色と紫の縞模様の2足歩行する生物──屠自古が町中で何度か見かけた奴だった。コイツもスタンドだった事実に屠自古は素直に驚いた。どうりで人々が無視する訳だ。見えていないのだから。

 それに、野良猫並みにあらゆる所で見かけた。そんな数のスタンドの持ち主もいるのか。確かにそれだけいれば矢を見つけることも時間の問題かもしれない。

 思っていたよりはるかに強力な助っ人だ。

 

「いや、すまない。変なことを聞いたな」

 

 重ちーはしたり顔でハーヴェストから小銭を受け取っていた。お使いでもさせていたのか? いや、常人に見えないスタンドにお使いは無理だな。ということはスタンドで落とし物を拾い集めているのか。見かけによらず中々食わせ者である。

 

「おっと、もう休み時間が終わるど、布都さんとえーっと......」

「屠自古だ」

「屠自古さん、それじゃあまた今度ど!」

 

 トタトタと体を揺らしながら重ちーは部屋を出ていった。何というか、どことなく憎めない感じが布都とよく似ている。2人が気が合うのも分からなくもない。

 布都は来た時と同じように窓からよじ登って外に出た。手慣れたものだ。

 

「屠自古。最後の質問、あれはなんだったのだ?」

「最後の質問?」

「ほら、人形がどうだだの言っておったろう?」

「ああ......仗助の家の近くの廃墟、あるだろ?」

「んー、おお、あれか!」

「あそこで私見たんだよ──たくさんの動き回る人形を」

「なんじゃ? わ、我を怖がらせたいのか?」

 

 何故か声が震え出す布都。屠自古は思い出した。布都の根がどうしようもないビビりであったことを。この不思議な世界で余りに堂々としていたために忘れていたが、仏像が怖いから、などという理由で寺に火を放ったことも数知れず。

 

「あれももしかしするとスタンドだったのかもしれない。重ちーのスタンドが複数体ってのを聞いてもしや、と思っただけだ」

「ふーむ、ならばもう1度行ってみるか? 本当にスタンド使いがいるというのなら矢の手がかりもあるやもしれん」

「そうだな」

「じゃあ、行ってらっしゃい!」

「......お前も行くに決まってるだろ!」

「何でそんな話聞いた後に行かなきゃならんのだ! 嫌じゃ!」

 

 ◇

 

 

「......お主、本当にここで見張るのか?」

「当たり前だ。というかここまで来てるんだ。腹くくれ」

 

 2人はもう顔を出せば廃墟が見える角まで来ていた。

 が、布都は廃墟から目をそらし続ける。最初はあそこに住む気でいた奴の行動とは思えない。仕方ないので屠自古が1人で見張る。しばらくは何の音沙汰もなかった。しかし、日が少し傾いた頃、廃墟の前で立ち止まる人影が現れた。2人だ。

 

「ちょっと待て。あれは......仗助?」

 

 特徴的な髪型はここからでもはっきりと分かる。

 間違いなく東方 仗助だ。

 

「別におかしくはなかろう。仗助殿の家はこの近くじゃ。学校が終わる時間もこのぐらいじゃろうし」

「いや、廃墟の前で立ち止まってるぞ。仗助の連れが中に入ろうと......布都!?」

「な、なんじゃ。急に大きい声を出すでない」

「人だ! やっぱり人が住んでたぞ! ちょっと待て、あれって......」

 

 廃墟の2階、虎視眈々と下を見下ろす男が、今度ははっきりと見えた。少なくとも2人以上、この廃墟には住んでいた。そう屠自古が思った次の瞬間──

 

「布都、行くぞ!」

 

 屠自古はしゃがみこんでいる布都の腕をおもいっきり引っ張りあげた。

 

「いてて、今度はなんじゃ?」

「仗助の連れが......射抜かれやがった!!! 廃墟には矢があったんだよ!!!」

 

 


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