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うーん、休日って最高ですな。
憂鬱な学校生活を何とか乗り切り迎えた土曜日。僕は久しぶりに感じる幸福感を胸に電車に揺られていた。
信じられるか? これまだ高校始まって最初の休みの日なんだぜ。
記憶を手に入れてからというもの、なんだか一日の体感時間が延びように思う。それもこれも学校にいる間に感じる心労のせいだった。
やっぱ人間ってストレスから逃れられないんだね。まこと哀れな生き物で……ございます……。
さて、そんな僕が電車なんぞに乗って何処へ向かっているのかというと、ズバリ隣町に新しくできた大型ショッピングモールだった。
ここはゲーム内でいうところの最初のデートスポットだ。一人のヒロインに絞って好感度を稼ぎに行っていると、低確率で最初の週の休日──つまり今日のタイミングでお出かけイベントを起こせるのだ。
ゲーム内なら主人公の行動次第では現時点で同じクラスの三人以外のヒロインとも接点を持てるが、あいにく僕はそんなことをしていない。さらにクラスの三人ともほぼ関わりを持っていないため、今日はばっちり一人で遊びに出ていた。
あーあ、莉緒も来ればよかったのに。
あいつ朝に弱いんだよなぁ。
普段はしっかり者の妹には昔から寝起きが悪いという欠点があった。
学校がある日はいつも僕が起こしに行っているが、声をかけた後十分は基本部屋から出てこないし、出てきた後も目を擦りながらぽやぽやしている。血圧低いんだろうなぁ。かわいいね。
それは今日も健在で、大型モールに行かないか誘ったら
「……ゎた、寝……お兄……くぅ……」
と、なんて言ってるか全くわからない言葉で返事をした後、もぞもぞしながら布団の奥に潜っていった。
まぁ大方「私は寝るから一人で行って」って感じだろう。莉緒も好きで起きられない訳じゃないしな。普段頑張ってる妹へのお土産に好きそうなぬいぐるみの一つでも買って帰ってやろうと決めた。チョイスの保証はない。
そんなこんな考えながら窓の外をぽけーっと眺めていると、ふと視界の端にとある女子が映った。
そいつは車両の入り口付近に立っていて、俯きながらどこか震えているように見える。心なしか顔色も悪そうだ。
トイレかな? トイレだろうな。僕にもわかるぜ、その気持ち。なむなむ。
茶髪をおさげにしたような髪型が印象的だった。
──ん? 茶髪のおさげ……?
と、ここで嫌な予感がした。それはもう、猛烈に。
そいつは周囲に助けを求めるように小さく視線を振り続ける。僕はその探知に引っかからないよう慌てて外に向き直った。
は〜! もう嫌でござる!
記憶に覚えがある。あいつは確実に『Loving Days』のヒロイン候補だった。そして今、恐らく痴漢か何かをされている。
そして、ゲーム内での主人公との出会いは今と同じく痴漢から救うというもの。だから痴漢されてること自体に特に思うことはない。ないけどさぁ……。
──どう考えても"今日"じゃないじゃん (半ギレ)。
お前の登場ってもうちょい先だったろ。アレか? 毎週痴漢されて主人公との出会い待ちしてんのか?
かーっ! なんて奴だ。卑しか女ばい!
別に、僕だって今日ショッピングモールに何のリスクもなく行こうだなんて思っちゃいなかった。仮にもゲーム内で定番のデートスポットだし、今日はそのオープン日だ。当然多くの人が集まるだろうし、その中にヒロインがいたってなんら不思議はない。ただ接触するようなイベントは徹底して回避しようと、そういう心構えはしていた。あぁ、していたつもりだったさ。
でもこうなってくると話が違うじゃん。
ともあれ、こういう時に僕が取る行動は一つしかない。
それではここで問題、答えはなんでしょうか? せーの!
