デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
メイクデビューでは鮮やかな勝利を収めた。
とはいえほんの6人立てのレースだ。他もそう変わらない。デビューで初白星を掴んだ人は少なくないだろう。
それでも、デビューから続けざまに連勝できるウマ娘はというと、もっと減るんじゃないかと思う。
私はデビューからいきなり3連勝を果たし、当初は期待の新人として小さな記事にもなったものだった。WEBニュースにもなったしインタビューも……何行か載せてもらえた。
嬉しかった。元々走るのは得意だったから。
誰にも前を譲らない自分の走りに、より強い自信もついた。
勝ったからって油断はしなかった。むしろこの勢いに乗るために、より一層トレーニングにも励んだ。
けど、それから勝てなくなった。もう二連敗してる。
……前を譲らない走りが私の持ち味だったのは、逆を言えば前を走られた時に崩れやすいからだったのだ。
競り合いの経験が少なくて、圧に弱い。元々気弱な性格だとは自分でも思うし、そのせいで負けているんだと思う。
致命的な弱点だ。中途半端に速かった私は、自分よりちょっと速い子が現れるこの時になってようやく、欠陥に気付かされた。
……私は気弱だ。だからこそわかる。このままではいけない。
このまま自信を失ってズルズルと気持ちを引きずってしまえば、それこそ取り返しのつかないことになる。自分の心だ。自分が一番よくわかっている。
連敗したのは勝ち星を焦ったせいだ。
トレーナーに言って、レースプランを詰めてもらったせい。
それでも再起不可能なメンタルになるまえに、三勝クラスでも勝ち星を掴みたい。その方針に変更はない……。
……周りはみんな、強いや。
私は、今まで私が一番速いんだって思っていたけど。そんなのはただの思い込みだった。
三勝クラスには私と同じくらいの子が大勢いる。その実力止まりのまま何年も苦闘し続けている子も多い。生半可な努力では覆せないウマ娘ばかり。
私はここから抜け出したい。ここを勝って、オープン戦に乗り込んでやるんだ。
そしてもう一度、ニュースで私の名前を流してやる。WEBニュースだけじゃない。スポーツ新聞にも雑誌にも、いつか必ず……。
レース当日。
私は知ってるウマ娘に出会った。
「ナイスネイチャだ……」
ナイスネイチャ。ボリュームのある髪を左右で結んだ、どこか可愛げな雰囲気のある子。
けどその見た目とは裏腹に、少し汚い手を使うウマ娘であることを私は知っている。
彼女のことはWEBニュースで記事になっていた。
なんでも、レース中に他のウマ娘の邪魔ばかりして走りを妨害するのが得意なんだとか。
そんなの反則じゃって思ったけど、記事の最後の方には一応反則はしていないようだが……? と書いてあったので、上手くやっているんだと思う。
そんなナイスネイチャが、同じレースに出ている。
「スリップギャードだっけ? そうそう、ネイチャさんですよー。今日のレースはよろしくお願いしまーす」
「……レース中に妨害する。……って」
「ふぅん? アタシはこれでも真面目に走ってるんだけどなー……傷付くわぁ……」
「あ、いや。違うの。……ごめんね、ナイスネイチャ」
「そんなに言うなら、見せてあげよっか? “そういう走り”」
「……え」
本当は普通のいい子なんじゃないか。記事は間違いなんじゃないかと思った。
でも、ナイスネイチャは不敵に笑っている。
「いやー、なんかスリップギャードの調子が良さそうだし、一着狙える仕上がりじゃん? まだデビューしたてなのに、これまで快調に進んできたしさぁ……や、すごいけどね。でもさすがに、今日は前を譲れないじゃない?」
私の情報を知っている? ……怖い。
と、というか。私は別に一番人気ではないし。……ナイスネイチャが変なことを言うから、周りも私を意識し始めた。やめてほしい。
「邪魔……するつもり?」
「あはは、人聞きが悪いよぉ、スリップギャード。……今日は寒いから、怪我したら痛いよ? 気をつけて走ろうね。お互いにさ」
……怪我を匂わせるような言葉。心配している風に取り繕っているけど、どこまで本当かなんてわからない。
もしもレース中、危ないことを仕掛けてきたらどうしよう……。
私はゲートに入っても、強い不安に心を乱されたままだった。
……いけない。綺麗なスタートが切れないと先頭が取れないのに。
集中しよう。気持ちを切り替えるんだ。私ならやれる。一歩目を大事に……。
「あ。そういえばみんな、靴紐とか気にしないんだね?」
……えッ!? まさか!?
