わー、お気に入りいっぱい評価いっぱい感想いっぱいありがとう(脳死)
「へぇ〜、つむと八束くんって幼馴染なんだ」
「ま、まぁ……その、一応ね?」
「いーなー。私にはそんな人いないや」
友人の篠宮星乃と双葉紬が話しているのを真横で眺める。
先日の席替え後から、私の席の周辺は賑やかさを増していた。
「それにしてもまた席が前後になるなんて奇跡だね。もしや私と舞の間には運命の糸が──って痛ぁ!?」
「そんなのある訳ないでしょーが、全く」
「うわーん、つむ〜! 舞がいじめた〜!」
「あはは、よしよし」
「紬、あんまり星乃を甘やかさない方がいいと思うよ」
この前までの席では私は星乃の後ろだった。
明るそうな子だな、というのが第一印象。髪色も性格も私なんかとは大違いだ。きっとこういう子がクラスの中心になるんだろうなぁ、なんて当初の私は考えていた。
しかし実際はそうはならず、人気者ではあるが星乃は普通の女の子だった。探せば何処にでもいそうで、だけど何処にもいないような。そんな眩しい女の子。あまり愛想が良くないだろう私にも話しかけてきてくれて、気付いた時には友人という言葉が適当な間柄になっていた。
今も星乃は私の前に座ってわざとらしく泣き真似をしている。
そして今回私の席の隣になったのが、微笑みながら星乃の頭を撫でている水色の髪の女の子、双葉紬。
この子も清楚で品行方正のザ・優等生って感じのタイプだ。もう何度か隣で授業を受けたが、恐らく紬は頭も良い。
なんで私の周りにはすごい人たちが集まるんでしょーね、なんて思わずにはいられない。何となく私は自分が小さく見えた。
席が近くになれば当然のように会話をする。私たち三人が行動を共にするようになるのに時間はかからなかった。
できればこれからもずっと仲良くしていたい、なんてのが私の小さな願いだ。決して二人には言わないけど。というか言えない。
「なあなあ八束くん、頼むからノートを見せてくれよ」
「アッ、ハイ! 行けたら行きます!」
「どこに行くんだい。それよりノート!」
「それは草です」
「……なにやってんだアレは」
窓際の方から聞こえるなんとも可笑しな会話……会話? アレを会話と言っていいのか? とにかくそんなやり取りに視線を向ける。
ここ最近では見慣れつつある光景だった。
「あ、またやってるね。佐久間っちと八束くん」
「本当、佐久間も懲りないよね。八束なんて思いっきり外見て呟いてるのに」
「あ、あれが二人のコミュニケーションなんじゃないかな……?」
「ほうほう、新しいね……。まぁ佐久間っちが楽しそうならいいんじゃない?」
「八束の顔は死んでるけどね」
佐久間が八束に話しかける度、八束はまるで菩薩のような顔になる。何も考えていないような……いや、考えることを放棄したような、そんな顔だ。
八束は大人しいタイプの男子だ。クラスではあまり人と喋らないし、休み時間も気付けばいなくなっている。
そんな男子と転校生の可笑しな絡みに最初こそ好奇の視線が注がれていたが、それも今はない。言ってしまえばみんなアレに慣れ始めていた。
男子達もこの間まで八束に嫉妬の視線を浴びせていたものの、全く会話をする気がない八束の姿に毒気を抜かれていった。あんなに可愛い子に関わるなオーラを出し続けているせいで、今じゃ変な噂が立ち始めているくらいだ。
いや、まぁ、それに関しては私からはノーコメントで。個人の自由だと思う。
顔は普通に整ってるのにな。どうも愛想というか対応がよくわからない方向に行っている。
そこで私はふと、先日のショッピングモールの事を思い出した。
新たにオープンした大型モールの中にある猫カフェ。
猫が好きという理由で買い物ついでに立ち寄った店の中で、八束は子猫を抱えて座っていた。
あの時は私の名前が聞こえてきて初めて気付くことが出来たが、その後ろ姿は何処か不思議な存在感を放っていた。なぜか目を惹かれるよな、そんな感じ。
その後、結局名前については私の事じゃなかったことがわかった。本当かどうかは定かじゃないが、本人がそう言うならそうなんだろう。わざわざ追求する間柄でもない。
その後は二、三回言葉を交わして八束が店を出ていった。その場に残された灰色の猫がその姿を目で追っていたのをやけに覚えている。
まぁ、つまり。
(何がなんだかよくわからない)
私の中で八束悠里という男子はそんな印象だった。
「……それで、紬はあんなやつのどこが好きなの?」
「……え? えぇっ!? ま、まま舞ちゃん!?」
「えっ! つむ、そうなの!?」
「しーっ! 星乃ちゃんしーっ! 聞こえちゃうから! 別にそんなのじゃないよ!」
「それにしてはやけに八束の方見てると思うけど」
「そ、それは……けどとにかく違うのっ!」
席が隣になって気付いたが、日頃から紬は明らかに八束をチラチラ見ている。反応を見るにどうやら本人もそれは自覚しているらしい。
(甘酸っぱいことしてるなぁ)
