構想と決着描写に手間取った上、本業のお仕事もなかなか多忙でしたので、なんだかんだと久方振りの投稿と相成りました(汗)。
この間、将棋界でも王座は軍曹防衛、王将戦はレジェンド羽生が五冠王藤井王将への挑戦決定等色々と動きが激しかった模様で………
後、残り数話で完結予定ですので何とか年内完結を目指し、筆を進めようと思っています。
って訳で本編スタート!!
12月24日、竜王戦第7局2日目……
午前5時、いつも通りに目覚め軽く身体を動かしてからシャワーを浴びて心身をスッキリさせ、午前6時に予約していた朝食を摂った。
・朝食メニュー
鰤の焼き魚、山形牛の切り落としすき焼き小鉢、冷奴、山形産野菜サラダ(特製ドレッシング付)、御飯(地元産ササニシキの3合炊き)、味噌汁(5杯分相当)、デザート(季節のフルーツ盛り合わせ)
……、
なかなかに食べ応えあり過ぎて下手すれば対局前に脳が鈍りかねない程には満足したよ……
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〜side八一〜
……?何だ?
……?あ…、目覚ましか!
…午前5時、随分眠りに落ちたようで目覚まし時計のベルにも半信半疑な感覚のまま漫然と床を出た。
冬至直後だから朝とは云え空はまだまだ暗闇のままで直感的に今日の2日目=最終決戦は俺や兄弟子どころか会場に詰めてる主だった面々でもこの暗闇の如くには事前の読みが当てにならなくなる予感がした………
下準備を整えた処で朝食タイム……
・朝食メニュー
水車生そば天ざる蕎麦(蕎麦2枚盛り)、雑穀米と天童産野菜の雑炊、小鉢3種盛り合わせ、季節のフルーツ盛り合わせ
を食べ、十分に腹拵えをした上で和服に着替え、幾分早目ではあったけど対局場に向かった……
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さて午前8時30分になり、まずは挑戦者の僕が……と思ったら、何と既に竜王たる八一君が先に上座に座り、瞑想に入っていた。
先回りされたか……と顔には出さずに腹底で密かに唸りながら僕も下座に座り、瞑目してその時を待った……
午前8時45分、立会人の月光聖市十七世名人と副立会人の椚創多八段の2人が入場、その頃には記録係の神鍋馬莉愛六段も殆どの準備を終えており、後は封じ手の開封を待つばかりとなった……
そして午前9時……
昨日の手順をなぞり、いよいよ封じ手開封………
51手目となるその開封手は……
開戦手にして、「とことん殴り合い殺し合う乱戦激闘上等!!」
と言う当に激動乱舞の幕開けに相応しい全世界驚愕の1手であった。
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〜side神宮寺崇徳〜
……全く…、半ば予想内だったが開封即開戦を本気で仕掛けて来るとは桐山め、此処が将棋人生(パラレルワールド転生込みの2回目ではあるが)最大の切所なのは十二分に承知してるってのに何とも落ち着いたもんだぜ……
かと言って九頭竜のヤツも完全な戦闘モードに入っている以上、アイツも此処が最大の切所・難所だってのは先刻承知って事か………
まぁ何にせよ、この半日で全てが決まる訳だな………
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さて、此処からだが………
息つく暇も無いレベルでの激闘になる事は確定事項として、問題は持ち時間を使い尽くした後の秒読みだよな……
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〜side生石充〜
……ったくアイツらめ、元々綱渡りジャンキーな八一はもとより確実に勝ちをもぎ取るタイプの零ですらこの切所で幅も先行きも一寸先から見通せない闇の細道を突っ切る選択しやがるとはな………
こりゃ最後を見定める立会が月光さん以外有り得ない筈だ……
ま、師匠にして親代わりでもある清滝さんでも基本的には問題無いのかも知れんが、『父親』として最後まで平静を貫けるかが少し気になるからな……
「なんや、エラい難儀な顔しとるな、充君?」
