デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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くすんだ色の食い下がり

 

△ ③ ☆ ③ ✕ ナイスネイチャ △ ③ ✕ ③ △
 

 

 いいスタートが切れた。

 ゲートで牽制はしていたけど、どれだけ効いたかはわからない。

 多分出遅れもそんなに多くないだろう。皐月賞に挑む子達はさすがにレベルが違う。

 

 けど、最初の直線には坂がある。

 ここでちょっと加速しつつ、後続のライバル達を邪魔してやろう。

 

 前をキープしつつ後ろの気配を探り、コースを塞ぐ。この辺りで抜かされそうになるけど、この速度差は良い蓋になる。

 

「くっ……!」

 

 坂では上手く左右に動けない。坂はまっすぐ登るからこそ“普通にキツい”だけで済むのであって、少しでも斜めを意識すると途端に“ありえないほどキツい”ものになるのだ。

 コースの切り替えが結構難しい場所でこそ、前を塞いだ時の影響は大きい。

 

「後ろ来てるねぇ、ここで足踏みしてて、平気かなっ……?」

「……ッ!」

 

 さすがに後続から抜かされ始めると、今度はマーク相手に張り付いてからのささやき。

 煽るような言い方だけど、これは自分への独り言でもある。

 思っていた以上に他の子が速くて大変なのだ。もっと引っ掻き回さないと取り返しがつかなくなる。

 

「テイオーきてるよっ……!」

 

 1コーナー。前は五人。テイオーがきてるのは嘘じゃない。私はテイオーと同じ中団に控えているからよくわかる。でもここで加速する気はないだろう。ちらっと横を見るとテイオーが“まだいかないけど”って不服そうな目をしてた。

 けど、さすがに皆テイオーを意識しているのか。コーナーに差し掛かって少し速度を入れ始めた。

 当然私もここで加速。今日はコーナーで休む予定も余裕もない。

 

「ホントにテイオー仕掛けてんじゃんッ……!」

 

 少し高めの声が、焦ったような言葉を吐き出した。

 私のいつもの声ではない。けど、他の人の声ではない。

 適当に声を変えて作った、赤の他人の声。色々と練習して自分なりに生み出した、“走りながらでも負担なく出せる他人の声真似”だ。

 

 居もしない私以外の誰かの焦り声を聞き取って、先行組が加速する。

 丁度私もコーナーで猛追し始めたし、迫る足音で危機感も芽生えただろう。いい感じに仕上がってる。悪くない。

 

「ふッ……!」

「!」

 

 先行組に並びかけたところで、テイオーの前を塞ぐ。コーナーの終わりに差し掛かる直前で減速させる。もっと集団の後ろ側に押し込んでやるんだ。

 

「邪魔……!」

「そりゃ、邪魔してるもん」

 

 左に一人。抜かれそう。少し寄せるか?

 いやテイオーが右狙ってる。こっちは譲れない。

 

「前は悠々と走ってるねっ……ここはもうみんな、追いつけなさそうっ……!」

「その手に、乗るわけないじゃんッ……!」

 

 私の言葉に引っかかり、一人が強引に前へ出た。

 その手に乗るかって、別に“諦めさせる”ために言ったわけじゃないんだ。貴女みたいな子を引っ張り出すために言ったんだよ。ありがとう。逃げと先行組を脅かしてスタミナを削っといてください。

 

「直線、苦手なんだよなぁ……っ」

 

 向こう正面に入って直線へ。

 ここが最大の難所だ。

 なにせ私は直線で何も出来ない。単純にスピードで劣る分、駆け引きが難しい。

 

 ここでのコース取りが最重要。ここでテイオーを自由にさせたらそれだけで終わる……!

 

 加速と減速を何度も切り替える。

 抜かれては追い越し、追い越されては抜き返す。

 速い子の前を取って壁になり、全員のペースを少しでも乱す。

 

 背後で、隣で、ささやきかける。焦燥と敵愾心を煽り、判断力を奪う。

 前は五人……いや七人。団子状態に近い。テイオーは私と同じ位置に沈んでいる。私にとってはいつもの位置で、テイオーにとっては焦れるポジションか。

 

 最終コーナーが近付く。レースの終わりも近い。

 スタミナはまだ、ある。何度も何度も小手先の技を使ったけど、どうにか残ってる。

 他の子はどうだ。中にはバテた人もいるかもしれない。

 けど楽観はできない。スタミナ削りに全てを賭けるのは愚策だ。ここからは相手の速度を落としていかないと。

 

 ターフビジョンが目に入る。今の位置関係が俯瞰で見える。

 ……なら、動きはここから、まず……。

 

 決まった。

 

「お先にッ!」

 

 コーナーに入った瞬間、私は本格的に前へ出た。

 ゴールまで少し距離はあるけど、緩めの下り坂でスタミナを回復しながら駆け下りる。

 足元悪めの、少し傾斜したコーナー。ここではそう簡単に身動きは取れないしスピードも出せないはず……!