紬の様子からして完全に気がない訳じゃないはずだ。慌てて否定している姿が言外にそれを示している。
幼馴染に想いを寄せているなんてなんだか青春っぽい。
しかも紬は美少女だ。こんなに良い子から好意を向けられているとあれば、流石に八束も少しくらいはその気に……いや、どうだろう。あの様子を見てると自信がなくなってくる。
「けど、あんまり二人って一緒にいないよね。幼馴染なら少しくらい話したりしないの?」
星乃が首を傾げながら問いかける。
それは私も思っていたことだ。紬と八束が話しているところは一度も見たことがない。それどころか一緒にいる姿すら見てない気がする。
そんな質問に対して、紬は乾いた笑みを浮かべた。
「あはは、それにはちょっと事情があって……最近は疎遠になっちゃってるんだ」
「そ、そうだったんだ。なんかゴメンね?」
「いやいや! 星乃ちゃんが謝ることないよ!」
……なるほど。山アリ谷アリって感じなのか。どうやら恋というのは一筋縄じゃいかないらしい。私にはわからない感覚だ。
それに、何となく八束を見る紬の目が悲しそうだった理由にも説明がついた気がした。
(まぁ、応援してあげようかな)
口には出さず、心の中で呟いた。
しかしそんな私などつゆ知らず、星乃はコホンと改まったように咳をして紬の肩に手を置く。
そして、いい笑顔ではっきりと告げるのだった。
「つむ、大変だと思うけど私は応援してるからね!」
「だから違うってば〜!」
○●○●
「おーい、八束くんってばー。聞こえてるんだろー?」
「あばばばばばw」
泡吹きそう。
我がクラス四人目のヒロイン──佐久間はつめが転校してきて以来、僕は毎日のように執拗ないじめを受けていた。
何こいつ。無視してもキチガイみたいな反応しても一生絡んでくるんだけど。頭おかしいんじゃないの? 流石の僕も人間性を疑うぜ。
(……ゲームだとマトモだったと思うんだけどなぁ)
それがどうだ。地獄じゃないか。意地でも僕に話しかけて来やがる。しかもなんか強い意志みたいなのを感じて普通に怖い。バグってやがる。
というか、そもそもゲームには会話を無視するという選択肢が存在しない。基本的には接触を図るのは主人公側からだし、一番バッドな返しでもギリギリ会話は成立しているのだ。
つまりこの状況は僕が会話を放棄しているせいで佐久間の別の一面を表に出してしまっている可能性があった。ふざけんな。
「なあなあ、化学実験室の場所を教えてくれよ。次の授業って実験だろ?」
無視どす。そのくらい僕以外に聞いてくれなんし。こっちはストレスで胃がどうにかなりそうなんだ。
「また無視か。うーん……」
悩むな。諦めろよ。
なんかもう、いろいろ理解が追いつかない事だらけで頭が疲れていた。
『Loving Days.』において、佐久間はつめが転校してくるのは六月にある体育祭イベントの少し前、つまり五月末あたりなのだ。
そんでもって今何月だと思う? 四月だぞ四月。まだ学校始まって一ヶ月も経ってないんだぞ。早すぎるんだよなぁ(困惑)
しかも転校理由は親の仕事の都合だ。家族ぐるみで僕に精神攻撃を仕掛けるつもりらしい。
とまぁ、原作通りなら他ヒロインとはスタートラインから大きく遅れることになる佐久間だが、一つ一つのイベントの濃さとキャラ自身の魅力によってそのアドバンテージを悠々と覆していく。
軽くパーマを当てたような緑色の髪に飄々とした性格。スタイルも出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、そんなキャラ。
それに加えて貴重なボクっ娘ということもあり、一部の物好き以外にも爆発的な人気を獲得していた。ゲーム内キャラの人気投票は何回か行われていた記憶があるが、確か一回目ではこいつが一位だった。
『Loving Days.』は高校生活の一年間を描いた作品だ。入学から始まり、二年生へ進級する前に終わる。そして無事攻略に成功したヒロインとはエンディング後にアフターストーリーが用意されているのだ。それは高校の頃のものもあれば、卒業後の未来のものもある。
つまり、言ってしまえば目先の僕の戦いはこの一年間なのだ。それを乗り切れば
今も不自然なほど僕に絡んでくる佐久間だって、二年生になってしまえばぱたりと大人しくなるかもしれないのだ。いや、きっとそうに違いない。
(……そうだといいなぁ)
正直、もう何も断言できなかった。
だってスタートしてから今まで想定外のことばっかなんだもん。思ったけど僕が主人公として生きることやめた時点でとんでも級の原作ブレイクなんだよな。守る気なんて最初からないけど。
なんとなく、僕が何か行動を起こす度にそれに合わせて筋書きが更新されていっているような気がするのだ。
そこで、最近になって僕は当初の考えに現実味を持ち始めていた。というのもズバリ──
──世界の修正力、やっぱ存在するんとちゃう?