「あ?辛香?テメぇ、昨日竜王戦6組1回戦戦っただろ、大阪から強行軍で天童入りとは態々ご苦労だな」
「僕なんかの対局チェックして貰えるとは有難い話や。まぁ緒戦はどうにか勝ち取ったわwww。で、その後東京行き最終便に乗って二海堂君の家に泊まらせて貰って天童行始発に乗ってつい今し方到着って訳や(笑)」
「全く、順位戦はC1で踏ん張っておきながら竜王戦は1度は5組に行ったのに直ぐ様6組逆戻りとは少しダレてんじゃねぇのか?何なら年明けにでもウチに来い、揉んでやる。ま、『中年の星』なら俺よりも遥かに執念深い指し口だろうから俺の方がギャフンと言わされるかも知れんがな(笑)」
「お誘い有難く受けさせて貰うわ。それと飛鳥ちゃん、漸く婿さん決まったようでまずは御目出度うさん(微笑)。これでやっと充君も肩の荷降ろせるなwww」
「あ?辛香?テメぇ何処で聞いた?八一のバカか?それとも酔いどれ神宮寺辺りか?」
「それがソースが鏡洲君夫婦やねん(笑)、鏡洲君は土橋君本人からで月夜見坂君は供御飯君からそれぞれ話を聞いたって事やwww」
マジか………
女どもは兎も角、鏡洲があっさり白状するとはな………
「けどよ、健司がボイラーその他の業務上必須の資格取り切る迄は仮内定でしか無いからな」
……取り敢えずはこの説明で辛香も納得したようだ……
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さて、午前のうちから激しい指し合いとなり、昼食休憩の12時30分迄に進んだ手数……実に73手を数え、昨日からの通算で早くも123手となり、現在は後手である八一君の手番である。
昼食メニュー
八一君→日本海握り御膳、ほうじ茶
僕→米沢牛ステーキ御膳、アップルティー
となった。
さて、昼食休憩も終わり、更に激しさを増す午後の対局が幕を開けようとしていた………
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〜side夜叉神天衣〜
………、全く何処までも好戦的な展開って………
あの重度の綱渡り中毒なロリ王だけならまだそれなりに理解出来るけど、まさか此処に来て慎重確実に勝ちを掴み取るスタイルの師匠までもが激戦ド真ん中に全身突っ込んで行くとはね………
…誰よりも師匠を熟知している筈の冬司も健司も完全に唖然としてるし、二海堂先生にしてもあまりに目まぐるし過ぎる展開に必死に付いてなきゃ到底置いていかれる程には熱量上がりっ放しな訳になっていて………
あー……、此処(検討室)に詰めてる大半の棋士達もこの展開にはどうにも対応不能みたいね……
辛うじて付いていけてるのが二海堂先生と自称ゴッドコルドレン(神鍋歩夢九段)、唖然呆然から回復した冬司と健司、後は先月師匠と一悶着あったと聞いた後藤先生に私とプロ同期の隈倉健吾と……、他には師匠と腐れ縁にして縁戚でもある神宮寺九段と師匠や私達一門とは浅からぬ縁を持つ山刀伐九段に生石九段、於鬼頭九段位って……、本当に現役トップクラスと下位レベルの格差が浮き彫りになってるとしか言えないわね………
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…………午後に入り、対局再開後も激しい指し合いは留まる事を知らず、午後のおやつタイムの時点で175手に至り、現在は後手の八一君が考慮中となっていた。
午後のおやつ
八一君→山形産特製さくらんぼムース、レモンティー
僕→山形産フルーツ盛合せ、山形産特製さくらんぼジュース
をそれぞれ注文し、決着に向けての最後の補給に入った。
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〜side山刀伐尽〜
………、午後3時の今時点で既に175手に至り、今の段階でもまだ先行きが読めない究極の難解模様とは……、全く零君も八一君も何処まで互いを高め、僕らの遥か先を走っているのか凡人が成り上がっただけに過ぎない僕には何とも理解し難く、その領域に届く自信が無い事だけは嫌でも認識せざるを得ないのはね……
只、八一君が零君の背中を追って今に至るのは誰もが理解出来ているだろうが、零君は………?
