デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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マーベラスな祈り

 

「マーベラース!!!」

「うぉわっ!?」

 

 早朝、いつもの目覚ましで飛び起きた。

 私の寮室の目覚ましこと、マーベラスサンデー。彼女は何故か毎朝“マーベラス!”と叫んで起きるのだ。寝てても起きててもびっくりするやつである。

 できれば今日みたいな休みの日はゆっくりさせてほしい……。

 

「あー……おはようマーベラス。今日も朝から元気だねぇ……」

「ネイチャもグッモーニン! 今日はサンデー! 日曜日ってとってもマーベラース!」

「マーベラスだねぇ……」

 

 マーベラスサンデー。彼女を表現するなら元気の塊だ。その一言に尽きる。

 レース中はちょっとだけスンとしてるけど、それ以外はほぼ今みたいなマーベラス状態。一緒にいると元気の余波で吹っ飛ばされそうになる子だ。

 

「ネイチャは今日は何するの? またレース? おでかけ? おやすみ? それとも〜……?」

「マーベラらないよ。今日は映像でレースを振り返ってみて、作戦を立てるつもり。最近ずっとこれだけどね」

「サンデーなのに休まないんだ! ネイチャってとっても頑張り屋さん!」

「あはは、頑張り屋にでもならないと、私みたいなのは速くなれませんからなぁ……ちょっと音出るけど、許してね」

「マーベラース!!」

 

 レース研究も大事だけど、今日が休日であることを忘れちゃいけない。

 連日のトレーニングで疲れた体を癒すのもまた自己鍛錬の欠かせないステップの一つだ。

 だから休養日の研究こそ、こうしてベッドの上でだらだらとスマホ鑑賞するスタイルに落ち着いている。働かせるのは頭だけで充分なのよ。

 

 見るのは当然、トウカイテイオーのレースだ。

 彼女がどこでどんな位置につけるのか。どこで加速し、どこで息を入れるのか。サンプルがあまり多くないせいで絶対と言えるような予想は立てられないけど、策謀の一助にはなってくれる。積み重ねていけば結果にも出てくるはず。

 

「しかし、はっやいなぁ……」

 

 で、冷静にテイオーのレースを見てみると……可視化されるのは圧倒的な実力だ。

 なぁにこいつ。G1ウマ娘じゃん。勝てん勝てん。はい負けました。そうやって白旗振るのが最も合理的に思えてしまうほど、彼女の実力は抜きん出ている。

 

 ストライドがありえないほど広いくせに脚の戻りが早い。小柄なはずなのに、それを感じさせない走り。速度に乗ったテイオーを捉えるのは、うん。私には無理だな。追いつける気がしない。

 

 何度もトウカイテイオーのレースの検証はしてるけど、行き着く結論はだいたいいつも同じだ。

 ラストスパートをかけられる前になんとかしないと負ける。

 

「なんとかってなんだろうなぁー……」

 

 そのなんとかっていうのが最大の問題だった。

 なんとかって何よ? いや、キックでも入れていいならできるかもしれないよ? でも普通に反則だし。けどそのくらいのことをしないと、レース中にラストスパートをかけないなんて事は起こりえないし……。

 

 ……私、実質不可能なことを変にこね回して考えているだけでは? 

 そんな思いが頭を過ぎるも、考えを捨てた瞬間に私の存在意義がなくなりそうで、やめられない。

 

 どうする。どうすればトウカイテイオーを止められる……? 

 

「ネイチャはレースのことでお悩み? それともお友達のことでお悩み?」

「ん。友達……は特にかなぁ。今はレースで頭いっぱいー」

「だったらワタシにマーベラス☆ きっとアナタもマーベラース★」

「マーベラスするかぁ……じゃあ聞いてほしいんだけど……もし前の方に速い子が走ってるとしてさ、マーベラスならどんな風に追い越す? あ、前の子は自分よりも速いとしてさ。……前提がすっごく厳しいのはわかってるよ。もちろん」

「フームムムム……」

 

 マーベラスサンデーは珍しく神妙な顔で目を閉じ、考え込んだ。

 

「マーベラス☆模範サンデー!!」

 

 そしてキラキラな目をくわっと見開いて、ベッドの上に立ち上がった。

 ……なんかその答え方、前にどっかで見た気がするんだけど。気のせい? 

 

「自分より速い子じゃ追いつけないね☆ でもレースは何が起こるかわからないんだから、ネイチャは絶対に諦めちゃダメだよ★ マーベラース!!」

 

 レースに絶対はない。諦めないのが大事。うん、いい言葉だ。

 戦術としての実用性があるかはさておき、大切だよね……。

 

 ……あれっ、これってただの慰め……? 

 

「レースでは何が起こるかわからないのはまぁそうだけど、圧倒的な実力差があるとどうしてもなぁ……」

「それならネイチャがマーベラスになれば良いんだよ☆」

「私が……マーベラス……」

 

 マーベラス。驚くべきさま。感嘆すべきさま。奇跡的で素晴らしいさま……。

 

「すぐに消えちゃう流れ星にお祈りするには、じっと夜空を見上げてなきゃダメなんだよ★ 時々偶然夜空を見上げるよりも、夜空を見上げてじっと待ち構えていた方が、お祈りが通じる確率は高いよね☆ マーベラスな奇跡だって、きっとそう!」

「……祈るにしても、やり方があるってことか……」

 

 たしかに、受け身にしたって色々とやり方はある。

 どうせ無謀なことをするのなら、より自分から動いてみなきゃダメだ。

 

 マーベラス……驚き……うん、相手が驚くようなことがあれば、少しは加速を躊躇わせることができるかも……。

 

「相手の意表をついて、驚かせる。反射的に身体の自由を奪う。そうすればきっと、速度は落ちる……そういうことでしょ? マーベラス」

「ううん? ワタシは星にお祈りして、レースの時に奇跡が起きればいいなーって思っただけ☆」

「……そっか! マーベラース!」

「マーベラース☆★」

 

 私は色々どうでもよくなって、寮の一室でマーベラスサンデーと一緒に謎の踊りを始めた。

 うん。まぁ、テイオーを驚かせる作戦もありっちゃありだよね。

 不確実だけど、そんなの元々だ。低い確率にすがってみるのも悪くない。

 

「あっ☆ ネイチャ見て見て! ホワイトクリスマスだよっ☆」

「……あ、ホントだ」

 

 気が付けば、窓の外には雪が降っていた。

 クリスマス。もうそんな季節だ。……私たちの部屋のクリスマスらしい装いといえば、窓の近くのポインセチアくらい。

 レースに夢中で、すっかり疎かにしてたなぁ。

 

「ネイチャもクリスマスくらい、遊びにいこーよ☆ 今日のお祈りは、絶対にマーベラスだよっ★」

「……あはは。確かに! どうせ祈るんなら、今日しかないかもね」

 

 せっかくのクリスマスなんだ。今日くらいレースのことは頭の片隅に置いて、楽しむのもいいよね。

 

「んじゃあ、遊びに行っちゃいますかー!」

「マーベラース!!」

 


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