世界の修正力。それはつまるところ"僕"という主人公が元々決まっている恋愛ゲームとしての筋書きから逸れた行動をするせいで、この世界が僕とヒロインを結ばせようとあーだこーだうんぬんかんぬんしてくることである。要約するとすごく面倒くさいことが起こるってことだ。
ヒロインからの好感度は稼ぎに行かないし、話しかけられても無視か意味のわからない返答。発狂。それに対して柏木や白石との遭遇や佐久間の転校時期の前倒しといった対策、もとい嫌がらせを世界が行なってきた。もうそう考える他なかった。
これ以上僕をいじめてみろ。飛ぶぞ(何かが)。
(まぁ、だからと言ってやる事は変わらないんですけどね)
これは最初に決めた通りだ。ヒロインとのフラグは無視する。そして好きに生きた結果、ゲームが決めたヒロイン以外の誰かと結ばれて人生を終える。
僕がゲームの世界という名の現実で掲げたゴールはこれに尽きた。
というわけで、ここから始まるのは僕だけの『Loving Days.〜チャプター2』だ。
ここでは執拗に絡んでくるヒロイン──佐久間はつめとの距離をいかに離すか。これを目標に動いていく。
さっき佐久間が言ったように次の授業は教室移動がある。
僕は教科書やらを纏めると、さっさと移動してしまおうと──いや、その前にトイレに逃げようと席を立った。
「お、着いて来いってことかい? なんだかんだ優しいな」
「来んな」
いや普通に着いて来んな。僕が向かってんの男子トイレだぞ。
「ぶー、なら教えてくれよ。このままだと間に合わなくなっちゃうだろ?」
「そこになければないですね」
「また適当な事ばっかり言って」
「あほくさ」
「本当だよ」
お前が言うな。いや僕も言えないけど。
流石に呆れが出てきたのか、佐久間は足早でトイレを目指す僕に着いて来なかった。いいぞ、その感じでどんどん他のヤツに聞きに行け。そして交流を深めろ。
トイレに駆け込むと無性に懐かしい気持ちに襲われた。
今や自宅とここだけが僕の安全地帯である。悲しいね。
それにしても、佐久間との席が隣なのがかなり痛い。休み時間に逃げる事は出来てもそれ以外は基本至近距離だ。気狂いのあいつが絡んでこないはずがない。
はぁ、早くも憂鬱でござる。
僕が鏡の前でため息を吐いていると、横から声がかかった。
「お疲れみたいだな、八束」
「……そこそこね」
横に並んできたのは同じクラスの男子だった。
そう、隙あらば一人になって周囲とのコミュニケーションを絶っていた僕にも話し相手が出来たのだ。それも一人や二人じゃない。どうやら佐久間に絡まれる僕の反応を見て面白がって近づいて来たらしい。
話す言葉はそう多くはないが、こいつらはゲームで登場していなかった。つまり『Loving Days.』の本編と関わっていない。いってしまえばモブ。いやモブ以下の存在。だからこそ僕もある程度は安心して話せていた。驚きの白さだ。オールクリアである。
まぁそれも今のところは、って文句が付くんだけどね。
とりあえず今は予期せぬところで完全孤立√を避けたと思うことにした。
軽く雑談をすると、そいつはトイレを出て行った。僕だけがその場に残る。
僕とこいつは話し相手ではあっても友人じゃない。あくまでただのクラスメイトの男同士といった間柄。
だから僕は昼食は相変わらず一人だし、下校だって当然一人だ。
元から人付き合いに関しては適当だったしな。中学の頃だって能天気なキャラだったが友人が多いわけじゃなかった。あくまで話すのはその場のノリ。一過性の関係だ。
振り返ってみてもつくづく青春の"せ"の字もない学生生活だな。いろいろ枯れてやがるぜ全く。
そんな自虐に笑みを溢しながら、僕はのんびり実験室へと足を進めた。
さーて、こっからまた頑張りますかね。
そろそろシリアスが欲しくなってくる頃合い。