……思えば彼の存在がクローズアップされた当初、彼は既に10歳であり、清滝さんの甥御とは云え、突如煌き出した新星と言うイメージだったが……
そもそも将棋界に於いて時代を築くレベルの俊才となると、大概小学生になるかどうかの辺りでその才能が煌き出し、周囲の関係者や有力棋士達が放って置かないものだが、今思えば清滝さんに引き取られる迄の零君にそんな話は噂レベルですら聞いた事は無かったね……
…となると、飽くまで僕の個人的仮定ではあるけど、零君は亡き父親からその才能を封印させられていたか、或いは……これは常識的には荒唐無稽の類なのだろうけど、彼に前世があって、その将棋知識と恐らくは前世で将棋界を制した実力をそのまま清滝さんに引き取られた9歳時の時期に流れ込んだ……以外には僕には考えられないよ………
…、まぁこれは終わってからでも改めて零君に聞けばいいだろうけど……
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…さて、おやつを食べ切り、此処から先は終局迄ノンストップの修羅場に入る訳だが……
お互い退路を断ち、一寸先も見えない闇の細道を走りに走り、罠と云う罠を掻い潜り、断ち切りながら進む地獄をどっちが先に音を上げるか、はたまたどっちが決定的罠を仕掛け仕留めるか……、これまでの将棋人生の全てを投入して尚、体力気力・命すらも削りに削っても行き着く先は今の段階でも全く見えては居なかった………
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〜side於鬼頭曜〜
午後4時………197手迄至り、九頭…八一君の手番だが、未だに決着への手筋が私にも見えず………、
…思えば私が実娘・銀子の存在を知ったのが10年と少し前……、その時、彼女は既に奨励会員でありながら女流二冠のタイトルホルダー(女王・女流玉座)でもあり、その側には大概年長の弟弟子にして長年の想い人でもあった八一君が常に付き添っていた記憶が……
そして、そんな2人を盤上では厳しく、盤を離れると優しく見守り、時には2人の関係前進に腐心していた桐山君……
そんな長くも濃密な関係を築き上げて来たのも束の間、銀子は八一君との娘……、私の唯一の孫でもある銀香を遺して1人早くに旅立ち、今は最愛の人と最強にして目標の兄貴分が繰り広げる伝説を超える『神話』を文字通り『空』から見守っているだろう事は私のみならず、少なからず銀子を知る面々ならば感じ取っている筈だ………
………妻、法子ももう永くは保たない身体でありながら娘と最も近しい2人の『神話』を見届ける為だけに特別許可を貰い、一時退院してまで駆け付けた価値は十二分にはあると云うものだ……
………そして私も、あの飛び降りのツケがそろそろ回り出したらしく………、何年も保たずに…処ではなく、1年保てば御の字な程には身体のガタがあからさまに来ているとの診断をつい先日に貰ったばかりだ………
最良で残りの人生は車椅子生活で、悪化も悪化を辿れば完全介護となり、今度こそ生きる意味が消し飛ぶと思うと………
流石に幼い孫のいる身で再度の自決なんか出来る訳も無いのだが、最愛の妻の命の灯火も燃え尽きかけている今、これから先をどう生きるべきか、脳内で考えられるだけ考え見事に迷走の真っ只中に居た私ではあったのだが………
八一君も桐山君も只盤上で過去を包括し、現在を戦い、未来を見据えて只管に指し続けている姿を見ると………
まだまだ死ぬには足りない要素だらけの身である事が嫌でも実感出来た………
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〜解説ゾーン〜
竜王戦第7局2日目・現地大盤解説会場
解説→清滝鋼介九段(竜王・挑戦者双方の師匠)
聞き手→清滝桂香女流二冠(女流名跡・女流帝位)
特別ゲスト→氷室将介十六世名人(前期名人挑戦者)
桂香「さて……、お互い相譲らずにいよいよ終盤戦に突入しましたが特別ゲストの氷室先生、此処までの感想とこれから先の展開予想をお伺いしたいのですが」
氷室「ん?終盤だ?何処見てやがる!まだ中盤に過ぎねぇだろうが!!あの2人が此処で程無く終わる手合に見えるか?テメぇが20年来見守り続けた2人がそんな程度で圧し折れねぇのはテメぇが誰より承知してんじゃねぇのか?」
鋼介「全く車椅子に成り下がろうが氷室は何処まで行こうが氷室なんやなwww、……確かに儂もこの無限の頂上決戦、この先が肝要とはしかと承知しとるが……今の処、零も八一も決定的な極め手を摑むに至っとらんとは思っとる……」
氷室「フン、どうやらまだ鋼鉄流は錆び付いて無い様だな。そんなテメぇに敬意を表して置土産に1つ教えてやる。後192手で桐山の勝ちだ。如何に九頭竜が神の領域に肉迫しようが今時点じゃ未だ桐山には及ばねぇ。何より命を削る経験値が決定的に桐山とは比べ物になってねぇからな。……って事で俺は此処で退場させて貰うぜ。で、テメぇの孫……其処の小娘のガキが何とも面白そうだから少し遊んでやる」
桂香「えっ?将馬まだ6歳ですよ?!あの子殺す気ですか!!幾ら素質の片鱗見せたからって氷室先生に太刀打ち出来るレベルな筈無いでしょう!!あの齢で肉迫出来るなんて冬司君以外考えられないわ!零君もこの時点なら未だに届かなかっただろうし………」
氷室「御託はいい、兎も角ゲストの仕事は終いだ」
鋼介「コラぁ!!氷室!!こんだけのお客様の眼の前でよくも臆面なく堂々とほざけたもんやな?儂が替わりに相手したるわ」
氷室「鋼鉄よりも将来の将器の全てを確かめたいんでな。テメぇの要望は却下だ」
と言い捨てるなり、氷室十六世名人は大盤解説会場を颯爽と去り、宣言通りに清滝桂香女流二冠の実子を相手にvsを始めていたのだった………
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〜side神宮寺崇徳〜
………、奴らの中終盤の斬り合いが始まる前に一旦将馬と一緒に小用でも足しておくか………
……で、2人で小用を済ませて廊下に出た処で意外な男と顔を合わせたのだが………
はぁ?何で今この場に氷室のダンナが居るんだよ?特別ゲストで桂香達と大盤解説してんじゃなかったのか?
