デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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私の全力

 走る。

 芝を踏みしめ、蹴り抜き、前へ駆ける。

 最善のフォームで。最大の速度で。

 私の持てる全てを込めて、ターフを疾走する。

 

 息はある。ハードトレーニングで心肺は鍛えた。

 気力はある。前に出る気持ちは折れていない。

 

 それでも、足りない。

 私の持てる最善、最速を、他のみんなが追い抜いていく。

 

 レースは無慈悲だ。

 個々人の力が残酷なくらいハッキリと現れる。

 誰かが死ぬ気で走っていくのを、違う誰かが涼しい顔で追い越していくことなんて珍しくもない。

 

 後続が迫る。私はまた追い抜かされる。

 眼前の理想のコースがライバル達で埋まる。

 前でヨレた相手が私の速度を奪う。

 先頭からどんどん引き剥がされる。

 

 三着が四着に。四着が五着に。

 脚を残していた一人がまた後ろから駆け抜けていく。私の着順がまたひとつ繰り下がる。

 

 歓声が聞こえる。

 未だ走っている私の前の方で、誰かが喝采を受けた声。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 ゴールした私が受け取れるのは、祝福のお古。

 銀でも銅でもない、色なしの参加賞。あるいは失望。嘲笑。……それすらあるかもわからない。

 

 7着。私の現実。

 

「……キラキラは、夢のまた夢か……」

 

 私の名前はナイスネイチャ。

 どこにでもいる、ごくごく平凡なウマ娘。

 

 喝采を受ける彼女たちの背景で項垂れる添え物。ターフのモブ。

 

「……やれやれですなぁ」

 

 デビューしてから二ヶ月。

 私は未だ、3着にさえ届いていなかった。

 

 

 

 レースが終わったあとはいつもの反省会。

 撮影されてた動画を見直して、走りの確認を行う。

 

 コース選び、ポジショニング、仕掛け、フォーム。自分のことだけでも確認すべき事は沢山ある。

 あとはライバルたちの動きのチェック。誰がどんな風に走るのか、どの場面でどんな手を好むのか。才能のない私にとって、レース相手の分析もまた重要な武器のひとつなのだ。

 

「ナイスネイチャさん。動画を見終わったら部屋の鍵、よろしくお願いします」

「はいはーい。やっとくねー」

 

 部室を出るのはいつも最後。弱い私は、誰よりも努力しなければ追いつけない。

 時間が許す限り、私はレースと向き合い続けている。

 

「……それと、ナイスネイチャさん」

「ん?」

「今日のレース、お疲れ様でした。……また、頑張りましょう。応援しています」

「あはは、ありがとう。イクノ」

 

 ……チームでもトレセン学園でも、浮いてはいない。

 友達は優しいし、仲良くやれていると思う。こうして気遣ってくれる人も、沢山できた。

 

 でも、たまに優しさが辛くなる。

 頑張れという声援を重荷に感じる瞬間がある。

 

 皮肉でもなんでもない。まごころだってわかってる。

 それでも最近は少し、しんどく感じることもあるのは事実。

 

「はぁ……」

 

 一人になった暗い部室で、私はため息をついた。

 

 勝てない。体が頭についていかない。正真正銘、スランプだ。デビューしたばかりだっていうのに。

 

 確かにトレセン学園のレベルは高い。地方よりもずっとずっとハイレベルだし、こんな私だって上澄みの一員なのだろう。

 それでも未だに結果は出ない。ライバル達は輝かしい成長を遂げ、私はずっと差をつけられている。

 

 まぁ……焦るよ。普通にね。

 

「蹴落とされてるわけでもないのに、勝手に沈んでいくのはなぁ……モブとはいえあまりにも地味な消え方っていうか……」

 

 トレーニングはこなしてる。根性も負けてない。知識だって人一倍あるはずだ。

 

 それでも前に出られないということは、そう。私の体にどうしようもない限界があるってことなんだろう。

 練習で出せない力は本番にだって当然出せない。……直視したくはなかったけど、現実を見る頃なのかもしれない。

 

 私は、シンプルに。

 

 遅いんだ。

 

「……」

 

 ナイスネイチャ。良い才能。……センスのある名前だねえ。

 

「受け入れるしかないかぁ……」

 

 今日のレースで身に染みた。もういい加減に認めよう。私は遅く、鍛えても難しいのだと。

 そしてまた一から考え直すしかない。

 

 私がキラキラを掴み取るための、新しい走り方を。

 

 大丈夫。自慢じゃないけど私は賢い。考えることだけなら人一倍のものを持っているつもりだ。

 

 そうだ。もういっそのこと開き直ってしまおう。

 

 私がどうしようもなく遅いウマ娘だというのであれば。

 

「他のみんなも遅くしてやれば良い……」

 

 こうして私は、ライバルの足を引っ張ることにしたのだった。

 

 

 

 ……私は今日から、悪役モブだ! 

 

 なんちゃって。

 

 

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