デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
私は三勝クラスのレースに勝利した。
小細工戦術。自分の中では既に確固たるものではあったけど、このクラスのレースで通用するなら間違いはないと思う。
対戦相手は皆とても速いウマ娘ばかりだったけど、レース前から注目されていたせいか、それまでのレースよりもずっとトリックは仕掛けやすかったように思える。
懸念の一つだったスリップギャードの走りにも良い感じに牽制できたし、コーナーで焦らせることもできた。
追い込みウマ娘たちに睨みをきかせて封じることもできた。試合展開は概ね、思うようにコントロールできた……はず。
……それでも、エアグルーヴさんが言うように基礎トレーニング。疎かにしていたらこの結果にはならなかったようにも思う。
細工は流々。それも大事。けど最終的にものを言うのは自分の走りなのだ。レースなんだからそれは当然。……これからもちゃんとトレーニングしていかないとなぁ……効率が悪いとわかっていても……。
「レースを見て驚きました。話には何度も聞いていましたが、ナイスネイチャさんの走りがあれほどの……なんと言えばいいか」
イクノディクタスが言い淀む。
彼女はつい最近になって私のレースを見たので、きっと衝撃を受けたことだろう。私も私で自信満々に「こんな走りをしてるんだ」とは言えなかったので、驚かせる結果になっちゃったんだけどね……。
「やっぱ、汚い走りだって思う? ははは……」
「いえ、そうではなく。どちらかと言えば美しいのではないでしょうか。筆舌にし難くはありますが」
部室に置かれた中古のテレビ。そこには私の走ったレースが映し出されている。
こうして第三者の目線でレース展開を見ると、内容の荒れっぷりが凄まじいのがわかる。
ケーブルテレビのキャスター上がりらしい実況者の人も、私に引っ掻き回されたレースの内容を見て困惑している様子だった。
「しかし外から見ても、ナイスネイチャさんの走りの力はなかなか見えてきませんね。私もナイスネイチャさんの説明があってようやく得心がいったくらいですから」
「あー、横から見たんじゃわかりにくいと思うよー。空撮でもしなきゃ何やってるかはわからないんじゃないかなぁ……」
「逆に言えば、外側からは研究されにくいということではありますよね。一緒にレースしたウマ娘にしか、実際の脅威や対策は取り難い。……強みだと思います」
「へへへ、強みって。褒められてる?」
「褒めてますよ。……私が真似しようとしても、きっと上手くいかないでしょう。尊敬します。さすがはリーダーです」
「よせやいよせやい」
イクノディクタスは真顔でしれっと褒めてくるから困る。冗談めかす言い方をしないからたまに小っ恥ずかしくなっちゃうよ。
「……正直、安堵しています。デビュー直後はナイスネイチャさん、思い悩んでいましたから。吹っ切れたのは、このスタイルに変えたからなのですね」
「ん。自分の中でも自棄っぱちな賭けではあったんだけどね……でもま、上手くいって良かったよ。心配かけたね、イクノ。これからはイクノとも一緒に走れるよ」
「……二、三勝した辺りでオープンに出られなくもなかったとは思いますが」
「まぁねぇ。けど段階と場数を踏みたかったんだよ。こればっかりは色々試していかないと見えてこないものもあるしさ」
イクノディクタスの言う通り、クラスを飛び越えて格上のレースに挑むこともできなくはなかった。
けどそうするには私のデビュー直後の戦績にはキズがあったし、私自身も実力を試すのに着実にステップを踏んでおきたかった。
「無名なままいきなりオープンに出ても、誰も注目してくれないかもしれないしねぇ。そうなったら牽制も駆け引きも上手く決まらないかもしれないし」
「なるほど。レースの前から仕込みは始まっているということですね」
「ほら、映像のここの部分……あっ過ぎちゃった。ここ。ここの仕掛けも私を意識する子がいたからプレッシャーを掛けていけたしね」
「遠目で見ても動揺していますね……」
イクノディクタスは頭がいい。
こうして解説を交えて話せば、レース談義は何時間でも続けていられる。
多分向こうも同じようなことを考えているのだろう。だから私たちだけのチーム、“カノープス”の部室はほとんど作戦会議室のようになっている。
「……しかし、ナイスネイチャさんの戦術。強力とはいえ、これは……尚の事、トレーナーがつかなくなりそうですね」
「ああ、やっぱりイクノディクタスもそう思う? ……ごめんね、私移籍……っていうか脱退しようか?」
「とんでもない! トレーナーがいないのは今更ですし、脱退されても困ります。私はナイスネイチャさんがいたからこそこのチームに入ったのですから」
「おおー……ついに告られちゃったかー」
「貴女のトレーニングプランや指摘は学園のトレーナーにも比肩し得るものと、私は強く確信しています。何より現状の、私たちでトレーニングプランを構築できる状態の方が都合が良いというのもありますしね」
「ははは、私たちって自由だからねー……」
そう、私たちだけのチーム“カノープス”にはトレーナーがいない。
トレーナーのやるべきことを私とイクノディクタスが兼任している形だ。
とはいえイクノディクタスの管理能力はそこらへんのトレーナーよりずっとしっかりしているし、私も自分で出走申請やコースの利用申請を出している。
トレーナーがいれば諸々全部やってくれるんだろうけど、私がこんなスタイルだからね……トレーナーになってくれる人が新たにできるかどうかでいうと、まぁ絶望的だよね……。
まあいいんだけどさ。どうせトレーナーがいても「基礎トレーニングしろ」しか言わないだろうし。
私だってトレーナーの立場だったらそう言うわ。諸々足りてないんだからみっちりやらせる。それに結果が伴うかでいうとアレだから、塩梅が難しいんだけども。
「ナイスネイチャさんは次のレースは何を予定していますか?」
「んー、まぁクラシック路線だし順当に……若駒ステークスに挑んでみようかなって思ってる。強敵が多そうだけど、オープンだしね。腹は括るよ」
「若駒ステークス……」
イクノディクタスがパッド端末で検索をかける。
出走登録を見ればまぁ、見えるはずだ。あの名前が。
「……トウカイテイオー、ですか」
トウカイテイオー。
私と同じクラスでありながら全く別次元の走りをする、全勝中の超キラキラウマ娘だ。
強いか弱いかで言うと、強すぎてまず勝てない相手と言っちゃっていいだろう。彼女の走りはあまりにもモノが違いすぎる。
ウマ娘を素質で語るなら、その頂点に立つのがトウカイテイオーだ。……まぁ漫画とか遊びの話とかはちょくちょくするし仲は良い相手なんだけどさ。僻みはあるよね。うん。
「勝ちを狙うならレースそのものを避けるべき、ですが」
「クラシック路線で行くって決めて、最初から弱腰なのも……ねえ?」
これからのレースでは強敵ばかりが立ちはだかる。
もう自分に向いている条件だけを選り好みし続けてはいられない。
なら余裕がある今のうちに、とびきり強い相手とぶつかってチャレンジしてやろうというわけだ。
「……打倒トウカイテイオー。良い響きです。これは、今すぐにでもトレーニングしなければなりませんね」
あっ、イクノの目に炎が宿った。
「早速始めましょう。ナイスネイチャさん、私が並走を務めます。必ずや若駒ステークスで貴女の強さを証明してみせましょう」
「あはは……イクノさんは本当に、見た目とは裏腹に体育会系ですなぁ……」
「もちろんです。トレーニングとは突き詰めて考えれば、根性論ですからね」
イクノディクタス。知的な切れ長の目と野暮ったい眼鏡のウマ娘。
しかし中身はなかなかに暑苦しい熱血ウマ娘なのであった。