こいつ、靴に何か……!
「緩んでたら危ないよッ!」
「あっ」
「このッ」
「やられたっ!」
いや違う! やられた! ただのハッタリだ!
悔しい気持ちをバネにして遅れてスタートを切る。
……バ鹿だ私! 他の人の靴に細工する時間も素振りもなかったじゃん! どうして相手の言葉なんかに耳を貸した!?
「蹄鉄は、平気かなっ?」
「うる、さいっ!」
「そんな手に、もう、乗るもんかっ!」
前をナイスネイチャが走る。……逃げだ。聞いてない。この子の事はネットで調べたけど、少なくとも逃げとは書いてなかったはず。
私は5番目につけている。……速い。出遅れたとはいえ、ナイスネイチャが速すぎる。
でも、あの子に前を譲らせたくない。そんな気持ちが私たち全員のペースを速め、焦らせた。
「ここからは、ギャードの時間、かなっ……!」
コーナー前でナイスネイチャが減速した。垂れ込むナイスネイチャは内側を遮り、私達の進路を大きく妨害する。……邪魔な子だ。レース中も減らず口が止まらない。
……耳を貸してはダメだ。ナイスネイチャは後ろに下がった。ここで前に出る!
そう、私の持ち味は逃げ足。後ろを気にせず前だけを見て快調に走るのが私の長所なんだ。
だからここで、先頭に!
「……っし……!」
少しだけ脚に鞭を打って、強引に外から抜け出した。
ここからコーナーで減速しつつ脚を溜めて、次の直線でもう少し引き離せば!
「させないっ……!」
「!」
いや、追っ手が迫ってる!
さっきのナイスネイチャの言葉に唆されて、私のマークに来た……!?
このペースのままだとコーナーで息を入れるなんて……。
「逃げるつもりがないなら、さっさと追い抜くよッ!」
……! コーナーに入ってナイスネイチャが加速した!?
視界の端に姿が見える。コーナリング上手すぎ……いやそれどころじゃない、もうスパートかけてきてる! このままじゃやられる! 息は入れられない、そのまま逃げよう!
「はっ、はっ、はっ……!」
コーナーは過ぎた。もう後ろは見ちゃダメだ。心が削れてしまう。
このまま勢いで坂を登って、下りから直線でリードを広げるんだ。そうすれば……。
「あれ、前行かなくて、平気なのっ……?」
「うるっ……さい!」
……後ろが騒がしい。さっきからずっと話し声が聞こえる。
ぼそぼそとした囁き声だけど、それに憤る大声が時折響いている。
ナイスネイチャだ。私にはわかる。声をかけて揺さぶってるんだ。
でもそうはいかない。私は逃げウマ娘。ずっと先頭にいる限りあの子の声なんて……。
「坂、苦手なんだね?」
「!?」
いや、いた。ナイスネイチャがまた近くまで来ている!
どういうこと!? 最初からずっと浮き沈みの激しい走りばかり……いや考えちゃダメだ、走れ! 抜かされるな、前を譲るな!
「はぁ、はぁっ……!」
息が荒い。スタートから一度も息つく暇がない。このままじゃゴール前でベストコンディションを保てない。
でも後続はすぐ後ろだ。手を抜けばすぐさま追いつかれ、バ群に飲み込まれる。……競り合いに弱い私は、そうなったら二度と浮き上がれない。
だから走るしかない! ダメだとわかっているのに!