 

 一人抜いた。二人抜いた。疲れ切ってる人たちだ。遅かれ早かれ沈んでいただろう。

 でも前はしぶとい。しかも後ろから奴がきてる……!

 

「させないよッ!」

 

 トウカイテイオー。

 もう上がってきてる。速い。なんだよその脚。ここは私の得意な場所なのに。

 大きなストライドが伸び伸びとターフを蹴っている。……下りは平地よりも走りやすいのか!

 

「テイオーに前は譲れないなぁッ」

「!」

 

 食い下がる。インはこっちのものだ。ここでテイオーが膨らんだ分のロスが最後の頼みの綱か? そうとも思えない。このくらいじゃ勝てない。

 本格的な速度に乗る前に前を塞ぐ! もっとゴール手前でやる予定だったけど今しかない!

 

「大外、テイオーきてんじゃんッ……!」

 

 他人の声真似で前側のウマ娘を焦らせる。

 外側への意識を刷り込まれた彼女たちは直線前で少し広がり、外からの抜け駆けを牽制するような動きを見せた。

 そう、テイオーは一番人気。一番のライバル。クラシック最初の一冠を逃せないのは皆同じ。テイオーを止めないと負けると誰もが理解してる。

 だからそうせざるを得ない。無意識でもそう動いてしまう。

 

 そして広がって横並びになると前へ出るのをためらい始める。後ろをブロックする陣形を崩すくらいならここで一息いれるべきではないのかという思いが加速への意思を鈍らせる。

 

 ここで、私が行く!

 

「一番は私のものだぁッ!」

 

 坂の直前でスパートかける。コーナーの終わり間際に出来た一人分の隙にねじ込んで、一気に先頭集団に並ぶ!

 

 本当は坂路で出したかったけど、もう今しかない!

 ここでテイオーを突き放せ! 直線とはいえ坂だ! 得意な場所なら勝負できる……!

 

「うッ……!」

 

 勝負できる。はずだった。

 

 はずなのに。

 

 速度が出ない。スタミナはある。なのに前に出られない。

 

 私は必死だ。必死だけど、横に並んだ子たちも同じくらい必死だ。

 それだけじゃない。後ろから猛追する子も諦めていない。誰一人勝負を投げ出していない。

 誰もがスタミナを切らしバテている。

 それでも根性で走ってる。キツくて遅くなるはずの坂を、私の想定する以上の速度で登っていく。

 

 残り200メートル。テイオーに先へ行かれた。

 

 抜かされる。テイオーでもない子にさえ捉えられる。

 

 キラキラだった私の順位が色あせていく。

 

「負けるか……!」

 

 トレーニングは積んだ。実戦も何度も経験した。色々なものを擲ってこの舞台に立った。

 スピード不足を克服するために色々試した。いろいろ考えた。あらゆるものを見直した。

 

 上の舞台では、そんな努力さえ全て誤差だとでもいうのか。

 

 

 

「ハァ、ハァ……へへっ、一着! まずは……一勝だっ!」

 

 空気が震えるほどの大歓声の中で、トウカイテイオーは人指し指を掲げていた。

 

 多くの子が疲れ切っていて、彼女でさえ例外ではないはずなのに、その笑顔は……主人公のようにキラキラと輝いている。

 

「ふぅ、はぁ……くそっ……!」

 

 私は五着。

 

 入着だ。初のG1レースで掲示板入り。

 でも……これは、私の求めていたものではない。

 

「私はっ、一着が……ッ!」

 

 俯けば見えるのは自分の勝負服。晴れ舞台に相応しい晴れ着。

 ……この服に、相応しいだけの走りができなかった。

 

「……まだ、足りないってのかよッ……!」

 

 私の皐月賞は終わった。

 

 


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