──ハイ全員正解。無視です。
痴漢とか知ったことじゃないでござる。僕はただ休日の電車に揺られて出掛けようとしてる一般人である故に。
ここで助けに行こうものなら確実にフラグが立つ。こういう人助け系のイベントが後々で恩の押し売りみたいになるんだよな。やだやだ。
しかも柏木も当然のように同じ学校だからね。現時点で疲労が絶えないってのにこれ以上増やしてたまるか。
この無視は落とし物スルーなんかとは程度が違う。僕が主人公なら躊躇せず助けるんだろうが、
僕がイヤホンを耳に突っ込んでも、変わらず柏木は俯いていた。その姿を見ていると「痴漢されてると声出せないって本当なんだなー」なんて他人事めいた思考が浮かんだ。
そんなこんなで最寄駅に着きましたとさ。
ドアが開くや否や、柏木は逃げるようにホームへ走り去っていった。グッドラック、良い一日を。
僕も同じようにホームに降り、人の流れに身を任せて改札を抜ける。
駅を出ればすぐ目の前には巨大な建造物が聳えていた。
「おぉ……これは……!」
その……すごく、おっきいです……。
大型モールが想像の何倍も大きくて珍しく独り言が溢れる。気付けば柄にもなく駆け出すように入り口へと向かっていた。
よーし、いっちょ満喫しますかね!
●○●○
ショッピングモールたそやばたにえん。
僕の心中を表すならまさにこの一言に尽きた。
めちゃくちゃ広いじゃん。何ここ異世界? とてもじゃないが一日で回り切れる広さじゃない。
現在、僕は本やら小物やらぬいぐるみやら、さまざまな荷物が入った買い物袋を両手にモール内のベンチに腰を下ろしていた。
一息つきながら片手に持ったクレープを齧る。かゆ……うま……。
幸い、ヒロインの誰かしらに会うことはなかった。
もしかしたら……とか心配はしていたが、生憎この広さだしね。階層の多さも純粋な面積も規格外、加えてとんでもない人混みと来た。
この中でヒロインとエンカウントする方が確率的に難しいだろう。というか会ったとしても気付けない定期。あっ、いや、これはフラグじゃない……違いますフラグじゃないんです(狼狽)。
さて、本音を言えばもっと見て回りたいところだが荷物の量的にそうもいかない。完全に序盤でテンション上がって買いすぎたのが祟っていた。それに、人混みに当てられたのか少し頭も痛む。
まぁ次は莉緒と一緒にでも来ればいいか。
そう考えたら後に楽しみを残しているようで悪くない気がしてきた。
てなわけで帰るべく足を進めていると、不意にとある店の看板が目を惹いた。
それはズバリ現世の癒しの究極とも言える場所、猫カフェだった。
(決めた。ここに寄ってから帰ろう。そうしよう)
折角だからとことんまで肩の力を抜きたい。そんな気持ちで僕はほとんど衝動的に人生初の猫カフェに入店していた。
いらっしゃいませ^〜なんて店員の声を受けながら中で荷物を置き、猫と触れ合う上での注意点なんかを軽く聞いて触れ合いスペースへ向かう。手洗いと消毒が必須らしい。
「お、おぉ……!」
そして目の前に広がる
猫カフェ……恐るべし……!