……ってもガン無視も出来ねぇから一応何で居るか理由だけは聞いてみた。
氷室「よぉ、テメぇのガキ借りに来たぜ。ちぃっと丸裸にして確かめてみたくてな」
「あ?ダンナ、美幼年趣味でもあんのか?どっかの♂アイドル養成所の死んだ元社長じゃあるまいに」
氷室「生憎そんな下らん趣味はねぇ。盤上で試したいだけだ」
「幾ら将馬でも今のアンタじゃ壊されるだけだ。父親として、師匠として断るしか答えられないがな」
氷室「だからだ。俺はもう桐山はもとより、九頭竜ともテメぇとも指すだけの棋力はまだしも体力はもう保たねぇ……、だからこそ、これからの30年40年を担うだろうテメぇのガキに伝え刻み込みたいんだ。それに見かけと違ってテメぇも倅にゃ何とも甘い様だが、少しは野晒ししとかねぇと後々苦労するのは奴だ」
「……たっく……、とっつぁんからも月光のダンナからも聞いてたけど、聞きしに勝る悍馬ってのは噂以上だな。……判った。俺が全責任を負う。唯一の条件は俺が立ち会う事だが、これだけは譲らねぇからな」
氷室「いいぜ。流石にガキが倒れたら俺1人じゃ面倒見切れねぇしな」
将馬「パパ、勝手に決めても困るで。僕がママに怒られるだけやないか。……ってもこのおっちゃんの顔じゃ拒否出来んやろし、生きるか死ぬか全力でぶつからせて貰うわ」
と、此処まで沈黙していた将馬も俺の回答に応える形でこの対局を承諾してしまったので、直ぐに俺一家の宿泊部屋に移動して氷室のダンナvs将馬の非公式の『平手』での対局が行われる事となった。
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……さて、此処から更に手が進み、現在午後7時7分の時点で既に299手に至り、現在は八一君の手番だ。
残り持ち時間は………、
八一君→2分
僕→13分
となっており、いよいよ終盤戦も佳境に差し掛かりつつあった………
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〜side後藤正宗〜
午後も7時を過ぎて299手……、全くアイツら、何処まで熱量上げ続ける気だ?
11年前に七冠王としての桐山を撃ち破って史上2人目の永世竜王資格を勝ち獲り、奴の1強を崩した訳だが、翌年も『名人』に珍しく公式戦で勝った山刀伐の兄貴が挑戦者として立ちはだかり、持将棋1回、千日手指し直し1回込みのフルセットで辛くも防衛なんて悪戦苦闘を続けた俺でも今回のシリーズの内容で戦い切れるかはいまいち自信があるとは言い切れねぇ……
そして9年前に俺に挑んだのがプロ実質1年目の飛び付き七段だった九頭竜だった訳だが……
あの時は第6局迄奇数局は俺、偶数局は九頭竜がそれぞれ取り、最終第7局での決着戦となった訳だが、その場所が今や将棋界の『聖地』の1つに数えられる旅館『ひな鶴』だったのは、偶然か必然かそれとも何かの因果なのか、少なくとも俺の中では今でも答えは出てねぇがな……
結果……、『ひな鶴』の嬢ちゃんからの水分補給を受けた九頭竜が息を吹き返し、小差でリードしていた俺を逆転、今に至る9連覇の始まりとなった訳で……
八冠完全制覇の懸かる桐山……、
竜王10連覇を賭けた九頭竜……、
俺達を置いて何処まで異次元を極める気だ?
