デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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ナイスネイチャのイケナイこと

 

 二勝クラスにも勝利し、三勝を掴んだ私。戦法は大きく変わったけど、そのおかげでここまで勝ち抜いてこれたのだ。今や他人の脚を引っ張るこのやり方がマグレだとは言わせない。

 とはいえ、勝利の代償はトレーニングの手法が変わっただけにとどまらない。

 性格の悪い戦法を常々考えていると、私自身もなんというか、ちょっと目の付け所がいやーな感じになっていくわけでして。

 

 レース中に使えるんじゃないかってことを普段から探しているうちに、他人の弱点を粗探しするようになってしまったのは、うん……自分でも地味に辛い変化だった。

 良いところを探して“良し! じゃあ自分も!”ってな感じに高め合える関係って健全だったんだなぁとしみじみしちゃいますわ……。

 いや、今のやり方でやっていくのが自分には合ってるんだって、わかってますけどね? 一応……ははは……。

 

 

 

「貴女、ナイスネイチャね。この前のレースではどうも。一着おめでとう」

 

 そして変化といえば、こういう変化もあるわけで。

 食堂で程々に食べた直後、私はちょっぴり険のある顔をしたウマ娘に廊下で呼び止められた。

 彼女の名前はニシキドライバー。二勝レースで一緒になった差しウマ娘だ。レース中にも何度か前を塞いだり、近くで囁いたりしたのを覚えている。

 

「あはは、ありがとう。……っていう普通の返しは今は求めてない感じかな? これ」

「よくわかってるじゃない。あんな……あんなレースで勝つなんて。その前のレースでも同じだったんでしょ。貴女、なんとも思わないんだね」

「あー……」

 

 ちょっと意外だった。意外すぎて、今結構言葉に詰まっている。

 

 別に想像してなかったわけじゃないんだ。

 人の足を引っ張るやり方をしていれば、どこからか批判みたいなものが飛んでくることだってある。

 けど私は、同じレースを走るウマ娘から言われるとは思っていなかったのだ。

 

「負け惜しみ……?」

「……ッ」

「ってダイレクトに言っちゃまずいか。……んーでも、他に言葉にしようがないし……ねえニシキドライバー。貴女は納得できなかった?」

「……名前、覚えてるのね。ええ、納得……できなかった。だって、正々堂々としてないし……」

「でも私はルール違反はしてなかったでしょ? ルールの範疇で試行錯誤して、それで私が勝ったの。……これ以上は貴女、良くないよ。わかるでしょ」

 

 ニシキドライバーは唇を震わせている。……性根の真っ直ぐなウマ娘らしい。

 あまりにも真っ直ぐなものだから、頭では仕方ないと思っていても心の方で納得がいかなかったのだろう。……そういうこともあるんだな。気をつけなきゃ。

 

 でも、勝負は勝負。私はそれで勝ったんだ。

 既に決着したレースの結果にケチをつけ始めたら、レースに臨むウマ娘としてこの先どんどん辛くなっていくはずだ。私は自分が責められていることよりも、むしろそっちのほうが気がかりだった。

 

「私は規則に引っかかるような悪いラフプレーはしてないから。土をかけたり、蹄鉄で蹴っ飛ばしたり、ぶつかったりとか、そういうのね。……私はただ、こうして」

「え、あっ、ちょっと……!」

 

 顔を彼女の横に寄せる。

 

「貴女のすぐ近くでささやいただけ。それくらいなら、悪いことじゃないの」

「や、やめ……」

「今ちょっと嫌な感じがするでしょ……? 私はただこういう、ちょっとしたいけないことをレースで失格にならない範囲でやってるの……ねえ、わかった……?」

「……」

「わかったなら……あれ?」

 

 顔をどかしてみると、ニシキドライバーの顔は真っ赤に染まっていた。

 

「わ、わ、わかったけど、やっぱりイケナイことーッ!」

 

 ……。

 

 え、ちょっとちょっと!

 私今さらっと変なことしちゃったけど!

 

「ご、ごめん! そういうのじゃない! 私そういうのじゃないからー! 待って誤解してるぅー!」

「おい、廊下で騒ぐんじゃない」

「ひぇえ! 違うんです違うんです!」

 

 ニシキドライバーに逃げられた上に、その様子を生徒会のエアグルーヴさんに見つかってしまった!

 駄目だ終わったかもしれない。こんな冤罪で生徒指導が入るなんてさすがに嫌だよ私も……!

 

「ひとまず落ち着け。……ナイスネイチャ、だな」

「は、はい。ネイチャです……けど。あのー、今のは本当になんでもないことなので、あまり追求されても……ですね、あはは……」

 

 エアグルーヴ。“女帝”とも呼ばれる孤高のウマ娘。

 学園生活でもレースでも誇りと結果を求める、私とは世界の違う人だ。

 何度か生徒会の仕事を手伝った時に顔を合わせたことはあるけど、こうして向き合って話すのは初めてかもしれない。いや、初めてでこのシチュエーションはちょっと嫌だな……。

 

「ナイスネイチャ。貴様には少しだけ話がある。……後で生徒会室に来るようにな」

「……はひ」

「返事がなっていない」

「はいぃ……」

 

 どうしよう……。

 ルールの上では問題なくても、天罰みたいなものはしっかりと下るように出来ているのだろうか……。

 

 


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