靴を脱いで床の間に上がると早速好奇心旺盛なヤツらが僕の周りにやってくる。中には他の客の元から寄ってきたのもいるようで、名残惜しそうな視線が猫──と、ついでに僕にまで向けられていた。こっち見んな。
「ミャァー」
「わはは、やめろやめろ」
燻んだ灰色の猫が僕の膝に飛び乗ってくる。その横から水色の目の猫も膝に登ろうと足を掛けてきた。
「おーよしよし。お前らはこの先もこの店の中で生きてくんだろうなぁ」
「ミャァ〜?」
「生憎僕も似たようなもんだ」
今日からズッ友な! って痛っ、急に噛むやん。かわいいね。
しかも膝上のお前ちょっと莉緒っぽいな。子供の頃か。あいつもこんな感じで僕にべったりだった時期があったなぁ。
それなら横のお前は紬か? いや紬っぽくないな。あいつは僕に対してそんなに距離が近くない。というかむしろ疎遠になろうとしてるし。
他にも店内を見渡すと、ちらほらヒロインと共通点のある猫を見つけられた。
「おー、お前なんて白石舞にそっくりじゃん」
少し離れたところで僕の方を見ている黒猫に思わずそんな言葉が出た。うん、似てるな。ちょっとクールで一歩引いてる感じがまんま白石だ。
「あの……」
膝の上の猫を指先で撫でていると、背後から声が聞こえた。
この時僕は気が抜けていたんだろう。いつもなら悩んだ末に一度は無視しているだろうその声に、何の躊躇もなく振り返ってしまった。
「私の名前呼んだ……? って、あんた確か八束だよね。同じクラスの」
「は?」
本人いんぢゃん。キレそう。
●○●○
「あ、初対面でごめん。けど確かに名前呼ばれた気がして」
「ア、イヤ……」
この場にいる意味が全くわからない人物、白石舞は私服姿で首を傾げている。
対して僕は突然のことで頭が真っ白になっていた。
な、何故にここに白石舞が? なんてシンプルにして究極の疑問が思考を支配する。
ま、待て。落ち着け。パニックになるな。考えるのは後だ。何でもいい。当たり障りない言葉を返すんだ。すー、はー……。
「聞き間違いだと思う」
「そっか、聞き間違いか……ってそんなわけないでしょ」
カッ、聞き間違わぬ……ってか!
ふざけんな。僕もお前もふざけんな。
あまりに意味不明な返事を聞いて、白石は怪訝そうな表情を浮かべた。
最悪だ。胃がキリキリと悲鳴を上げているのがわかる。
やらかしました。初のガバです。嫌な汗が頬を伝ってます。
白石からしたら話したこともない奴に名前を呼ばれた状況の説明を求めるのはおかしい事じゃない。だが僕からしたらここで不用意に言葉を重ねるような真似はしたくない。
さて、ここで需要と供給が成り立ちません。じゃあ敵だね──とは、しかし残念ながらならなかった。話をするなら極力最小で、最短で。最もそれっぽいことを。
「アー、偶然白石さんと同じ名前の知り合いがいるんだ。そいつに似てる猫がいたから、それで」
「ふーん……ま、私と八束って接点ないし。あんたがそう言うならそうなんだろうね。ちなみにどの子?」
「アレ」
すかさず僕は目についた適当な猫を指さす。幸せそうに寝ている大人の茶トラだった。
ナイスチョイスだ僕。こいつならこの白石とは似ても似つかない。
「あっ、かわいい」
わかる〜! めっちゃかわいいな〜あいつ! ……じゃない、違うだろ。何ナチュラルに同意してんだ。
どうやら見た感じ白石は猫好きらしい。また一つ僕の知らない設定が浮上した。
……ヨシ。言い訳は通用した(と思われる)ことだし、ヒロインがいる場所にもう用はない。まだ来たばっかりだけどやむを得ない。あぁ、猫カフェなのに全くカフェできてないけど仕方ない。お家帰る。畜生。
僕は膝の上の灰猫にそこから降りるよう促した。が、こいつがなかなか離れてくれない。完全に気に入られてしまっていた。
「やけに懐かれてるね」
「アハハ、そっスね〜、いや〜、ハハッ」
(頼むから降りてくれぇぇぇえ!)
ちょこちょこ指で突いてみても灰猫はびくともしない。
僕は出来るだけ優しく猫を持ち上げると、膝上から床に立たせてあぐらの姿勢を崩した。これでもう上に乗れまい。
「帰るの?」
「アッハイ、そっスね〜、ハッ!」
当たり前だろデコ助野郎。なんで癒されに来た場所で胃にダメージ与えにゃならんのだ。
まぁこれに関しては僕自身のリスク管理がガバガバだったせいもあるから、一概に白石の行動に理不尽さを求める気はない。今回は痛み分けだ。よかったな、僕が優しくて (何が)。
「っ……」
いかん、頭痛も悪化してきた。そろそろ本当に撤退せねば。
僕はもたつきながら靴を履き直し、荷物を持って猫カフェを後にした。うん、なんかもう当分は来なくていいかな。お腹いっぱいだ。
逃げるようにその場を去る僕を、窓越しに黒猫が眺めていた。
テンポ良くいきたいけど難しいんだなこれが。