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〜side雛鶴あい〜
午後7時を過ぎて299手に至り、残りは八一さんが2分、おじ…桐山先生は13分……
此処からは単純な棋力だけじゃなく、時間を使う駆け引きも重要になる……
こんな繊細な駆け引きは私が最も苦手とする処で、同世代で長じているとなると……、最近では殆ど使わないけど中学時代迄は時折盤外込みで駆使していた天ちゃん、持ち時間が延びれば延びる程その資質を如何無く発揮する創多さん、『神の子』若しくは『白い悪魔』とも称される冬司君、ウマ娘として通常の人間を超越する天性の破壊的な体力を有するリーナちゃん等がおり、現状に於いて私は誰にも勝ち越せて居ない。
vs天衣→10勝22敗
vs創多→3勝6敗
vs冬司→2勝5敗
vsリーナ→18勝21敗
……、女としての幸せと棋士としての充実、両立は厳しく難しいのかも知れないけど、残り短い現役生活で一定の答えをきっと見つけ出して見せる……、それが私の棋士としての存在意義と信じて………
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午後7時20分………
お互いノータイム指しが14手続き、八一君の手番……
此処で残った2分の持ち時間を使い、秒読み宣言からの残り10秒カウントダウンで314手目を指し、いよいよ終盤戦も佳境に突入した。
……さて、僕は13分残してはいるが、全てを使うと八一君の極限の読みに呑み込まれる可能性が高い……
が、今時点で共に極め手を見出だせない現状では何処かで消費しなくてはならない程には厳しい展開なのも承知してはいる。
取り敢えずは想定内の外に至る迄は淡白に秒読みを通すしか無さそうだな………
そして午後8時10分………、
八一君が366手目を指すと、僕は残り持ち時間を全て投入して最後の読みを入れに掛かった。
これは反面、残り持ち時間の無い八一君にしても最後のチャンスでもある訳だから、後は完全な読み勝負となる。
そして僕にも秒読み宣言が為され、此処で一旦ポットからお茶を注ぎ、そのお茶を飲み干すと、残り10秒のカウントダウンで次の手を指した……
以後、お互い秒読みのまま指し続ける事20分………
389手目の僕の11手詰めの1手が極め手となり、秒読みカウントダウンが続けられる中、残り1秒で遂に八一君が投了し、この瞬間、僕の12期振りの竜王復位と八冠完全制覇(独占)が成った。
29歳8ヶ月での偉業達成となった。
〜side神宮寺崇徳〜
午後5時………
俺達家族に宛てがわれた部屋で氷室のダンナと将馬との平手での対局が始まった……
持ち時間は将馬の年齢も考慮して互いに1時間、切れたら1分でダンナには承諾して貰った。
……そんな訳で記録と時計は俺が立会と兼ねる筈だったのだが、始めようとしたら何故か入口から複数の目が……
……で、無言でスパッと襖を開けると、そこに居たのは宗谷と夜叉神ちゃん、雛鶴ちゃんに九頭竜の娘の銀香ちゃんの4人で、ダンナと将馬に「入れていいか?」と聞き、承諾を貰ったので記録は宗谷に押し付け(不満顔してたが狼藉の代償と押切った)、時計は夜叉神ちゃんに引き受けて貰った。
そして始まった老いた鬼才と幼き俊異の戦いは………
互いに持ち時間を使い切った果てに体力は疎か、命火の消費も著しかった氷室のダンナが最後まで抵抗したものの、結局襲い来る眠気にどうにか耐え切った将馬の手が上回り、ダンナが投了。
けど、この後が大変だった。
と言うのも氷室のダンナは投了するなり、一気に意識を飛ばして重態模様となり、雛鶴ちゃんに頼んで救急車の手配をして貰い、一方で将馬は終わった処で即座に寝入ったもんだから俺が無理矢理起こして小用と風呂を済まさせてからやっと寝かせた始末だった訳で……
やれやれ、これは戻って来た桂香に何言われるか分かったもんじゃねぇな………
(余談)
救急搬送された氷室のダンナだが、即座に命尽きた訳では無く、知らせを受けた奥方が(奥方は通院で在京中だった)急遽現地入りし、翌日、奥方に看取られて闇の向こうに旅立ったとの事だった。