デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
今日は待ちに待った若駒ステークスだ。
ボクにとって今回は皐月賞の前哨戦というか、予行演習みたいなもの。ぱぱーっと勝って、また四月までにトレーニングを積まなきゃいけない。
新年の空気がようやく馴染んできたとはいえ、まだまだ京都は人が多い。始まるまでに観光しよっかなーと思ってたけど、早々に諦めちゃった。
仕方ないとはいえウマ娘レーンの少ない街並みはウズウズしちゃうなー……。
距離は2000。良バ場。人数も9人立てで、今日はとても走りやすそうだ。
枠番は8枠8番。結構外側だけど、埋まるほどの人数ではないから中盤以降いくらでも巻き返せるはず。
対戦相手も特に心配はない……と思ってる。ボクの走りなら今日はヨユーだね。
……いや、カイチョーからは一人だけ。ナイスネイチャには気をつけろって言われてたっけ。
「おいっすー。いやー、今日は寒いねー」
7枠7番、ナイスネイチャ。ボクのクラスメイトであるそのウマ娘は、奇遇なことにボクの隣のゲートに入ることになっていた。
もさもさした柔らかそうなツインテール。さっぱりした口調と話しやすい性格。そのわりに、クラスでも飛び抜けて優秀な頭脳。それが、ボクにとってのナイスネイチャの印象の全てだった。つい最近までは。
「おはよ、ネイチャ! 手加減はしないよ! 今日もボクが勝つからね!」
「おやおや、テイオーは自信たっぷりですなぁ……さすがは今年の皐月賞最大の有力株。私みたいなモブウマ娘なんかは、頭に絆創膏でも貼って背景で転がってた方がお似合いそうですわ」
ただの友達。
けどそんな印象は、ここしばらくの間に吹き飛んでいる。
カイチョーが意識してたからなんだろうって思って調べてみたら、すぐに答えは出てきた。
検索すれば噂じみたものはいくつか記事になっていたし、トレセン学園の友達も知ってる人は知っていた。
ナイスネイチャは反則ギリギリの戦術を駆使して走る、外道ウマ娘なんだって。
「ゲドウネーチャン!」
「……ツッコミどころが複数あるとやり辛いんですけど!」
「あはは! でも、ネットで調べてみたらそう書いてあったからさ! 酷いなーって思ったけど、ボクちょっと笑っちゃった!」
「ほんとひっどいなー……けど私のこと調べてくれてたんだ。私って意識されてる系? ちょっと恥ずいなー」
ネットでは散々言われてたし、一緒に走ったことある人からも話を聞けた。……今、ネイチャは冗談めかす風にからからと笑ってはいるけど、実際その噂は間違っていない。らしい。
ボクも気になってネイチャのレースをビデオで見たけど……うん。多分妨害っていうか、似たようなことはやってるんだと思う。みんなのペースは乱れていたしね。
けど、ボクは知ってる。
ネイチャはただ妨害するだけのウマ娘じゃない。トレーニングも欠かさずにやってる、すごく真面目なウマ娘だ。
意識し始めてからはトレセンでもネイチャの姿を度々見かけてた。
彼女は放課後なんかは特に黙々とダートやチップコースを走っていることが多いし、プールでもよく見かける。最近はダンスのレッスンルームもよく利用してるって聞いた。ライブの練習にも真剣……つまり、本気で勝つつもりがあるってこと。
さっき控え室でカイチョーからアドバイスをされた。自分の走りをしろって。
……カイチョーもネイチャの走りがどんなものなのか、わかってるんだと思う。
それに気づいていれば、ボクは大丈夫だ。
ナイスネイチャは確かに頑張り屋だし練習熱心だけど、模擬レースで実力はわかってる。
ボクがボクの走りを見失わなければ、変わらない。ヨユーで勝てる相手で、レースだ。
「ナイスネイチャ。ボクはネイチャの作戦には引っ掛からないよ」
「……ふーん? 随分自信有り気じゃん?」
「ボクは無敗の三冠ウマ娘になるんだ。きっと、ううん。絶対に、今日のレースよりずっとずっと強い相手と、これから戦うことになる。……だから本気で走る。油断せずに、次の皐月賞と同じくらい本気で、勝ちに行く」
ヨユーは力の差。その大きさは、ボクが振り絞る本気の証だ。
ナイスネイチャ、ボクに隙は無いよ。残念だけどね。
「……そっ。……三冠ウマ娘ねぇ。やっぱりテイオー、会長さんを意識してるんだ」
「当然! いつかはカイチョーの記録も追い抜いちゃうけどね!」
「さっき最終コーナーのあたりで見かけたけど、やっぱりテイオーのこと見に来てくれてるのかねぇ……くぅ、私も生徒会の仕事手伝ってたのに……」
「え、カイチョー向こうにいるの? いつもと違うけど」
「いや私に言われても知らないって。近くでテイオーに声援でも聞かせたいんじゃないの?」
そろそろレースが始まる。
ほかのウマ娘たちも続々とゲートに入り、勝負の始まる空気になりつつある。
ヒリヒリする。……でも、嫌いな空気じゃない。
「けどさ、テイオー。さっきから圧勝するような口ぶりでいるけど……私達だってタダで負けてあげるわけにはいかないし……そもそもテイオーに負けてあげるつもりはないからね?」
「……」
ネイチャがそう言うと、ひりついた空気がボクの周りに立ち込めた。
内枠からプレッシャーが噴き出し、熱さを感じる。
……他のみんなを巻き込むように言って、ボクをマークするつもり?
……望むところだよ。このくらいの圧力に勝てないようじゃ、三冠ウマ娘になんてなれないからね。
「ここでテイオーに勝てば、皐月賞でも勝てる。やるぞ、私! いやみんなも頑張るか。でも負けないからね!」
……。
「作戦はー……テイオーの後ろにつけて、最終直線で差し切ってゴールが一番かな? テイオーを倒して時間通りに晩ご飯を食べれば今日は上々……今夜はにんじんハンバーグ!」
にんじんハンバーグ……。
いやネイチャうるさい! 喋りすぎだよ! 集中力がなくなるんだけどっ!
ガタン
「あ」
「ふッ!」
ゲートが! で、出遅れたぁ!
ナイスネイチャ! ちょっとさぁ!?
「想像以上に、小ずるいんだけどッ!?」
「はっはー! 騙されたなー!」
先頭をナイスネイチャにレースが始まった。
ボクは後ろからの出だし。プラス外枠というなんとも歯がゆいスタートだったけど……。
……絶対に勝つ! 負かす!
いつも以上の気合いでもって、若駒ステークスを全力疾走できそうだった。