自分の走りとは程遠いのに! トレーニングで培ったものが何一つ活かせていないのに!
「ほら、最後のコーナー、ここで決めるよ……ッ!」
背後から迫るナイスネイチャのプレッシャーが、追い立てられるように散発的なスパートをかける他のウマ娘が、私の走りを潰していく……!
「はぁ、はぁっ、はぁっ……!」
ラストの直線。本来なら残した足でコーナー終わり際からスパートをかける場所。
でも今日の私に、その余力はない。オーバートレーニングをした後のような倒れるギリギリの疲労感が脚と肺を苛み、前に加速する力を奪っている。
まるで初めて2000mに挑んだ時のような壮絶な重だるさ。湿っぽい芝が蹄鉄に絡みつくかのよう。
「それ以上の無理は、危ないよっ……」
ナイスネイチャだ。すぐ後ろまできてる。
こっちは荒く息を吐き出すので精一杯なのに。なんでそんなに喋れるの。
「休んでいいよ、ねっ……?」
「うる、さい……!」
ああ、思わず言い返してしまった。そんな余裕なんかないのに。
息を、息をしなきゃ。肺に空気を……。
「じゃあねっ!」
「……!」
ナイスネイチャが抜け出した。加速して、私を追い越した。呼吸を整えるので必死だった私には、すぐさまそれに対応できない。
やられた。してやられた。
ああ、でも。
「私が、勝つッ……!」
ナイスネイチャ。
私を追い越す貴女の、誰よりも必死そうな横顔は。
記事に書かれていたような悪い子なんかじゃないんだと、そう思えてしまったよ。
「はあ、はあ、はあ……」
ゴール。私は二着。
私は堪らず芝の上に転がり、熱い体を冷やした。
……今日もまた勝てなかった。自信、あったんだけどな。
「よし……よしっ……!」
ああ、ナイスネイチャ。嬉しそうだね。貴女の姿を見てからこっちはズタボロだよ。
酷いことばっかりだ。出遅れるし、ペースは乱れるし……習ったことを何一つ活かせなかった。トレーナーから怒られても仕方ない走りだったな……。
でも……貴女はきっと、全部狙ってやってたんでしょ。
そうでなきゃ今、2000mなんて走り慣れてるはずのみんなが……今こうして、揃いも揃ってダウンしてるはずがないんだから。
「……スリップギャード、大丈夫? 立てる?」
ゲート前での不敵そうな素振りとは打って変わって、ナイスネイチャは心底心配そうに私に手を差し伸べている。
……そこに邪なものは感じられない。
きっとこっちのナイスネイチャが本当なんだろうなと、なんとなくわかった。
「……ありがとう、ナイスネイチャ。でも、一度だけこれやらせて」
「え?」
私は差し伸べられたナイスネイチャの手を拒むように、力なくペチンと叩いた。
「貴女の走り、むかつく。集中できないんだもん」
「あ、あはは……狙ってますんで……やり方を変えるつもりはないけど、ごめん……」
「……でも、強いのはわかった。してやられたっていうかさ……負けちゃったよ。おめでとう」
私は一度叩いた手を握り直し、少し強めにギュッと握った。
「ん。ありがと」
「……また貴女と……やぁ、でも……うん、走りたくないなぁ」
「あははっ、やっぱり?」
「うん。だから先に、オープン戦で暴れててよ。そこで目立ってさ……記事にも載ったりしてさ……手の内を研究されちゃえ。私はそれを見て、勉強して……そうしたらまた、貴女と戦うから」
「……これってネイチャさん、応援されてます?」
「……うん、一応ね」
ナイスネイチャはどう返したものかと、困ったように笑っていた。
……よし、少しだけやり返せたから、今日はこれでよしとしよう。
ナイスネイチャ。私もいつかオープンに出るから。
その時は絶対に負けないよ。