デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
当人である私が言うのもあれかもしれないけど、三勝クラスのレースに出バする子たちは大体、実力が拮抗している。
なんというか、層が厚いんだよね。
みんなそれなりに実力があるし、それなりに走るんだ。
レースを見てると出走人数は毎回15人を超えている印象だし、展開も混戦が多い。
それまでにかけられてきた篩によって、粒のサイズが揃ってきたんだろう。速いっちゃ速いけど、みんな同じくらいのスピード感だ。
混戦になるのはまあ、私にとっては有利かな。互いの距離が近いほどトリックや駆け引きは仕掛けやすいから。
それでもこのレースに臨むのはデビューから何年も経っている子も多く、ほぼ皆が走り慣れている。おかげでデータは揃ってるけど、走り慣れている相手のペースを果たして崩していけるかどうか。
他人の足を引っ張る私のスタイルが通用するのか、試されるレースになりそうだ。
「どもー、ナイスネイチャでーす!」
パドックに立った私は愛嬌を振りまいておく。
さすがにこのくらいのレースともなれば観客も多く、既にライブ前のような賑やかさが見られる。
私の仕上がりを見る観客たちからはちらほらと疎らな声援と、ほんの僅かなざわめきが。
……なるほど。どうやら私の情報も少しは流れているようだ。
好意的なものかどうかはだいぶ怪しいけど、話題が広まるのは大歓迎。記事にしてくれたって構わないよ。……でもあまり可愛くないアングルのは使わないでね。
「はぁー」
ゲート前。息を吐くと白い呼気がふわりと広がり、曇天の下に溶けてゆく。季節はもうすっかり冬だ。
芝2000、右回り曇り重め。
16人立てレースで、走者の傾向は多分逃げ2、先行5、差し6、追い込み3……かな。
途中で作戦を変えてくる人は何人かいるかもしれないけど、他の人らの直近のレース内容が混戦ばかりでよくわからないんだよね……。
まー、何にせよ私は臨機応変に戦っていく必要があるんですが……。今回は内枠取れて良かったよ。私は内枠絶対有利なとこあるから非常に助かる。
「ナイスネイチャだ……」
おや、私の名を呼ぶ声が。
どこか警戒するようにポツリと呟いたのは、今回二番人気の逃げウマ娘、スリップギャード。同学年の芦毛の子だ。
ほとんど話したことはないけれど、走りっぷりは何度か見たことがある。前を走っていても、しっかり後方を警戒できる。位置取りを変えて器用に塞ぐこともしばしば……なかなか強かな子だ。
「スリップギャードだっけ? そうそう、ネイチャさんですよー。今日のレースはよろしくお願いしまーす」
「……レース中に妨害する。……って」
スリップギャードはそこまで口に出して言葉を止めた。
私が目を細めたのを見て言い淀んだか、自制したのか。
気が付けばゲート前の他の子たちも、私達のやり取りを遠巻きに気にしているようだ。
……おお、これはなかなか。既に私、意外なくらい警戒されてるじゃないですか。
これってまさかもう共通認識? 妨害ウマ娘として周知されてる感じ? ……悪くない。悪くないシチュエーションだ。
「ふぅん? アタシはこれでも真面目に走ってるんだけどなー……傷付くわぁ……」
「あ、いや。違うの。……ごめんね、ナイスネイチャ」
「そんなに言うなら、見せてあげよっか? “そういう走り”」
「……え」
私は結んだ髪を指で遊ばせながら、不敵に笑ってみせた。
「いやー、なんかスリップギャードの調子が良さそうだし、一着狙える仕上がりじゃん? まだデビューしたてなのに、これまで快調に進んできたしさぁ……や、すごいけどね。でもさすがに、今日は前を譲れないじゃない?」
「! 邪魔……するつもり?」
「あはは、人聞きが悪いよぉ、スリップギャード。……今日は寒いから、怪我したら痛いよ? 気をつけて走ろうね。お互いにさ」
なんかもーすごい悪いことしそうな奴のセリフじゃんって自分で笑いそうになるこれ。
けどそんな私の薄い苦笑いをどう受け取ったのか、スリップギャードは「信じられない」とこぼしてさっさとゲートに入ってしまった。
他のウマ娘もちょっと嫌なものを見るような目をこちらに向け、各々ゲートに入っていく。
……やっぱり誤解が広まってるな。私のレース内容は見てないけどレースの噂だけが先行してる? ……あり得る。ウマ娘達にも先入観が入ってそうだ。これはちょい予想外かな。いや、今のは私のハッタリも少し悪質だったかも。……さじ加減が難しいよ。
まあ、それでも走っていれば理解はしてもらえるか。
結局のとこ、結果を出さなきゃ認められないのは誰もが同じなんだ。
それに、嫌われたっていいじゃない。
仕込みの観点で言えばこれは上々。走る前の牽制として見れば、今日は十二分に毒が巡っている。
あとは走り始めた身体に毒が循環するのをじっくり待つだけ。
開始前の静寂が横一列のゲートに舞い降りる。
次の一瞬にも始まる戦いに、ひりつくような集中が空気を満たす。
「あ。そういえばみんな、靴紐とか気にしないんだね?」
私のその一言に、張り詰めていた空気に一瞬の乱れが生じた。
ガタン。
示し合わせたようにゲートが開く!
「緩んでたら危ないよッ!」
「あっ」
「このッ」
「やられたっ!」
盛大に何人かが出遅れる形で、私を先頭としてレースが始まった。
靴紐? ただのハッタリよハッタリ!